愛恋の呪縛

サラ

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第112話

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 会場に響いた声。
 流石の日向も、何が起きたのか理解した。
 この声、この重圧、この冷たい空気。
 こんな恐ろしいもの、この世ではたった1人しか纏うことの無いものだ。
 その時、ゆっくりと足音が聞こえてきた。
 足音から感じるのは、怒り。
 日向がその足音へと視線を向けると……



「誰の許可を得て、に触れようとしている……?」



 暗闇から現れた、美しい姿。
 だがその姿は、この場にいた妖魔全員が、息をするのすら忘れるほどに、穏やかなものでは無い。
 体中を駆け巡る妖力は、楊弓の会場を抜け、酒場を抜け、城下町にまで漂っていた。
 怒り、憎しみ、敵意、殺意。
 その全てが、形として、妖力として、その場にいた全員を震え上がらせる。
 終わりの見えない恐怖を、襲わせる。



「……魁蓮っ……」



 日向は、ポツリと呟いた。
 足音の主は、魁蓮だった。
 日向の目に映る魁蓮は、いつもと変わらない。
 だが、いつもとは違う雰囲気を纏っていることは、日向にも伝わった。
 魁蓮は、ただ一直線に、日向の元へと歩いてくる。
 1歩、また1歩と魁蓮が踏み出せば、恐怖が募った。



「か、かかかか魁蓮様っ!!!!!!」



 その時、魁蓮の姿に気づいた男妖魔が、慌てた様子で魁蓮を見上げる。
 しかし、今の魁蓮がここまで不機嫌なのは、紛れもないこの男妖魔のせいなのだ。
 となれば、男妖魔がすること全て、今の魁蓮にとっては不愉快以外の何物でもない。
 当然、見上げられるのも。



「何を見ている、不愉快だ下劣」

「っ!」



 こうなってしまっては、もう後には戻れない。
 
 復活してからというもの、鬼の王はやけに大人しかった。
 人間を殺すこともせず、戦いに赴くこともせず。
 ただ自由に世を歩き、好きな時に城へ帰れば、好きな時に現世に行った。
 だから、黄泉にいた妖魔たちは思っていた。
 「鬼の王は、怠惰になったのだ」と。
 だが、結果はそんなものではなかった。

 今、ハッキリと、鬼の王の力が漂っているのだ。
 今まで上手く隠していた強者の力が、この場で放たれている。
 王の姿は、変わらずそこにある。



「祭だと浮かれるのは良いが、度が過ぎてはいないか?」



 声、表情、纏う空気、感じる妖力の重み。
 どこを取っても、鬼の王の怒りが伝わる。
 だが1番恐ろしいのは、その怒りが、決して限界にまで達していない事だった。
 ちょっとした怒りだけでも、この重圧。
 まさに、絶対的強者。

 魁蓮は、日向を背後に隠し、剣山で体を貫かれて怯える男妖魔を、冷たく見下した。



「この小僧は、我のものだぞ。
 貴様は我のものに、無断で手を出そうとしたな」

「っ!か、魁蓮様のっ……。
 も、申し訳ございません!!!そ、そんなこと知らなくてっ」

「知らなければ、何をしても許されると?
 酒に酔いすぎて、妖魔の本来の在り方というものを忘れたか?」



 直後、魁蓮の目がギラリと赤く光る。
 全てを見透かすような、禍々しい赤い目は、初めから男妖魔を殺す気で見つめていた。
 影から日向を見守っていた魁蓮は、日向が男妖魔たちから女妖魔を助けているのだって見ていた。
 そして男妖魔たちが、日向に悪戯をしたことも……。

 魁蓮の目は、全て、見ていた。



「二度と、その姿を晒すな。不愉快極まれり……」

「お、お許しください!魁蓮様!」

「……我の名を呼ぶな、救いようのない下劣が……

 死ね」



 魁蓮が指をクイッと上げた瞬間……。





 パァンっ!!!!!!!!!!!!!!





 男妖魔は、内側から弾け飛んだ。
 それと同時に、遠くから見守っていた他2人の妖魔も、同じように弾け飛ぶ。
 簡単に殺されてしまった男妖魔たちに、会場にいた全員が震え上がった。

 だが、恐ろしいのは、ここからだった。



「ククッ……何ともここは、居心地が悪いなぁ。
 いい機会だ、全て壊してやろう」

「っ!」



 魁蓮の発言は、絶望を感じるものだった。
 そう、魁蓮からすれば、これで終わりでは無い。
 不快な気持ちが晴れるまで、何もかもを壊し続ける。
 それが魁蓮だ。
 怒りの元凶となったものを壊したところで、不快な気持ちが完全に無くならなければ、それまで全てを壊し、そして殺し続ける。

 つまり……。
 今の魁蓮は、この楊弓の会場を壊し、その会場にいる妖魔を皆殺しにするつもりなのだ。



「ああ、そうだ。
 折角ならば、手を加えたばかりの奥義を、試しに使うとするか」

「か、魁蓮っ……」

「離れるなよ小僧。丁度、興が乗ってきたところだ。
 お前にも見せてやろう。有象無象が消し飛ぶ様を」



 魁蓮は、全身に妖力を流した。
 城下町にまで漂っていた妖力の気配は、更に広がり、遂に黄泉全体にまで広がった。
 作られたのは、死ぬ未来だけ。



「良い悲鳴を聞かせろ、我が愉しめる程になぁ?」



 そう言いながら、魁蓮は目を光らせた。
 そして、魁蓮は口を開く。
 全ての死を意味する、奥義の名を。



「奥義……よう死花スウファっ」



 と、魁蓮が言ったその時だった。





「そこまで」

「っ……!」





 魁蓮の前に、誰かが割って入り込んできた。
 同時に、日向は後ろから、誰かに抱きつかれる。
 一瞬は驚いたものの、日向はその抱きつき方から、誰が背後にいるのか理解した。



「龍牙!」



 日向に抱きついていたのは、龍牙だった。
 龍牙の姿にホッと胸を撫で下ろすが、何やら龍牙の様子がおかしい。
 いつもの笑顔はそこには無く、真剣な眼差しで魁蓮を見つめている。



「龍牙……?」

「日向、俺から離れないで」

「えっ、なんでっ」

「お願い。今だけ言うことを聞いて……」

「っ…………」



 そしていつもと違ったのは、他にもあった。
 どうしてか、今日はやけに日向を守るような形で抱きしめている。
 危害を加えさせないようにと、全てから守るという、意思が込められた抱擁だった。
 龍牙の言葉と行動から、龍牙がどこか緊張しているのが伺える。



「ようやっと合流できたか……
 我がここにいると、よく分かったなぁ?」

「当然です。こんな強い気配、貴方以外有り得ません」

「っ……」



 ふと聞こえてきた声に、日向は顔を上げた。
 すると、妖力を込めていた魁蓮の前には、どこか怒った表情を浮かべる司雀が立っていた。
 司雀は珍しく、眉間に皺を寄せて、魁蓮をじっと見つめている。
 対して魁蓮は、口だけ薄ら笑みを浮かべていた。



「お前らだけか?虎珀と忌蛇はどうした」

「会場の出入口付近で待機しています」

「ハハッ、そうかそうか」



 いつもの会話、のはずなのに。
 何故だろう、声音がどちらも冷たく、そして低い。
 何より、司雀のいつもの温厚な姿が今は無かった。
 魁蓮はそのことに気づきながらも、司雀を見つめる。
 そして司雀も、同じくらい真っ直ぐに魁蓮を見つめた。



「何をしているのですか?魁蓮」

「邪魔をするな、司雀」

「質問に答えてください。何をしているのですか」

「お前には関係の無いことだ、退け」

「私がここを離れれば、貴方はここにいる方々を殺すでしょう?だから離れません。無駄な死です」

「それは我が決めることだ」

「話を聞きなさい、魁蓮」

「いいや、聞くべきはお前だ。
 この我に歯向かうのか?お前ともあろう者が」

「間違っていることがあれば、それを指摘するのは私の務め。だから今、こうして貴方に話しています」

「ほう?我が、間違っていると……?」

「えぇ。ですがそれ以上に、私が申し上げたいのは……
 日向様を、もう少しおもんばかって頂けませんか。貴方が今しようとしている残酷なことを、日向様に見せるなど言語道断。彼が自分の傍にいることを、貴方もしっかりと自覚しなさい」



 会場に流れる、重苦しい緊張感。
 妖魔の頂点に立つ鬼の王・魁蓮と、唯一鬼の王と対等に話すことが出来る男・司雀。
 その2人が、互いを睨み合う。
 会話を交わす度に、せめてもの浮かんでいた魁蓮の口角も、だんだんと下がっていった。



「また小僧か……司雀。何故、小僧を気にする」

「……………………」

「思えば、小僧を城に連れて来た日から、お前は小僧のことを目に掛けていたなぁ……」

「それは、今は関係ありません。私が申し上げているのはっ」

「いいや、関係はある。龍牙たちは、行動理念というものがハッキリとしているが……
 お前は何故、初めから小僧を気にかけるのか」

「………………………」



 司雀は、下唇を噛んだ。
 その反応に、魁蓮はニヤリと口角を上げる。



「……あぁ、ククッ。もしや小僧に対して、愛情とやらが芽生えたか?」

「っ!何を言って」

「くだらんなぁ、司雀。お前まで小僧にあてられたか?愚かだなぁ?」

「っ……!」

「断言する。所詮、我らと小僧は永遠に啀み合う関係性だ。いくら仲を築こうと、いくら信頼を向けようと、それらが真の意味で叶うことは無い。
 人間と妖魔が共に渡り合えると夢でも見たか?ハハッ、莫迦め。人間なんぞに動かされおって」

「っ!!!!!!!!」



 直後。
 司雀の手元に、長いのようなものが現れた。
 司雀はその杖を手に取ると、思い切りガンっと床につく。
 その瞬間、床から結界が現れ始め、魁蓮と司雀を包み込む。
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