【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第二部【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】

六話 黒き怪物(遠野真澄)

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「もう陽も沈みかけているし……何だか、少し薄気味悪いな」
「そうね。暗くなる前に家に向かいましょ」

 空が茜から藍色に変わる狭間。その中を、僕と彼女は歩いていく。
 影は一つ分。その事実が、やはりこちら側とあちら側との隔たりを感じて物悲しいけれど。

「……そういえば、ここで湯越留美ゆごしるみって子が事故にあったんだったっけ」
「そんな事件もあったわね」
「父親の湯越郁斗さんは、留美さんの死後に霧夏邸きりかていと呼ばれる屋敷で降霊術の実験を繰り返すようになって……その屋敷で三年くらい前、事件が起きた。今でも霧夏邸幻想なんて言われ方をされてる事件だね」
「ええ……」

 あの事件は全国紙にも取り上げられるほどだったが、不思議と報道は日に日に下火になっていき、二週間も経つ頃にはパタリと続報が途絶えた。
 事件が解決されたから、と言う見方もできるが、僕としては若干違和感の残る幕引きだったと思っている。

「君が現れたのも、降霊術だって言ったよね? ひょっとしてだけど、三年前の事件と関係があったりするのかい?」
「まあ、あると言えばあるけれど……降霊術が使われた、ということくらいじゃないかしら」
「はは。まあ、それはそうだろうさ……」

 降霊術、か。眉唾なものではあるが、こうして霊となって帰ってきた彼女が言うのだから、間違いではないだろう。
 この伍横町という比較的小さな町内で、二度も降霊術により霊が降臨するとは。……いやいや、ともすればもっと以前から、降霊術というものは行使されてきたのかもしれない。
 いつの頃だったか、この伍横町というのはある種の気の流れのようなものがぶつかる場所というのを耳にしたこともあるし、あながち的外れな予想でもないのではなかろうか。
 ……そんな風に取り留めもないことを考えているうち、僕たちは町の大通りを外れ、光井家がある住宅地の細い道までやってきていた。
 夕焼けの色は先ほどまでと変わりなかったが、初夏の日暮頃とは思えぬ薄ら寒さがいつの間にか辺りを満たしている。

「……何だろう、この感じ」

 纏わりつくような気持ちの悪さに、僕はほとんど無意識にそう呟いたのだが、隣を歩く彼女は僕が感じる以上の何かを感じ取ったらしく、キョロキョロと周囲を見回していた。
 そして、二回目に真後ろを向いたとき。
 彼女の目が驚愕に見開かれた。

「……後ろだわ!」
「え――!?」

 反射的に後方を振り返って。
 ああ、振り返らなければ良かったという後悔がよぎった。
 振り返らずに逃げていたなら。
 こんなものを見ずに済んでいただろうという後悔――!

「な、何だこいつは……!」

 それは、声ともつかぬ金属質な音を発した。
 まるで激痛にもがき苦しむ者の悲鳴のようにも聞こえるそれは、僕の耳朶をキンキンと犯す。
 吸い込まれそうな――ブラックホールのような漆黒をその中心に抱く、蜘蛛にも似た不可思議な存在。
 赤黒い触手をぐにゃりとくねらせる、悍ましき存在……。

「逃げましょう! 家まで走って!」
「あ、ああ!」

 目を背けるように体の向きを前に戻して、僕は思い切り駆け出す。
 一秒でも遅れてしまえば、あの悪魔に絡め取られるという恐怖に寒気を感じながら。
 そして、懐かしい輪郭が見えてくる。三井家……僕や僕の友人が何度も足を運んできた、思い出に溢れた家。
 思い出が置き去りにされた家。
 扉には鍵が掛かっていたが、流石は霊と言うべきか、彼女はするりと扉の向こうに抜けていき、内側から解錠してくれた。感謝もそこそこに僕は家内へと滑り込み、すぐさま扉を閉めてサムターンを回したのだった。

「……何とか逃げ切った、か」
「ええ。危なかったわ……」

 僕は息を整えながら、彼女は髪を整えながら言葉を交わす。
 どうやら、あの怪物は扉を破ってまで入ってきたりはしないようだった。

「今の怪物は、一体何だったんだい?」
「……さあ、私にも分からない。降霊術にあんな化け物を生み出すような力があるのかしら……もしあの子のせいだったとして、私は邪魔をしてるつもりはないし」
「え?」

 その呟きが上手く聞き取れずに聞き返したのだが、彼女は緩々と首を振り、

「……いえ、何でもないわ。とにかく、家の中までは来ないみたいだし。二階の、いつもの部屋に来てくれるかしら?」
「あ、ああ。行ってみよう」

 気にかかったが、これ以上聞いても答えてはくれないだろう。僕は彼女に従って「いつもの部屋」へ向かった。
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