愛恋の呪縛

サラ

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第72話

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「お前、まじで何なの?痛覚あります?」

「さあな、意識したことは無い」

「意識とかそんな類のもんじゃないでしょ……」



 魁蓮の怪我を見た日向は、慌てて魁蓮を引っ張りながら部屋に戻ると、今までとは比べ物にならないほどの素早さで、魁蓮の怪我を全力で治していた。
 魁蓮が着物を脱いで分かったのは、着物の内側はほとんどが血で赤く染まっていた。
 赤い着物と勘違いをするくらいに。
 なぜこれほどの怪我に気づかないのだろうか。



「はい、治ったよ……あぁ、焦った」



 暫く日向が力を使い続けると、魁蓮の腹の傷は完治した。
 日向がグタッと疲労を感じる中、魁蓮は治った自分の腹をなぞっている。
 その様子を見ていた日向は、魁蓮の前であぐらをして座ると、はぁっとため息を吐く。



「なあお前、本当は治してもらうために僕のとこ来たんじゃねえの?わざわざ夜中に来るし」

「たわけ、自惚れるな」

「自惚れてはねぇけどさぁ……
 今まで見てきたどんな傷よりも肝が冷えた。ちょっとの怪我でも構わんから、なんかあったら言って。怪我治さないとか、そんな酷いことしないからさ」

「………………」



 日向はそう言いながら、首を回す。
 体はどこか疲れが溜まっている。
 やはり、日向も力の使いすぎは疲労に繋がるようだ。
 今までは力をなるべく使わないようにと言われていたため、自分の力の量に限界があるのかも知らなかった。
 この様子だと、少なからず限界というものはあるようだ。



「つか、お前がそんな怪我するって珍しいんじゃねえの?何してたん?」



 ふと、日向は魁蓮の傷のことが気になった。
 仮にも彼は、最強の妖魔である鬼の王。
 そんな存在が、一目見ただけでわかるほどの重症を負ってくるなど、とんでもないことのはすだ。
 日向が尋ねると、魁蓮は視線を外して答える。



「……さあな」

「は?教えてくんないの?」

「必要ない」

「おまっ、本当に何も言わねぇな?ったく……」



 魁蓮は、本当に何も話したがらない。
 あまりにも秘密主義な魁蓮に、日向は困った表情を浮かべていた。
 司雀も、よくついていけるものだ。
 日向は小さくため息を吐くと、立ち上がろうと足に力を入れる。



「とにかく、傷は治したから。風呂も問題なくっ」



 そう言いながら立ち上がった途端。



「あっ!」



 突然足に力が入らなくなり、ガクッと日向は前に倒れる。
 床に向かって倒れていると……



 ドサッ。



「っ……!」



 日向が床に倒れる寸前、日向は床に当たるギリギリのところで止まった。
 体は何故か、浮遊感を抱く。
 日向がポカンとしていると、はぁっと深いため息が聞こえてきた。



「間抜けな小僧だ」

「えっ……あっ……」



 魁蓮の言葉に日向が顔を上げると、日向は魁蓮の片腕に支えられていた。
 日向が床に倒れ込む寸前、魁蓮が支えてくれたのだ。
 すると魁蓮は、そのまま軽々と日向を起こす。



「注意力が足りんな。己の怪我は治せないのだろう?
 まずは行動を見つめ直せ、でなければ大怪我をする」

「あっ……ご、ごめん」



 日向は魁蓮に助けられたことに、驚いていた。
 日向の中での印象では、魁蓮は怪我をしたところで嘲笑うものだと思っていた。
 だが実際には、助けてくれただけでなく、助言もしてくれた。
 初めて見る魁蓮の一面に、日向はポカンとしている。
 そして、日向はふふっと小さく笑った。



「何を笑っている。不愉快だぞ、小僧」



 突然笑った日向に、魁蓮は眉間に皺を寄せる。



「ははっ、いやごめん。なんか、びっくりした」

「?」

「あんがとな。今の、支えてくれて。
 おかげで顔面打たずに済んだわ!あのまま倒れてたら、絶対鼻血出るくらい痛かっただろうし!」



 日向は、満面の笑みを浮かべた。



 (なんだ、案外優しいところあんじゃん)



 これがいい事なのかは分からないが、魁蓮の新たな一面に、日向は笑みを零す。
 全快の力を一度に使いすぎたのだ。
 足にも疲労が来ていたのだろう、いきなり立ち上がっても力が入らないのは当然だ。
 日向は学ぶと、今度はゆっくりと立ち上がる。
 そして、ぐっと両手を上げて伸びをした。



 (眠くなってきた、そろそろ寝るか)



「とりあえず、風呂入るんだろ?怪我治したから、何も気にせず入っていいよ。お大事に~」



 日向はそう言うと、黙り込んでいた魁蓮を立ち上がらせ、半ば強引に部屋から追い出した。
 そして遠慮なく、ピシャンっと扉を閉める。
 パンパンとやり切ったように手を叩くと、日向はそのまま寝台に飛び込んだ。
 不思議な黒蝶に興奮したことで眠れないのではと心配していたのだが、力を使いすぎた疲労のおかげで睡魔はすぐに来てくれた。
 その時、日向はあることを思い出す。



 (アイツの模様みたいな痣……体中にあんのかな)



 魁蓮が半裸状態の際に見た、彼の体に広がる黒い模様。
 顔と同じようなものが、体全体に広がっていた。
 その痣は怪我の類ではないのか、日向の力を当てられても消えることは無かった。



 (あれ……なんなんだろ……)



 魁蓮の体にあった模様を気にしながらも、日向はそのまま睡魔に従って眠りについた。








 パタンっと扉を閉められた魁蓮は、その場に立ち尽くしていた。



「………………」



 立ち尽くすも、日向の声は聞こえない。
 恐らく眠りについたのだろう。
 魁蓮はそれを理解すると、日向の部屋から離れた。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「はぁ…………」



 日向から怪我を治してもらった後、魁蓮はお風呂に入っていた。
 だだっ広い湯船に浸かりながら、体の力を抜いている。
 ふと、魁蓮は自分の腹に視線を落とした。
 治されたばかりの腹をなぞると、ニヤリと口角を上げる。



「いい力だなぁ、やはりそそられる……」



 完全に治った腹を見つめながら、魁蓮は改めて日向の全快の力に感心していた。
 初めから興味を持った、日向の力。
 あれから、他に似通ったものが無いかと、魁蓮は調べ続けている。
 だが、日向のような神秘的な力と似通ったものはひとつも無い。
 だからこそ、日向の力は唯一無二のような気がして、尚更その力に惹かれてしまう。



 (小僧は、暫くは殺さんつもりだが……力が全て解放され、且つ我のものとなったその時は……
  小僧は、生かすか殺すか………………)



「ククッ、まあ良い。今考える必要は無い」



 魁蓮は愉しそうに笑った。
 生意気で威勢が良くて、意外にも頑固者。
 あれほど誰かに歯向かわれたことも無かったため、魁蓮は愉しくて仕方がなかった。
 一通り笑い終えると、魁蓮はゆっくりと立ち上がる。
 バシャっと大きな水音をたてて立ち上がると、ふと遠くにあった鏡を見つめた。



「……………………」



 鏡に映る、自分の体。
 その体を覆い尽くす、黒い模様。
 顔から足にかけて、まるで刺青のように広がっている。
 魁蓮は湯船から出ると、その鏡に向かって歩き出した。
 ピタッ、ピタッと近づいて、鏡の前で立ち止まった。



「……忌々しい……」



 腹の底から出た、腹立たしい本音。
 模様を見る度に湧き上がる怒り。
 全身と顔に広がる模様を見つめながら、魁蓮は小さく舌打ちをした。
 その時、魁蓮は脱衣所から気配を感じ取り、ふぅっと息を吐く。



「夜中だ、寝ろ」

「おや、気づかれてしまいましたか」



 魁蓮が声をかけると、脱衣所から声がした。
 脱衣所にいたのは、司雀だった。
 司雀は魁蓮に気づかれたことに、ふふっと小さく笑っている。



「新しいお召し物をご用意しました。衣の交換に来ただけですよ、お気になさらずに」

「………………」



 司雀はそう言いながら、予め持ってきていた新しい着物を置くと、適当に脱ぎ捨てられた血だらけの着物を手に取る。
 持って分かる真っ赤な血と、漂う匂い。
 悲惨な着物の姿に、司雀は困ったように笑う。



「随分と汚れましたね、これは流石に破棄でしょうか……ところで、魁蓮。ひとつお聞きしても?」

「なんだ」

「なぜ……?」



 司雀は着物を見つめながら、魁蓮に尋ねた。
 魁蓮はしばらく黙り続けていると、堪えきれなくなったように小さく吹き出す。



「ククッ……やはり、お前相手では誤魔化せんか」

「当たり前ですよ、貴方が怪我をするなど滅多にありません。なのに、染み込んでいるのは貴方の血。
 染み込み方からして、腹部の損傷でしょう。となると、自分で傷をつけてきたとしか考えられません」

「あぁ、大当たりだ。流石だなぁ?」

「もう……」



 司雀は、ため息を吐く。
 司雀は初めから気づいていた。
 魁蓮が本当は、誰かと戦って傷を負ったのではなく、わざと自分で傷を作ったのだと。
 全てお見通しの司雀に、魁蓮は口角を上げる。



「なぜ、そのようなことをしたのですか?」

「小僧の力を確かめるためだ。あの力は、妖魔にも効く。となれば、我も試したくなってなぁ?」

「それで、怪我をしたって嘘を?」

「我に一撃入れることが出来る者はおらんだろう?ならば、己の手でやったほうが早い。
 それに、その着物は破棄したいと思っていたからなぁ、丁度いい」

「貴方の着物は、安物では無いのですよ?」

「知らん」

「やれやれ……」



 (全く、素直じゃないんですから……初めから、力を見せて欲しいと言えばいいんですけどねぇ)



 本音を言わないのは相変わらずだ。
 それを司雀も分かっているから、わざわざ言うことは無い。
 処分の許可がおりたところで、司雀はパパっと汚れた着物を適当に畳む。
 その時。



 ガラッ。



 お風呂を終えた魁蓮が、まだ司雀がいる脱衣所へと入ってきた。
 司雀がまだいるというのに、魁蓮は気にすることなく脱衣所へと上がる。
 司雀は少し驚くも、すぐに冷静になる。



「そちらに、新しいお召し物を置いています。
 お手伝いいたしましょうか?」

「必要ない」

「分かりました、では私はこれで」



 司雀は軽く一礼すると、脱衣所から出ようと扉に向かう。



「司雀」



 その時、魁蓮が小さな声で司雀を呼び止めた。
 司雀は扉の前で立ち止まり、魁蓮の方へと振り返ると、魁蓮は司雀が置いた新しい着物を手に取って見つめていた。
 新しい着物が気にいらなかったのだろうかと、司雀が心配して見つめると、魁蓮は重たい口を開いた。



「いつもすまんな」

「っ!」



 魁蓮はそれだけ言うと、そばに置いていた綺麗な布で身体の水気を拭いていく。
 魁蓮に言われた言葉に司雀は驚いていたが、その言葉の意味を理解し、優しい笑みを浮かべた。



「お気になさらず。私が好きでしているのです。
 私はいつでも、貴方の傍にいますから」

「…………ククッ…………」



 司雀がそう言うと、魁蓮は横目で司雀へと振り返り、そして静かに笑みを浮かべていた。
 その時、司雀はあることを思い出す。



「そうです魁蓮、折り入ってお願いしたいことがあるのですが」

「ん?」
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