愛恋の呪縛

サラ

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第244話

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 その頃…………。



「……………………」



 高い岩山の上。
 空に近い高台の場所では、魁蓮が腕を組み、目を閉じて立ち尽くしていた。
 銅像にでも成り果てたか、瞑想状態に陥っているのか、そう思うほどに魁蓮はピクリとも動かない。



「……………………」



 彼の最大の力の1つとも言える「瞳」が閉ざされている今、彼が1番感じているのは、音だった。
 視界を塞ぐと、普段より音が鮮明に聞こえてくる。
 普段気にすることない風の音も、今はすぐ近くから聞こえてくるようだった。
 
 そんな魁蓮だが、今のこの状況において、彼がただ音だけを楽しむような男では無いことは言わずもがな。
 研ぎ澄まされた聴覚とは別に、魁蓮はあるものを感じ取っていた。



「……何かいるな」



 ポツリと呟き目を開けると、禍々しい赤色をした瞳が姿を現す。
 彼の瞳は真っ赤に染まっているが、見える景色は他の者と変わらない。
 ただ少し、が見えるだけ……。

 魁蓮が感じ取った違和感を妙に思っていると、魁蓮の影の中から楊が姿を現した。
 楊は魁蓮の頭上を一周すると、ごく自然と魁蓮の肩に降りる。



「主君。いかがです?何かわかりましたか?」

「志柳だ。あの方角に、妙な奴がいる」

「志柳?」



 楊は魁蓮の言葉に、志柳がある方向へと目を凝らした。
 生憎、魁蓮たちがいる高台は、志柳からかなり離れている。
 魁蓮と妖力が繋がっている楊と言えど、この距離の気配を感じ取るのは至難の業。
 それを魁蓮は、「感じ取れるのは当然」とあたかも当たり前のように言ってくるのだから、少々困る。
 楊は何度も魁蓮が言った気配を探ろうとするが、結局何も分からず、「はぁ」と息を漏らしながら脱力する。



「僕には、分からないですね……でも、主君が気にしているということは、その違和感は良いものでは無いのでしょう?……僕が、確かめてきましょうか?」

「いや、今は必要ない」

「はっ……?なぜです?」

「言っただろう?いるのは、妙な奴だと。迂闊に首を突っ込み、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
 それよりも、楊…………」



 魁蓮はそこまで言いかけると、鋭い目つきのまま、横目で後ろを振り返る。



「まずは、此奴らをどうするか……」



 そう話す魁蓮の表情は、酷く冷たかった。

 魁蓮が立っている場所とは違い、木々が立ち並んで太陽の光が当たらない後方の影の場所。
 その場所には……魁蓮の枷の鎖でキツく縛られ、大きな樹木に磔にされている3体の妖魔がいた。
 3体の妖魔は全身血だらけで、呼吸も酷く浅い。
 そのうち2体は意識不明、未だ意識が途切れていなかったのは、真ん中で磔にされている妖魔だけだった。



「愚かな下劣共だ。この我に勝てると思ったのか?」



 数分前。
 山を歩いていた魁蓮の元に、この3体の妖魔が突然現れたのだ。
 その時、妖魔たちは既に今のような大怪我をしており、軽く錯乱状態だった。
 そのため、自分たちが誰に歯向かって行ったのか分かっていなかったのだろう。
 正常な思考のままだったら、きっと歯向かうどころか、気配を殺して逃げていたはずだったろうに。

 現に妖魔たちが我に返ったのは、魁蓮に酷く痛めつけられ、磔にされた後だった。
 元々刻まれていた傷に、魁蓮からの攻撃を受けたため、妖魔たちはもう助かりはしない。



「はぁ……はぁ……お、鬼の、王っ……」



 ふと、真ん中にいた妖魔が、途切れ途切れの息で呟いた。
 真正面から浴びる、魁蓮の尋常じゃない圧。
 妖魔はそれだけでも、意識が飛びそうだった。
 たとえ正常な思考で無かったとはいえ、魁蓮に喧嘩を売ったことを、妖魔は深く後悔していた。
 まあ、鬼の王が近くにいるという時点で、生きて帰れる保証などどこにも無いのだが。



「鬼の王っ……てめぇ、俺たちをどうする気っ」



 その時……。





「ぎゃあああああああ!!!!!!!!!!」





 妖魔が言葉を言い終わる直前。
 妖魔の右腕が、目に見えない斬撃によって切断されてしまった。
 磔にされていた右腕は胴体から離れ、プランっと力を無くしたように脱力する。
 対して右腕を切られた妖魔は、あまりの激痛に言葉を続けることが出来ず、苦しい悲鳴をあげる。

 そんな妖魔の様子を、魁蓮は眉間に皺を寄せ、心底不機嫌な表情で睨みつけた。



「おい、痴れ者。誰が口を開いていいと言った?」

「あ゛っ、ああ、あああっ!!!!!!!!!」

「はぁ……もっとマシな声をあげろ。貴様の悲鳴なんぞ、聞くに堪えん……不愉快だ……」



 妖魔に斬撃を放ったのは、当然魁蓮だった。
 彼としては、妖魔が視界に入るだけでも不愉快なのに、声なんて聞いていられるわけが無い。
 相変わらずの残虐なやり方に、魁蓮の肩に乗っていた楊はため息を吐く。



「主君、落ち着いてください。まだ殺すのは如何なものかと。もしかしたら、なにか情報を持ってるかもしれませんし」



 まるで、妖魔が殺されるのを庇うような言い方をする楊に、魁蓮は片眉を上げた。



「何を言っている、楊。我は至極落ち着いているが?」

「だとしたら、斬撃なんて普段は飛ばさないでしょう?悲鳴を聞きたくないって言ってますけど、悲鳴をあげさせてるのは主君ですからね?」

「説教でもするつもりか?はぁ、お前もつまらんな」



 その時、魁蓮は不気味に笑みを浮かべた。





「そも、楊……お前、いつまでつもりだ?
 そろそろ我も、その遊戯には付き合いきれんが?」





 魁蓮の鋭い眼光が、楊を捉える。
 いつまで、善人ぶるのか。
 楊には魁蓮の言葉の意味が分かったようで、一瞬目を見開いて驚いたが……すぐに、「ふふっ」と小さな笑みを漏らした。



「ふふっ、はははっ……何を今更。他人の前なんです、別に良いでしょう?主君……いいや。

 なぁ……?……ふふっ、な~んてね」



 そう話す楊の瞳は、いつもより澱んでいた。
 普段の紳士的な雰囲気は消え、どこか魁蓮に似たような、怪しげな雰囲気を出している。
 魁蓮は僅かな楊の変化と、いつもと違う呼び方に気づくと、不気味な笑みを浮かべたまま続けた。



「随分と、くだらん遊戯を覚えたなぁ。
 真のお前は、我を主君とは思わず、そのような敬語を使う柄でも無いというのに……ククッ、まだその態度を貫く気か?今のお前、この上なく気色悪いぞ?」

「仕方ないでしょう?本能が、こうせざるを得ないと言ってるんです。まあ今は、大目に見てくださいよ。あなただって、満更でもないでしょうに」

「ククッ……いいや?腹立たしいことだ。
 忠誠心の欠片もない奴から、主君と呼ばれるのは」

「ふふっ、でしょうね。分かってしてましたから」

「ほう……お前は、よく頭が回るなぁ。だがむしろ、ここまでくだらん遊戯に付き合ってやった我を、褒めて欲しいくらいだ」

「あれ?あなたへの嫌がらせのつもりだったんですけど、褒めて欲しかったんですか?絶対嫌ですけどね。
 まぁまぁ。忠誠は誓ってなくても、だけ有難いでしょう?」

「ほう?、の間違いではないか?」

「……あはは……ほんと、タチが悪いだ……」

「ククッ……」



 互いに口角は上がっているが、目は笑っていない。
 はたから見ればおぞましい光景だが、実はこれが2人の本来の関係性なのだ。
 そしてこの関係性は、誰1人知らない。
 というのも、そもそも楊という鷲は魁蓮に対して、肆魔のような忠誠心が全く無い。
 魁蓮も、そのことは知っている。

 では何故、楊はこのような態度なのか。
 理由は簡単、魁蓮への嫌がらせだ。
 ある理由から、楊は魁蓮を常に不機嫌にさせたいと思っている。
 そのため、魁蓮が楊からされるのは絶対に嫌だと思っている態度を、楊は「わざと」やっていた。

 つまり日向が見ていた、主君に忠誠を誓う紳士的な楊の姿は、全て彼の芝居というわけだ。



「楊。お前が小僧に、我の記憶を取り戻す協力を要請した本当の理由は、思い出したいからだろう?
 我との間に結んだ、を」

「それもありますが、主君を助けたいという気持ちも間違いでは無いです。普通に考えて、過去の記憶がほとんどないのは奇妙な話ですし、忘れてはいけない記憶を、貴方は忘れている気がする……ムズムズするので、早く思い出して欲しいんですよ」

「ふん……」

「まあ日向殿が、まさかあそこまで前向きに協力してくれるとは思いませんでしたが。良い子ですよ、彼」

「……小僧にまで猫をかぶるとは、愚かな奴め」

「何を言いますか。むしろ、僕は日向殿には紳士に振る舞うよう心がけてるんです。
 貴方みたいに、日向殿に嫌われたくは無いのでねぇ?」

「ククッ……楊、くだらん事を口走るな……。
 誤って、お前を殺してしまいそうになる」

「おや。それはそれは、困りますね。
 どうぞお手柔らかに、主君~?」

「……………………」



 魁蓮は楊の言葉に眉間に皺を寄せたが、楊との言い争いに飽きたのか、大きなため息をひとつ吐くと、未だ悲鳴をあげる妖魔に向き直る。
 腕を切断された妖魔は、次第に意識が遠のいていた。
 もう、命を保つことさえ限界なのだろう。
 少し可哀想な状況だというのに、それを見つめる魁蓮は何の情けもない。
 むしろ「面白くない」と、冷たい考えを抱いている。



「下劣よ、我の問いに答えることだけを許す」

「はぁっ……はぁっ……」



 妖魔は歪む視界を、魁蓮へと向けた。
 魁蓮は妖魔を冷たく見つめると、妖魔の体に残る傷を指さした。



「貴様のそれは、誰にやられた?傷口から、異型の妖力の気配がするのだが……。
 貴様らを襲ったのは、異型妖魔か?」



 魁蓮はずっと、妖魔から感じていた気配があった。
 妖魔たちが魁蓮に襲いかかる前からあった傷、その傷には、微量な異型妖魔の妖力が残されていた。
 それも、かなり強力な。

 そして魁蓮の言葉に、妖魔は息が詰まった。
 何せ、魁蓮の質問は図星だったからだ。
 妖魔は軽く息を整えると、掠れた声で答える。



「……異型、がっ……俺たち妖魔に、配下に、なれと……それで、断ったら……襲われたっ……ゲホっ……」

「配下?どの異型が、そのような戯言を?」



 すると妖魔は、声を震わせながら答えた。





「はぁっ……ほ、頬に……黒蝶の模様と…………
 「弐」の文字が入った、2人の、ガキっ……」

「っ…………」

「その、ガキども、がっ……言ってた……
 「全ては、主様のため……覡を、捕らえるため」って……全く、意味は……分からねぇがっ…………」





 妖魔の言葉に、魁蓮は目を見開いた。
 
 頬に黒蝶の模様と、割り当てられた大字だいじ
 魁蓮は、その特徴を持った妖魔を知っている。
 かつて黄泉に、無断で入り込んできたことがあった。
 だがその時見た異型妖魔は、弐ではなく「伍」だった。



 (まさか……異型に序列があるのか……?)



 あまりにも、予想外の情報だった。
 そして最も引っかかったのは、覡という言葉。
 現時点で黒幕たちが求めている覡は、日向を指している。
 となると、日向を狙っている輩は、魁蓮が想像しているよりも多いのかもしれない。



「……主君?」



 突然黙り込んだ魁蓮に、楊は後ろから声をかけた。
 魁蓮はくるっと花蓮国の街並みへと振り返ると、顎に手を当て考える。
 せこせこと、過去の記憶に関することを調べ、まだ正体が明かされていない敵の情報や動きも探ってきた。
 しかし、それらは魁蓮が想像するよりも、勢力を拡大してきている。
 今の動き方をしていれば、隙を狙われるかもしれない。
 そろそろ焦らなければいけなくなった。

 何が最善か、何を優先すべきか、敵と接触をはかるのはいつか……。
 極限まで脳を回し、そして答えを導き出した。





「参ったな……2週間では、長すぎるか……」

「えっ?」





 ポツリと呟いた魁蓮の言葉に、楊がコテンっと首を傾げると、魁蓮は楊に向き直る。



「楊。黄泉へ戻る日を、少し早める」

「おや、2週間後に帰る予定では?」

「そのつもりだったが……どうやら事態は、既に深刻やもしれんのでな。少々、甘く見ていた。
 情報集めより、小僧を手元に置くことが優先だ」

「ほう……それはそれは。大規模な予定変更で。
 それで、いつ帰ります?」



 楊が尋ねると、魁蓮は視線を外して答える。





「1週間以内……出来れば、早めに」

「っ?これはまた、随分早めましたね?そんなに日向殿が心配です?」

「小僧は、肆魔と共に黄泉にいる。急くような事では無いが……ふん……」

「自分の目で確かめなければ、落ち着かないんですね。
 それとも、「日向は我が守りたい!」とか?」

「……………………」

「そこは、そうだよって言えばいいんですよ。全く、どこまでも素直じゃない……」

「黙れ……それに、だ……」

「ん?」



 楊が片眉を上げると、魁蓮はニヤリと笑みを浮かべ、目を細めながら楊を見つめた。



「小僧は、我に会うことを心待ちにしている。予定より早く帰れば、小僧も喜ぶだろう?」

「あぁ、驚かせたいのですね?」

「ククッ……彼奴の反応は、存外悪くないからなぁ。
 我も、楽しみだ」

「……そこまで言っておいて、なぜ本人には本音を言えないんでしょうか……」

「何か言ったか?」

「いいえ?」

「……………………」



 楊の反応に少し苛立ちながらも、魁蓮は体に妖力を込め始めた。
 きっと、動き出す準備をしているのだろう。
 楊もそれに気づき、笑みを浮かべて魁蓮の影の中へと戻っていく。



「早急に終わらせるか……黄泉へ戻るために」



 魁蓮はニヤリと笑い、その場から姿を消した。

 それと同時に、妖魔を縛っていた魁蓮の鎖は消えたが……磔にされていた妖魔たちは既に命尽きていて、解放された直後、そのまま地面に倒れて一生動くことは無かった。
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