愛恋の呪縛

サラ

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第111話

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 先程、代表して事情を話してくれた女妖魔のおかげで、日向は掛け金無しで楊弓をすることになった。
 選ぶのはもちろん、大きい方。



「こちらが、弓と矢です」

「うお、案外重いな」



 案内者から弓を受け取った日向は、見た目よりも重みを感じる弓に、少々驚いている。
 日向が現世にいた頃は、仙人や狩りをする者でなければ触れることがなかった弓。
 日向も見てきただけのため、こうして触れるのは初めてかもしれない。



 (まあ、いい経験にもなるだろ!)



 この酒場での楊弓の決まりとしては、
 一班5人で競う種目らしい。
 的に得点が書かれており、3本の矢を射て、的に当てた総得点を競うのだという。
 的から外れた矢は、得点に入らない。
 練習もなし、やり直し無しの、ぶっつけ本番だ。

 そして、この大きい方の楊弓は、運が良ければ倍のお金が返ってくることもある。
 運試しだけでは無いため、わざわざ狙いに来る者も沢山いるんだとか。



「基本は、なるべく同じ段階の者同士が班になれるようにするのですが、場合によっては未経験者と経験者が競うこともあります。その点においても、賭博としての運が試されますね」

「それだと、負け確定だけどな」



 他の賭博に比べて、経験者というものが存在する楊弓。
 小さい方の楊弓だけならば良かったのだが、それでは面白くなかったのだろう。
 むしろ、どちらを選ぶかも、各々の運次第なのだから。



「それでは、壇上へお上がりください」

「うっす!」



 あらかた弓の扱い方を習うと、日向は立ち位置へと向かう。
 ずっと一緒にいてくれた女妖魔たちは、日向が矢を放つのを今か今かと待ち望んでいる。
 日向も緊張しながら、立ち位置へとたどり着いた。
 日向はパンっと両頬を叩き、気合を入れる。



 (よしっ、頑張るっ……)



 だが、そんな日向の気合いも束の間。



「……は!?」



 日向が見たのは、先程入れたばかりの気合いすら、スゥっと消えていくようなものだった。
 グッと目を凝らし、遠くにあるを見つめる。

 通常、的というものは遠くにあって、矢が向かってくるのを待っているものだろう。
 だが、日向が今見ている的は、矢が当たるのを避けているように見える。
 一言で言えば、



「えっ!?なにあれ!?動くん!?的って動くの!?」



 流石の日向も、これには声を挙げずには居られない。
 バッと首を回して、女妖魔たちと案内者へと視線を向けると、女妖魔たちも動く的に目を見開いていた。
 どうやら、彼女たちも知らない事態が起きているらしい。
 日向が少し困惑していると……



「おいお前らぁ!そこのめんこい兄ちゃんが、3本全部的に当てるってよー!しかも、動く的を!」

「っ……」



 少し離れた場所から、張り上げる声が聞こえた。
 日向がその声に顔を上げると、人だかりの中に、見覚えのある顔を見つける。



 (あれって……)



 声を張り上げていたのは、先程日向が助けた女妖魔に、しつこく詰め寄っていた男妖魔たちだった。
 男妖魔たちは、ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべて日向を観ている。
 その態度で、日向は状況を理解した。



「おい皆聞けって!そこにいるのは、弓の名手だとよ!どんな的でも、ど真ん中に当てることが出来る天才なんだとよ!折角なら、見ていこうぜ~?」

「……アイツらぁぁぁぁ……(怒)」



 恥をかかせる気なのだと分かり、日向は腹が立ってくる。
 だが、その男妖魔の声は嫌な程に響き渡り、会場にいた妖魔全員が、どんなものなのだろうと興味を持って、日向へと視線を向けた。
 ただでさえ、見た目で目立ちやすい日向がこの場所で注目を浴びれば、一瞬にして妖魔たちの記憶に刻まれるだろう。
 当然、ここまで持ち上げられて、結果1本も矢を当てることが出来なかったとなれば、たった1日で大馬鹿者と認定される。



「ほらほらぁ、見せてくれよ!天才!」



 男の声を筆頭に、妖魔たちは賭博の手を止めて、日向へと視線を集中させた。
 もう、逃げ場などない。
 四方八方から浴びせられる妖魔の視線に、日向の緊張は限界にまで達していた。



 (チッ……そっちがその気なら、ノッてやるよ!)



 こうなってしまっては、やけくそだ。
 日向はギリっと歯を食いしばりながら、先程教えてもらった弓の扱い方を、一通り通す。
 緊張している自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
 正直、初心者だろうと成功しか許されない状況だ。
 当たったら運が良い、くらいの気持ちで挑むのも駄目らしい。
 なるようになれ、としか言えなかった。



 (集中……)



 極限にまで高められた、異常な集中。
 それは、日向のにまで影響を与え、日向は無意識のうちに全身に力を巡らせた。
 体の中を流れる血液のように、力は留まるところを知らずに流れていく。
 仙人の霊力や、妖魔の妖力のように、身体強化なんて大それたものではない。
 それでも確かに、日向の力は、日向を包み込む。

 その時だった。









【もっと肘を上げろ】







「……っ……」



 突如、日向の脳内に響いた、あるひとつの声。
 その声を聞いた途端、日向の心臓は、ドクンと強く跳ねる。



 (今の声って……)







【お前はよく、肘が下がっている】

【体が傾きすぎだ、足に力を入れろ】

【集中しろ、見定めるんだ】







 語りかけてくる。
 脳内で響いてくる。
 その声は、決して不快なものではなく、どこか安心させてくれるような、そんな声。
 その声を聞いていた日向は、周りの音が何一つ聞こえていなかった。
 ただ、その声に身を委ねるように、言われるがままに行動して。

 そして、今聞こえているからこそ、思い出す。
 この声が、何なのか。



 (夢の中で聞こえた、あの声と同じっ……)



 ずっと、ずっと、不思議な夢を見ていた。
 その夢の中では、決まって誰かがいた。
 離れがたくて、ずっと聞いていたくて、消えないで欲しいと思うほどには、印象に残っていた声。
 夢の中でしか聞こえたかった声が、今はハッキリと聞こえる。
 脳内で、響いている。









【よし、そのままだ。集中】









 誰の声かは分からない。
 それでも、その声は、ずっと夢の中に現れては、1番近くで聞こえていた。
 いつしか、その声が安心するようになっていた。
 嘘か本当か分からない声に、日向は従う。
 そして、再び日向を、違和感が襲う。

 初めて持ったはずの弓。
 初めて扱った割には……慣れていた。









【しっかり見定めろ……】









 限界まで達した集中力。
 静寂の中、日向は動く的をじっと見つめた。
 決して逃さない、そう語りかけるように。
 そして………………。









【放て】









 その声を合図に、日向は矢を放った。
 矢は真っ直ぐに飛んでいき、動き回る的に、バンッと音を立てて当たった。
 未経験のはずの日向が、的に当てたのは十分凄い。
 だが、会場にいた全員が驚いていたのは、そんなものでは無かった。



「う、うそっ……」



 全員の目に映っていたのは、日向の放った矢が、的のど真ん中を射抜いていたこと。
 ズレなど無い、完璧なまでの中心だった。
 馬鹿にし続けていた男妖魔たちも、これにはド肝抜かれている。
 しかし、日向はこんなことで止まりはしなかった。
 今放った矢が何処に当たったかなんて気にすることなく、ただ集中したまま、次の矢を準備する。

 全てが、自分のものになった気がした。
 全てが、できる気がした。
 緊張が吹き飛んだ日向の体は、まるで慣れた手つきで再び構える。
 そして今度は、早い段階で矢を放った。
 これもまた、ど真ん中を射抜く。



「す、凄い……」

「僕ちゃん、上手すぎるっ……!」



 賞賛の声も、今の日向には届かない。
 だって、今の日向には、的を射抜くことしか頭に無かったから。
 そして遂に、日向の3本目の矢が、放たれた。



 バァンッ!!!!!!!!



 今までで1番大きな音を立て、3本目の矢は、的のど真ん中を射抜いた。
 圧倒的な結果に、会場にいた全員が口を開けている。
 名手どころでは無い、まさに奇才な腕だった。



「ふぅっ……」



 日向は息を漏らすと、自分が放った矢を見つめる。



 (当たった……本当に……)



 誰もが驚く結果だが、1番驚いていたのは日向だ。
 集中していたとはいえ、まさかこんな事になるとは思っていなかった。
 そもそも、扱ったことがないはずの弓をだ。
 そう考えていると……



「おい!クソガキ!」



 先程の男妖魔が、怒声を上げた。
 その声に、日向は「えっ」と戸惑った声を上げる。



「テメェ、何しやがった!?イカサマでも仕組んでんじゃねえだろうな!」

「は、はぁ!?んなのするわけねぇだろ!」

「口答えすんのか、あぁ!?
 気色悪い見た目しやがってよ!!!」

「っ……………………」



 男妖魔の言葉に、日向は息が詰まった。
 気色悪い見た目。
 その言葉が、頭を埋め尽くす。
 そんなこと気にすることなく、男妖魔はズカズカと日向に近づいてくる。
 怒りに身を任せた様は、とても危険だった。



「腹立つガキだな!今すぐここでぶっ殺してやる!」



 そう言いながら、男妖魔が日向に手を伸ばした……

 その時。





ヂン





 会場に、怒りを含んだ低い声が響いた。
 次の瞬間、日向に手を伸ばした男妖魔の足元に影が現れ、中から剣山が姿を現す。
 勢いよく飛び出した剣山は、男妖魔の体を無数に貫いた。



「あ゛っ!!!!!!!!!!!」



 剣山に体を貫かれた男妖魔は、痛みで声を上げた。
 日向は突然のことに、目を見開いて言葉を失う。

 直後……。



「随分と、勝手なことをしてくれる……」

「っ!」



 会場に響き渡る、先程と同じ声。
 その声を聞いた途端、その場にいた妖魔全員の顔が、サァっと青ざめた。
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