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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
十七話 魂替
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流刻園の四階、殺風景なほど何もない多目的室に、一人の少女が佇んでいた。
それまで背中を向けていた彼女は、オレたちがやって来たことに気付くと、一度びくりと身を震わせてからこちらを振り向いた。
「……ミイナちゃん」
「ユウく……ううん」
彼女は軽く首を振ってから、言い直す。
「……あなたの、名前は?」
「……オレの名前は、新垣勇作だよ」
「新垣――勇作」
彼女が次に発するであろう言葉は、もう分かっていた。
「それは、お父さんの名前です」
「ああ。オレは君の……『本当の』父親なんだろうと思うよ。新垣美衣奈ちゃん」
「父親……? でも君は、二十年前に死んだはずなんじゃ……」
「……あまりにも突飛すぎる話に聞こえると思います。でも、それしかない。あの日何があったのか、その答えは一つしか考えられないんです」
そしてオレは、虚空に向かって訴えかける。
「……そうなんだろう!」
その声は闇の中へと吸い込まれ……やがて、眩い光と共に一つの影を形作った。
それは、女学生の霊だった。
「……ごめん、なさい」
現れると同時に、彼女は目に涙を湛えながら、オレに向かって謝罪を告げる。
「私があの時なにもしなかったら、逃げ出していたら……こうはならなかったはずなんです。本当にごめんなさい、新垣くん……」
「……君が、多分二十年前に首を吊った……いや、吊ったように見せかけて殺された少女なんだね」
「……はい」
七不思議一つ、寄り添う首吊り死体。その不思議になぞらえて殺されたのが、彼女だったのだ。
それが、第二の首吊りとなった。
「首を絞められた跡は、ちゃんとあったんです。でも、心中というような扱いになってしまった。二人の恋に何か障害があって、七不思議を真似て心中してしまったのだろうって」
「でも、それは違った。全部、あいつが立てた計画だった」
「……お見せします。あの日、何があったのか」
少女はオレたちにそう告げると、ゆっくりと目を閉じる。
やがて彼女の体が淡く光ったかと思うと、オレの頭の中に直接、彼女の記憶が流れ込んでくるのが分かった。
*
夕暮れの屋上。
町の建物はどれも背が低い。……紛れもなくこれは、二十年前の光景だった。
屋上には、仮面の男と倒れた二人の生徒。
これも間違いなく、オレとリクの二人だ。
「……さあ、来てもらおうか」
オレたちが気を失ってから、この記憶は続いている。
ドールの呼び声に応じて物陰から現れたのが、件の少女だった。
そう、彼女は恐らくリクに対して淡い想いを抱いていた。
オレも詳しくは知らなかったが、何となく仲のいい子がいたことくらいは憶えている。
「……見ての通り、彼らは死んでいる。愛する人を救えるのは……君だけだ」
淡々とした口調で、ドールはオレたちの死を告げる。
やはりあの一瞬で、奴はオレとリクの魂を奪い去ったのだ。
実験と称していたからには、相応に準備をした上でのことだったのだろうが……一瞬にして人の命を奪うという恐ろしき所業には戦慄するほかなかった。
「リク……くん……?」
少女は蒼白な顔でリクの死体を見下ろし、呟く。
彼女でなくとも、この状況を理解することなど出来なかっただろう。
「……知っているだろう、降霊術のやり方は。この学校のあちらこちらに散りばめておいたのだからね」
「……あなたは、何なんです……どうしてこんなことを!」
想い人を殺された。それだけは明らかだ。少女は涙が零れるのも構わず、ドールに向かって叫ぶ。
だが、奴は全く声のトーンを変えることなく返答した。
「違う。これは玉川理久が望んでいたことだ。私はその思いを叶えるために、ここにやってきたのだよ」
「嘘! だって、死んでるのに……こんな……」
「蘇らせるのだよ。降霊術で」
それを聞いた少女は、更に混乱したのに違いない。
一度命を失い、降霊術によってそれを蘇らせる。
あまりにも危険かつメリットの考えられない行為を、リク自身が望んだというのだから。
「どうしてそんなことをしないといけないの!? 殺して、蘇らせて……何の意味が……」
「ある。……何故なら、魂を戻すのはそちらではないからだ」
「……え」
……そう。
それが、望みだったのだ。
答えはそれしかなかった。
「こちらだよ。この少年の肉体に彼の魂を戻すのだ。それが彼の望みなのだから」
「……そん、な……」
オレの体に、リクの魂を戻す。
それが――リクのやりたかったこと。
「……急がないと、彼の魂がどこかへ逝ってしまうかもしれない。さあ、儀式を行いたまえ」
「リク、くん……」
決断には、結局それほどの時間は要しなかった。
彼女はもう、正常に物事を考えられるほどまともな精神でいられなかったのだ。
愛しき人のため、彼女は後先も考えずに、ただ祈る。
それしか、選択肢は残されていなかったのだ……。
「……黄泉の、亡者たちよ……聞き給え。どうか……玉川理久の御霊を、呼び戻し給え――」
降霊術の儀式が、発動される。
夕焼けの屋上に、術式の光が発せられる。
その光と残響の中で、再び舞い戻った魂の声が聞こえた。
――ありがとう。
そこで世界は一度、ビデオの再生が切れるように、ブツリと真っ黒に染まった。
*
記憶が次の場面に移ったとき、既に世界は闇に満ちていた。
夜の学校。それもここは、多目的室だ。
電気も点けられていない室内に、人影が三つ。
その内二つの人影は……すぐ隣に寄り添うようにしながら、ぶらぶらと揺れていた。
二人の足は、地面に着いていなかった。
「首吊りの七不思議……それを真似て死んだ、馬鹿な二人の完成だ」
残りの一人……少年だけは、生ある者として地に足を着けている。
夜闇の中で、彼の口元が薄っすらと見えた。
「ドールさん……感謝するよ」
欲望に塗れた、下卑た笑み。
吐き気がするほどの、気味の悪い笑みだった。
自身の魂を呼び戻した少女。そして、元々の自分の肉体。
それをさも当然のように犠牲にして、彼は嗤う。
「……ああ、これで僕だけのものなんだ。……叶うんだ、有り得なかったはずの願いが」
自身の体に手をついて。愉しげに揺らしながら、彼は呟いた。
オレの体に魂を戻した、リクは。
「待っていて……僕だけの、ミヨちゃん」
それまで背中を向けていた彼女は、オレたちがやって来たことに気付くと、一度びくりと身を震わせてからこちらを振り向いた。
「……ミイナちゃん」
「ユウく……ううん」
彼女は軽く首を振ってから、言い直す。
「……あなたの、名前は?」
「……オレの名前は、新垣勇作だよ」
「新垣――勇作」
彼女が次に発するであろう言葉は、もう分かっていた。
「それは、お父さんの名前です」
「ああ。オレは君の……『本当の』父親なんだろうと思うよ。新垣美衣奈ちゃん」
「父親……? でも君は、二十年前に死んだはずなんじゃ……」
「……あまりにも突飛すぎる話に聞こえると思います。でも、それしかない。あの日何があったのか、その答えは一つしか考えられないんです」
そしてオレは、虚空に向かって訴えかける。
「……そうなんだろう!」
その声は闇の中へと吸い込まれ……やがて、眩い光と共に一つの影を形作った。
それは、女学生の霊だった。
「……ごめん、なさい」
現れると同時に、彼女は目に涙を湛えながら、オレに向かって謝罪を告げる。
「私があの時なにもしなかったら、逃げ出していたら……こうはならなかったはずなんです。本当にごめんなさい、新垣くん……」
「……君が、多分二十年前に首を吊った……いや、吊ったように見せかけて殺された少女なんだね」
「……はい」
七不思議一つ、寄り添う首吊り死体。その不思議になぞらえて殺されたのが、彼女だったのだ。
それが、第二の首吊りとなった。
「首を絞められた跡は、ちゃんとあったんです。でも、心中というような扱いになってしまった。二人の恋に何か障害があって、七不思議を真似て心中してしまったのだろうって」
「でも、それは違った。全部、あいつが立てた計画だった」
「……お見せします。あの日、何があったのか」
少女はオレたちにそう告げると、ゆっくりと目を閉じる。
やがて彼女の体が淡く光ったかと思うと、オレの頭の中に直接、彼女の記憶が流れ込んでくるのが分かった。
*
夕暮れの屋上。
町の建物はどれも背が低い。……紛れもなくこれは、二十年前の光景だった。
屋上には、仮面の男と倒れた二人の生徒。
これも間違いなく、オレとリクの二人だ。
「……さあ、来てもらおうか」
オレたちが気を失ってから、この記憶は続いている。
ドールの呼び声に応じて物陰から現れたのが、件の少女だった。
そう、彼女は恐らくリクに対して淡い想いを抱いていた。
オレも詳しくは知らなかったが、何となく仲のいい子がいたことくらいは憶えている。
「……見ての通り、彼らは死んでいる。愛する人を救えるのは……君だけだ」
淡々とした口調で、ドールはオレたちの死を告げる。
やはりあの一瞬で、奴はオレとリクの魂を奪い去ったのだ。
実験と称していたからには、相応に準備をした上でのことだったのだろうが……一瞬にして人の命を奪うという恐ろしき所業には戦慄するほかなかった。
「リク……くん……?」
少女は蒼白な顔でリクの死体を見下ろし、呟く。
彼女でなくとも、この状況を理解することなど出来なかっただろう。
「……知っているだろう、降霊術のやり方は。この学校のあちらこちらに散りばめておいたのだからね」
「……あなたは、何なんです……どうしてこんなことを!」
想い人を殺された。それだけは明らかだ。少女は涙が零れるのも構わず、ドールに向かって叫ぶ。
だが、奴は全く声のトーンを変えることなく返答した。
「違う。これは玉川理久が望んでいたことだ。私はその思いを叶えるために、ここにやってきたのだよ」
「嘘! だって、死んでるのに……こんな……」
「蘇らせるのだよ。降霊術で」
それを聞いた少女は、更に混乱したのに違いない。
一度命を失い、降霊術によってそれを蘇らせる。
あまりにも危険かつメリットの考えられない行為を、リク自身が望んだというのだから。
「どうしてそんなことをしないといけないの!? 殺して、蘇らせて……何の意味が……」
「ある。……何故なら、魂を戻すのはそちらではないからだ」
「……え」
……そう。
それが、望みだったのだ。
答えはそれしかなかった。
「こちらだよ。この少年の肉体に彼の魂を戻すのだ。それが彼の望みなのだから」
「……そん、な……」
オレの体に、リクの魂を戻す。
それが――リクのやりたかったこと。
「……急がないと、彼の魂がどこかへ逝ってしまうかもしれない。さあ、儀式を行いたまえ」
「リク、くん……」
決断には、結局それほどの時間は要しなかった。
彼女はもう、正常に物事を考えられるほどまともな精神でいられなかったのだ。
愛しき人のため、彼女は後先も考えずに、ただ祈る。
それしか、選択肢は残されていなかったのだ……。
「……黄泉の、亡者たちよ……聞き給え。どうか……玉川理久の御霊を、呼び戻し給え――」
降霊術の儀式が、発動される。
夕焼けの屋上に、術式の光が発せられる。
その光と残響の中で、再び舞い戻った魂の声が聞こえた。
――ありがとう。
そこで世界は一度、ビデオの再生が切れるように、ブツリと真っ黒に染まった。
*
記憶が次の場面に移ったとき、既に世界は闇に満ちていた。
夜の学校。それもここは、多目的室だ。
電気も点けられていない室内に、人影が三つ。
その内二つの人影は……すぐ隣に寄り添うようにしながら、ぶらぶらと揺れていた。
二人の足は、地面に着いていなかった。
「首吊りの七不思議……それを真似て死んだ、馬鹿な二人の完成だ」
残りの一人……少年だけは、生ある者として地に足を着けている。
夜闇の中で、彼の口元が薄っすらと見えた。
「ドールさん……感謝するよ」
欲望に塗れた、下卑た笑み。
吐き気がするほどの、気味の悪い笑みだった。
自身の魂を呼び戻した少女。そして、元々の自分の肉体。
それをさも当然のように犠牲にして、彼は嗤う。
「……ああ、これで僕だけのものなんだ。……叶うんだ、有り得なかったはずの願いが」
自身の体に手をついて。愉しげに揺らしながら、彼は呟いた。
オレの体に魂を戻した、リクは。
「待っていて……僕だけの、ミヨちゃん」
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