愛恋の呪縛

サラ

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第83話

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 真っ暗で、何も見えない場所。
 冷たい空気だけが漂い、心をも凍てつくような。
 そんな中で、ただ声だけが聞こえた。



【 ────── 】

【 ───、─── 】



 声は聞こえるのに、何を言っているのかは分からない。
 モヤがかかったように、聞こえないのだ。
 言葉を聞こうとすれば、遠くに行ってしまうような気がして、近づくことも出来ない。

 だが………………



【 ────── 】



 声も言葉も、モヤがかかっているのに。
 どうしてか落ち着く。
 安らげるような、どこか懐かしいような。



 (君は…………誰っ………………)



 なぜか、手を伸ばしていた。
 何も見えない、何も感じない、何も居ないのに。
 ただ真っ直ぐに、手を伸ばした。
 何故かは分からないが、伸ばした手を掴んでくれる気がした。
 体が、そう訴えるように動いた。
 応えて、この手に。

 その時……





【 黒神様 】





 ただ一言、ハッキリと。
 誰かの言葉だけが、研ぎ澄まされるほどに聞こえた。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「……んっ……」



 何かに呼び起こされるように、日向は目を開けた。
 頭も視界もぼんやりしていて、自分が寝ていたのだと理解する。
 目を開ければ、そこは自分の部屋だった。
 どれほど時間が経ったのか、気づけば夜だった。



「あ、れ……僕……」

「日向様!」

「……えっ……」



 隣から聞こえた声に、日向は顔を傾けた。
 するとそこには、目を見開いて驚く司雀の姿が。
 その近くの机には、粥や水などが置かれている。
 一体、何があったのか。



「司雀……なんで、ここに……」

「良かった、目が覚めたのですね」

「目が……僕……」

「今日の午前。庭で倒れたのを覚えていますか?」

「庭…………はっ……!」



 司雀の言葉で、日向は思い出した。
 庭で肆魔の皆と話していた時に、謎の頭痛と熱に襲われた。
 頭がクラクラして、妙に苦しくて。
 そんな中で、意識が少しずつ薄れていたことも。
 
 日向はバッと体を起き上がらせる。



「僕っ!…………ん?」



 起き上がった日向は、視線を落とした。
 手元に違和感があった。
 布のような衣のような、何かを握りしめている。
 日向が手元を見ると……



「……なにこれ」



 日向が握りしめていたのは、黒い羽織のようなもの。
 両手で持って広げると、握りしめたせいかシワシワになっていた。
 日向がじっと見つめていると、なにやらその羽織から微かに甘い匂いが漂う。



 (これ、蓮の匂い……)



 日向はそっと、羽織を自分の顔に近づける。
 蓮の匂いをまとった羽織は、とても落ち着く。
 静かに匂いを嗅ぎながら、この羽織は何なのだろうと考える。
 すると、日向の様子を見ていた司雀が、笑みを浮かべて口を開く。



「あ、それ。魁蓮のものですよ」



 バンッ!!!!!!!!!!!



 司雀の言葉に、日向は反射で羽織を寝台に叩きつけた。
 そして、バッと司雀に振り返る。



「……嘘だよね」

「いいえ?」

「僕、これ見た事ないよ」

「見てはいますよ?ただ、新調したものなので、あまり認識が無かったのかと」

「……アイツ、知ってる?」

「はい。羽織を取られた、と仰ってました」

「………………………………」



 色々とツッコミたいところはあったが、日向は一つにまとめた。



「なんで、僕がアイツの羽織を持ってんの……?」



 魁蓮の理由などどうでもいい。
 問題は、それを握りしめ寝ていたことだ。
 日向は目をバキバキにしながら、青ざめて尋ねる。
 すると司雀は、優しい笑みを浮かべて口を開いた。



「おや、覚えていませんか?
 日向様を助けたのは、魁蓮ですよ?」

「……えっ……」

「異変が起きた日向様が眠りについた時、魁蓮がその羽織を貴方にかけたのです。
 この部屋に連れてきたのも魁蓮。その時、日向様があまりにも羽織を強く握りしめるものだから、取り返すのは諦めた、と」

「……………………」



 その時、日向の脳裏に蘇る記憶。
 頭に多くの声が響いていた時、遠くの方でハッキリと聞こえた低い声があった。
 他とは違う、誰なのかハッキリ分かる声だった。
 痛い頭に耐えながら、顔を上げると、ぼやけた視界の中にいた人物を思い出す。
 真っ直ぐに見つめて、色んな技を使って、脇腹に傷も入れていた。

 あの、特徴ある赤い瞳で、見つめられていた。
 ずっと傍にいて、何とかしようとしてくれていた。



「……アイツ、がっ……」



 蘇る記憶に反して、信じられなかった。
 彼が行った行為は、いわば助けたことになる。
 だが、あの男がそんなことするだろうか。
 苦しんでいる中、嘲笑って見殺しにするくらいの男だと、日向はそう認識している。
 なのに……

 思い出すのは、逞しい腕に抱き上げられたこと。
 その一つ一つの仕草が、やけに優しかったこと。



「魁蓮がいなかったら、日向様がどうなっていたか分かりません」

「っ……なんで……
 僕が苦しもうと、アイツにはどうでもいい事なんじゃっ……」

「案外、そうでも無いかもしれませんよ。
 日向様が眠りについている時、何度か様子を見にここへ来ていましたから」

「っ……!!!!!」



 司雀が、嘘を言うとは思えない。
 ならば、今言ったことは全て事実。
 日向は困惑して、拳をギュッと握りしめた。
 もし、全て本当なら……
 少しでも、彼が心配してくれたのなら……




「アイツは、今どこにいるの?」

「恐らく、黄泉にはいると思います。気配はうっすらと感じますから……ですが、何処にいるかまでは……」

「…………あっ」



 その時、日向はある場所を思い出す。
 寝ていて乱れた衣をパパっと整えると、シワシワになった魁蓮の羽織を握りしめて、寝台から飛び降りた。



「えっ!ひ、日向様!?どちらへ!?」



 慌てて駆け出す日向に、司雀は声をかける。
 日向は扉を開けた瞬間、司雀に振り返った。



「アイツんとこ!」

「っ……」



 それだけ言い残すと、日向は部屋を出た。

 大雑把に畳んだ羽織を両手に抱え、微かな記憶を頼りに廊下を走る。
 もう随分と遅い時間なのか、黄泉は静まり返っていた。
 いつの間にか、龍牙たちの姿もない。



 (まだ、アイツが起きているなら……)



 まだ知らない、魁蓮の部屋に彼が行っていなければ。
 可能性としては、1つしか思いつかなかった。
 眠っていないことを願い、日向はひたすら走る。

 暗くなってきた廊下。
 そして漂う、蓮の匂い。
 日向は覚えていた。



「見えた!」



 向かった先は、誰も立ち入らなそうな大きな扉。
 周りに蓮の花を咲かせ、不思議な雰囲気を纏う。
 日向はその扉に触れると、体全部を使ってこじ開けた。
 開いた扉の隙間から香る、蓮の匂い。
 あの時と、変わらないものだ。



「んっ!」



 重たい扉を、日向はガッと開ける。
 開けた扉の先には、無数に広がる蓮の湖。
 そして塀のない1本橋と、その橋の先にある大きな亭。



「あっ……」



 その亭に、1人の影。
 足と腕を組んで、座ったまま目を閉じる姿が。
 日向はその姿に気づくと、一目散に向かう。
 気づかれるか気づかれないかなど、この際どうでもよかった。
 ただ、亭にいるを目指して……。





!!!!!!」





 日向は、無我夢中で呼んだ。
 考えてみれば、初めて彼の名を呼んだ。
 日向は少し緊張しながらも、亭の前で立ち止まる。
 すると、ずっと目を閉じていた魁蓮が、ゆっくりと目を開けた。
 眉間に皺を寄せ、少し鋭い目付きで日向を見る。
 魁蓮と目が合うと、日向はドキッと緊張した。
 走ったせいで息が荒い日向に気づくと、魁蓮は顔を上げる。



「……起きたか」
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