愛恋の呪縛

サラ

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第110話

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 パァンッ!



 矢が、的にあたる音が響き渡る。
 ガヤガヤと騒ぎまくる酒場を抜け出し、しんと静まり返った庭へと出てきた日向。
 庭では何人もの妖魔たちがおり、楊弓をする者、それを見る者、案内する者、と分かれている。
 こちらも一応賭博扱いなのだが、全員が的にあたる瞬間を、息を飲んで見守っているせいか、賭博にしては静けさの方が目立っていた。



「おぉ……」



 日向もその静けさにあてられ、思わず小声で感動の声を漏らす。
 先程、女妖魔たちが言っていたように、楊弓は小さい弓矢のものと、通常の大きさの弓矢の2種類があった。
 見た感じだと、小さい方は子どもの微力な力でも遊ぶことが可能なくらい簡単なもの。
 対して通常の弓矢の方では、それなりの技術が必要のようだ。



「どちらを選ぶかは各々の自由!でも、欠点が多いのは大きい方ね。やっぱり、力がいるから」

「そうみたいだね」

「でもその分、お金もかなりの額が動くわよ~!弓を扱える方々は、一攫千金を狙う絶好の機会なの!」



 確かに、大きい弓矢の方の種目を見れば、普段から弓を扱っている者たちがうじゃうじゃといる。
 もちろん、未経験の者も混ざりこんでいるようだが、これはあくまで賭博。
 万が一経験者と当たれば、負け確定とも言えるだろう。
 既に、多額の損害が出ているのか、ガックリと項垂れている者も見かける。

 運、と言うよりかは、経験者同士の争いのようだ。



「僕ちゃんは、今日は賭け無しの遊びだから。
 せっかくなら、大きい方をしてみたら?いつもだったら、賭け金があるから手も出せないと思うし」

「そう、だね……」



 女妖魔たちは、大きい方を勧めてくる。
 今回は賭け無しのため、どちらを選んでも損は無い。
 小さい方を選ぶより、大きい方を選んで体験してみるのは、むしろ良い経験にもなるだろう。
 そう考えていたのだが……。

 この時、日向はある違和感を抱いていた。



 (弓、か……)



 じっと、楊弓をする者たちを見つめる。

 日向は弓の経験が無い。
 現世で仙人たちが扱っているのを、何度か見たことがある程度だ。
 しかし、何故だろうか、どうにもを感じる。
 風景などでは無い、弓そのものに懐かしさを感じた。
 一体何の懐かしさなのだろう、と考えながら、日向は口を開いた。



「……大きい方、してみる」

「了解!じゃあ事情を話してくるから、先に行って弓の扱い方を教えて貰ってね!」



 代表して、1人の女妖魔が案内をしている妖魔の元に、日向の事情を話しに行った。
 それと同時に、日向は残った女妖魔たちと一緒に会場へと向かう。

 その時。





「あ、あの……通してください」

「っ……」





 ふと、日向の耳に聞こえた女性の声。
 その声は、どこか怯えたような、か細い声だった。
 くるっと首を回せば、少し離れた場所で、大きな体の男妖魔3人に詰め寄られている小柄な女妖魔がいた。
 誰が見ても、その状況が良くないものだと認識できるほどには、女妖魔の顔は困った表情をしていた。



「ちょっとごめん」

「え、僕ちゃん?」



 一緒に動いていた女妖魔たちの手を優しく振り払い、日向はその女妖魔の元へと向かった。
 後先のことは考えず、ただ一直線に。



「いいじゃねえかよ~、一緒に飲もうぜ~?」

「連れはいないんだろ?なら平気だよなぁ?」

「奢ってやっから、なぁ?」

「い、いや。離してください!」



 だんだんと、彼らが話している話も聞こえてくる。
 いよいよ、男妖魔たちは女妖魔の腕を掴み始めた。
 話し方、立ち方、その全てから見て、男妖魔たちは酒に酔っている。
 とはいえ、あんな乱暴をするなんて。
 どんな理由であれ、許されることではなかった。



「んなつれないこと言うなって。このまま俺たちとっ」

「何をしているんだ」

「「「っ……!」」」



 やっとたどり着いた日向は、女妖魔の腕を掴んでいた男妖魔の腕をガシッと掴み、ギロリと睨みつける。
 突然現れた日向に、全員が驚いていた。



「彼女、困ってるだろ。離せよ」

「はぁ?誰だテメェ」



 腕を掴まれた男妖魔は、バッと日向の手を振り払う。
 眉間に皺を寄せ、明らかに機嫌が悪くなっていた。
 対して、男妖魔から解放された女妖魔を、日向は優しく背後に隠す。
 男妖魔たちは、日向より体は大きくガタイもいい。
 ところどころ、体に傷があった。
 恐らく、喧嘩などが好きな妖魔なのだろう。
 それでも、日向は怖気付くことなく見つめ返す。



「男3人が女の子相手に、乱暴するなって言ってんだよ」

「テメェ、目悪ぃんじゃねえのか?どうみたって、仲良くしてただろ~?決めつけるのはどうかねぇ?」

「「離してください」って言ってたけど?」

「ははっ、いきなり掴んだから驚いただけだろ。
 つーかさ、何邪魔してくれちゃってんの?」



 男妖魔は、日向に顔を近づけて、至近距離で日向を睨みつけた。
 怖がらせようとしているのか。
 なんとも子どもじみたことをするものだ。
 日向は小さくため息を吐くと、呆れた様子で睨み返す。



「この子に、乱暴、するな」

「……チッ。んだよこのクソガキ。
 酔いがさめたわ、行くぞお前ら」



 大きく舌打ちをすると、男妖魔は一緒にいた他2人を連れて、何やらブツブツ呟きながら、その場から立ち去っていった。
 男妖魔たちが離れると、日向はくるっと背後にいた女妖魔に振り返る。



「大丈夫!?怖かったよな?怪我してない?」

「あ、ありがとうございます!大丈夫です!」

「良かった、1人でよく頑張ったな!」

「本当に助かりました……!」

「無事でよかったよ。また何かあったら、でっかい声出せよ!すぐ飛んでいくかんね!」

「ふふっ、はい!」



 女妖魔は、何度も何度も日向に礼をして、その場から立ち去っていった。
 姿が見えなくなったのを確認すると、日向は置いてきてしまった酒場の女妖魔たちの元へと戻る。



「悪ぃ!急に抜け出してっ」



 そう言いながら戻ると、何やら女妖魔たちは、両手を合わせて感動していた。
 頬を赤く染め、目をキラキラと輝かせている。



「え、な、なに」

「「「「僕ちゃん、かっこいい~!!!!!」」」」



 日向はポカンとしているが、女妖魔たちからすれば、今の日向はかっこいい救世主に見えた。
 何たって、面倒な男に絡まれているところを助けたのだから。
 男に比べて力が弱い女からすれば、こういう時に助けてくれる者ほど、有難いことはない。
 何より、可愛らしい見た目をした日向が、だ。
 突然見出した男らしさに、良い意味での格差を喰らい、女妖魔たちはメロメロだ。



 (急に、なんだ?)



 当然、日向はこれっぽっちも分かっていない。
 女ウケを狙ったわけでも、何かの英雄になりたい訳でもない。
 ただ純粋に、困っている子がいたから、助けた。
 日向からすれば、所詮はその程度のものだ。
 誉められるようなことをした自覚は、全く無い。
 むしろ、困っている人がいたら助ける、日向にとっては当たり前のことなのだから。



「よく分からんけど、まあとりあえず行こうぜ?」

「「「「はぁい♡」」」」



 未だ理解していない日向を先頭に、女妖魔たちは楊弓の会場へと向かった。

 一方。



「あのクソガキ、楊弓するみたいだぜ?」

「はぁ?あのヒョロヒョロが?」

「ははっ!恥さらしだろ!」



 ついさっき、日向に女妖魔を連れ去ろうとしていたところを邪魔された男妖魔3人が、楊弓へと向かう日向の姿を見つめていた。
 先程は、大人しく離れたものの、男妖魔たちの鬱憤が晴れたわけではない。
 むしろその逆で、男妖魔たちの矛先は日向に向けられていた。



「なあ、いいこと考えたぜ?
 あのヒョロヒョロに、もっと恥をかかせる方法」



 1人の男妖魔が、ニヤリと口角を上げた。
 そして、日向が弓の扱いを習っている間に、案内者にを話に行く。



 そんな男妖魔たちの姿を、影から睨みつけるがあった……。
 
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