【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

十六話 既往

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 そうね、と彼女は呟いた。
 半透明の体をゆっくりと動かしながら。
 ピアノの上に置かれた細い指。
 鍵盤を叩くその指を、オレはぼんやりと目で追っている。

「あなたは確かに、七番目の不思議だった霊。二十年前に屋上で命を落とした少年。だから、ここはあなたのいた時代じゃないのよ。新垣勇作くん」

 その肯定は、同時に全ての否定でもあった。
 一九九四年に生きたオレの全てが否定され、今のオレはただ過去の亡霊として、ここにいる。
 あまりにも馬鹿げた……残酷な真実だった。

「……全部、知っていたんですね」
「いいえ、全部ではないけれど……私もこの学校に漂う霊ですもの。この目で見て、この耳で聞いたことは分かっているわ」
「……それで、オレに忠告を。知らなくてよいこともあると、忠告を……」
「……もう、戻れない現実よ。それを知ることは、耐え難い苦痛でしょうからね」

 もう戻れない現実。全く以ってその通りだ。
 時は不可逆。遡ることなんてきっと、出来はしない。
 時は、万物を奪い去る――。

「……あの、すいません。じゃあ、今その……ユウサクくんは、どういう状況になっているんです? 二十年前の人間が、未来へ飛んできたとでもいうんでしょうか……?」

 ミオさんが音楽室の少女へ問いかける。彼女はオレの方に顔を向けたまま、

「薄々、そういうことじゃないというのは勘付いてるでしょう。あなたは知ってるはずよ。新垣勇気しんがきゆうきという名前の生徒が、この流刻園にいることを」
「……間違えて名前を覚えていた、というわけではないんですね」
「そういうこと。彼の肉体は、間違いなく新垣勇気のもの。……そして、ユウサクくん。多分、理解したと思うわ。今日という日が、どうして引き起こされたかということをね」
「……ええ。あなたが違うと言ってくれないなら。多分、そうなんでしょう……」

 新垣勇気という、オレとそっくりな生徒の存在。
 二十年の時を超え、ここにそんな生徒が在学している理由。
 失われた時間の中身。

「……辛いでしょうけど。こうなってしまった以上、最後まで見つめなさい。あなたの真実を」
「……はい」

 オレの真実。
 覚悟を持って向き合わなくてはならない、残酷な真実……。

「……ついさっき、あの子……美衣奈みいなちゃんを多目的室に向かわせたわ。そこに、真実を知る霊がいるから……」
「……あの子、ミイナっていうんですね。……そっか。ユウくんとミイちゃんか。あいつは単純だな、昔から変わらず……」

 或いは、願いだったのだろうか。
 この二十年をオレは知らないけれど。
 そう呼び合える仲でいられるようにと願いを込めて。
 彼女は、似通った名前をつけたのだろうか。

「それじゃ、行ってきますよ。もう一人のミイちゃんのところへ」
「……行ってらっしゃい。あなたなら、きっと堪えられると思うわ。例え真実がどんなものであったとしてもね」
「……ありがとうございます。さん」
「あら。ふふ、とんだ探偵さんだこと……」

 オレがようやく正しい名前を告げると、彼女は優しく微笑んでくれた。元から、隠しているつもりもなかったのだろうけれど。

「……そうだわ。一つだけ、そちらのあなたに聞きたいことがあるの」

 オレへの話が終わると、メイさんはミオさんに声をかけた。ミオさんの方も、自分が呼ばれるとは思っていなかったらしく、慌てて聞き返す。

「僕、ですか」
「そう。だから、少しだけ時間をいただけないかしら」
「……はい、分かりました」

 彼女がミオさんを呼び止める理由は分からなかったが、声色からしてそちらの話も相応に深刻にようだ。
 ミオさんだけを指定したこともあり、オレが首を突っ込むのも悪いかなと、

「じゃあ、オレは外で」

 そう伝えて、音楽室を出ることにした。

「うん。ちょっとだけ待っててね」

 気にならないと言えば嘘にはなるが、きっとそれは別の物語。
 面倒ごとには関わらないのがオレだろ、と自分に言い聞かせつつ、オレは音楽室を出て行った。





「ごめん、お待たせ」

 ミオさんは、五分ほどで音楽室から出てきた。その顔は先程までよりずっと悩ましげなもので、メイさんから聞いた話が良い内容ではなさそうだというのは察せられた。

「大丈夫ですか」
「いや、僕は全然。ちょっと以前に起きたことについて聞かれたんだ。三神院関係のことだけど……今は関係のないことだから、気にしないで」
「……分かりました」

 内容はやはり、ミオさんが巻き込まれた事件のことか。ならばオレが差し出がましい真似をすることはない。

「……多目的室、だね」
「ええ、行きましょう」

 オレとミオさんは頷き合って、多目的室の方へ足を向けた。
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