愛恋の呪縛

サラ

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第85話

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 翌日。



「あー……ねっむ……」



 日向は気だるそうに、廊下を歩いていた。
 昨日の魁蓮の態度が頭に残って、うまく寝ることが出来なかったのだ。
 部屋に戻ってきた時は、終始司雀に心配をされたが、理由が恥ずかしくて言い出せないまま。
 何でもないと押し切って、そのまま部屋から出てもらった。

 結果、何でもないわけがなく、見事に寝不足。



「とりあえず、ご飯くらいは食べんとな……」



 日向はそう言いながら、食堂の扉を開けた。
 その時。



「日向ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

「ぐえっ!!!!!!!!!」



 扉が開いたと同時に、日向は大きなものに激突される。
 だがこの衝撃の正体を、日向は知っている。
 今日は強めに来ただけで、ほぼ毎日味わっているものだ。
 日向はグッと足を踏ん張って、背中から倒れるのを回避する。
 そんな日向に激突してきたのは、



「よがっだああああああ!!!!!!!!」



 大泣きして日向に抱きつく龍牙。
 朝の挨拶代わりだろうか。
 日向は苦しくなりながらも、おはようと言う代わりに背中を叩く。



「ぐ、ぐるしっ……龍牙っ」

「あああ!ごめん!!!!」



 龍牙は慌てて日向から離れると、大雑把に涙を拭う。
 日向は苦しみから解放され、息を思い切り吸い込もうとして、ゲホゲホと咳き込んでいた。
 そんな2人の騒ぎを聞いた司雀が、台所から顔を出す。



「おはようございます、日向様。
 強烈な歓迎ですね」

「ほんっとに……」

「ですが、どうか今日だけは許して頂けませんか?龍牙、日向様が心配で一睡もしてないみたいなので」

「えっ?」



 司雀の言葉に、日向は龍牙へと視線を移す。
 大泣きで涙を流していたせいで分かりづらいが、確かに目の下にくまが出来ていた。
 顔色も、良いとは言えない。
 だが、龍牙は自分の事など気にもせず、日向が無事に起きてきたのを喜んでいる。
 何度も何度も溢れる涙を拭っていた。



「龍牙っ……」

「だ、だって……心配で、不安で、おかしくなりそうだった!日向、全然起きてくれないしっ……司雀は全然部屋に入れてくれねぇしっ……
 俺、俺っ……日向が死んじまうのかと思って、怖かった……俺、人間の体のこと、全然分かんないからぁぁぁぁぁぁぁ」

「っ……ふふっ、馬鹿だなぁ。ほんとにもう」



 龍牙は、声を上げて泣いた。
 本当に心配してくれていたようだ。
 目の前で大粒の涙を流す龍牙に、日向はそっと手を伸ばす。
 両手で龍牙の頬を包み込み、止まることの無い涙を何度も拭った。



「僕、死なないよ?そんなヤワじゃないって」

「っ、ほんとに?」

「うん。僕が死んだら、龍牙は悲しいだろ?僕は龍牙を悲しませたくないから、絶対死なない」

「じゃあじゃあ、この先もずっと一緒にいる?
 100年先も、1000年先も」

「ひゃ、ひゃく……
 ま、まあ……魁蓮アイツがなんとかしてくれるんじゃないかなぁ……あははっ……」

「ほんとに!良かったああああ!!!!!」



 龍牙は喜びながら、再び日向に抱きつく。
 考えてみれば、妖魔はどれだけ生きられるのだろう。
 人間のように寿命はあるのだろうか。
 とんでもない約束をしたのでは無いのかと、日向は今になって焦る。
 このままでは、約束を破るのが確定してしまうからだ。



 (アイツに対してもそうだけど、あんまり妖魔と約束とかするもんじゃねえな……)



 日向は心の中で、反省した。
 その時。



「何で扉の前で立ち止まってるんだ、人間」

「うおっ」



 ふと、背後から声がした。
 日向が振り返ると、そこには虎珀が立っていた。
 虎珀は片眉を上げて、日向の肩に突っ伏している龍牙へと視線を向ける。



「人間、これは何だ」

「あ、えっと……一応、龍牙」



 日向がそう言うと、龍牙は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
 あまりにも酷い顔をしている龍牙に、虎珀は目を見開いて引いていた。



「虎ぁ……おはよぉ……」

「お、お前……なんだその締まらない顔は……」

「グスッ……日向が起きたのが、嬉しくてぇ……」

「はぁ?あぁ……全く……」



 虎珀は龍牙の言葉に呆れていると、衣の中から小さい布を取り出す。
 そしてその布を、龍牙へと近づけた。
 まだ溢れていた涙を拭き取ると、使っていない面を龍牙の鼻に当てる。



「ほら」



 虎珀がそう言うと、龍牙は思い切りブーッと鼻をかんだ。
 虎珀は丁寧に布を畳むと、龍牙の顔色を確かめる。



「お前、寝てないな」

「寝れるわけないじゃん!日向が大変な時に!」

「だからといって、お前が倒れでもすれば元も子も無いだろう。お前が倒れた時、人間は誰が守るんだ」

「はっ……!た、確かにっ……」

「バカ龍……………………」



 龍牙の反応に、虎珀は深いため息を吐く。
 そんな中、日向は虎珀をじっと見つめていた。
 さすがに視線に気づいたのか、虎珀が横目で日向へと視線を向けた。



「なんだ」

「あ、いや……虎珀って、龍牙の扱い慣れてるよな」

「あ?」

「なんつーか……龍牙のこと、よく見てるよね?」

「……………………」



 それは、日向がこの黄泉に来てから感じていたこと。
 些細なことだが、虎珀はよく龍牙のことを見守っている気がしたのだ。
 仲は特別良い訳では無いし、むしろ悪い。
 でも、虎珀はどこか、龍牙のことを気にして見ている節がある。

 日向がそう言うと、虎珀は目を伏せた。



「……気のせいだろ」

「えっ」

「ほら、バカ龍。お前の分の飯を用意するから、好きな量教えろ」

「俺、いっぱい!虎、盛って盛って!!!!!」



 虎珀はそれだけ言い残すと、日向に引っ付いていた龍牙を強引に引っ張り、台所へと向かった。
 虎珀の反応に、日向はポカンとしていた。



「日向の言っていること、間違ってないよ」

「うおっ!!!!!!」



 日向がポカンと突っ立っていると、再び背後から声がした。
 こればかりは日向も驚いてしまい、少し大声を上げてしまう。
 後ろを振り返れば、忌蛇がいた。



「びっくりした……おはよう忌蛇。
 間違ってないって、どういうこと?」

「僕、肆魔の中では最後に黄泉に来たんだけど……初めて会った時から、虎珀さんは龍牙さんのこと気にかけてた。龍牙さんは虎珀さんのことを鬱陶しく思っていた時もあったけど、本気で嫌がってる素振りは無い」

「……どうしてなの?」

「さぁ……龍牙さんが大怪我した時も、いつも心配して治療してあげてたから……何か、あるんじゃない?」

「…………………………」



 日向は、再び虎珀へと視線を向けた。
 誰にも言えない事情でもあるのだろうか。
 ふと、日向は以前司雀と話した事を思い出す。
 日向が黄泉に来て間もない頃の会話。





【仲は、悪いんだよね?】

【ふふっ、どうでしょうね。虎珀は、龍牙のことを常に気にしていますから。喧嘩はしますが、どうしても放っておけないんでしょう】

【虎珀は、龍牙が大切……ってこと?】

【さあ……まあ、本当にそう思っていたとしても、龍牙はきっと気づきませんよ】





 (何か、特別視している事でもあるのかな……)





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「そのまま優しく、すすいでください」

「こう?」

「そうです、お上手ですよ」



 朝餉の後、日向は司雀に羽織の洗い方を教えて貰っていた。
 昨夜あったことを司雀に話したところ、快く引き受けてくれたものの、司雀は大爆笑していた。
 司雀いわく、「魁蓮も、自分の衣が奪われるのは初めてだったので、良い経験になったのでは無いでしょうか。たまには奪うだけでなく、奪われるのも良いかもしれませんね」と。

 ここまで鬼の王に怯まない妖魔がいるだろうか。
 ずっと一緒にいるせいか、司雀は魁蓮という男をよく分かっている気がする。



「随分と、器用ですね?」

「よく言われる!嬉しいけどさ」



 洗濯桶を使いながら、魁蓮の羽織を丁寧に洗っていく。
 当の本人はと言うと、朝早くから現世に出かけたらしい。
 いつも、彼は現世で何をしているのだろうか。
 そんなことを考えながら、日向は羽織が傷つかないように洗っていく。



「よし、こんなもんでどうだ!」

「わぁっ、とても良いです!」

「ほんと!じゃあ、ちゃちゃっと干しちゃいますか!」



 日向は洗濯桶に溜まった水をバシャっと流して、軽く水気を取った羽織を入れたまま運んだ。
 庭に移動して、干し方も司雀に教えてもらう。



「うっし!終わり!」



 日向は汗を拭うように、額に手を置いた。
 問題ない洗濯の仕方に、司雀も笑顔で頷いている。
 優しい風が吹き、干したばかりの羽織をゆっくり揺らしている。



「上出来ですよ、日向様。これなら、魁蓮も喜んでくれます」

「いやぁ、喜ばないでしょ~。当たり前とか言いそう」

「ふふっ」



 すると日向は、ストンっとその場に座り込んだ。



「どうしましたか?」

「この羽織返すまで、稽古もお預け食らってんだよねぇ。だから、それまで自主練しようと思って」



 そう言うと日向は、慎重に力を込めていった。
 全身をゆっくりと駆け巡る、全快の力。
 昨日とは違い、今は落ち着いて力を使うことが出来ている。



「僕の力が、花に関することならさ。この庭を使うのが一番良いでしょ?ちょっと自分の力のこと調べたいんだ」

「なるほど」



 (それに……あの声も気になるし……)



 頭痛、体の熱、そして同時に聞こえた謎の声の数々。
 昨日だけでは無い、忌蛇を助けた際にも声が聞こえた。
 あれは、誰の声なのか。



「僕はまだ、自分のことを知らなすぎる。
 だから、探ってみるよ」
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