愛恋の呪縛

サラ

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第291話

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「虎珀!虎珀待って!」



 魁蓮たちから離れた日向と虎珀の2人は、城の庭に来ていた。
 城を飛び出した虎珀は、ずっと追いかけてきている日向に気づき、ようやく足を止める。
 だが振り返ることはしない。
 日向は息を荒らげながら膝に手をつくと、虎珀の背中に声をかけた。



「虎珀っ、どうしたんだよ……急に走り出して……」

「……………………」



 日向には、何が何だか分からなかった。
 最近は落ち着いてきたと思っていた、龍牙と虎珀のイザコザ。
 いや、そう見えているだけで停戦状態なのかもしれないが、とりあえずは大きな問題は何もないのだと思っていた。
 だが先程の虎珀は、明らかに龍牙に対して避けるという行動をしている。
 もしやまだ、何かわだかまりがあるのか。



「龍牙が言っていただろう、兄のことを」



 先に話を振ってきたのは、虎珀だった。
 日向は息を整えると、姿勢を伸ばして頷く。



「あ、あぁ……僕も前に少しだけ聞いたんだよ。
 昔、離れ離れになったお兄さんがいるって」

「……………………」

「龍牙も、全部ハッキリ覚えているわけじゃないみたいだけどっ」

「龍禅なんだ」

「……………………え?」



 虎珀が日向の言葉を遮ってまで口にしたのは、彼の親友だったという妖魔の名前。
 日向はポカンとして黙っていると、ふと、虎珀が疲れ果てたような笑みを浮かべて振り向いた。



「龍牙の兄は……龍禅なんだよ」

「……………………っ」



 (龍禅が………………兄?)



 虎珀の言葉を理解した途端、日向は目を見開いた。
 龍牙と龍牙が、離れ離れになった兄弟。
 信じられないというよりは、そんな偶然があるのかという衝撃の方が強かった。
 だが同時に、日向はあることに気づく。



「……待って。じゃあ、龍牙のお兄さんって今はっ……」

「……あぁ、もうこの世に居ない。生きていないんだ」

「っ!」



 何となくだが、察してしまった。
 虎珀がどうして龍牙の兄の話を避けたのか、そして兄との再会を夢見る龍牙の発言。
 あの全てを見る限り、龍牙は自分の兄がもう死んでしまっていることを知らないのだろう。
 そしてその兄が昔、虎珀と一緒にいたことも。
 言うタイミングを逃したのか、或いは言えない理由があるのか。
 どちらにせよ、この話が虎珀にとっては大きな秘密であることは確かだった。



「……なんで、言わないの……?」

「言えるわけないだろ、龍禅は俺が殺したんだ。前に言っただろう?兄を殺した存在を、あいつが今まで通り受け入れると思うか?」

「いや、でもっ……龍牙はっ……」

「''受け入れてくれると思う'' そう言いたいんだろう?
 確かにあいつは、いざと言う時は心が広いかもしれない……でも俺は、自分のわがままが理由で、アイツに事実を話していないだけなんだ」

「……わがまま?」



 ふと、虎珀はその場に腰を下ろした。
 そして空を見上げ、かつての記憶を思い出す。



「龍牙のことは……1度だけ、龍禅から聞いたんだ」





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「なぁなぁ虎珀、お前夢とかある?」



 虎珀が志柳での生活に慣れてきた頃、そろそろ寝ようと布団に潜り込んでいた虎珀に、既に隣で布団に入っていた龍禅が、少し興奮気味に尋ねてきた。



「夢?何だ急に」

「いいからいいから~。何かあるか?」

「ない」

「即答かよ、ちょっとは考えてくれてもいいだろ?」

「勘弁してくれ、もう眠いんだから……。
 ……逆に、お前はあるのか?」

「お、よくぞ聞いてくれた。もちろんある!」



 龍禅は仰向けに寝返ると、両手を後頭部の下において枕代わりにし、天井を見つめた。
 そして、とある記憶を思い出す。



「俺は……居なくなった弟に会いたい」

「………………は?」



 少しずつ重たくなっていた虎珀の瞼は、龍禅の一言でパチッと起きてしまった。
 虎珀は顔だけ龍禅に向けて、思わず体を起こして肘を着く。



「今……弟って言ったか?お前、妖魔だろ?妖魔には、兄弟構成なんてものは存在しない」

「んー、そうなんだけどさ。
 この世に生まれた瞬間から、ずーっと俺の隣にいたんだよ。だから俺は弟と思ってる」

「……随分と、自分勝手な話だな」

「んなことねーよ?弟だって、俺を兄ちゃんだって思ってくれてた……多分!」



 多分という言葉だけ、何故か自信ありげだ。
 そもそも、妖魔に兄弟構成も兄弟意識も存在しない。
 そう考えること自体、異常と捉えてもいい。
 またいつものおかしな発言かと虎珀が呆れていると、龍禅は優しい笑みを浮かべて続ける。



「一緒にいたのは、ほんの数年だけなんだ。当時は、弟に意思とかそういうのがあったのかは分からねぇ。俺みたいに、人型の姿や青龍の姿にはなれなかったし、言語も話せなかったから……。
 でもな……いつも俺の後ろを追いかけてきた姿が可愛くて可愛くて……だからずーっと守ってた」

「……じゃあ、なんで離れた?」

「居なくなっちまったんだ。
 俺が弟から目を離した隙に、突然な。何か、面白いものでも見つけて、そのまま迷子になったんだろう。結構探したけど……そのまま会えず終いだよ」



 龍禅は、ふと目を閉じた。
 人間が住む町からも、他の妖魔が住む山や森からも少し離れた、寂れた場所。
 この世に生まれ落ちたその場所で、龍禅はまだ妖魔としてはとても弱かったと、生きていた。
 言葉なんて交わせないし、何を考えているのか分からない。
 それでも……寝る時は自分の傍に寄り、何処へ行くにも後ろをついてまわったあの弟の姿は、龍禅からすれば可愛くて、愛らしさすら感じていた。
 だからこそ、今もふとした時に思い出す。



「まだ弱いままなのか、どこにいるのか、そもそも生きているのか……何一つわからねぇけど、いつか会えるって俺は信じてる。
 あいつは、弟は……兄ちゃんおれにとっては宝物だ」

「…………」

「だから必ず、会いに行く。そんで迎えに行って、この志柳で一緒に暮らす。
 今度こそ、本当の兄弟として。それが俺の夢」



 そう語る龍禅の瞳は……虎珀が今まで見てきた中で、1番希望に満ちていた。
 離れてどれほどの年月が過ぎたのか、今となってはぼんやりしていて分からないが、龍禅が弟を思わなかった日は無い。
 隔離されたようなこの志柳で、龍禅は弟とも一緒に暮らす未来を、静かに思い描いていた。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「初めてあの話を聞いた時は、信じられなかったが……あんなにも真面目な龍禅は、あまり見たことがなかったからな。それに、楽しそうだった」



 些細な日常の中での会話だったが、今思えば忘れなくてよかった話だと感じる。
 亡き親友が長年会いたいと願ってきた存在が、今こうして生きている。
 死なずに生きている現状が、虎珀としては安心するのだ。

 その時……虎珀の話を聞いていた日向は、ゆっくりと虎珀の元へと近づいた。
 そして彼の隣に腰掛けると、懐からあるものを取り出した。



「……なんだ?」



 虎珀が首を傾げて受け取ると……日向は切ない顔を浮かべて口を開いた。



「志柳……いや、瑞杜の当主の屋敷で見つけた。
 君に、渡すべきだって思って……」

「……何だと?あそこは、俺の結界があったはずだ」

「ごめん、勝手に破った。
 僕の調べたいことが、当主の屋敷にほんの少しでもあるかと思って……その時に、これを……」



 虎珀は、受け取った''書物''を見つめた。
 そしてくるっと裏を見ると、ある文字に目を見開く。





【45代目当主 龍禅の記録】





「……これ、はっ……」



 懐かしい筆跡に、虎珀は声と手が震える。
 そして興奮気味に中を開くと、その日記に書かれている記録を一つ一つ見つめた。
 日記に書かれていたものは、虎珀も鮮明に覚えている思い出ばかりで、読めば読むほど情景が思い浮かぶ。
 そして虎珀は、ある日付の日記に目が止まった。







 12月24日
 神様……多くは望まない。 
 だからお願い……虎珀を助けてくれ。
 虎珀は、俺の大切な存在なんだ、失いたくない。
 神が無理なら、誰でもいい……。

 虎珀を、ここより安全で、幸せな場所に……。



 助けて下さい……黒神様っ……。







「……俺の、ことっ……なら、あいつは初めから……」



 その時だった……。
 ふと、虎珀の目からポタポタと涙がこぼれ落ちた。
 虎珀のとめどなく溢れる涙は、龍禅が書いた最後の日の日記に落ち、文字を滲ませていく。



「……虎珀……?」



 日向が心配そうに顔を覗き込むと、虎珀はギュッと日記を握りしめ、顔に近づけて肩を震わせた。



「全部、分かっていたのか……?龍禅っ……分かっていたなら、何故言わなかった……!何故、俺に言わなかった……!?
 お前には、俺が……いただろっ……」



 その虎珀の姿は、寂しさで溢れていた。
 一気に後悔や苦痛が襲ってきて、彼が長年奥底に封じ込めていたトラウマを呼び起こす。
 日記が少しくしゃっとなるほど、虎珀の手は力強く握りしめられていて。
 その時……日向は虎珀の手を包み込んだ。



「虎珀……僕に、話してくれない?本当のこと」

「っ……」

「嫌なら、強要はしない。でも僕は、ちゃんと知りたいんだ。僕は君が、志柳を裏切ったとは思えない。龍牙のお兄さんを、殺したとは思えない。
 だからお願い……本当のことを教えて」



 真実を語るのは、時に勇気がいる。
 特に己を犠牲にし何かを守ろうとする人は、たとえ自分が不利な状況になっても、事を良い方向でまとめようとする。
 でもそれでは、傷つかなくていい人が傷ついてしまう状況になってしまう。
 きっと虎珀も、似たような状況なのだろう……日向はそれを分かっていた。



「…………」



 日向が真剣な眼差しで虎珀を見つめると、虎珀は日記を握りしめていた手の力を緩め、再び日記に視線を落とす。
 そして大切なものを扱うかのように、そっと最後の日付の記録を指でなぞった。



「……数日前……魁蓮様が、お前を傷つけた報復として、瑞杜を壊滅させただろう……?」

「えっ?……あ、あぁ。うん」

「実はな……魁蓮様があの土地を壊滅させたのは、今回が初めてでは無いんだ。
 滅んだ理由は俺だが……滅ぼしたのは、魁蓮様だ」

「……えっ?」



 日向が首を傾げると、虎珀は涙を拭って切ない笑みを日向に向けた。



「お前には……話していいかもな。
 志柳が、何故滅んでしまったのか」



 虎珀は目を細めると、日記の最後の日付である12月24日という文字を見つめた。



「12月24日、そして25日……。
 俺は、ある事情で一人で志柳を出ていたんだ」
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