愛恋の呪縛

サラ

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第166話

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「先手を討つって……お前っ、戦いを始める気なのか!?この状況で!?」



 魁蓮の言葉を聞いて固まった肆魔とは違い、日向だけは魁蓮の言葉に思い切り反応した。
 魁蓮が今言った言葉は、誰が聞いても危険なことだと分かるもの。
 当然、日向も聞き流すことなど出来なかった。
 そんな日向の反応に、魁蓮は薄ら笑みを浮かべたまま答える。



「本来ならば直ぐにでも殺されることを、奴らはしているのだ。むしろ1ヶ月も見逃してやっただけ有難いと思わぬか?」

「有難いって……」



 日向は、頭が困惑していた。
 確かに異型妖魔は、もう既に多くの命を奪っていることだろう。
 許される行為ではないのは事実だ。
 だがなぜ、魁蓮がこの状況でそんなことを言い出したのか分からない。
 やはり、魁蓮の考えは全く読めないことばかりだ。
 それに戦いなど、日向は大反対だ。
 そんなことをすれば、更に多くの命が散っていく。



「……ん?」



 そんな中、1人困惑している日向を見た魁蓮は、パッと軽く手を挙げて日向に声をかけた。



「もしや、人間どもの安否が不安か?」

「……えっ?」

「案ずるな小僧、人間は殺さん。それは今までと変わらぬこと、お前との誓いは守る。
 我が相手にするのは、異型どもだけだ」

「いやっ、今言いたいのはそうじゃなくてっ」

「それより小僧、今回の件は無論お前も同行だ。恐らく我は現世に身を置くことになるかもしれんのでな、だがお前を黄泉に置き去りなど出来ぬ」

「……はっ?」

「当然だろう?何を驚いているのだ。奴らがお前も狙っている可能性が出てきた今、我から離す訳が無かろう?心配せずとも、お前を守るのは安易なことだ」

「え、いや、ちょっとっ」

「すまんが拒否権は無い」

「えっ!?ちょ、はっ!?いや何勝手にっ」



 その時だった。





 パシっ。





「「っ…………!」」



 突然、じっと固まって動かなかった龍牙が魁蓮の方へと動き出した。
 そして、2人の会話に割って入るように、龍牙は魁蓮の腕をガッシリ掴む。
 いきなりの行動に、日向と魁蓮は会話が止まった。



「……何だ」



 突然掴まれたことと、会話を遮られたことへの不快感から、魁蓮はいつもより低い声で尋ねる。
 背筋が凍りそうな声の圧。
 だが、龍牙は怖気付かずに、更に掴む手に力を込めた。



「龍牙、離せ」

「……断る……」

「ん?聞こえなかったのか?離せと言っている」

「……嫌だっ……」



 冷たく言い放たれても、龍牙は拒否した。
 それどころか、少しずつ掴む手に力を入れて、意地でも離さないとでも言っているようだった。
 しかし、魁蓮がそれを許すはずもない。
 離す素振りがない龍牙に、魁蓮はギロリと鋭い視線を向けた。



「何のつもりだ?何度も同じことを言わせるな」

「っ…………」

「すぐに離せ、さもなくばっ」

「嫌だっ!!!!!」

「っ…………」



 魁蓮が龍牙の手を振り払おうとした直前、龍牙はその行動すら許さないかの如く、大声を張り上げた。
 突然の歯向かい方に、魁蓮は目を見開いて驚く。
 すると龍牙は、じんわりと目に涙を溜めていた。
 そして、僅かに残った体力を使って口を開く。



「魁蓮っ、1人で現世に行かないで!!」

「……あ?」

「どうしても戦いたいなら、俺たちを連れて行って!誰か1人だけでもいい!お願い!!!」

「……何を言っている」



 まだ気が動転しているのか。
 龍牙は先程と同じく、怯え、そして焦っているような態度で魁蓮に詰め寄る。
 もちろん、魁蓮も先程と同じ対応をするのは面倒だと思っているため、子どものように絡んでくる龍牙にうんざりしていた。



「はぁ……さっさと離せ」

「お願い魁蓮!聞いて!」

「全く、面倒な奴だ」



 何度も何度も呼びかけている龍牙の姿に、日向は固まってしまう。
 あんな龍牙の姿は、初めて見た。
 何故あんなにも、魁蓮を止めようとしているのか。
 そのことを疑問に思っていると、日向はある異変に気づく。



 (あれ……?)



 魁蓮に向かって大声を張り上げる龍牙。
 いつも突発的なことをする自由人である彼は、ある意味問題児のような行動をする。
 だから基本的に、他の肆魔がそれを止めたり、片付けや尻拭いなどをすることがほとんど。
 そのため、今のこの状況だって、普段の生活から考えれば止めに入る瞬間なのだ。
 それなのに……。

 何故か他3人は、止めるどころか動きもしない。
 どこか苦しそうな表情を浮かべながら、魁蓮に訴えかけている龍牙を見つめている。
 この異変は、流石の魁蓮も気づいたようで……。



「何だお前ら、何故龍牙を止めない?」



 日向と同じ疑問を、そのまま口にして尋ねた。
 魁蓮の質問に、誰もすぐには答えなかった。
 だが少し間があいた後、代表して司雀が口を開く。



「魁蓮……こればかりは、私も龍牙と同意見です」

「…………あ?」



 予想外の反応だったのか、魁蓮は片眉を上げて、少し睨みつけるように司雀へと視線を向けた。
 だが司雀は、眉を八の字にして言葉を続ける。



「貴方の作戦を否定するつもりはありません。戦いも、いずれ起きるだろうと覚悟していましたから。
 ですが、貴方が1で立ち向かうことには……申し訳ありませんが、賛同しかねます」

「単独で戦うなと?そう言いたいのか?」

「はい」

「ククッ、ハハッ……何を言っているんだ?」



 司雀の発言に、魁蓮は呆れながら吹き出した。
 だが、司雀と同じ意見を持っているのか、虎珀も忌蛇も目を伏せている。
 そんな肆魔の反応に、魁蓮は眉間に皺を寄せた。



「お前らも、我が敗れると……そう考えているのか?」

「「「「……………………」」」」

「はぁ……随分と甘く見られたものだ。我の力を信じぬとは……1000年もの間、信用すら失ったか?」

「…………違うっ」



 威圧的なことを話す魁蓮に、龍牙が震えた声で口を挟んだ。
 未だに魁蓮を掴む手を離さない龍牙。
 何を考えているのか分からない龍牙に、魁蓮はいよいよ我慢が出来なくなる。
 赤い瞳に光を宿し、すぐにでも殺しにかかりそうな態度で、龍牙を睨みつけた。



「これが最後だ龍牙。
 我に歯向かうな、不愉快だ。直ちに手を離せ」



 普通の妖魔ならば、恐怖で動けなくなる状況。
 でも…………。



「……違うんだ魁蓮っ、俺たちは、魁蓮を信じてない訳じゃないんだよ……」



 言うことを聞く代わりに、龍牙は掠れた声で言葉を漏らした。
 そして遂に、限界まで溜めていた涙を、ポロポロとこぼし始める。
 涙で歪む視界、弱っていく声。
 それでも、魁蓮の腕を掴む手は離さなかった。



「魁蓮が負けるとか、殺されるとか、そんなの1度だって考えたことは無いっ……むしろ、魁蓮が勝つって信じてる……信じきってるよ」

「ならば良いだろう。否定することなどっ」

「でもねっ…………でもっ…………」



 涙が、思いと共に溢れ出す。
 龍牙は、今理解した。
 目の前にいる男は、周りのことはよく見るのに、自分に向けられている視線や思いには鈍感すぎる。
 察しなんて出来なくて、遠回しに言ったところで聞きもしない。
 だから、自分たちがずっと抱えている思いにすら、気づくこともなかった。
 それは、1000年前から変わらない。

 ならばどうすればいいか、そんなの決まっている。
 真っ直ぐ、言葉をぶつけるしかないのだ。
 しつこいくらい、たくさん……。

 龍牙は深呼吸をすると、バッと顔を上げて、魁蓮をこれでもかという程に真っ直ぐ見つめた。



「魁蓮を現世で1人にしたらっ……また、1000年前と同じことが起きるんじゃないかって、怖くて仕方ないんだよ!!!!!」



 龍牙の声が、部屋に響き渡る。
 彼の言葉を聞いた途端、他の肆魔は拳をギュッと握った。
 皆、同じことを思っていたのだ。
 そして龍牙は、続けて思いをぶちまける。




「1000年前、魁蓮はたった1人で現世に行った!俺たちに、何も言わないで!!嫌な予感がしたんだ、魁蓮を1人にしたら駄目なんじゃないかって!そう思っていた直後だったんだよ……。
 魁蓮がっ、封印されたって聞いたのはっ……」

「……………………」

「誰かがそばにいたら、封印されることなんて無かったかもしれない!!どこなのか分からない寂しい場所で、魁蓮を1人にしてしまうこともなかったかもしれない!!」



 体に力が、熱が、少しずつ増していく。
 子どもみたいだと思われてもいい、無様だと思われてもいい。
 それでも、言わずにはいられなかった。
 1000年分の思いが、溢れて溢れて仕方がない。

 寂しかった、苦しかった、辛かった。
 まだ、心や感情なんてものがよく分かって居ない時に、そんな思いを抱いてしまった。
 分からないことだらけで、心も体も壊れていく。
 あの時の感覚は、まるで呪いのように、肆魔全員を蝕んでいる。



「今回の敵は、どんな奴か分からない!異型妖魔とかいう訳の分からないクソったれも出てきた!そんな状況で、魁蓮を1人になんて出来るわけないだろ!?また魁蓮が、俺たちから離れることがあったら……俺っ、もう無理だよっ…………」



 ただの1人ではない。
 どれだけ近くに行こうとも、どれだけ優しく触れようとも、魁蓮はだった。
 強者故の孤独なのか、それとも孤独を好むのか。
 理由は定かでは無いが、その曖昧な判断のせいで、肆魔は魁蓮を失った過去がある。
 もう少し踏み込んでいれば、変えられた未来。
 肆魔全員の、1番の後悔だった。




「俺たちは、魁蓮を失ってるんだ!!1000年のあの日から、ずっと息苦しかった!!あんな思いは二度としたくない!!!皆と約束したんだ!!魁蓮を、絶対に1人にしないんだって!!俺たちがそばに居るんだって!!!!」

「………………」

「お願い魁蓮!!!1人でどこかに行こうとしないで!!魁蓮を2度も失いたくない!!
 俺たちをっ、置いていかないでっ…………」



 龍牙は、嗚咽しながらしがみつく。
 そんな龍牙の姿に、日向は開いた口が塞がらない。

 日向は、まだこの黄泉に来たばかりの頃に、司雀が話してくれたことを思い出した。





【龍牙にとっては、魁蓮は親も同然】





 あれは、きっと本当だ。
 龍牙は特別、魁蓮によく懐いている。
 でも……見てわかるような目立つ行動をしているのが龍牙なだけであって、他の肆魔も同じくらい魁蓮のことが大好きなはずだ。
 人間みたいには出来なくても、歪ながら家族のように過ごしてきた。
 皆、親のように魁蓮を見てきたはず。

 そんな存在が、ある日突然消えたのだ。
 その喪失感は、きっと計り知れない。
 魁蓮が封印されて人間たちが喜んでいる間、彼ら肆魔は…………。

 と、思っていた時だった。





「だから何だ」





 その場にいた全員が、悲しい思いを抱えている中。
 そんな空気に反するかのような、声音と言葉。
 一瞬、日向は聞き間違いだと思った。
 いや、聞き間違いであって欲しい言葉だった。
 だってその言葉は、今龍牙がぶつけてくれた思いを簡単に踏みにじるような、最低なものだから。
 ありえない言葉が聞こえた方向へと向くと、そこには確かに、彼がいる。
 思いを真っ向から受け止めていたはずの、彼が……。

 でも日向は忘れていた、彼がどんな男なのか。





「我が封印されていた1000年、お前たちが何をしていたかなど……
 我には、どうでもいい」




 魁蓮の、心無い一言。
 その言葉を聞いた途端…………

 日向は、体に熱が入った気がした。
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