37 / 41
終章 一年後
約束
しおりを挟むあれから、一年が過ぎて。
僕らはまた、六月九日を迎えた。
テレビのニュース番組が、ある町で起きた奇怪な事件について報道している。その町は、一夜の内に、町のあらゆる場所が原因不明の損傷を負っていたという。
「……ふむ。近頃おかしな事件が続くな」
「ですねえ。ここいらでは起きなきゃいいんですけど」
「そうね。もう危ないことは、こりごりだわ」
朝食の席。テレビを見ながら家族で談笑する。それは、ずっと前から変わらない、青野家の朝の光景だ。島を出てからも。それが終わってしまうことはまだなかった。
「そういえば、お父さんはヒカルの夏休み、どこか行ってあげたい場所とかはないですか? 僕は淡路島とか、連れて行ってあげようかなあと思っているんですけど」
「はは、どこでも構わんさ。どこだって、まだ行ったことのない場所だ。きっと、楽しい思い出になるだろう。だから、どこでも反対せんよ」
「そう言われると、逆に困っちゃうわよね、ヒロさん」
「いやあ、まあ……はは」
僕らは、実際には家族ではない。家族として集められた、赤の他人だった。
けれど、あの島で集い、過ごした十数年の思い出は、僕らを確かに家族にした。
だから、僕らはその名前のまま、今も家族を続けている。
そして、きっとそれは、この先も続いていくのだろうと思う。
こんな風に、変わらないこともあるけれど、変わったこともある。それは他でもなく、僕に関する――というか、僕とクウに関することだ。
……チャイムが鳴る。噂をすれば、だ。
「あら、クウちゃんじゃない? 最近はあの子が迎えにくるのね。ほらほら、はやく行ってあげなさい」
「そうだぞ、ヒカル。未来のお嫁さんを、あまり待たせるな」
「あ、あのね……」
「はは、若いのはいいもんだな」
「ほら、食器は片付けておくから、行ってきなさい」
「は、はい……」
急かされながら、僕はリビングを出て、自分の部屋から鞄を持ってくる。そして、玄関まで慌てて戻ってくる。
……島を出て、地主同士の決まりごとなどが意味を無くしたあと、家族は手のひらを返したように、クウとの関係を応援し始めていた。
今では未来のお嫁さんなどと勝手に決め付けて、積極的に関係を良くしようとしているほどだ。
おかげで僕としては、照れくさくって鬱陶しいことこの上ない。
恋愛くらい、静かにさせてほしいものだ。
……まあ、未来のお嫁さんは間違いないとして。
「いってきまーす」
「気をつけていってらっしゃいねー」
玄関を開ければ、そこにはいつもの笑顔が待っている。
僕だけに、明るく、眩しく、可愛らしい、特別な笑顔を見せてくれる少女が。
「おっはよー、ヒカル!」
「うん。おはよ、クウ」
これもまたいつものように挨拶をして、僕らは学校を目指す。大勢の子どもたちがいる、村とは違う、大きな学校へ。
転入してもうそろそろ一年。沢山の生徒にも、慣れてきたころだ。共通の友人も結構できた。
「でさ、ワタルってば、今度は負けねえとか指を突きつけてきてさ。だから、受けて立つぞーって言い返してやったの。そしたらクラス中が大盛り上がり」
「あ、あはは。相変わらずだね……」
もちろん、ワタルとツバサも同じ学校に転入している。本名は違っていても、僕らは未だに彼らをその名で呼ぶ。
そして、彼らもその呼び方を、気に入っているようだった。
……あれから、ゲンキさんとカエデさんのことは、あまり聞かなくなった。
それは多分、進展がないということだとは思う。
だけど、いつか近いうちに。
カエデさんの記憶が、戻ればいいのになと、僕らは願っている。
あの島で過ごした十数年は、僕らにとってだけでなく、彼らにとっても、大切なものだっただろうから。
「……ねー、ヒカル」
「ん?」
「あのね、お父さんがそろそろうるさいんだよ。正式に挨拶に来させたらどうだって」
「……あ、あはは」
……クウの家もかよ。僕は心の中でツッコミをいれる。
まあ、うん。分かっていたことではあるけれど。
「……だからさ。はやく……来てね?」
「……う、うん。必ず、行くよ」
照れくさくて、頬を掻きながら、わざと遠くを見ながら、僕は答える。
その答えに、クウは満足して、ぱあっと笑顔を咲かせた。
……ふと、空を見上げれば。
スズメが数羽、飛び去っていくのが見えた。
……あのころよりも、鳥を見る機会は減ったけれど。
あのころよりも、多くのものを見ることができている。
そして、いつか幸せな未来を。
彼女とともに見ることができることを、僕は信じている。
僕らの胸に、今もある光景。僕らの胸に、今もある約束。
それを信じながら、僕らはこの世界を往く。
もう僕らは、鳥かごの鳥ではないのだから――。
*
……小さな病室には、一人の男と、一人の女がいた。
男は疲れきった様子で、見舞い者のために用意された椅子に座り、俯いている。
女は清潔に保たれたベッドの中で、静かに眠っている。
二人がそんな状態になってから、もう一時間ほどが経とうとしていた。
「……」
男が、ゆっくりと顔を上げる。どうやら少しだけ、彼も眠ってしまっていたらしい。
やや乱暴に目を擦ると、彼は音を立てないように、椅子から立ち上がった。
そして、彼女のそばに腰を下ろす。
「……ツバサ」
彼は、静かに眠る最愛の女性の名前を呼ぶ。
それから、優しく髪を撫でる。
「……今日も、楽しかったよ。また……来週、来るから」
楽しかった。その気持ちには、偽りはなかった。
たとえ言葉も、感情も返ってこなくとも。彼女といる時間は、確かに満ち足りたものだから。
だから、自分の目から落ちる涙も、悲しいからではないのだと。
彼は、そう言い聞かせながら、彼女に微笑んだ。
「……が、……とう」
「…………え?」
思わず、聞き返した。
信じられなかった。
それは、彼が何十年と求めてきたものだった。
だから、きっと何かの聞き間違いだろうと、否定的に。
彼は耳を澄ませながら、聞き返したのだ。
……そのとき。
「……あり、……が、とう」
彼女の口が、はっきりとそう動き。
彼の耳に、はっきりと言葉が聞こえた。
そして、彼女のまぶたが、ゆっくりと開いて。
大切なその人の姿を、光を宿した瞳で、見つめたのだった。
彼は、彼女を抱き締めた。
それから、何度も名前を呼んだ。
そんな彼に、彼女は弱々しくも、明るく笑い。
……大切な人の名前を、数十年ぶりに、口にした。
――ずっとずっと、ありがとう。私の……ワタルくん。
――了
0
あなたにおすすめの小説
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる