愛恋の呪縛

サラ

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第95話

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 ピチャン……。



 水の落ちる音がこだまする。
 他には何も聞こえない無音の世界。
 どこか禍々しい雰囲気を漂わせる空間に、異型妖魔は目を開けた。



「な、んだ…………」



 だんだんと視界がハッキリしてきて、頭も覚醒する。
 その度に、何か異常なことが起きているのだと気づき始めた。
 水の上に浮いているような感覚なのに、その水がどこか重く感じる。
 サラサラとした水の感じではない、若干の粘り気が含まれているような。
 それだけでは無い、鼻を指すような血に近い匂い。
 空間を漂う、謎の赤いモヤ。

 その全てを感じ、異型妖魔はバッと起き上がった。
 こんな空間で、仰向けになることなど出来ない。



「なにっ……………………はっ……?」



 起き上がった異型妖魔が目にしたのは……

 果てのない、真っ赤な湖。
 そしてその湖の中には、目をくり抜かれた無数の死体があった。
 人間、仙人、妖魔……種は様々で、それらが密集している。
 死体は全て湖ので浮かんでおり、水面上には誰も浮き上がっていない。
 
 そして何故か、異型妖魔は水面上にいた。
 湖の中に手を入れようとしても、水面上が壁のようになっていて、湖の中に手を入れることも、触れることも出来ない。



「なんだ……ここはっ……」



 もしこの世に、地獄があるとしたら……。
 まさにこのような光景が広がっているのだろう。


 その時。





「気がついたか」

「っ!」






 背後から聞こえた声に、異型妖魔はバッと振り返る。
 するとそこには、薄ら笑みを浮かべて立っている魁蓮と、その後ろでは双璧の2人がいた。
 異型妖魔と同じように状況が飲み込めていないのか、双璧の2人も目の前の酷い光景に絶句している。
 対して魁蓮は、先程と同じように赤い目を光らせたまま、異型妖魔をじっと見つめていた。



「居心地が良いだろう?数多の血の匂いが混ざり合い、この空間を彩っている。心做しか、悲鳴も聞こえてくるとは思わんか?ククッ……」

「鬼の王……なんだ、ここはっ……どこなんだっ」

「貴様が知る必要は無いだろう」



 魁蓮は、冷たく言い放つ。
 こんな状況に立たされて、挙句何も教えてくれない。
 異型妖魔は落ち着くことも出来ず、思わずキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
 
 人間の死体、妖魔の残骸……全て見慣れたもののはず。
 なのに何故、この場所は恐怖を煽られるのか。
 全ての死体の目がくり抜かれ、無惨な殺され方をされている。
 赤い湖は、体を保存する液体のようだった。



「では始めよう」

「っ……?」



 薄ら笑みを浮かべた魁蓮が呟くと、何やら血の匂いが濃くなってきた。
 その時。



 パシッ。



 湖の水面上に手を置いていた異型妖魔は、何者かに手首を掴まれる。
 ひんやりと冷たいはずなのに、ヌメっとしたようなものは火傷しそうな程に熱い。
 異型妖魔が恐怖を感じながら、ゆっくりと視線を落とすと……



「っ!?」



 湖の中から、死体の手が伸びてきていた。
 生きているとは思えない見た目なはずなのに、死体の手はしっかりと異型妖魔の手首を掴んでいる。
 そしてその死体に続くように、今まで動きもしなかった湖の中の死体たちが、ぞろぞろと近づいてきた。
 まるで活性死者のごとく、湖の中から手が伸びてくる。



「あっ、ああああ!!!!!」



 これには、異型妖魔も悲鳴を上げた。
 不思議だったのは、本来感じるであろう恐怖が、何故か何倍にもなって襲ってくること。
 気が狂いそうな程に「恐怖」という感覚が異型妖魔を襲ってくる。
 手首、足首、腕……異型妖魔の体を、湖の中の死体たちが、どんどん掴んでくる。



 ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……



 うめき声が聞こえ始めた。
 貪られるような感覚、平常心などどこかへ消えてしまった。



「は、離せぇぇ!!!やめろ!!!来るな!!!」



 その恐ろしい光景に、双璧の2人は唖然としていた。
 そんな中、魁蓮は楽しそうに笑っている。



「ククッ、愉快愉快。
 屍共も、久々のに歓んでおるなぁ」

「た、高嶺の花!?何言ってやがる!なんだよコイツらは!!!死体のくせに、生きてんのか!?」



 魁蓮の言葉に、異型妖魔は反応する。
 そんな異型妖魔の姿に、魁蓮は目を細めて笑った。



「言ったはずだぞ?貴様が知る必要は無い、と。
 念の為言っておくが……このままでは貴様は、その屍共に生きたまま喰われるのを待つだけだ」

「っ!!!」

「まあ、貴様がどうなろうと……我にはどうでもいい。喰われようが切り裂かれようが……好きにしろ」



 魁蓮は、小さく笑い始めた。
 なんという残酷さなのだろうか。
 そもそも、助けてくれる保証など無いのだろうが、目の前で起きている状況に何も思わないとは。



「た、助けてくれ!!何でもする!!!」



 ふと、異型妖魔はそう口にした。
 だがこれは、心の底から出た本音かどうかは分からない。
 無意識のうちに口走った気もする。
 でも、このまま喰われるのが嫌なのは事実だった。
 死体たちからは体を捕まれ、グイグイと引っ張られている。
 耐えられなかった。

 その時。



「良いだろう」

「……えっ」



 異型妖魔の懇願に、魁蓮は頷いた。
 まさか、助けてくれると言うのだろうか。
 異型妖魔は驚きと喜びで、顔が歪む。
 だが……



「貴様が我の問いに、全て答えるというのならばな」

「っ…………」



 条件付きだった。
 無条件で助けてくれるような男では無いと分かってはいたが。
 でも、異型妖魔はもう冷静ではない。
 早くこの状況から、抜け出したかった。



「な、なんでも答える!!だからっ、助けてくれ!」

「ククッ……では、貴様に問う」



 すると魁蓮は、腕を組んで話し始めた。





「貴様らが話している「主」と「覡」
 これらは、一体何だ」

「っ……………………」





 魁蓮の言葉に、異型妖魔は目を見開く。
 直後、体がだんだんと震え始め、気が狂いそうになった。



「し、知らない……」

「……ほう?」



 異型妖魔の返答に、魁蓮は眉間に皺を寄せた。
 質問に答えれば、命は救う。
 だが、答えることが出来ないのならば……



「では、死ね」



 魁蓮が呟くと、死体たちの活気が上がった。
 呻き声を大きくあげ、グイグイと異型妖魔を湖の中へと引きずり込もうとしている。
 同時に、異型妖魔を恐怖が襲った。
 そして、助けを求めるように口を開く。





「ま、待ってくれ!やめてくれ!」

「では答えよ」

「ほ、本当に知らないんだよ!!!!
 俺たちはっ……
 本当の姿の主に、会ったことがないんだ!!!!」

「……あ?」
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