愛恋の呪縛

サラ

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第82話

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「いっ……あっ…………」



 日向は魁蓮がいることに気づくと、同時に結界が張られていることにも気づく。
 だが、そんなこと気にしていられるほど、日向には余裕がなかった。
 顔を上げたのはいいものの、頭痛が止むことはなく、再び顔を下げてしまう。



「小僧」

「っ、な、なんかっ……頭がっ……」

「口は回るのか」

「そ、そんなにっ……いっ……!」

「……………………」



 魁蓮は、ギラッと赤い瞳を光らせた。
 そして、じっと日向を見つめる。



 (っ……なんだ……?)



 魁蓮の目に映ったのは、日向の中で蠢く
 所々に、青い点々としたものが飛び散っている。
 炎のような動きではなく、ただ明々と輝くだけ。
 そしてその光が、内側から日向を包み込んでいる。
 淡く、そして優しく。

 初めて見る光景に、魁蓮は目を見開いた。



「あ゛っ……い、嫌だっ…………」

「っ…………」



 日向の状況を見た魁蓮は、日向の肩を掴む。
 そして、半ば無理やり体を起こさせた。



「楊、手を貸せ」



 魁蓮がそう言うと、魁蓮の足元から楊が姿を現す。
 楊は小さく鳴くと、少し体を大きくして、日向の背後へと回った。
 楊は羽を畳んで座ると、魁蓮は日向を楊の体に寄りかからせる。
 フワッと柔らかい楊の羽が、日向の体を支えた。



「そのまま動くな」



 魁蓮は、そう指示を出した。
 楊は横目で、日向の様子を伺っている。
 背中を楊に預けた日向は、体を小さくして苦しんでいる。
 魁蓮は瞬時に状態を観察すると、日向をじっと見つめた。



「小僧、我の声は聞こえているのか?」

「っ、うんっ……」

「できる限り、話せ」

「……声が、聞こえるっ……誰か、は……わからないっ。
 頭がっ、痛くて、体がっ……熱いっ……」

「……わかった……」



 魁蓮は日向から事情を聞くと、ペラっと日向の袖をめくった。
 日向の腕に、淡い光を帯びた模様が浮かび上がっている。
 魁蓮はその模様に、眉間に皺を寄せた。



 (我の黒い模様とは、違うな……)



 魁蓮は袖から手を離すと、足元に広がる影に妖力を込めた。



ウオ



 魁蓮がそう呟くと、日向の足元に渦が現れる。
 じわじわと大きくなっていった。
 だが……



 (駄目か……)



 何も変化が起きないと感じると、魁蓮は日向の足元にあった渦を消す。
 日向はずっと、何かに苦しむばかり。
 魁蓮は必死に頭を動かすと、はぁっとため息を吐く。
 すると魁蓮は着物を肩脱ぎし、自分の脇腹に手を添えた。



ザイ



 魁蓮がそう呟いた瞬間、魁蓮の脇腹にグシャッと斬撃が切り刻まれる。
 抉れるまではいかなかったが、脇腹から大量の血が流れ出していた。



「っ!おまっ、何してっ……」



 魁蓮の異常な行動に、日向は息が詰まりそうになる。
 すると突然、魁蓮は日向の後頭部に手を回した。
 そして、魁蓮は日向に顔を近づけて、コツンっと額と額を重ねる。



「おい小僧、聞け」

「うっ……」

「お前の力を使え」

「えっ……」

「無駄口は叩くな、やれ」

「っ……う、うんっ……」



 日向は小さく頷くと、グッと体に力を入れた。
 同時に、魁蓮は再び赤い瞳を光らせる。
 力を発散させるかのように、日向はどんどん力を強めていく。
 魁蓮は日向を真っ直ぐに見つめながら、様子を伺う。

 すると……



「はぁ……っ、はぁ……」



 だんだん、頭痛が和らいできた。
 それだけでは無い、体に籠った熱も冷めていき、少しずつ落ち着いてくる。
 同時に、魁蓮の脇腹の傷も癒えていった。
 そしてそのまま、しばらく待つと……



「あ、あれっ……」



 ずっと続いていた頭痛も熱も、パッタリ消えてしまった。
 そして、頭に響いていた声も聞こえなくなっている。
 魁蓮の傷も完治して、綺麗に元通り。
 苦しみから解放されたが、力をずっと使ったせいか、日向は疲労が溜まっていた。



「な、んで……」



 状況が理解できずにいると、日向は脱力で体が前に傾く。
 それを魁蓮が、前から受け止めた。
 日向は肩で息をしていて、疲れ切っていた。
 魁蓮は日向を支えたまま着物を整えると、いつもより優しく日向を片腕で抱き上げて、その場に立つ。
 日向は魁蓮の肩に頭を預けて、ゆっくりと呼吸をしていた。



「助かった、楊。戻れ」



 魁蓮は楊にそう言うと、楊はフッと姿を消した。
 2人になった途端、魁蓮は再び日向へと視線を落とす。
 どうやら、何とか落ち着いたようだ。
 よほど苦しかったのか、体が小さく震えている。



「はぁ……手のかかる小僧だ……」



 魁蓮はため息混じりに呟くと、空いている片手で自分の羽織を手に取り、そっと日向にかける。
 フワッと魁蓮の羽織に包まれ、日向はゆっくり魁蓮に身を預けた。
 同時に漂う、少し甘い匂い。



 (なんだろう、この匂い……落ち着く……)



 すると、日向は静かに眠りに落ちる。



「……………………」



 小さく寝息をたてる日向を、魁蓮はじっと見つめた。
 安心しきったような寝顔に、魁蓮はため息を漏らす。
 そして日向から視線を外すと、魁蓮は自分たちを囲っていた結界と、庭に広がった黒い影を消した。



「日向っ!!!!」



 結界が破れた途端、龍牙は一目散に日向へと走ってくる。
 ずっと不安だったのか、顔は真っ青だった。



「ひなっ、ぐえっ!」

「待て」



 日向へと飛び込んできそうな龍牙を、魁蓮は雑に顔を掴んで止める。
 龍牙は首がもげそうになる寸前のところで、その足を止めた。
 その後に続くように、司雀・虎珀・忌蛇が魁蓮の元へと駆け寄ってくる。



「魁蓮、日向様はっ!?」

「案ずるな、疲れて寝落ちた」

「はぁ……良かった……」



 落ち着いた日向の姿に、肆魔は安堵する。
 龍牙も安心したのか、ボロボロと涙を流した。
 すると魁蓮は、司雀へと視線を移す。



「小僧に何があった」

「それが、私たちにも分からなくて……
 ただ、あれを……」

「…………?」



 司雀は、くるっと振り返って後ろを指さした。
 魁蓮が司雀の指さした方向へと視線を向けると、庭の1部に綺麗な花が咲いているのに気づく。
 魁蓮は片眉を上げ、日向が起きないようにゆっくりと近づいた。
 1輪手に取り、じっと観察する。
 すると、忌蛇が魁蓮の隣へとやってきた。



「それ、日向が作った花なんです」

「小僧が?」

「どういうわけか、日向の力で作られたもので。
 さっき、僕が自分で切った手の傷も、その花のおかげで治りました。暫くしたら、消えましたけど……」

「ほう……」



 手に取っても、何か違和感がある訳ではない。
 とはいえ、普通では無いことは感じ取れた。
 魁蓮は取った花を衣の中に入れると、司雀へと振り返る。



「先に小僧を部屋で寝かせる。あとは頼むぞ」

「わかりました」



 魁蓮はそう言うと、フッと姿を消した。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 庭を離れた魁蓮は、日向の部屋へと瞬間移動していた。
 明かりの無い、暗い部屋の中。
 魁蓮は日向の寝台へと近づいて、そっと寝かせる。
 今は落ち着いて眠っていた。



「目を離した途端、これだ……」



 魁蓮は深くため息を吐くと、日向にかけていた自分の羽織を手に取る。
 その時。



「……あ?」



 どういうわけか、羽織が取れない。
 グイッと引っ張ってみても、駄目だった。
 一体どうしたのかと、魁蓮が顔を覗かせると……



「……何故」



 魁蓮の羽織を、ガッシリ掴む日向の手があった。
 いつの間に掴んだのか、魁蓮がそっと引っ張ってもビクともしない。
 ただ大事そうに、魁蓮の羽織を握りしめていた。
 魁蓮は眉間に皺を寄せて、なんとか日向から羽織を奪還しようと考える。
 しかし、どうしても取れなかった。



「このっ……おい、離せっ……」



 何度か試していると……



「いい匂い……」

「っ……!」



 ふと、日向が呟いた。
 起こしてしまったのかと思い、魁蓮はピタッと動きが止まる。
 しかし、すぐに寝息が聞こえてきた。
 ただの寝言のようだった。



「……………………」



 日向は、魁蓮の羽織に縋るように眠っている。
 大切なものを抱きしめるように、ぎゅっと握って。
 どう足掻いても取り戻せないと分かり、魁蓮は諦めて手を離した。
 日向は羽織に顔を近づけ、羽織から漂う甘い匂いに擦り寄った。
 それが、落ち着くのだろうか。



「はぁ……うざ……」



 こんなことなら、羽織などかけなければよかったと、魁蓮は少し後悔する。
 だが、日向があまりにも落ち着いて眠っているので、取り返す気にもなれなかった。
 魁蓮は深くため息を吐くと、そのまま背を向けて扉に向かう。

 その時……




「かい、れん……」

「っ……!」



 背後からかすかに聞こえた、日向の声。
 声からして、寝言なのはすぐに分かる。
 しかし、魁蓮はそのまま立ち去ることが出来なかった。
 振り返ったところで、なんの意味もない。
 ただの寝言だと言うのに。



「……………………」



 魁蓮はいつの間にか、横目で振り返っていた。
 案の定、日向は眠っている。
 でも、あの声で確かに言った、確かに呼んだ。

 魁蓮、と。



 (我の名を呼ぶか……夢の中で……
  お前は今、何を見ている………………)



「……くだらん」



 魁蓮は小さく呟くと、日向の部屋を出ていった。
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