愛恋の呪縛

サラ

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第127話

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「説明してくれるわよね......司雀」



 矛先を向けられた司雀は、驚くこともせず、静かに目を伏せた。
 まるで、自分に矛先が向けられることを分かっていたかのように。
 だがその反応は、巴の神経を逆撫でするものだった。



「貴方は、何か知っているんでしょう......?これは一体、どういうことなの」



 ゆっくりと、1歩ずつ近づく。
 全ての答えが知りたいと言うように、巴は言葉に圧を乗せながら、司雀を問い詰めた。
 しかし、司雀は下げた視線を上げることなく、ただ巴の怒声だけを聞いていた。
 はっきりしない司雀の態度に、いよいよ巴は我慢の限界が来てしまう。





「黙ってないで、何とか言いなさいよ!
 どうして死んだはずの花蓮国の殿下が、まして魁蓮の隣にいるのよ!!!」





 巴は、ガシッと乱暴に司雀の胸ぐらを掴む。
 もう言葉だけで問い詰めるには、物足りないくらい穏やかではいられなかった。
 言葉と行動、その全てに疑問と怒りを乗せて、真っ向からぶつけた。

 視線を下げ続けるのならば、上がらせればいい。
 私の言葉を聞け!そう言うように。



「..................」



 そんな巴の思いは、何とか届いた。
 上げる素振りが全くなかった司雀の視線は、巴の怒りに引き寄せられるように、ゆっくりと上がる。
 巴の体を辿り、睨みつけてくるその表情へと、視線は止まった。
 しかし、巴の怒りは収まらない。
 質問したばかりだが、黙ってはいられなかった。



「何故、何も言ってくれなかったの!?妾たちは、同じ目的のために協力すると誓い合ったはずよ!それなのに、どうして妾に言ってくれなかったのよ!
 あの子の存在が、花蓮国にどんな影響を与えるのかっ......貴方は知っているはずでしょう!?」

「........................」

「それだけじゃないっ......。
 魁蓮がのはっ......あの子のせいよ!?何故っ、済ました顔で見守ってるの!?これが正解だって思ったわけ!?」

「..................」

「何で黙ってるの......いい加減、何か言ったらっ」



 キィィィィン!!!!!!



 怒りの巴の言葉。
 それは、突如巴と司雀の間に現れた氷の壁によって遮られた。
 目の前に現れた、ヒヤリとする氷壁。
 怒りで熱が入っていた巴も、冷静さを取り戻すには十分な冷気だ。



「やめてください」

「「っ............」」



 氷壁越しに見つめ合う2人にかけられた、少しばかり低い声。
 2人が声に導かれるように首を回すと、歯を食いしばって2人を見つめる忌蛇がいた。
 瞬時に妖力を使ったせいか、忌蛇の腕は氷が張っている。
 そんな忌蛇の視線は、巴に向けられていた。



「司雀さんを、困らせないで。一体、貴方は何を言っているの?」

「......申し訳ないけど、これは司雀と妾の問題なのよ。口を挟まないで」



 怒りは収まったものの、冷静になったとは言えない。
 1度熱が引いたからと言って、巴が司雀に問い質している問題が解決するわけでは無いのだ。
 先程のように熱くならないように、巴は少しばかり気持ちを抑えながら、動揺の目をしている忌蛇を見つめた。



「その事に口を挟む気は、無い。僕はただ、司雀さんを困らせているように見えたから、止めた」

「困ってもらわなきゃ駄目なのよ。司雀のやっていることは、妾に対しての裏切り行為と同じなの」

「裏切り......?貴方と司雀さんは、どういった関係なの?」

「......他人の事情に深入りしない方がいいわよ、いい気はしないから」

「っ............」



 2人の会話は、冷静に見えて、互いに動揺している。
 この状況は埒が明かないと判断したのか、ずっと黙っていた虎珀が、怪我をした龍牙の元に向かいながら、口を開いた。



「ならば、先に謝罪して頂きたいです。巴さん」

「......は?」



 火に油を注ぐような発言だと自覚はしているが、今の虎珀はそんなことに気遣う暇は無い。
 何より虎珀からすれば、龍牙を傷つけられたという、確たる苛立ちの原因が生まれたのだ。
 虎珀は龍牙に背中を向けて立つと、今も尚、司雀に問い詰めようとする巴を睨みつける。



「龍牙に怪我をさせた......それに対しての謝罪を、頂きたいんですが」

「っ......おい、虎。何言ってんだよ」



 いきなりの虎珀の行動に、先程まで魁蓮と笑いあっていた龍牙も、流石に戸惑っている。
 決して大きいとは言えない背中に視線を向け、全身全霊をかけて守ろうとしてくれているその姿勢に、龍牙はなぜか、胸がギュッと締め付けられるような感じがした。
 虎珀が、自分のために怒ってくれている、と。
 でも、同時に複雑な気分だった......。



「それに、司雀様に楯突くような無礼な行いに対しても、謝罪を頂きたい......。
 これ以上、何かを傷つけるのなら......俺が許しませんから」

「随分と、良い仲間に囲まれたものね。司雀」



 だが巴は、虎珀の言葉も、忌蛇の言葉も、真っ向から受け取らずに、その矛先は司雀に向いたまま。
 結局、巴からすれば、彼らの心情なんてどうでもいいのだ。
 巴という女は、まるで機械か何かのように、魁蓮一色で染まって行動している妖魔なのだから。
 魁蓮に関係ないことは、巴にとっても関係ない。



「時間が無いわ、司雀。一気に伝えるから、聞いて」



 その時、巴は氷壁越しに見える司雀の顔を見つめながら、先程日向に使った赤い霧を出し、司雀と自分を包み込むようにして操る。
 周りから見えなくなるくらいにまでぼやけると、巴は絞り出すような声を出した。



「妾は、貴方を信じていたのよ、司雀。同じ目的を果たすための、友人として......妾は、魁蓮のために生きている。貴方も知っているでしょう......?
 なのにっ......約束が、違うじゃないっ............」

「っ............」

「1人で、抱え込もうとしないでっ......何のために、貴方と手を組んだと思っているの。
 妾は別に、あの子に居なくなって欲しいんじゃないっ......むしろ、嬉しいのよ......」

「......巴様っ......」



 氷壁越しの、かすれた声。
 決して誰にも聞こえない小さな声で、巴は溢れんばかりの言葉を零した。
 
 別に、責めたかったわけじゃない。
 悪者に仕立てあげたかったわけじゃない。
 それでも、怒るのは怒る。
 だって、巴からしても、司雀という男は謎が多くて、いつも1人で何かを考えている。
 それを分かち合おうと、かつて誓ったはずの
 だが、それもろくに守って貰えない。
 怒らないわけが無いのだ。



「司雀、妾は魁蓮のために戦うわ。相手が誰だろうと、彼のためなら命も捧げられる。
 それがもし、あの子にも繋がるのなら......」

「........................」

「......絶対、2人を離さないで......
 これだけは、守って。絶対に......もう、魁蓮を1人にしては駄目よ」



 素直になれない、不器用さ。
 それでも、ちゃんと伝えることが出来た。
 どういうふうに捉えられたかは分からずとも、司雀なら、分かってくれるだろう。
 ふと、溢れ出しそうになった涙を、巴は下唇を噛んで抑え込む。
 そして最後に、巴はあることを思い出す。



「要と、遊郭邸にいた女の子たちは、心配しないで。妾が保護してる。皆無事よ」

「っ!」

「魁蓮に伝えて......。
 迷惑かけてごめんなさい。でも、妾はいつだって、貴方の味方だからって」

「......承知しました」



 きっと、巴の言葉に嘘は無い。
 誤解を招きやすいが、彼女は優しい。
 それは、司雀がよく知っている。
 巴からの伝言を受け取った司雀は、様々な思いを含めた一礼を、丁寧に巴に向けた。
 巴はその一礼を受け取ると、横目で魁蓮へと振り返った。
 赤い霧のせいで、向こうからは見えていない。
 それをいいことに、巴は1粒の涙を流して、口を開く。





「妾の出番は......もう無いようね、魁蓮。
 それでも、貴方を愛してるわ」





 その言葉を零した直後、巴は赤い霧と共に姿を消した。
 大広間に充満していた巴の妖力は、跡形もなく消えてしまった。
 そして、赤い霧から現れたのは、司雀だけ。



「......帰ったか」



 状況を瞬時に飲み込んだ魁蓮は、赤い霧から出てきた司雀にそう尋ねる。
 司雀は口を開くことなく、ただ頷くだけの返事をした。
 その返事に、魁蓮は深いため息を吐く。



「相変わらず、よく分からん女だ」



 ボソッと呟いた魁蓮の言葉。
 その言葉を聞きながら、司雀は誰にも気づかれないように、ギュッと拳を握っていた。
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