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第168話
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それから少し時間が経ち、深夜を回った頃。
「………………」
あの後自室に戻った魁蓮は、どこにも行くことなく静かに寝台に横になっていた。
真っ暗な部屋の中、外の風の音が聞こえるほどには、部屋は静寂に包まれていた。
精神を落ち着かせるには申し分ない。
魁蓮も、横になった途端乱れてしまった衣を気にすることなく、ふうっと深い息を吐いて落ち着いていた。
「っ…………」
ふと、魁蓮は乱れた衣の隙間から見える、自分の腕を見つめた。
鋭い魁蓮の赤い瞳に映るのは、彼の体を埋め尽くす黒い模様。
まるで体を飲み込もうと蠢くような模様は、一瞬呪いのように見えた。
(チッ……)
嫌でも目に入ってしまうため、今となっては随分と見慣れてしまったのだが。
自分が持つ力とは無関係の模様に、今日も魁蓮は頭を悩ませている。
他の者は、この模様は体の作りの1つだと思っているのだろう。
そう思われるのは癪だったが、ヘタに追求されるより勘違いされたままの方が楽だ。
魁蓮は眉間に皺をよせ、サッと衣で腕を隠す。
「……はぁ……」
1つため息を零すと、魁蓮は手のひらに微力な妖力を込めた。
そしてそれを、近くにある机の上に放つ。
放たれた魁蓮の妖力は、じわじわと形を成していき、遂には鳥の姿になった。
そして鳥は、魁蓮がいつも傍に置いている鷲……
楊へと姿を変えた。
『っ……あれ、どうして……』
呼び出された楊は、戸惑っていた。
それもそのはず、昼間に力を使いすぎたせいで、形を成して外に出てくることはまず出来ない。
それは楊が1番分かっていること。
だがそれは、あくまで楊だけがする場合。
『っ!』
楊の生命、力、その全ての主は魁蓮だ。
魁蓮が不足分の妖力を渡せば、たとえ貧弱な状態だったとしても、楊は一瞬で全回復する。
最も、魁蓮の気分次第でどうなるかは決まるが。
つまり今は、魁蓮が不足分の妖力を継ぎ足して、無理やり楊を呼び起こしたのだった。
全てを理解した楊は、気まずそうに魁蓮を見つめる。
今日の昼間の件のせいで、どうにもいつも通りの調子でいけない。
対して魁蓮は、天井をじっと見つめていた。
楊がこちらを見ているにも関わらず、ただ呆然と。
「…………………………」
暫く沈黙が続くと、魁蓮はやっと口を開いた。
「なぜ小僧に話した」
『っ……!!!!!』
魁蓮の言葉に、楊はビクッと体が跳ねる。
今の魁蓮が言った言葉が何を指しているのか、じっくり考える程でもなかった。
『……やはり、分かっていたのですね……』
「わざわざ我から離れて話すことなど、それ以外思いつかんだろう。まして、相手があの小僧となれば」
魁蓮が言っているのは、過去の記憶のこと。
それを、何故日向に話したのか……。
バレていた。
いくら隠しても、やはり魁蓮は勘づく。
楊は、勝手な行動をしてしまった自覚があるため、緊張で体が固まってしまった。
しかし魁蓮は、怒ることも責めることもせず、ただ楊の返答を待ち続けた。
それから少しして落ち着きを取り戻した楊が、緊張気味に口を開く。
『申し訳ございません……どうしても、貴方の力になりたくて……』
楊は、深々と頭を下げた。
そんな楊の姿を見た魁蓮は、ゆっくりと上体を起こす。
「楊、我は必要ないと言ったはずだぞ。それに、このことは誰にも口外するなと、あれほど口酸っぱく言ったではないか」
魁蓮の言葉に、楊は目を伏せる。
彼の言葉が痛かった、頭では分かってはいたのだが。
魁蓮はゆったりと足を組むと、目頭をキュッと掴んだ。
「楊……これは我の問題なのだ。他者に協力を仰ぐつもりはない」
魁蓮は、頭が痛くなってくる。
今回の記憶喪失の件、魁蓮は本当に誰にも言わないつもりだった。
だがどうしても楊には隠し通せないため、以前から口外するなと忠告をしていたのだ。
何度も口止めをしなければ、楊はすぐに事情を話すだろうと思っていたから。
もちろん、楊は言いつけを守ってくれた。
しかし……
(時に、我の考えは楊に漏れることがある……)
魁蓮の記憶を取り戻す鍵。
それが日向かもしれないと分かった途端、魁蓮は日向のことを強く考えすぎてしまった。
その結果、不本意ながらもその意思が楊に伝わってしまったのだろう。
だが楊は、その意思に気づいたから日向に話したのでは無い。
自分だけが僅かに覚えていた魁蓮の記憶に、日向が少しは関係しているかもしれないという推測から、彼は日向に打ち明けた。
まあ理由はどうあれ、結局は日向が真実を知ってしまった状況なのだ。
問題なのは、バレた相手。
魁蓮としては、1番バレたくない相手だったのだ。
その理由は…………
「何故小僧なんだ……奴は人間だぞ」
そう、日向が人間だから。
もっと具体的に言ってしまえば、いつも周りを優先してばかりの、お人好しな人間だからだ。
彼を見守ってきた魁蓮は、既に分かっていた。
日向はきっと、人間だろうと妖魔だろうと関係なく、困っている者がいれば真っ先に助けたいと言い出す男だ。
彼が助けたいと思う基準に、当然ながらも種族差別なんてものは無い。
だからこそ、魁蓮は嫌だった。
ずっと近くにいる司雀よりも、バレたくない相手。
「これでは、深入りしてくるではないかっ……あの小僧は、唯一戦うことが出来ない。
だが、1番己の身を危険に晒してまでも立ち向かう莫迦だ。それはお前も分かっていたことではないのか?」
『主君っ…………』
魁蓮は、バタンと再度寝台に倒れる。
いずれバレることとは思っていた。
もしこのまま記憶が戻らなかったら、司雀くらいには気づかれるだろう、と。
その覚悟で隠し通してきた。
まさか、こんな形でバレるなんて思いもしなかったが。
魁蓮には、隠してきた理由があったのだ。
「我のこの記憶喪失が、知らぬ誰かの仕業だとすれば……その者は、只者では無い。我に立ち向かう力を持っているということになる。それは、彼奴らにとっては危険なのだ。対処など、出来るわけがない。
だから黙っていたのだぞ、楊っ…………」
魁蓮が、記憶喪失も含め、自分のことを話したがらない理由。
それは、危険な目に合わせないためだった。
自分の近くにいる皆を、守るため。
今まで自分と対等に戦い合える存在はいなかった。
敗北という名は、魁蓮の中には無かった。
でもそれは、かえって都合がいいことでもある。
もし、魁蓮さえも倒せない相手が現れた場合……。
最悪、全てを失うかもしれない。
魁蓮にとっては、それが一番最悪なのだ。
「どんな相手かも分からん、どれほどの強さを秘めているかも分からん。
未知の敵に、彼奴らを巻き込みたくは無い」
だから、突き放していた。
酷い一面を見せて、少しでも自分から離した。
本音は、自分が封印されている1000年の間、肆魔が誰1人死んでいなかったことに安心したのに。
それを伝えてしまえば、きっと肆魔はもっと背中を追いかけてくる。
力になろうと、近づいてくる。
同時に、危険な戦場へ連れていきかねない。
【お前、今っ……肆魔の皆に向かって、
自分が何言ったのか分かってんのか!!!!!】
日向の怒声が、魁蓮の頭を埋めつくした。
あの言葉は、魁蓮には痛かった。
皆を突き放すために言った言葉だったが、それが傷つける言葉だという自覚もあった。
妖魔より強い感情を持つ日向が、あそこまで怒ったのだ。
きっと、想像以上に傷つけてしまっただろう。
「なぁ、楊」
『はい……』
「恐らく小僧は、志柳に行くことを諦めないだろう。我らの力になりたいと、真っ向から言われた……」
魁蓮はゆっくりと起き上がると、今度は両手で顔を覆い隠して項垂れた。
守らなければいけないものが多すぎる。
敵がどんな力を持って責めて来るのか分からない。
恐怖は無かった、怖気付くことも。
だが不安はある。
何か、失ってはいけないものを失うのではないか、そればかりが気になって仕方が無かった。
だから、1人で全てを背負ってきたのだ。
それが1番安全で、1番楽な事だったから。
(何としても、彼奴らを離さなければっ)
『主君……もう、よろしいのでは……』
そんな魁蓮の考えを跳ね返す、楊の声。
魁蓮はゆっくりと視線だけ上げると、楊がこちらを切ない瞳で見つめていた。
その瞳を見た途端、魁蓮は眉間に皺を寄せた。
あの瞳が何を言おうとしているのか、魁蓮には分かりきっていたからだ。
『主君、これ以上1人で背負うのは、お止め下さい』
案の定、これだ。
予想通りの返答に、魁蓮はため息を吐きながら、体をまっすぐ起こす。
『ここにいる者は、危険な目に合うことは覚悟の上です。貴方が気を遣うことなどっ』
「では言い方を変える…………邪魔だからだ」
『主君…………』
魁蓮の言葉に、楊は何も言い出せなくなった。
でも、楊には分かっていた。
その言葉も、誰も近づかせないための嘘なのだと。
魁蓮の言葉の全てを、そのままの意味で受け取ってはいけない。
楊は、それを十分分かっていた。
だから、いつまでも突き放そうとしてくる魁蓮に、何も言えなくなっていた。
これ以上言ってしまえば、彼を責めているような気がしてしまう。
「時には、知らぬ方が良いこともある。今がそうだ」
すると魁蓮はゆっくりと立ち上がり、楊を置いて部屋を出ていこうとする。
少しずつ、楊の方へと歩いてくる魁蓮。
楊は半ば諦めて、魁蓮が自分の隣を横切るのを待っていた。
そして、魁蓮がやっと楊の隣に来た瞬間……。
「……すまない……」
『っ……!!!!!』
楊の耳に入ってきた、微かな声。
それはまさに、魁蓮が言った言葉。
そして、魁蓮が心の底から思っている言葉だ。
楊は通り過ぎた魁蓮に振り返り、止めようと声をかける。
『主君!!!』
「湯浴みへ行く」
だが、魁蓮は一瞬でいつもの調子に戻り、その言葉だけ言い残すと姿を消した。
部屋に取り残された楊は、胸が苦しくなる。
言葉で表さなくとも、魁蓮が何か強く思うことがあれば、楊にそれが伝わってくる。
そして今、楊には魁蓮のある1つの思いが伝わってきていた。
それは…………
''我は一体……どうすれば良いんだ……''
『っ……主君っ……』
誰にも明かさず背負い続ける主に、楊は吐きどころのない苦しみと悲しみを嘆いていた。
そしてその日を境に、魁蓮は少しずつ、皆から距離を離すこととなってしまった。
段々と仲を深め、距離も縮まってきていた日向に対しても、必要最低限の距離感。
穏やかになりつつあった2人の日々は、再び振り出しに戻ってきていた……。
「………………」
あの後自室に戻った魁蓮は、どこにも行くことなく静かに寝台に横になっていた。
真っ暗な部屋の中、外の風の音が聞こえるほどには、部屋は静寂に包まれていた。
精神を落ち着かせるには申し分ない。
魁蓮も、横になった途端乱れてしまった衣を気にすることなく、ふうっと深い息を吐いて落ち着いていた。
「っ…………」
ふと、魁蓮は乱れた衣の隙間から見える、自分の腕を見つめた。
鋭い魁蓮の赤い瞳に映るのは、彼の体を埋め尽くす黒い模様。
まるで体を飲み込もうと蠢くような模様は、一瞬呪いのように見えた。
(チッ……)
嫌でも目に入ってしまうため、今となっては随分と見慣れてしまったのだが。
自分が持つ力とは無関係の模様に、今日も魁蓮は頭を悩ませている。
他の者は、この模様は体の作りの1つだと思っているのだろう。
そう思われるのは癪だったが、ヘタに追求されるより勘違いされたままの方が楽だ。
魁蓮は眉間に皺をよせ、サッと衣で腕を隠す。
「……はぁ……」
1つため息を零すと、魁蓮は手のひらに微力な妖力を込めた。
そしてそれを、近くにある机の上に放つ。
放たれた魁蓮の妖力は、じわじわと形を成していき、遂には鳥の姿になった。
そして鳥は、魁蓮がいつも傍に置いている鷲……
楊へと姿を変えた。
『っ……あれ、どうして……』
呼び出された楊は、戸惑っていた。
それもそのはず、昼間に力を使いすぎたせいで、形を成して外に出てくることはまず出来ない。
それは楊が1番分かっていること。
だがそれは、あくまで楊だけがする場合。
『っ!』
楊の生命、力、その全ての主は魁蓮だ。
魁蓮が不足分の妖力を渡せば、たとえ貧弱な状態だったとしても、楊は一瞬で全回復する。
最も、魁蓮の気分次第でどうなるかは決まるが。
つまり今は、魁蓮が不足分の妖力を継ぎ足して、無理やり楊を呼び起こしたのだった。
全てを理解した楊は、気まずそうに魁蓮を見つめる。
今日の昼間の件のせいで、どうにもいつも通りの調子でいけない。
対して魁蓮は、天井をじっと見つめていた。
楊がこちらを見ているにも関わらず、ただ呆然と。
「…………………………」
暫く沈黙が続くと、魁蓮はやっと口を開いた。
「なぜ小僧に話した」
『っ……!!!!!』
魁蓮の言葉に、楊はビクッと体が跳ねる。
今の魁蓮が言った言葉が何を指しているのか、じっくり考える程でもなかった。
『……やはり、分かっていたのですね……』
「わざわざ我から離れて話すことなど、それ以外思いつかんだろう。まして、相手があの小僧となれば」
魁蓮が言っているのは、過去の記憶のこと。
それを、何故日向に話したのか……。
バレていた。
いくら隠しても、やはり魁蓮は勘づく。
楊は、勝手な行動をしてしまった自覚があるため、緊張で体が固まってしまった。
しかし魁蓮は、怒ることも責めることもせず、ただ楊の返答を待ち続けた。
それから少しして落ち着きを取り戻した楊が、緊張気味に口を開く。
『申し訳ございません……どうしても、貴方の力になりたくて……』
楊は、深々と頭を下げた。
そんな楊の姿を見た魁蓮は、ゆっくりと上体を起こす。
「楊、我は必要ないと言ったはずだぞ。それに、このことは誰にも口外するなと、あれほど口酸っぱく言ったではないか」
魁蓮の言葉に、楊は目を伏せる。
彼の言葉が痛かった、頭では分かってはいたのだが。
魁蓮はゆったりと足を組むと、目頭をキュッと掴んだ。
「楊……これは我の問題なのだ。他者に協力を仰ぐつもりはない」
魁蓮は、頭が痛くなってくる。
今回の記憶喪失の件、魁蓮は本当に誰にも言わないつもりだった。
だがどうしても楊には隠し通せないため、以前から口外するなと忠告をしていたのだ。
何度も口止めをしなければ、楊はすぐに事情を話すだろうと思っていたから。
もちろん、楊は言いつけを守ってくれた。
しかし……
(時に、我の考えは楊に漏れることがある……)
魁蓮の記憶を取り戻す鍵。
それが日向かもしれないと分かった途端、魁蓮は日向のことを強く考えすぎてしまった。
その結果、不本意ながらもその意思が楊に伝わってしまったのだろう。
だが楊は、その意思に気づいたから日向に話したのでは無い。
自分だけが僅かに覚えていた魁蓮の記憶に、日向が少しは関係しているかもしれないという推測から、彼は日向に打ち明けた。
まあ理由はどうあれ、結局は日向が真実を知ってしまった状況なのだ。
問題なのは、バレた相手。
魁蓮としては、1番バレたくない相手だったのだ。
その理由は…………
「何故小僧なんだ……奴は人間だぞ」
そう、日向が人間だから。
もっと具体的に言ってしまえば、いつも周りを優先してばかりの、お人好しな人間だからだ。
彼を見守ってきた魁蓮は、既に分かっていた。
日向はきっと、人間だろうと妖魔だろうと関係なく、困っている者がいれば真っ先に助けたいと言い出す男だ。
彼が助けたいと思う基準に、当然ながらも種族差別なんてものは無い。
だからこそ、魁蓮は嫌だった。
ずっと近くにいる司雀よりも、バレたくない相手。
「これでは、深入りしてくるではないかっ……あの小僧は、唯一戦うことが出来ない。
だが、1番己の身を危険に晒してまでも立ち向かう莫迦だ。それはお前も分かっていたことではないのか?」
『主君っ…………』
魁蓮は、バタンと再度寝台に倒れる。
いずれバレることとは思っていた。
もしこのまま記憶が戻らなかったら、司雀くらいには気づかれるだろう、と。
その覚悟で隠し通してきた。
まさか、こんな形でバレるなんて思いもしなかったが。
魁蓮には、隠してきた理由があったのだ。
「我のこの記憶喪失が、知らぬ誰かの仕業だとすれば……その者は、只者では無い。我に立ち向かう力を持っているということになる。それは、彼奴らにとっては危険なのだ。対処など、出来るわけがない。
だから黙っていたのだぞ、楊っ…………」
魁蓮が、記憶喪失も含め、自分のことを話したがらない理由。
それは、危険な目に合わせないためだった。
自分の近くにいる皆を、守るため。
今まで自分と対等に戦い合える存在はいなかった。
敗北という名は、魁蓮の中には無かった。
でもそれは、かえって都合がいいことでもある。
もし、魁蓮さえも倒せない相手が現れた場合……。
最悪、全てを失うかもしれない。
魁蓮にとっては、それが一番最悪なのだ。
「どんな相手かも分からん、どれほどの強さを秘めているかも分からん。
未知の敵に、彼奴らを巻き込みたくは無い」
だから、突き放していた。
酷い一面を見せて、少しでも自分から離した。
本音は、自分が封印されている1000年の間、肆魔が誰1人死んでいなかったことに安心したのに。
それを伝えてしまえば、きっと肆魔はもっと背中を追いかけてくる。
力になろうと、近づいてくる。
同時に、危険な戦場へ連れていきかねない。
【お前、今っ……肆魔の皆に向かって、
自分が何言ったのか分かってんのか!!!!!】
日向の怒声が、魁蓮の頭を埋めつくした。
あの言葉は、魁蓮には痛かった。
皆を突き放すために言った言葉だったが、それが傷つける言葉だという自覚もあった。
妖魔より強い感情を持つ日向が、あそこまで怒ったのだ。
きっと、想像以上に傷つけてしまっただろう。
「なぁ、楊」
『はい……』
「恐らく小僧は、志柳に行くことを諦めないだろう。我らの力になりたいと、真っ向から言われた……」
魁蓮はゆっくりと起き上がると、今度は両手で顔を覆い隠して項垂れた。
守らなければいけないものが多すぎる。
敵がどんな力を持って責めて来るのか分からない。
恐怖は無かった、怖気付くことも。
だが不安はある。
何か、失ってはいけないものを失うのではないか、そればかりが気になって仕方が無かった。
だから、1人で全てを背負ってきたのだ。
それが1番安全で、1番楽な事だったから。
(何としても、彼奴らを離さなければっ)
『主君……もう、よろしいのでは……』
そんな魁蓮の考えを跳ね返す、楊の声。
魁蓮はゆっくりと視線だけ上げると、楊がこちらを切ない瞳で見つめていた。
その瞳を見た途端、魁蓮は眉間に皺を寄せた。
あの瞳が何を言おうとしているのか、魁蓮には分かりきっていたからだ。
『主君、これ以上1人で背負うのは、お止め下さい』
案の定、これだ。
予想通りの返答に、魁蓮はため息を吐きながら、体をまっすぐ起こす。
『ここにいる者は、危険な目に合うことは覚悟の上です。貴方が気を遣うことなどっ』
「では言い方を変える…………邪魔だからだ」
『主君…………』
魁蓮の言葉に、楊は何も言い出せなくなった。
でも、楊には分かっていた。
その言葉も、誰も近づかせないための嘘なのだと。
魁蓮の言葉の全てを、そのままの意味で受け取ってはいけない。
楊は、それを十分分かっていた。
だから、いつまでも突き放そうとしてくる魁蓮に、何も言えなくなっていた。
これ以上言ってしまえば、彼を責めているような気がしてしまう。
「時には、知らぬ方が良いこともある。今がそうだ」
すると魁蓮はゆっくりと立ち上がり、楊を置いて部屋を出ていこうとする。
少しずつ、楊の方へと歩いてくる魁蓮。
楊は半ば諦めて、魁蓮が自分の隣を横切るのを待っていた。
そして、魁蓮がやっと楊の隣に来た瞬間……。
「……すまない……」
『っ……!!!!!』
楊の耳に入ってきた、微かな声。
それはまさに、魁蓮が言った言葉。
そして、魁蓮が心の底から思っている言葉だ。
楊は通り過ぎた魁蓮に振り返り、止めようと声をかける。
『主君!!!』
「湯浴みへ行く」
だが、魁蓮は一瞬でいつもの調子に戻り、その言葉だけ言い残すと姿を消した。
部屋に取り残された楊は、胸が苦しくなる。
言葉で表さなくとも、魁蓮が何か強く思うことがあれば、楊にそれが伝わってくる。
そして今、楊には魁蓮のある1つの思いが伝わってきていた。
それは…………
''我は一体……どうすれば良いんだ……''
『っ……主君っ……』
誰にも明かさず背負い続ける主に、楊は吐きどころのない苦しみと悲しみを嘆いていた。
そしてその日を境に、魁蓮は少しずつ、皆から距離を離すこととなってしまった。
段々と仲を深め、距離も縮まってきていた日向に対しても、必要最低限の距離感。
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