【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

文字の大きさ
73 / 176
第二部【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】

二十二話 急襲(現実世界)

しおりを挟む
 黒木圭という男を、僕たちは結局最期まで理解し得なかった。
 僕にもミオくんにも、彼は狂った男としか映らなかった。
 彼には、幼少時に光井姉妹と接点があったらしい。
 だがそのことが、姉妹に殺意を抱き続けるほどのことなのかと、彼の両親から話を聞かされてもまるで納得できなかった。
 厳しくしつけられた結果か、強い男であろうとした幼年期の彼。
 多くの仲間を従えた彼はある日、自分たちの縄張りで遊んでいたアキノちゃんとその友人を追い出したという。
 そのすぐ後、話を聞いたヨウノちゃんが、彼に手痛い一撃を食らわせて退散させたそうだった。
 それ以降、彼と姉妹は顔を合わせたこともないという。
 ヨウノちゃんとアキノちゃんにとってそれは、数ある嫌な思い出の一つにすぎなかっただろう。
 或いは、そんなことを覚えてもいなかったかもしれない。
 しかし黒木は、それがきっかけで仲間を失い、ただの孤独な暴力少年へと成り下がった。
 僕やミオくんからすると、それは自業自得に過ぎない。
 だが彼は、姉妹に強い殺意を抱くようになり、それは十年以上も消えることがなかったのだ――。

「……というわけでな。現状は警察からの連絡を待っている状況だ。恐らくは心不全、という結論にしかならないのだろうが……」
「……そうですか」

 僕が無表情で頷くと、黒木夫妻は互いに顔を見合わせ、それからすまないねと呟く。

「……あいつの告別式は、近く行う予定だ。来る気などはないだろうがね。あれでも……あいつは、私の息子には違いなかったからな」

 彼らにとっての彼は家族、というのは構わない。
 ただ、僕たちにとっての彼は単なる殺人者で、幸せを奪い去った極悪人でしかなかった。

「……帰ろうか、ミオくん」
「あ……は、はい」

 僕が立ち上がると、ミオくんも慌ててそれに倣う。

「今日はお話を聞かせてもらってありがとうございます……お気をつけて」

 礼儀正しいミオくんだ。こんなときでも、彼らに対する配慮は忘れていない。
 彼が正しく振舞ってくれるから、僕はこうして冷たい怒りをぶつけられるのだろう。
 同じ境遇に立たされている彼に、損な役回りをさせているようで申し訳ないとは思うのだけれど。
 やはり黒木圭のことを考えるほど、怒りは抑えが効かなくなっていくからどうにもならなかった。
 玄関まで見送るという申し出も断り、僕たちはさっさと黒木家から出ようとする。
 リビングの扉を開き、廊下へと出ていく。
 そうして扉をそっと閉めようとしたときだった。

 ――ガシャン。

 陶器の割れる音が聞こえたのは。

「……黒木さん?」

 ミオくんが、不審に思い名前を呼んだ。
 その直後に、リビングの方から声が聞こえてきた。
 いや、それは最早声ではない。

「嫌あああぁああッ!」

 腹の底から捻りだしたような、絶叫だった。

「黒木さんッ!?」

 今度は問いかけるだけではなかった。
 ミオくんは急いで扉を開け、中の様子を確かめようとした。
 しかし――リビングの様子が僕たちの目に飛び込んできたとき。
 そこは、ついさっきまでの光景とは一変していた。

「ひッ――」

 リビングには、闖入者がいた。
 そいつは一瞬で、空間を支配していた。
 吸い込まれそうな黒の球体と、不気味に蠢く赤の触手。
 鋭く伸びた無数の脚。
 そいつは間違いなく、僕とヨウノが襲われたあの化け物だった。

「く――黒木さんッ!?」

 黒木夫妻は――既に事切れていた。
 椅子の背にもたれかかるように沈み、頭は有り得ない方向に曲がっている。
 腹部には大きな穴が穿たれ、そこからは大量の血と、そして臓器や骨が露出していて……。
 人知を超えた化け物が、そこにいる。
 僕たちの力では到底及ばぬような、黒の化け物。
 ひょっとしたら、こいつは――。

「ミオくん、逃げよう!」

 恐怖に固まるミオくんの手を引き、僕は急いで廊下へ飛び出す。
 あのときのように、動けないまま最悪の結末を迎えるのだけは絶対に嫌だ。
 リビングの扉は閉めたので、少しの間は化け物に見られない。
 今のうちにどこかへ逃げなければ。
 身を隠すよりも、外へ出た方がいいだろう。
 このまま突っ走って黒木家から脱出しよう――。

「な……?」

 玄関扉に飛びつこうとしたところで。
 前方の足元から黒い霧が噴き出した。
 出口を塞いだその霧は、忽ち形状を変化させていき。
 リビングにいたあの化け物の姿となったのだった。

「そんな……馬鹿な……」

 退路を断たれた。
 目の前に、黒き怪物。
 腹を穿たれ、頭を圧し折られた黒木夫妻。
 凄惨な末路。

「う……うぁ……」

 あまりにも情けない声が漏れ出た。
 涙すら浮かんでいたかもしれない。
 赤い触手が狙いを定め。
 僕たちを貫こうと、
 ゆっくりと――

「食らえぇッ!」

 高らかな声が響き渡った。
 僕でもミオくんでもない、少女の声だった。
 その声の後に、何か液体が振り撒かれるような音がして。
 続いて、肉の爛れるような耳障りな音と、怪物の金属質な悲鳴とがこの場を満たしたのだった。
 不気味に痙攣を始めた化け物が、ゆっくりと透明になっていく。
 すると、怪物の向こう――玄関の方に、見慣れぬ人影があった。
 華憐で……けれどもその目に力を宿す少女。
 僕たちと同じ年頃の、綺麗な少女だった。

「……ふう。なんとか間に合ったみたいね」
「……その声、もしかして」

 ミオくんが、信じられないというような声を漏らす。
 だけど、その声はどこか嬉しそうだった。

「助けに来たよ……なんてね」

 少女は、この緊張した場を一瞬で和ませるようなウインクを飛ばしてきた。

「は、ハルナちゃん……!」
「ふふ。感謝しなさいよ、ミオくん」

 ミオくんがハルナちゃんと呼んだ少女は、僕たちにそう言うと、自慢げに胸を張るのだった。

 …………

 ……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され泣きながら帰宅している途中で落命してしまったのですが、待ち受けていた運命は思いもよらぬもので……?

四季
恋愛
理不尽に婚約破棄された"私"は、泣きながら家へ帰ろうとしていたところ、通りすがりの謎のおじさんに刃物で刺され、死亡した。 そうして訪れた死後の世界で対面したのは女神。 女神から思いもよらぬことを告げられた"私"は、そこから、終わりの見えないの旅に出ることとなる。 長い旅の先に待つものは……??

西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖
ライト文芸
【美しき兄妹、実は食人鬼】 西伊豆の心中屋敷に踏み込んだ者たちは、二度と帰ってこない。 そこにいたのは、か弱い兄妹ではなく、獲物を待つ「捕食者」だった。 精神病棟から帰還した妹・世璃(より)は、死んだ姉の皮を被った「人食いの怪物」。 足の不自由な兄・静(しずか)は、妹に「肉」を与える冷徹な支配者。 遺産目当ての叔父、善意を押し付ける教師、興味本位の配信者、そして因習に縛られた自警団……。 「弱者」を狩りに来たつもりの愚か者から順番に、今日の献立が決まっていく。 それは食事であり、共犯の儀式であり、二人だけの愛の証明。 西伊豆の廃屋から、東京のタワーマンションへ。 最上階を新たな「城」にした二人の、残酷で美しい捕食記録が幕を開ける。 「お兄様、今日のごはんはなあに?」 「――ああ、今日はとても元気のいい『獲物』が届いたよ」

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

新しい家族は保護犬きーちゃん

ゆきむらさり
エッセイ・ノンフィクション
〔あらすじ〕📝初めて🐶保護犬ちゃんを迎え入れる我が家。 過去の哀しい実情のせいで人間不信で怯える保護犬きーちゃん。 初日から試行錯誤の日々と保護犬きーちゃんがもたらす至福の日々。 ◇ 🔶保護犬ちゃん達の過去・現在の実情の記述もあります🐾 🔶日々の些細な出来事を綴っています。現在進行形のお話となります🐾 🔶🐶挿絵画像入りです。 🔶拙いエッセイにもかかわらず、HOTランキングに入れて頂き(2025.7.1、最高位31位)ありがとうございます🙇‍♀️

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

処理中です...