愛恋の呪縛

サラ

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第184話

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 その頃 黄泉では……



「人間の貴方と、妖魔の鬼の王は、共に歩める関係ではありません。貴方たちは、敵同士なのです。今は大人しいかもしれませんが、これだけは覚えていてください。

 鬼の王は、必ず貴方を

「っ……………………」



 真っ直ぐにぶつけられた紅葉の言葉に、日向は固まっていた。
 紅葉の声音は本気そのもので、まるで危険を知らせるかのような声だ。
 いきなり言われた言葉に理解が追いつかず、日向はただじっと紅葉を見つめてしまう。
 だが、日向はある言葉だけは聞き取った。



「魁蓮が……裏切る……?」



 理解は追いつかずとも、その言葉だけは頭に響いた。
 裏切る……この半年近く、頭の片隅にも無かった言葉だ。
 だってそんな言葉が浮かび上がってこないほどには、日向と魁蓮は互いに結んだ約束を守っている。
 分かり合える仲では無いにしても、約束を破るような行為は今まで1度もなかった。
 現状、何とかなっている。
 それなのに紅葉は、そんな平穏な日々が一変するとでも言いたいのだろうか。



「裏切るって、そんな根拠の無い話っ」

「鬼の王は、人間の敵である。それが何よりの根拠ではありませんか」

「で、でも……アイツが僕を裏切るってんなら、こんなに長い時間かける必要あるか?早々に殺してるだろ」

「信頼を得るため、と考えれば」



 辻褄が、合うといえば合うような話だ。
 でもそんな姑息なやり方を、あの男がやるとも思えない。
 むしろ、面倒ごとは早めに片付けたいと考える性格だろう。
 1度無理だと感じれば、その場で相手を殺すことができる男だ。
 だからこそ、日向は紅葉の言葉が信じれない。

 

「いや、いやいやいや!そんな面倒なことっ」

「日向様!」

「っ……!」



 だが、紅葉は真剣だった。
 何度も拒否し続ける日向に、紅葉は真剣な眼差しを向ける。
 その眼差しに押され、日向は目を見開いた。



「自分がおかしいことに気づいてください。貴方は、人間の天敵である存在を信じつつある。それがいかに異常なことなのか、貴方なら分かるでしょう?」

「異常って、そんな言い方……た、確かに、世間論で言うならそうかもしれないけど。でも僕は、アイツとずっと一緒に過ごしてっ」

「一緒に過ごしているから何ですか。たとえ一緒に過ごしていても、その者の全てを理解した訳では無いでしょう」

「そ、それはそうだけど……」

「それに、知らない間に洗脳されている可能性だってあるのです。もう既に、鬼の王の手のひらの上で転がされているかもしれない。貴方が気付かぬうちに」

「は?ちょっ、何言って」

「日向様、それが鬼の王なのです」

「っ………………」

「貴方は解放されるべきです、裏切られる前に。
 鬼の王は、貴方が思うほど善人では無いのですから」



 (なに……この妖魔っ……)



 日向は、紅葉に少しばかりの不快感を持った。
 世間一般論で言うならば、紅葉の言葉は当てはまっている。
 人間が妖魔を信じるなんて、天地がひっくり返りそうな考え方だ。
 多くの人々は、紅葉と同じ気持ちになるだろう。
 そして、魁蓮を信じる者などいない。
 だがこれは、当たり前の考え。

 でもその考えになるのは、彼をちゃんと知らないからだ。



「ですからっ」

「ちょっと待ってよ。確かに、あいつは善人じゃないかもしれない。僕たち人間からすれば、最低なことをたくさんしてる。
 でも、それだけじゃねぇよ」

「っ………………」



 批判ばかりする紅葉に、日向は言葉を挟んだ。
 きっと、このまま紅葉の言葉を聞き続けたところで、魁蓮の悪口しか出てこないだろう。
 世間ではこういう考えだとか、日向は考え直した方がいいだとか。
 でもそんなの、今の日向には耐えられなかった。



「僕も、アイツのことはまだよく分からん。理解出来んこともいっぱいある。でも……ちゃんと優しさはあるし、いい所もある。不器用なだけで、周りのことをちゃんと考えてるし」

「日向様……」

「紅葉がそう言うってことは、黒も同じ考えなのか?黒も、魁蓮が悪者だって認識してんのか?伝説通りの、残虐な面しか無い男だって。
 そんなわけねぇだろ…………!!!!!」



 日向は、今までの魁蓮の行動を思い出していた。

 人間を殺さないという約束を、守ってくれた。
 転びそうになった時、怪我しないよう支えてくれた。
 力をつけるため、修行に付き合ってくれた。
 日向のために、現世の食材を狩ってきてくれた。
 子どもたちに、優しく笑顔で接していた。
 幻のスイカを食べたいという我儘を、聞いてくれた。
 そしてなにより……





【案ずるな、小僧。お前の見た目は気味悪くなど無い。
 むしろ……綺麗ではないか。我は気に入っているぞ】

【次、そのようなことを言う下劣が現れれば、我に報告しろ。我のものに失礼極まりない態度をした罰だ、痛めつけて殺してやる。
 故に、お前は何も気にする事はない。自信を持て。
 今は、我がそばにいる】





 ありのままの日向の姿を受け入れ、日向がずっと気にしていた部分を、良いところだと言ってくれた。
 1番繊細で、トラウマのような出来事も、魁蓮が和らげてくれた。
 そして、良い記憶へと塗り替えてくれた。





「紅葉が魁蓮をどんな風に思ってんのか知らねぇし、僕だって魁蓮のこと、知らないことの方が多い。でも、それ以上アイツの悪口言うのは……僕が許さない」

「っ……!」

「魁蓮は僕を裏切らねぇよ……そう、約束したから」



 自分に言い聞かせている部分もあるのだろうが、こればかりは自信を持って言えた。
 おかしな話だろう、人間が鬼の王を信じるなんて。
 でも魁蓮を信じるには、日向は十分すぎるほど彼の姿を見てきた。
 世間で語り継がれている伝説すら嘘に感じるほど、魁蓮は優しい一面もあるし、仁義もある。

 日向は、それを沢山見てきたのだ。
 だからハッキリ言えた、裏切らない、と。
 そしてなにより……好きになった男のことを、日向は信じたかった。



「僕は、アイツを信じてるから」

「……………………」



 真っ直ぐに見つめてくる日向に、紅葉は口を閉じた。
 美しい青い瞳の奥には、魁蓮を信じているという信念が込められている。



 (これは、想像以上でしたね…………)



 これ以上は、何を言っても無駄だろう。
 むしろ言えば言うほど、日向に距離を取られてしまう。
 信頼どころか、嫌われて終いだ。
 そう考えた紅葉は、小さくため息を吐いた。



「分かりました。貴方がそういうのならば。
 ですが日向様、運命というものは変えられません。鬼の王が貴方を裏切る未来は、来ます」

「………………」

「その時が来たら、再び貴方を迎えに来ます。
 それまではどうか、ご無事で」



 紅葉はそう強く言うと、日向に背中を向けた。
 そして、じわじわと妖力を込める。
 どうやら帰るようだ。
 日向はそれが分かると、もう何も言われないのだと思いホッとする。

 その時、紅葉が何かを思い出したように振り返った。



「日向様、最後にひとつ。
 もし、鬼の王の秘密が知りたいのであれば……志柳へ向かうことをお勧めします」

「えっ?」

「黒様がいるからという理由ではありません。あの土地には、貴方が知り得たいものが眠っています。もし行きたいのであれば……。
 肆魔の中の、に話を聞いてみては……」



 そういうと紅葉は、フッと姿を消した。
 最後に言い残された言葉が頭を埋めつくし、日向はそのまま呆然としてしまう。



「僕の、知り得たいこと……」



 だが、この時の日向は知らなかった。
 この時の紅葉の言葉が……

 まさに、悪魔の囁きだということに………………。
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