137 / 176
最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
七話 「それって本当に、信じてるのか……?」
しおりを挟む
私は、特にやることがないときには、テラスのところへ話に行くのが恒例になっていた。
マモルが他の用事で少し席を外すと出て行ったので、自由時間が出来た私はこの日もテラスと話をしに行くつもりだった。
「……俺、ちょっとテラスさんのところに行ってくる」
「あら? トオルったら、風見さんのこと、気に入ったみたいね」
「別に、そういうことではないけど……」
口ではそう言いながらも、私は紛れもなくテラスに好感を持っていた。
それを認めなかったのは、マミとマモルの関係性を認めていないがためだ。
マモルを敵視している私が、テラスに懐柔されているとは思われたくなくて。
素直に答えることが出来なかったのである。
「いいよ。私はちょっと休んでおくから、話しに行っておいで」
「……うん、行ってくるよ」
内心の気恥ずかしさを抑えつつ、私は部屋を出た。
そしてそのまま、いつものようにテラスの研究室へ向かったのである。
いつもより寂しく映る廊下。それは私の心情だけでなく、実際に使用人がいないことにも起因していた。ちょうど休憩時間だったのか、研究室の前へ辿り着くまで、家の者には誰一人遭遇しなかった。
もう慣れてしまった動作で、私は研究室の扉を叩こうとする。しかしそこで、室内から感情的な声が上がるのが耳に飛び込んできたのだった。
「――も、そんなこと……!」
廊下が酷く静かだったこともある。
その声は、とても緊迫感のあるものに聞こえた。
いつも穏やかなテラスが、声を荒げている。
扉の向こうでどんな話がなされているのか。いけないこととは分かりながらも、私はつい聞き耳を立ててしまったのである。
「………れしか方法がないんだ……」
「……の子のため……」
話の相手はマモルのようだった。
いつになく真剣な話。互いに声のトーンは低い。
明らかに密談という雰囲気だったが、私はこの場から離れることが出来なかった。
それは、一種の予感なのかもしれなかった。
「………究の成果は……だろうな?」
「それは……」
「……いいか………聞くんだ……」
そこで少しの間を開けたあと……マモルが放った一言が、私を戦慄させた。
「……き離さなければならないんだ……二人を」
――何だって?
鮮明に聞き取れたわけではなかったが、それでも。
私はマモルがこう言ったように聞こえた。
引き離さなければならないんだ……と。
二人とは、誰と誰のことか。
そんなものは、分かり切っていた。
私とマミ。ずっと共に生きてきた私たちの繋がりを。
マモルは強引に引き裂こうとしていたのだ。
奴の言葉を最後に、テラスの返事は途絶える。
返す言葉が見つからず、黙り込んでしまったのだろうか。
それからすぐ、マモルは研究室から出てきた。
咄嗟に廊下を曲がった先へ移動したので見つかることはなかったが、鼓動の早鐘はまるで収まらなかった。
一体、何がどうなっているというのか。
表向きは紳士的に振舞いながら、奴はその胸の内でどんな計略を巡らせているというのだろうか……。
*
「……それ、本当のことなの?」
部屋に戻った私は、先ほどの一部始終をマミに伝えた。
上手く聞き取れなかった部分があるというのは正直に話したが、それでも引き離すという言葉は間違いなかった筈だ。
案の定、マモルに好意を抱き始めたマミは、半信半疑といった様子で私を見つめる。
今まで私を疑うことのなかった彼女は、もうすっかり変わってしまっていた。
「当たり前さ……! 確かに、二人でそんな相談をしてたんだ」
私は出来る限り深刻さが伝わるよう、懸命にマミへ訴えた。
それでもマミは、自分の耳で確かめなければ判断出来ないようで、自分が盗み聞きしたことにするからと、マモルに直接話を聞いてみたいと言ってきた。
「マモルの言うことはいつも信じてる。でも、これは大事な問題だし……自分でも確かめたいから、ね」
「……分かったよ」
渋々承諾すると、マミはゆっくりと部屋を出ていった。
すぐにマモルのところへ向かい、事の詳細を確認するつもりのようだった。
私だけがぽつりと、暗闇のような世界に残される。
「マミ……それって本当に、信じてるのか……?」
私は情けなくなって、ただそんな風に独り言ちるしかなかった。
*
……それから一時間が経ち、マミは帰ってきた。
けれど、彼女の答えは、満足のいくものではなかった。
――大丈夫。あの人は私たちのことを、本当によく考えてくれているのよ。
マミはそう口にし、静かに微笑んだだけだった……。
マモルが他の用事で少し席を外すと出て行ったので、自由時間が出来た私はこの日もテラスと話をしに行くつもりだった。
「……俺、ちょっとテラスさんのところに行ってくる」
「あら? トオルったら、風見さんのこと、気に入ったみたいね」
「別に、そういうことではないけど……」
口ではそう言いながらも、私は紛れもなくテラスに好感を持っていた。
それを認めなかったのは、マミとマモルの関係性を認めていないがためだ。
マモルを敵視している私が、テラスに懐柔されているとは思われたくなくて。
素直に答えることが出来なかったのである。
「いいよ。私はちょっと休んでおくから、話しに行っておいで」
「……うん、行ってくるよ」
内心の気恥ずかしさを抑えつつ、私は部屋を出た。
そしてそのまま、いつものようにテラスの研究室へ向かったのである。
いつもより寂しく映る廊下。それは私の心情だけでなく、実際に使用人がいないことにも起因していた。ちょうど休憩時間だったのか、研究室の前へ辿り着くまで、家の者には誰一人遭遇しなかった。
もう慣れてしまった動作で、私は研究室の扉を叩こうとする。しかしそこで、室内から感情的な声が上がるのが耳に飛び込んできたのだった。
「――も、そんなこと……!」
廊下が酷く静かだったこともある。
その声は、とても緊迫感のあるものに聞こえた。
いつも穏やかなテラスが、声を荒げている。
扉の向こうでどんな話がなされているのか。いけないこととは分かりながらも、私はつい聞き耳を立ててしまったのである。
「………れしか方法がないんだ……」
「……の子のため……」
話の相手はマモルのようだった。
いつになく真剣な話。互いに声のトーンは低い。
明らかに密談という雰囲気だったが、私はこの場から離れることが出来なかった。
それは、一種の予感なのかもしれなかった。
「………究の成果は……だろうな?」
「それは……」
「……いいか………聞くんだ……」
そこで少しの間を開けたあと……マモルが放った一言が、私を戦慄させた。
「……き離さなければならないんだ……二人を」
――何だって?
鮮明に聞き取れたわけではなかったが、それでも。
私はマモルがこう言ったように聞こえた。
引き離さなければならないんだ……と。
二人とは、誰と誰のことか。
そんなものは、分かり切っていた。
私とマミ。ずっと共に生きてきた私たちの繋がりを。
マモルは強引に引き裂こうとしていたのだ。
奴の言葉を最後に、テラスの返事は途絶える。
返す言葉が見つからず、黙り込んでしまったのだろうか。
それからすぐ、マモルは研究室から出てきた。
咄嗟に廊下を曲がった先へ移動したので見つかることはなかったが、鼓動の早鐘はまるで収まらなかった。
一体、何がどうなっているというのか。
表向きは紳士的に振舞いながら、奴はその胸の内でどんな計略を巡らせているというのだろうか……。
*
「……それ、本当のことなの?」
部屋に戻った私は、先ほどの一部始終をマミに伝えた。
上手く聞き取れなかった部分があるというのは正直に話したが、それでも引き離すという言葉は間違いなかった筈だ。
案の定、マモルに好意を抱き始めたマミは、半信半疑といった様子で私を見つめる。
今まで私を疑うことのなかった彼女は、もうすっかり変わってしまっていた。
「当たり前さ……! 確かに、二人でそんな相談をしてたんだ」
私は出来る限り深刻さが伝わるよう、懸命にマミへ訴えた。
それでもマミは、自分の耳で確かめなければ判断出来ないようで、自分が盗み聞きしたことにするからと、マモルに直接話を聞いてみたいと言ってきた。
「マモルの言うことはいつも信じてる。でも、これは大事な問題だし……自分でも確かめたいから、ね」
「……分かったよ」
渋々承諾すると、マミはゆっくりと部屋を出ていった。
すぐにマモルのところへ向かい、事の詳細を確認するつもりのようだった。
私だけがぽつりと、暗闇のような世界に残される。
「マミ……それって本当に、信じてるのか……?」
私は情けなくなって、ただそんな風に独り言ちるしかなかった。
*
……それから一時間が経ち、マミは帰ってきた。
けれど、彼女の答えは、満足のいくものではなかった。
――大丈夫。あの人は私たちのことを、本当によく考えてくれているのよ。
マミはそう口にし、静かに微笑んだだけだった……。
0
あなたにおすすめの小説
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す
秦江湖
ライト文芸
【美しき兄妹、実は食人鬼】
西伊豆の心中屋敷に踏み込んだ者たちは、二度と帰ってこない。 そこにいたのは、か弱い兄妹ではなく、獲物を待つ「捕食者」だった。
精神病棟から帰還した妹・世璃(より)は、死んだ姉の皮を被った「人食いの怪物」。 足の不自由な兄・静(しずか)は、妹に「肉」を与える冷徹な支配者。
遺産目当ての叔父、善意を押し付ける教師、興味本位の配信者、そして因習に縛られた自警団……。 「弱者」を狩りに来たつもりの愚か者から順番に、今日の献立が決まっていく。
それは食事であり、共犯の儀式であり、二人だけの愛の証明。
西伊豆の廃屋から、東京のタワーマンションへ。 最上階を新たな「城」にした二人の、残酷で美しい捕食記録が幕を開ける。
「お兄様、今日のごはんはなあに?」 「――ああ、今日はとても元気のいい『獲物』が届いたよ」
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる