【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

二十九話 消滅

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 リクの記憶を拒絶した瞬間、世界は忽ちその形を崩壊させた。
 気付けば周囲には床も壁も無くなり、赤と黒の織り交ぜられた遠景だけがどこまでも広がっている。
 そんな空間の中に、たった二人だけが存在していた。
 オレとリクの二人だけが、何もかもから取り残されたように、立ち尽くしていた。

「……ははは……はは……」

 嗤い声。
 虚しく響くその声は、リクのもの。
 オレと向かい合うように立つ彼は、片手で目元を押さえながら、暫くの間嗤っていた。
 それは、オレに対するものではなく。
 きっと、自分に対するものだったのだろう。

「……そうだよ。僕はただ、君が羨ましかったんだ。君は僕の理想とするような人間そのものだったんだよ」

 羨望はいつしか嫉妬となる。
 自分が手にしたいものを、手に入れられないと思ってしまったときに。
 オレにとって親友だったリクは。
 リクにとって、仇敵となってしまっていた。

「君は、僕の憧れだった。僕の望む全てを持っていたんだよ……ユウサク」
「リク……」

 オレは、独白のように自らの思いを吐き出し続ける彼に、近付きたいと歩き出す。
 けれど、進んでも進んでも、リクとの距離は一向に縮まらなかった。
 こんなに近いのに、今のあいつは遠すぎた。

「はは……幸せだったよ。君の人生は、こんなに幸せなんだなって思った。そして……僕はその幸せを君から奪って、今日まで過ごしてきたのさ。僕は結局、そんな男だった」
「お前……」

 はたと気付く。
 リクの姿が、少しずつ欠け始めていることに。
 透明になっているわけではない。成仏しようとしているわけではないのだ。
 あいつは……消滅し始めている……。

「……僕は、許されちゃいけない。許されることなく、消えていかなくちゃいけない」

 足下から徐々に、まるで風化した骨が風に攫われるようにして、塵になっていく。
 根拠など無かったけど、オレには分かった。
 リクの姿が完全に無くなるとき。それは、リクという存在が永遠に無くなるということなんだと。

「分かってる。これが当然の報いというやつなんだ。だから僕は、これ以上惨めな自分を、君には見せないでおきたい……」

 リクは、目元を覆ったままゆっくりと背中を向け、空を仰いだ。
 あいつは今、どんな顔をしているのだろう。

「ねえ、ユウサク」
「……何だ」
「身勝手なお願いだと、怒るだろうけど」

 リクはそう言うと、上半身だけをこちらに振り向ける。
 そして、目元を覆っていた手をそっと除けて……笑顔を見せた。
 涙で赤らんだ、ぎこちない笑顔を。

「僕のこの、最期の笑顔だけは……忘れないでいてくれるだろうか」

 ごめんね。
 最期の言葉が、赤と黒の世界に凛と響く。
 その笑顔のままリクは、微小の粒子へと散り行き。
 オレの目の前から、永遠にその姿を消したのだった……。





「……馬鹿……野郎……」

 消滅していく世界の中で。
 残されたオレの嗚咽だけが、虚しく響く。

「そんなの自分勝手すぎるだろうがよ……どうして消えちまうんだよ……!」

 思いをぶつける相手はもうおらず。
 この怒りも嘆きも、全ては一方通行でしかない。

「どうしてお前は、オレから大切なものを、そうやって奪っていくんだよ……どうして、許させてくれねえんだよ……ッ!」

 もう二度と、玉川理久が答えることはない。
 現世でも常世でも、もう永遠にリクと言葉を交わすことは、思いを伝えることはできないのだ。

「……ユウくん」

 気付けば、ミイちゃんが傍にいた。
 背後からそっと、オレの肩に手を乗せてくれた。

「ミイちゃん……」
「……帰ろう、ユウくん」

 無理をしてるのは見え見えで。
 それでもあえて何でもないかのように、ミイちゃんは微笑みかけてくれる。

「もうこれで。……全部、全部終わったんだからさ――」

 記憶の世界はそこで、完全に形を喪った。
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