愛恋の呪縛

サラ

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第167話

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「我が封印されていた1000年、お前たちが何をしていたかなど……
 我には、どうでもいい」



 ずしりと重りのように、魁蓮の言葉は肆魔の1番繊細な部分へと突き刺さった。
 彼に向かって真っ直ぐに、溜め込んでいた思いをぶつけた龍牙は、あっさりとした魁蓮の返答に言葉を失う。
 対して魁蓮は、瞳の光は無くなったものの、龍牙に向ける冷たい眼差しは崩さなかった。



「強さだけを追い求めていたお前が、我の不在で苦しんだだと?ククッ、何を馬鹿げたことを」

「……魁蓮……」

「そのような感情、抱くわけが無い」



 すると魁蓮は、無情にも龍牙の手を思い切り振り払った。
 まだ回復しきっていない龍牙は、魁蓮のたった一振りで手を離してしまう。
 同時に、体がグラッと傾いてしまい、ドシッと尻もちをついた。
 そんな龍牙の姿を見下しながら、魁蓮は寝台から腰をあげる。



「くだらん話に耳を貸す気は無い、退け」



 悪魔の囁きだった。
 冷たい魁蓮の瞳に、龍牙は先程とは違う苦しみの涙を流す。
 病み上がり状態で、今の龍牙は心も体も不安定だった。
 魁蓮のたった一言でさえ、心は崩壊する。
 それでも、魁蓮は気にも留めなかった。



「奴らに先手を討つためにも、これより備えを始めなくてはなぁ」



 先程の龍牙の言葉なんて、何一つ響いていないかのように、魁蓮は戦のことを考え始めた。
 今この場にいる誰もが、1人で行動して欲しくないと願っていたにも関わらず。
 あんまりだと思った司雀は、少し戸惑いながら声をかけた。



「魁蓮っ、龍牙の話を聞いていなかったのですか……?私たちは、貴方を失いたくなくてっ」

「ハッ、くだらん。何かの思い込みから生まれた偽りの情なんぞ、我には不要。
 我々は何者なのか、忘れたわけではないだろうな」



 魁蓮の言葉は、誰が聞いても酷いものだ。
 完全なる独裁者のような態度に、彼をずっと見守ってきた司雀も唖然としている。
 そして、次々と魁蓮の言葉が刃になって、絶え間なく肆魔へと突き刺さっていった。
 もう、誰も声を上げる気力すらないほどに。

 だが1人だけ、黙ってはいられない者がいた。





「ふざけんなよお前っ…………」

「「「「「っ……………………」」」」」





 魁蓮や肆魔が普段聞いている声よりも、少しドスのある低い声。
 その声には、明らかな怒りが含まれていた。
 同時に、部屋の中に不思議な威圧が漂い始めた。
 初めての感覚に、その場にいた誰もが目を見開いて驚いた。
 これは一体何なのか、何が起きているのか。
 その真実を知るまでに、そう時間はかからなかった。



「日向様っ……?」



 司雀が、声を漏らした。
 その声に導かれるように、全員の視線が、今呼ばれた人物へと向けられる。
 そして向けた視線の先には……

 足元から吹き荒れる風と花びらをまといながら、鋭い目付きで魁蓮を睨みつける日向がいた。
 日向の体には、植物のような模様が浮かび上がっていて、彼が宿す力が全面的に現れているようだった。
 日向の力によって作りだされる風と花びら、室内だと言うのにお構い無しだ。
 その神秘的な現象に、あの魁蓮ですら言葉を失う。
 だが、日向はそんなことにも気づかず、限界まで来た思いを吐き出した。



「お前、今っ……肆魔の皆に向かって、
 自分が何言ったのか分かってんのか!!!!!」



 その時、突然日向の怒声と共に、突風が放たれた。
 いきなり部屋に吹き荒れた風に、肆魔は咄嗟に腕で顔を隠して守ると、ふとその風から花の甘い香りがした。
 その香りからして、今の突風は日向の力によって勢いよく放たれたもの。
 それを理解すると、肆魔は見たこと無い日向の力の強さに呆気に取られる。
 彼が操るのは、植物だけでは無いのか?
 対して魁蓮は、今起きたことに驚きもせず、日向をじっと静かに見つめていた。

 だが、風を放った日向本人は、自分が今何をしたのか理解出来ていなかった。
 今の彼は、ただひたすらに感情が爆発していた。



「何でそんな言い方しか出来ない!?いきなり消えたお前を、皆はこの城でずっと待ってたんだぞ!?帰る場所を作って、お前が目覚める日を待っていた!!
 なのに、何でお前はその気持ちを跳ね返す!?」

「……………………」

「人間だろうと妖魔だろうと関係ねぇよ!!会いたい人に会いたいって思って何が悪い!?寂しいとか苦しいとか、そういう感情を持って何が悪いんだ!?何がくだらないんだ!?
 妖魔だって、人間と一緒で生きてんだよ!!!!」



 体の熱が、どんどん増していく。
 止まらない、怒りが、言葉が。
 まるで炎の中に放り込まれたかのように、日向は感情とともに思いが昂っていく。
 同時に、日向は無意識のうちに力を強めていた。
 その時……。



「ちょっ、日向っ……!?」



 日向の様子を見ていた忌蛇は、思わず声を上げた。
 突如、怒りに身を任せた日向の足元から、植物のツルのようなものが現れ始めた。
 ツルは太く長く、そして四方八方へと伸びていき、壁や床を伝っていく。
 バキバキと音を立てながら、部屋を飲み込むかのように。
 そんな日向の力に、肆魔は驚愕のあまり動けなかった。
 ここまで膨大な力を見た事がなかった、こんなことが出来るなんて知らなかった。

 ただひたすら、何者なのかが分からなかった。
 それでも日向は、魁蓮を真っ直ぐに見つめていた。



「お前は優しい面も、頼りがいのある面もあるのに、どうして肝心なところでそれが出来ない!?周りをそんなに見ているなら、少しくらい気づいてやれよ!皆がお前に対して何を思ってんのか!!!
 お前が思ってる何百倍も、皆はお前のこと大事に思ってんだからな!?」

「「「「っ…………」」」」



 日向の言葉に、肆魔は息を飲んだ。

 人間の日向だからこそ、彼らの気持ちを汲み取って、言葉にすることが出来る。
 妖魔は、例え感情や思いを抱えたところで、人間のように言葉にすることが難しい。
 言葉にしても、それが正しく伝わっているのか、思い通りの言葉に表せているのか。
 その答え合わせが、あまりにも不器用だ。
 でも、日向の言葉を聞いていた肆魔は、確信に触れている日向の訴えに、涙が溢れそうになる。



「お前はっ……少しくらいっ」



 最後の言葉を言い切ろうとした、その時。



「っ……!!!!!」



 日向に、異変が起きた。
 頭をガンっと硬い何かで強く叩かれたように、衝撃が走ったのだ。
 直後、日向は力が一気に抜けてしまい、その場に勢いよく膝をつく。



「っ!日向様!」



 突然倒れかけた日向に、司雀は慌てて駆け寄った。
 ふと、司雀が日向の体に視線を落とすと、先程まで浮かんでいた植物のような模様は綺麗に消えていた。
 もしかして、力を使いすぎたことで限界が来たのだろうか。
 同時に、先程まで部屋を飲み込もうとしていたツルは、淡い光となってパッと消えた。
 なんという現象なのだろう。



「ゲホッ、ゴホッゴホッ……」



 対して日向は、突然の息苦しさに襲われていた。
 頭がグラグラする、いきなり息苦しくなった。
 体が思うように動かせず、震えがする。
 何が起きているのか、全く理解できない。
 すると、そんな日向の姿を見た魁蓮が、重たい口を開いた。



「力をまともに扱えんならば、無理に使うな。
 感情に身を任せるなど、本末転倒だ」

「っ……!」



 小さくそれだけ言い残すと、魁蓮はゆっくりと歩き出し、日向の隣を横切った。
 駄目だ、部屋から出ていくつもりだ。



「っ、待てよっ……」



 声を絞りだして、話を無理やり終わらせようとする魁蓮を止める。
 この際、息苦しいなんてどうでもいい。
 本人がわかってくれないと、日向は気が済まなかった。
 そして、扉を開けた魁蓮の姿を見た途端、日向は全身の力を振り絞る。



「おい魁蓮っ、話はまだっ」



 だが…………。



「っ……………………?」



 魁蓮を止めようとした日向に、突然誰かが抱きついてきた。
 少し細い腕で、日向はすっぽりと包み込まれる。
 何が起きたのか理解するために、日向は部屋を出ていこうとしている魁蓮から視線を外して、抱きついてきたものに視線を向けた。



「……忌蛇?」



 抱きついてきたのは、忌蛇だった。
 忌蛇はギリっと小さく歯を食いしばりながら目を伏せて、日向を止めるように抱きしめている。
 そこで日向は理解した、忌蛇は魁蓮に反抗しようとしている日向を止めに来たのだと。
 その行動が理解出来ず、日向は目を見開く。



「忌蛇っ……ちょっ、何でっ……?」



 日向は、抱いた疑問をそのまま口にした。
 すると忌蛇は、掠れた声を上げた。



「……いいんだ、日向……もう大丈夫……」

「っ!?」



 それは、あまりにも理解できないものだった。
 きっと忌蛇が言っているのは……

 もう、魁蓮に言わなくていい。

 ということだろう。
 だが、日向は納得できなかった。
 そしていつの間にか、魁蓮は部屋から抜け出していて、ゆっくりと廊下を歩いている。
 その足音が、遠ざかっている。
 今止めなければ、日向はまだ全てを伝えきれていない。



「離してくれ忌蛇!魁蓮と話がしたいんだ!!!」

「もういいんだよ、日向……これでいいの……」

「何で!?だってアイツっ、あんな酷いことをっ」

「日向っ!!!!!」

「っ…………」



 抵抗する日向に、忌蛇は今まで聞いたことの無い大声を張り上げた。
 その声から伝わった、日向を懸命に止めようとしている忌蛇の本気が。
 日向も忌蛇の力強い声に押され、喉まで上がっていた思いの言葉を、ゴクリと無理やり飲み込む。
 そして、彼の声に耳を傾けた。



「これでいいんだよ……いや、これが正解なんだ。魁蓮さんの言う通りなんだよ。
 失う恐怖も、居なくなった寂しさも、残された苦しみも、きっと全部思い込みなんだ。本音じゃないっ」

「そ、そんなことあるわけっ」

「僕らは、妖魔だからっ……!本来感情を持つことなんてない生き物なんだ……!だから、魁蓮さんの考えが正しいんだよっ……」

「っ…………」



 忌蛇の言葉に、日向は息が詰まった。
 古くから、妖魔は心や感情を持たない生き物だと言われた。
 人間を喰らい、仲間同士の殺し合いしか脳の無い、非道な存在なのだと。
 日向もこの黄泉に来るまでは、それが当たり前の考えだった。
 でも、変わったのだ、彼らが変えてくれたのだ。

 人間のように、心に触れ合える時間が無いだけで、彼らも感情を持つことは出来る。
 日向は、この黄泉でそれを学んだ。
 それを間近で見てきたのだ。

 それなのに…………



「異質なのは、僕らの方なんだよ。だから、魁蓮さんを責めないであげて……。
 おかしいのは……僕たちだから……」



 こんな言葉を、言わせてしまうなんて。
 忌蛇と同じ意見なのか、他の3人は口を挟むこともしなかった。
 それが、彼らが置かれている現状。
 世間が抱く価値観で彼らを見れば、明らかに侮蔑されるのは肆魔の方だろう。
 人間にもなりきれず、完全な妖魔の思考を抱くことも出来ない。
 はっきり言って、気味悪がられる存在なのだ。



「ごめんね、日向。君は優しい子だから、僕たちのことを思って怒ってくれたんだよね。その気持ちだけでも、僕たちは嬉しいよ」

「……違うっ、僕はっ……」



 日向は悔しかった。
 だって、日向からすればおかしいことなんてない。
 彼らが魁蓮を大事に思って何が悪いのか。
 妖魔は、やっと得た感情さえも、世間の考えとやらに否定されてしまうのか。



「魁蓮様は俺たちのことを、仲間とも、部下とも思っていない」



 ふと、虎珀が声を上げた。
 日向が顔を上げると、涙を必死に堪えようとする龍牙に寄り添う虎珀の姿が見えた。
 龍牙の背中を優しくさすりながら、虎珀は呟く。



「あの方からすれば、俺たちはたまたま同じ縄張りに住んでいる妖魔に過ぎない。周りを気にかけることはあっても、一人一人の他人には興味が無い。それが魁蓮様だ」

「っ…………」

「俺たちは、魁蓮様に一方的に従っているだけ。それをあの方は、。その程度なんだよ」

「そんな、そんなのっ……」

「きっと……
 1000年前の俺たちとの思い出も、どうでもいいからって忘れているんだ。俺たちとの、出会いも……」

「っ……!!!」



 虎珀の言葉に、日向は胸が苦しくなった。
 原因は不明だが、魁蓮が過去の記憶を無くしているのは事実だからだ。
 でもそれは、彼らとの思い出がどうでもいいものだから、という理由では無いと思っている。
 そんな理由で忘れていたら、あんまりだ。



「……ごめんっ、みんな……僕がアイツと関わっていく中で、少しは感情とか心ってものに気づかせてあげられたら良かったのにっ……。
 人間の僕と接することで、何かっ…………」



 悔しさと怒りで、日向は涙が溢れた。
 こんなにも肆魔の思いを知っているのに、それを理解して貰えない。
 あまりにも辛い彼らの立場に、日向は切なくて息苦しかった。
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