愛恋の呪縛

サラ

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第290話

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 城下町を散策し終え、満足するまで穏やかな時間を過ごした日向と魁蓮は、城に帰ってきた。



「はぁぁ!楽しかった!」



 そう話しながら廊下を歩く日向の頭には、先程自分で作った花冠と、手には司雀にあげるための新しい食器が抱えられている。
 自分用に買ったものは無いが、魁蓮と共に優雅な時間を過ごし、美味しい甘味を食べ、魁蓮と2人きりの時間を過ごせた。
 それだけで、日向はもう大満足だった。
 そんな日向の隣を、魁蓮は静かに歩く。
 日向は魁蓮を見上げながら、満面の笑みで声をかけた。



「いやぁ、町のみんな優しいな?
 時々、妖魔だってこと忘れちまうよ」

「忘れる……?
 それはお前にとって、良い事なのか?」

「え?うーん、どうかな。でも……
 話しやすいって言う点では、良いことだろ?」

「………………………………………」



 その時だった。



「ギャハハハハハ!!!!!!!」

「おい待て!!!止まれバカ龍!!!!!!」



 ふと、日向たちが歩いていた廊下の前方から、何やら走り回る2人の足音と騒がしい声が。
 日向と魁蓮がそれに気づいて立ち止まると……遠くの方から、全力疾走でこちらに向かってくる龍牙と、それを後ろから追いかける虎珀の姿が。
 日向は2人の姿に、片眉を上げた。



「……なに、あれ」

「…………………」



 一見、ただ追いかけっこをして遊んでいるようにも見えるが……煽り散らかしたような龍牙の姿に対し、妖力で作った刀を持ちながら、殺気立ったように追いかける虎珀の姿を見れば、それがただの戯れではないことはすぐに分かった。
 というより、どう見てもあれは、龍牙が虎珀を怒らせたに違いない。



「鬼さんこちら~!!!!」

「こんのっ……!!!!」



 そして2人は日向たちに近づいてくるも、追いかけっこに夢中で、日向たちに気づいていない。
 全力疾走して突っ込んでくる龍牙と虎珀は、日向からすれば弾丸のようなもの。
 日向は顔から血の気が引き、目を見開く。



「うおおお!!!こっち来っ……おわっ!」



 その時、慌てふためく日向を、魁蓮はサッと片腕で抱えあげた。
 そして自分の足元に黒い影を出すと、中から1本の鎖が姿を現す。
 鎖はまるで、龍牙がこちらに来るのを待っているかのように、ゆらゆらと揺れた。



「ハハッ!!ノロマな鬼だな!!!!」



 そう言いながら、龍牙が虎珀を煽って調子に乗っていると……魁蓮は日向を抱えたまま、まだこちらに気づいていない龍牙の動きをじっと見る。
 そして龍牙が、目の前まで来た途端……



「やれ」



 魁蓮は、鎖に向かって指示を出した。
 直後、鎖は横向きにビンっと真っ直ぐ伸び、近づいてきた龍牙はその鎖に突っ込み、腹に思い切り食い込む。



「お゛え゛!!!!!!」



 体をくの字にさせて強制的に踏みとどまった龍牙が、バタンっと背中から床に倒れる。
 そんな龍牙の姿を、魁蓮は哀れな目で見つめた。



「……情けない声だな」



 龍牙は鎖がくい込んだ腹を擦りながら、涙目でバッと上体を起こす。



「ちょっと魁蓮!!!止め方雑すぎんだろ!!!
 腹の中のもの、全部吐くかと思ったわ!!!」

「そのままお前の阿呆も、吐き出れば万々歳だな」

「えっ、はっ!?酷くない!?!?」

「それより、お前はなぜここにいる。
 先程の、現世での事案はどうした」

「さっきのツギハギのことを言ってんなら、もう終らせたっつーの。俺だって、やれば出来るんだからな!!!」



 魁蓮の冷たい対応に、龍牙が子どものようにギャンギャン騒いでいると、魁蓮の姿に気づいた虎珀が慌てて駆け寄ってきた。



「魁蓮様っ……!
 申し訳ございません、お見苦しいところを……」



 虎珀は持っていた刀をフッと消すと、礼儀正しく一礼した。
 怒りが頂点に達していても、尊敬する魁蓮を前にすれば、虎珀はいつものような忠誠を誓う姿になる。
 魁蓮はそんな普段の虎珀の姿を見ると、ため息混じりに尋ねた。




「今度は何の騒ぎだ」

「それがっ……このバカ龍が、俺の部屋の扉に落書きしていたんです!しかも、なかなか落とせない染料で!
 擦っても擦っても、落ちる気配がないんです!」



 虎珀がギリっと龍牙を睨むと、龍牙はその場に立ち上がって目を逸らした。



「さっき現世にいた時に、たまたま見つけたんだよ!どんなものか試したくなってさ~。
 でも日向の部屋は汚したくないし、忌蛇はやる前に止められそうだし、司雀は飯抜きにされそうだし、魁蓮は……言わずもがなだろ。てなると、消去法でお前の部屋ー!」

「ふざけるな!!自分の部屋を使えよ!!」

「え?やだよぉ!汚れるもん!
 てか使った染料、人間のものだし。俺は嫌」

「貴様っ……!!!!!」



 どれだけの年月が経とうと、龍牙のイタズラは相変わらず終わりが見えない。
 そしてそのイタズラの被害を受けるのは、決まって虎珀だ。
 まるで兄弟喧嘩のごとく騒ぎ立てる2人を、魁蓮はため息を吐いて見つめていた。
 その時……



「あのぉ、魁蓮~?」



 ふと、下から弱々しい声が聞こえてきた。
 魁蓮がその声に視線だけ下げると、そこには魁蓮の脇腹に抱えられた日向が、気まずそうに魁蓮を見上げていた。



「差し支えなければ……
 今すぐに、下ろしてくださらない……?」

「……………………」



 魁蓮に抱えられるのは今に始まったことではないものの、日向からすれば、今の格好は少し恥ずかしい。
 抱えられているとはいえ、今の日向はお尻を突き出しているように見られてもおかしくは無い。
 一刻も早く下ろして欲しい日向は、話を遮る覚悟で懇願する。
 そんな日向を、魁蓮は何も言わずに見つめた。
 そして……日向から視線を逸らし、2人に向き直る。



「龍牙、すまんが再び現世へ行ってはくれぬか。先程の事案に加え、近頃現世の妖魔が忽然と姿を消している。
 面倒だが、調べたい。どのような手を使っても構わん。反抗的な者は殺せ」



 魁蓮は、無視を選んだ。
 日向は魁蓮の反応に目を見開き、グッと眉間に皺を寄せて叫ぶ。



「はぁ!?おまっ、この距離で無視貫く!?!?」

「……………………」

「っておい聞けや!!!!!!!」

「……………………」

「あのさ!恥ずかしいから、下ろしてってば!!」

「あー……うるさ」

「うるっ……はぁぁ!?誰のせいだよ!!!!」



 相変わらず、自由な魁蓮だ。
 日向が般若の如く魁蓮を睨みつけると、魁蓮の言葉を聞いた龍牙は目を輝かせて立ち上がった。



「え!また現世行ってきていいの!
 やっほーい!色んなやつと戦える~!」



 龍牙はまるで、子どものようにはしゃいでいる。
 そんな龍牙の反応を見た日向は、ふと疑問が浮かんだ。



「龍牙って、戦うの好きだよな。それに強いし。
 ……そういや、前に兄ちゃんいるって言ってたよな?兄ちゃんも、戦うの好きだったのか?」

「ん?」



 日向がそう尋ねた途端、魁蓮と虎珀がピクっと反応した。
 しかし日向と龍牙はそれに気づかずに、そのまま話を続ける。



「俺の兄貴?あー、どうだったかな。すっげぇ強かったのは薄々覚えてんだけど……戦うこと自体、好きだったのかは知らねぇ。いや、むしろ嫌いだったんじゃねえかな」

「えっ……じゃあ、なんで龍牙は好きなの?」

「まあ俺、昔はすっげぇ弱くて色々あったからなぁ!前にちょっと話したよな?昔は人間と妖魔のどちらからも虐められて、痛めつけられてたって。
 まあそれで悔しくて鍛えまくってたら、いつの間にか好きになってた的な?戦いの勝敗って、分かりやすいくらい結果出るから、面白ぇんだ!」

「そう、なのか……僕にはよくわかんねぇな……」

「あっはは!日向には必要ねぇだろうな!
 でもさぁ……」



 龍牙は廊下の塀に登ると、黄泉の空を見上げた。



「俺……いつかは、兄貴みたいに強くなれるって信じてんだ。これでも一応俺、弟だし!
 そしていつか兄貴と再会したら……全力で戦ってやる!そんで、最高の初勝利を掴んでみたい!」



 力なんてものも無く、今のように言語を話すことさえ出来なかった昔。
 まだ人間や妖魔に虐げられる前、ずっとそばに居てくれた兄の面影は、今も龍牙の中に残っている。
 当時は彼の存在がいかに有難いものだったか、知る由もなかったが……今は、鮮明に分かる。
 今の目標である魁蓮よりも先に目指していた背中。



「兄貴、どこにいるのかなぁ~!
 もし俺を覚えてたら、今の俺を見て欲しいよ!」



 そんな龍牙の姿は、本当に子どものようだった。
 日向は魁蓮の手からようやく逃れると、龍牙に微笑む。



「きっと覚えてるよ、だってずっと守ってくれてたんでしょ?お兄さんの方も、会いたがってるさ」

「えっへへ~、そうだといいなぁ!
 もし兄貴に会えたら、日向にも会わせてっ」



 その時…………。



「魁蓮様。すみません、俺はこれで失礼します」



 ふと、龍牙の言葉を遮るように、虎珀が低く呟いた。 
 その声に日向が虎珀へと視線を移すと……



「っ………………」



 虎珀は……何故か顔を歪ませていた。
 眉間に皺を寄せて、目を伏せ、どこか青ざめているような……そんな苦しそうな表情。
 この表情の変化には龍牙も気づいたようで、じっと虎珀を見つめていた。



「こ、虎珀……?」



 日向が恐る恐る尋ねると、虎珀はペコッと魁蓮に一礼し、何も言わずに立ち去っていく。
 そして次第に足が早く動き始めると、逃げるように走り出した。



「えっ?虎珀?ちょっ、待って!
 魁蓮、これ持ってて!」



 虎珀の異変に気づいた日向は、魁蓮に司雀への贈り物を強引に押し付けて虎珀の後を追いかけた。
 2人がその場から去ると、ふと龍牙が口を開く。



「……魁蓮。なんで昔から虎は、俺が兄貴の話をしたら……あんな反応するの……」

「…………」

「俺が兄貴の話をしたって、別にいいだろ……。
 虎は兄貴のことなんて、知らねぇくせに……」



 龍牙はわかりやすく落ち込んでいた。
 別に、龍牙だって兄との思い出が沢山ある訳では無い。
 でも微かな記憶の中に浮かぶ兄の姿は、ぼんやりだとしても覚えていて、自慢したくなることだってある。
 なのに……龍牙が兄の話をすれば、いつも虎珀はその場から逃げ出していた。
 まるで、龍牙の兄の話を聞きたくないとでも言うように。



「虎は……なんでいつもっ」

「気になるならば、尋ねれば良い」

「っ…………」



 ふと、魁蓮がそう答えた。
 龍牙がその発言に振り返ると、魁蓮はいつの間にか背中を向けて、虎珀たちとは反対の方向に歩き出していた。
 そして魁蓮は、歩きながら答える。



「お前にとって虎珀は、疑問に感じたことを何一つ教えてくれぬような、冷酷な奴に見えるか?」

「……………………」



 魁蓮は、分かっていた。というより気づいていた。
 龍牙と虎珀の間に生じる、厄介な心の壁。
 過去の記憶は薄れど、彼らのことを少なからず見てきた魁蓮からすれば、しっかりと向き合って話し合えば生まれることの無い些細なすれ違いなのだ。
 それをわかっているからこそ、いざとなった時に行動しない2人……特に龍牙に対して、むしゃくしゃしてしまう。



「……我に問うても答えは出ん」



 魁蓮が冷たく言い放った直後……
 龍牙は決意を固めて、虎珀たちの後を追った。
 魁蓮はそんな龍牙の後ろ姿を、立ち止まって横目で見つめる。



「…………………………」



 その時……魁蓮の影から、楊が姿を現した。
 楊は魁蓮の肩に止まると、彼と同じように龍牙の背中を見つめ、小声で尋ねる。



「宜しかったのですか?虎珀殿に、あれだけ隠し通して欲しいとお願いされていたのに」

「我からは、何も言ってはおらん。
 だが……いずれ知るべき話だ。永遠に隠し通すことは不可能だろう」

「それはそうですけど……龍牙殿、ショックを受けなければ良いのですが」

「………………」



 ショック……楊の言葉に、魁蓮は目を伏せた。
 魁蓮たちが思い浮かべている話、確かにそれを知ってしまえば、龍牙の心に多少なりとも傷はついてしまう可能性がある。
 そのため、魁蓮でさえずっと口外してこなかった。
 でも……



「楊、龍牙を甘く見るな。あの阿呆でも、我が不在の時は戦闘で最も役に立つ男だ。
 当然ながら、受け止める精神も備わっている」

「主君……」

「案ずるな。龍牙は……強い。
 しっかりと話に耳を傾ければ、理解してくれる」



 魁蓮は優しい眼差しを、既に龍牙の姿が見えなくなった廊下に向け続け、そして再び前に向き直ると、楊を肩に乗せたまま歩き出した。
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