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第221話
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それから、半年後……。
「おー!いいじゃんここ!絶景絶景!」
心地よい風が吹く、ある山の頂上近く。
陽の光が気持ちよく当たる崖の上では、あまり見ることのない美しい景色に感動する龍禅と、同じように崖から見える景色を見つめる虎珀がいた。
2人で一緒にいる、という約束を交わしてから半年。
あれから2人は、刺激のある日々を過ごしていた。
大きな妖魔と戦ったり、洞窟の中を探検してみたり、早食い競争をしてみたり。
妖魔という種族の中では、一日一日を誰よりも充実過ごしているだろう。
「虎珀ー!今日はここで休もうぜ!」
「あぁ、そうだな」
虎珀が頷くと、龍禅はぐるっと辺りを見渡す。
1晩寝るには十分な広さで、幸い大きな木も立っている。
少し工夫すれば、雨風だって凌げそうだ。
「よっし決まり!この木を使って、屋根作るわ!」
「なら、俺は食い物を見つけてくる」
「おう!気をつけてな!」
「ん」
虎珀はそう言うと、軽々と崖から降りていく。
ここ最近、2人はこうして仕事を分担するようになっていた。
龍禅は志柳で培ってきた物作りや料理の技術を、虎珀は今まで積んできた狩りの経験を活かし、互いを支え合っている。
虎珀に関しては、今まで自分用の必要最低限な食料しか確保してこなかったのだが、龍禅と行動を共にしてからは、狩りをする量も増えていた。
その影響あってか、あれから虎珀の狩りの技術もみるみる成長していたのだった。
そして、大きく変わったことが1つある。
「あ、虎珀!!!イノシシ発見ー!!!!」
崖の上から聞こえた龍禅の声に、虎珀はくるっと首を回す。
すると大きなイノシシが、虎珀の方へと走ってきていた。
普通ならば、かなり大きな体をしているイノシシに驚くところだろうが、虎珀からすれば獲物が来てくれたようなもの。
「いい肉になりそうなのがきたな」
ぽつりと呟き、ニヤリと笑った。
虎珀は全身に妖力を流すと、両手に妖力を集める。
そして集まってきた妖力は、ある形へと変化していった。
そんな虎珀の姿に、龍禅は笑みを浮かべた。
「やったれぇ!虎珀ぅー!」
集められた虎珀の妖力は……なんと弓の姿へと変化した。
そう……大きく変わったのは、虎珀の戦い方。
妖力を1点に集め、それを固体として形にする。
この技はかつて、黒神の弟子の1人であった「風神」が使っていた高難易度の技。
そして、龍禅が独学で修行を積み重ねて習得した技でもある。
「いけるぜ虎珀!その調子だ!」
崖の上から聞こえる、龍禅の応援する声。
虎珀はその声に、更に力が入る。
虎珀はこの半年間、龍禅の指導の元、この技の練習をしていた。
白虎に変身すること以外、大した戦い方も無かった虎珀を見かねて、龍禅が直々に教えてくれたのだ。
確かに虎珀は、白虎の姿で戦うだけでも、かなりの妖力を消費する。
だから、これは虎珀にとってもいい話だったのだ。
「ふぅ……」
虎珀は静かに息を吐くと、妖力で作られた矢の切っ先を、こちらに向かってくるイノシシに向ける。
今でさえ妖力がやっと形にはなってきたが、正直妖力を固体として保つのは精神も削る。
現に、虎珀はイノシシに狙いを定めながらも、妖力で作った矢が崩れることのないよう、全身に力を入れているのだった。
(落ち着け……今日は、上手くいく)
虎珀は周りの音が聞こえなくなるくらいまで集中し、イノシシをじっと見据えた。
外せば、イノシシが勢いよく突進してくる。
妖力の形を保つことに集中している虎珀は、妖力で瞬時に構えることが出来ない。
だからこそ、この一撃が重要になる。
(出来る……俺ならっ……!!!!)
そして、イノシシが地面に落ちていた小枝を踏んだその時……
パァァァン!!!!!!!!!
高い弾く音が響き、虎珀の放った矢がイノシシに真っ直ぐ伸びていく。
妖力で作られた矢は、妖力の光の尾を引いて、ブレることなく飛んでいき、そして……。
見事、矢はイノシシの脳天を貫いた。
「……いけた……」
弓も矢も形を崩さず、そして一発で仕留めた虎珀の成長っぷりに、崖の上からずっと見守っていた龍禅は両手を上げて喜んだ。
「わあああ!虎珀!!大成功だぜ!!!」
龍禅の喜ぶ声に、虎珀はようやく頭が冴えてくる。
虎珀は小さく口角をあげて微笑んで、ヒラヒラと龍禅に軽く手を振った。
目に見えてわかる成長、これは虎珀もやりがいがあるというもの。
虎珀は完全に力が抜けたイノシシを掴むと、妖力を込めて崖の上へと放り投げた。
「これは先に渡しておく。頼むぞ」
「おう!」
龍禅が飛んできたイノシシを受け止めると、虎珀は淡い光に包まれて白虎へと変身した。
そしてその場から一気に駆けだす。
そんな虎珀の姿を、龍禅は見つめていた。
「ははっ、かっけぇな。さてと!俺もやらなきゃ!」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
龍禅がいる崖から少し遠く離れた場所では、虎珀がいつも通り狩りをしていた。
運が良かったのか、虎珀が目星をつけた場所には、動物も果物も沢山あり、暫く食料には困らないほどの収穫があった。
「こんなもんか?」
虎珀は額の汗を拭いながら、目の前にある動物や果物の山を見つめた。
積み上げられている食料の山は、2人分にしては多すぎる。
理由はなんと言っても、龍禅だ。
(これも、すぐ無くなりそうだな……)
狩りの機会が増えたのは、紛れもない龍禅の影響。
というのも、龍禅は見た目の細身な体からは想像できないほど、大食らいな男だった。
だが、そのおかげで先程の技の練習も出来るため、虎珀としては悪いことではなかった。
まあ、食料の管理能力は未だに最低だが。
虎珀は収穫したものを、予め持ってきていた紐で結ぶ。
そして白虎の姿に戻ろうとしたその時……
「………………?」
ふと虎珀は、どこからかある2つの気配を感じとった。
1つは、ある一体の妖魔の気配。
あまりにも微量だが、わずかに残っているもの。
そしてもう1つ……柔らかい風に乗って漂ってきたそれは、真冬の雪よりも、頑丈にできた氷よりも、ひどく冷たい……
類を見ない、不穏な妖力の気配。
虎珀は収穫したものをその場に置くと、気配が漂ってきた方向へと足を進める。
山の中を歩いていくと、だんだん太陽の光が差し込まなくなり、少し薄暗くなってきた。
それだけでも十分不気味なのに、虎珀が歩く度、感じとった気配は強くなっていく。
(この気配…………)
警戒しながら足を動かし続けていると……虎珀は、ある場所へとたどり着いた。
そこは、とっくの昔に崩れた廃村だった。
家だった建物には植物の芽が伸びていて、人間が使っていたであろう道具には苔が生えていた。
そして、火で燃やされたような建物もある。
正直、もう人が住めるような環境では無い。
「……村、か……」
この場所には、特に目立ったものは無い。
村の荒れ方からして、過去に妖魔に襲われたのだろう。
目を凝らせば、血痕のようなものもあった。
その血痕は人間のもので、妖魔のものではない。
そして最悪なことに、道端には人間の骨が転がっている。
この村にいた人間は、1人残らず殺されたか、あるいは喰われたか……。
だが虎珀が気にしているのは、それではなかった。
「……この、気配……」
虎珀は、村に残るわずかな妖力を感じ取っていた。
それは、崩れた村に残っている、ある一体の妖力の気配。
その妖力は、普通の妖魔より強いもの。
きっと、この世にいる妖魔のなかでも、上位に立てるくらいの強さだ。
最近襲われた村ではないはずなのに、長い年月が経っても村に留まり続ける妖力の気配。
その妖魔が只者では無いことは、容易に想像がつく。
そう……それだけの情報ならば、どうということもない。
現在より妖魔が蔓延っていた仙人・妖魔全盛の時代は過ぎたとしても、この世に妖魔はごまんといる。
強い妖魔も増えてきている、こうして気配が残るのも不思議なことでは無い。
ではなぜ、虎珀がこんなにも気にしているのか……
「………………」
理由は、村に漂う妖力の気配……その親玉。
今も尚残り続けている妖力の気配を、虎珀は知っているのだ。
なぜなら、いつも感じているから……
村に残っている、かなり強い妖魔の面影。
それが、似ているのだ、彼に。
村に漂う妖力の気配、その主がまるで……
(村に充満している妖力……龍禅に似てっ)
………………その時。
「誰だ」
「っ!!!!!!!!!!!!」
低く、重たい声がした。
その直後、村に重い空気が漂い始める。
突然の事だった、なんの前触れもない。
息をすることすら忘れそうなほどの恐怖の重圧、虎珀は目を見開いて固まった。
(……な、なんだ、この圧はっ……おかしいっ……)
それは、強いなんてものでは片付けられない、圧倒的恐怖の気配。
確かこの気配は、先程感じたものと同じ。
真冬の雪よりも、頑丈にできた氷よりも、ひどく冷たい妖力の気配。
その親玉が、現れたのだ。
(……何が現れた……?どんな、奴がっ……)
聞こえた声の主は、虎珀の背後にいる。
虎珀の体が、ビリビリと震えていた。
背筋も凍って、動いたら死を覚悟してしまう。
振り返ってもいいのか、振り返ったら死ぬのではないか、動くだけでも殺されるのではないか。
いつもなら考えもしないような不安が押し寄せてきて、虎珀の緊張を増幅させていた。
それほど、この圧は苦しさを感じる。
その時、虎珀はあることに気づいた。
(こんな圧……感じたことがないっ……)
今まで影に隠れることなく生きてきた虎珀。
様々な場所を渡り歩いてきたため、それなりの数の妖魔の妖力というものは感じ取ってきた。
似ているもの、同じ強さのもの、頭ひとつ抜けた強いもの。
だから、妖力の気配で驚くことなど無かった。
そんな虎珀が、初めて感じる恐怖。
類を見ない、いや、似通ったものが現れるはずがない。
この気配、この重圧、脳内で導き出されたのは、以前龍禅から教えてもらった一人の男。
世を騒がせている、あの恐怖の存在。
【100年以上前……この国に、ある妖魔が生まれた。
その妖魔は、理由もなくこの国を、罪のない人々を……そして黒神と、彼を愛していた神様を、無境なく殺したっ……そしてその妖魔は、今もこの世にいるっ……】
虎珀はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと首を回す。
話では聞いたものの、これほどの重圧のある存在だとは思っていなかったのだ。
できれば、導き出された存在じゃないと願いたい。
こんな空気、1人では耐えられそうに無い。
虎珀は浅い呼吸を繰り返し、背後から感じる重圧に負けじと横目で振り返った。
「っ……!」
するとそこに居たのは……
虎珀の背後にある建物の屋根に座る、一体の妖魔。
体中に痣のような黒い模様が広がり、真っ赤に染まった瞳と、その瞳すらも美しく見せてしまう眉目秀麗な顔立ち。
神々しくもあり、恐怖すらも感じる姿。
すると妖魔は、眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「……ん?……貴様は……」
虎珀の背後にいた者、その正体は…………
鬼の王 魁蓮。
これが、魁蓮と虎珀の出会いだった。
「おー!いいじゃんここ!絶景絶景!」
心地よい風が吹く、ある山の頂上近く。
陽の光が気持ちよく当たる崖の上では、あまり見ることのない美しい景色に感動する龍禅と、同じように崖から見える景色を見つめる虎珀がいた。
2人で一緒にいる、という約束を交わしてから半年。
あれから2人は、刺激のある日々を過ごしていた。
大きな妖魔と戦ったり、洞窟の中を探検してみたり、早食い競争をしてみたり。
妖魔という種族の中では、一日一日を誰よりも充実過ごしているだろう。
「虎珀ー!今日はここで休もうぜ!」
「あぁ、そうだな」
虎珀が頷くと、龍禅はぐるっと辺りを見渡す。
1晩寝るには十分な広さで、幸い大きな木も立っている。
少し工夫すれば、雨風だって凌げそうだ。
「よっし決まり!この木を使って、屋根作るわ!」
「なら、俺は食い物を見つけてくる」
「おう!気をつけてな!」
「ん」
虎珀はそう言うと、軽々と崖から降りていく。
ここ最近、2人はこうして仕事を分担するようになっていた。
龍禅は志柳で培ってきた物作りや料理の技術を、虎珀は今まで積んできた狩りの経験を活かし、互いを支え合っている。
虎珀に関しては、今まで自分用の必要最低限な食料しか確保してこなかったのだが、龍禅と行動を共にしてからは、狩りをする量も増えていた。
その影響あってか、あれから虎珀の狩りの技術もみるみる成長していたのだった。
そして、大きく変わったことが1つある。
「あ、虎珀!!!イノシシ発見ー!!!!」
崖の上から聞こえた龍禅の声に、虎珀はくるっと首を回す。
すると大きなイノシシが、虎珀の方へと走ってきていた。
普通ならば、かなり大きな体をしているイノシシに驚くところだろうが、虎珀からすれば獲物が来てくれたようなもの。
「いい肉になりそうなのがきたな」
ぽつりと呟き、ニヤリと笑った。
虎珀は全身に妖力を流すと、両手に妖力を集める。
そして集まってきた妖力は、ある形へと変化していった。
そんな虎珀の姿に、龍禅は笑みを浮かべた。
「やったれぇ!虎珀ぅー!」
集められた虎珀の妖力は……なんと弓の姿へと変化した。
そう……大きく変わったのは、虎珀の戦い方。
妖力を1点に集め、それを固体として形にする。
この技はかつて、黒神の弟子の1人であった「風神」が使っていた高難易度の技。
そして、龍禅が独学で修行を積み重ねて習得した技でもある。
「いけるぜ虎珀!その調子だ!」
崖の上から聞こえる、龍禅の応援する声。
虎珀はその声に、更に力が入る。
虎珀はこの半年間、龍禅の指導の元、この技の練習をしていた。
白虎に変身すること以外、大した戦い方も無かった虎珀を見かねて、龍禅が直々に教えてくれたのだ。
確かに虎珀は、白虎の姿で戦うだけでも、かなりの妖力を消費する。
だから、これは虎珀にとってもいい話だったのだ。
「ふぅ……」
虎珀は静かに息を吐くと、妖力で作られた矢の切っ先を、こちらに向かってくるイノシシに向ける。
今でさえ妖力がやっと形にはなってきたが、正直妖力を固体として保つのは精神も削る。
現に、虎珀はイノシシに狙いを定めながらも、妖力で作った矢が崩れることのないよう、全身に力を入れているのだった。
(落ち着け……今日は、上手くいく)
虎珀は周りの音が聞こえなくなるくらいまで集中し、イノシシをじっと見据えた。
外せば、イノシシが勢いよく突進してくる。
妖力の形を保つことに集中している虎珀は、妖力で瞬時に構えることが出来ない。
だからこそ、この一撃が重要になる。
(出来る……俺ならっ……!!!!)
そして、イノシシが地面に落ちていた小枝を踏んだその時……
パァァァン!!!!!!!!!
高い弾く音が響き、虎珀の放った矢がイノシシに真っ直ぐ伸びていく。
妖力で作られた矢は、妖力の光の尾を引いて、ブレることなく飛んでいき、そして……。
見事、矢はイノシシの脳天を貫いた。
「……いけた……」
弓も矢も形を崩さず、そして一発で仕留めた虎珀の成長っぷりに、崖の上からずっと見守っていた龍禅は両手を上げて喜んだ。
「わあああ!虎珀!!大成功だぜ!!!」
龍禅の喜ぶ声に、虎珀はようやく頭が冴えてくる。
虎珀は小さく口角をあげて微笑んで、ヒラヒラと龍禅に軽く手を振った。
目に見えてわかる成長、これは虎珀もやりがいがあるというもの。
虎珀は完全に力が抜けたイノシシを掴むと、妖力を込めて崖の上へと放り投げた。
「これは先に渡しておく。頼むぞ」
「おう!」
龍禅が飛んできたイノシシを受け止めると、虎珀は淡い光に包まれて白虎へと変身した。
そしてその場から一気に駆けだす。
そんな虎珀の姿を、龍禅は見つめていた。
「ははっ、かっけぇな。さてと!俺もやらなきゃ!」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
龍禅がいる崖から少し遠く離れた場所では、虎珀がいつも通り狩りをしていた。
運が良かったのか、虎珀が目星をつけた場所には、動物も果物も沢山あり、暫く食料には困らないほどの収穫があった。
「こんなもんか?」
虎珀は額の汗を拭いながら、目の前にある動物や果物の山を見つめた。
積み上げられている食料の山は、2人分にしては多すぎる。
理由はなんと言っても、龍禅だ。
(これも、すぐ無くなりそうだな……)
狩りの機会が増えたのは、紛れもない龍禅の影響。
というのも、龍禅は見た目の細身な体からは想像できないほど、大食らいな男だった。
だが、そのおかげで先程の技の練習も出来るため、虎珀としては悪いことではなかった。
まあ、食料の管理能力は未だに最低だが。
虎珀は収穫したものを、予め持ってきていた紐で結ぶ。
そして白虎の姿に戻ろうとしたその時……
「………………?」
ふと虎珀は、どこからかある2つの気配を感じとった。
1つは、ある一体の妖魔の気配。
あまりにも微量だが、わずかに残っているもの。
そしてもう1つ……柔らかい風に乗って漂ってきたそれは、真冬の雪よりも、頑丈にできた氷よりも、ひどく冷たい……
類を見ない、不穏な妖力の気配。
虎珀は収穫したものをその場に置くと、気配が漂ってきた方向へと足を進める。
山の中を歩いていくと、だんだん太陽の光が差し込まなくなり、少し薄暗くなってきた。
それだけでも十分不気味なのに、虎珀が歩く度、感じとった気配は強くなっていく。
(この気配…………)
警戒しながら足を動かし続けていると……虎珀は、ある場所へとたどり着いた。
そこは、とっくの昔に崩れた廃村だった。
家だった建物には植物の芽が伸びていて、人間が使っていたであろう道具には苔が生えていた。
そして、火で燃やされたような建物もある。
正直、もう人が住めるような環境では無い。
「……村、か……」
この場所には、特に目立ったものは無い。
村の荒れ方からして、過去に妖魔に襲われたのだろう。
目を凝らせば、血痕のようなものもあった。
その血痕は人間のもので、妖魔のものではない。
そして最悪なことに、道端には人間の骨が転がっている。
この村にいた人間は、1人残らず殺されたか、あるいは喰われたか……。
だが虎珀が気にしているのは、それではなかった。
「……この、気配……」
虎珀は、村に残るわずかな妖力を感じ取っていた。
それは、崩れた村に残っている、ある一体の妖力の気配。
その妖力は、普通の妖魔より強いもの。
きっと、この世にいる妖魔のなかでも、上位に立てるくらいの強さだ。
最近襲われた村ではないはずなのに、長い年月が経っても村に留まり続ける妖力の気配。
その妖魔が只者では無いことは、容易に想像がつく。
そう……それだけの情報ならば、どうということもない。
現在より妖魔が蔓延っていた仙人・妖魔全盛の時代は過ぎたとしても、この世に妖魔はごまんといる。
強い妖魔も増えてきている、こうして気配が残るのも不思議なことでは無い。
ではなぜ、虎珀がこんなにも気にしているのか……
「………………」
理由は、村に漂う妖力の気配……その親玉。
今も尚残り続けている妖力の気配を、虎珀は知っているのだ。
なぜなら、いつも感じているから……
村に残っている、かなり強い妖魔の面影。
それが、似ているのだ、彼に。
村に漂う妖力の気配、その主がまるで……
(村に充満している妖力……龍禅に似てっ)
………………その時。
「誰だ」
「っ!!!!!!!!!!!!」
低く、重たい声がした。
その直後、村に重い空気が漂い始める。
突然の事だった、なんの前触れもない。
息をすることすら忘れそうなほどの恐怖の重圧、虎珀は目を見開いて固まった。
(……な、なんだ、この圧はっ……おかしいっ……)
それは、強いなんてものでは片付けられない、圧倒的恐怖の気配。
確かこの気配は、先程感じたものと同じ。
真冬の雪よりも、頑丈にできた氷よりも、ひどく冷たい妖力の気配。
その親玉が、現れたのだ。
(……何が現れた……?どんな、奴がっ……)
聞こえた声の主は、虎珀の背後にいる。
虎珀の体が、ビリビリと震えていた。
背筋も凍って、動いたら死を覚悟してしまう。
振り返ってもいいのか、振り返ったら死ぬのではないか、動くだけでも殺されるのではないか。
いつもなら考えもしないような不安が押し寄せてきて、虎珀の緊張を増幅させていた。
それほど、この圧は苦しさを感じる。
その時、虎珀はあることに気づいた。
(こんな圧……感じたことがないっ……)
今まで影に隠れることなく生きてきた虎珀。
様々な場所を渡り歩いてきたため、それなりの数の妖魔の妖力というものは感じ取ってきた。
似ているもの、同じ強さのもの、頭ひとつ抜けた強いもの。
だから、妖力の気配で驚くことなど無かった。
そんな虎珀が、初めて感じる恐怖。
類を見ない、いや、似通ったものが現れるはずがない。
この気配、この重圧、脳内で導き出されたのは、以前龍禅から教えてもらった一人の男。
世を騒がせている、あの恐怖の存在。
【100年以上前……この国に、ある妖魔が生まれた。
その妖魔は、理由もなくこの国を、罪のない人々を……そして黒神と、彼を愛していた神様を、無境なく殺したっ……そしてその妖魔は、今もこの世にいるっ……】
虎珀はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと首を回す。
話では聞いたものの、これほどの重圧のある存在だとは思っていなかったのだ。
できれば、導き出された存在じゃないと願いたい。
こんな空気、1人では耐えられそうに無い。
虎珀は浅い呼吸を繰り返し、背後から感じる重圧に負けじと横目で振り返った。
「っ……!」
するとそこに居たのは……
虎珀の背後にある建物の屋根に座る、一体の妖魔。
体中に痣のような黒い模様が広がり、真っ赤に染まった瞳と、その瞳すらも美しく見せてしまう眉目秀麗な顔立ち。
神々しくもあり、恐怖すらも感じる姿。
すると妖魔は、眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「……ん?……貴様は……」
虎珀の背後にいた者、その正体は…………
鬼の王 魁蓮。
これが、魁蓮と虎珀の出会いだった。
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