【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

文字の大きさ
141 / 176
最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

十一話 「ごめんね」

しおりを挟む
 風の音で、意識が覚醒した。
 まるで自分の記憶がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた後のように、思考が判然としなかったが……それでも、私は再び目を覚ました。
 自分は誰で、ここはどこなのか。
 どうして世界は暗く、そして冷たいのか――。

「……ん……」

 冷え切った世界で。
 ただ一点温かかったのが、私の左手だった。
 それがどうしてなのかを確かめようとするのだが、上手く手が動かない。
 それが自分の手だという感覚が、まるでなかった。
 固い。
 石化してしまったかのように、体が固かった。
 もしかすると、地中にでも埋もれてしまったのか。
 いや、それにしては冷たく、ちゃんと空気も感じられている。
 私は一体どうしてしまったのかと、混乱が絶えなかった。

「……ね」

 そこに、声が聞こえた。
 優しく……けれど、悲しげな声。
 ああ、私はこの声を知っている。
 私の大切な人の声だ。

「……マミ?」

 名前を思い出し、私は呼び掛ける。
 世界は相変わらず暗く、視線の先に何があるのかはまだ判然としない。
 けれども、ようやく分かったことがあった。
 私の手は、温かな彼女の手に包まれていた。

「……ごめんね……」
「……マミ……?」

 聞き取れたのは、謝罪の言葉。
 彼女はただ、それを繰り返していた。
 どうして彼女が謝るのかと、首を傾げたい気持ちになったが。
 その首すらもやはり、動こうとはしなかった。
 やがて、私の眼が暗闇に慣れてくる。
 そして、周囲の様子が明らかになってくる。
 目の前にいるのは、私の左手を掴むマミ。
 不自然に倒れ掛かっている彼女の体は……体は。

「え……」

 私は、磔にされていた。
 ボロボロになった暗幕……部屋の奥には、磔台が隠されていたのだ。
 そこに私は、縛り付けられていて。
 マミはそんな私の左手を、力なく掴んでいたのだ。
 けれど、マミは立ったままだった。
 立って、その手を伸ばしてもなお、ようやく私の手を掴めるほどの高さまでしか届かなかったのだ。
 何故なら、彼女の両足は。
 まるで引き千切られたかのように、無くなっていたから……。

「何、で……?」
「ごめ、ん……」

 私は気付く。
 もう、マミの意識は消えかけていた。
 どうしても謝りたいという思いだけが、彼女の口を動かしていたのだ。
 だから彼女は、謝罪以外には何も発することをしなかった。
 彼女は、死んでいるのも同然だった。

「何だよ、これ……」

 カタリと、奇妙な音がする。
 いや、さっきからしていたのだ。
 私が口を動かす度に。
 固いものが打ち鳴らされるような音が、響いていた。
 ……目を動かし、自身の手を見る。
 そこに、繋ぎ目が見えた。
 私の手は、いつの間にか義手のようになっていた。
 いや、手だけではなく、全てが――。

「どう、してだ……?」

 カタカタと動くのは、この口。
 そう、腹話術なんかでよくある、口が動く人形のそれだ。
 有り得ない現実。これは夢に違いないと、信じたくなるけれど。
 繰り返される謝罪と、左手の温もりが……真実を物語っているようだった。
 崩壊した研究室。
 マモルは四肢が吹き飛んで絶命し、テラスも頭から血を流して倒れている。
 取り返しのつかない惨状。取り戻せない日常。
 彼らの真意が分からないままに……全ては悲劇と化し、終わってしまった。

「……マミ、君は……」

 懸命に、木製の手を動かそうと試みる。
 僅かに手は動いてくれたが……代わりに、その手を掴んでいた彼女の手が、するりと落ちて。
 どさりと、大きな音を立て。
 マミは、自らの血の海の中へと……倒れ込んだ。

「……何で、だよ……!」

 どうして、こんなことになったというのか。
 答えは永遠に鎖されたまま……私は、独りになった。
 力任せに縄を解き……マミの体に触れても。
 その体はもう魂を宿さない……冷たい肉塊へと、成り果てていた。
 私の叫びが、研究所の中に轟いて。
 けれども、その声を聞き届ける者など、もうどこにもおらず。
 誰もが予想しなかった悲劇でただ一人、生き残った私は。
 ただずっと、後悔に圧し潰されたままマミの遺体の前に蹲っていた――。

 ――これが、私の記憶。
 私が仁行通から、ドールとなったあの日までの、記憶。
 私の周りの全てが奪い去られ、私という肉体すらも奪い去られて。
 冷たい関節人形として生きていくこととなった、記憶だ。

 私の命が繋ぎ止められたのには、恐らく術式の中途半端な発動が影響していた。
 本来暴走により全員が死ぬ筈だったものが、マミの命をエネルギーとして、私の命が消えずに残ったのである。
 そのため、当初は記憶喪失にも似た症状が起き、ただただ彷徨い歩くのみの人形に成り果ててしまったが。
 自分の記憶と、そして混ざり合ったマミの記憶の一部も思い出し……一つの思いを固くしたのだ。
 ああ、いつか必ず。
 私の大切なマミを、取り戻してみせよう……と。

 そうして私は、風見照の研究を引き継ぎ、降霊術の実験を重ねるようになった。
 それから数十年が経ち、そう、ようやく……今に至るというわけだ……。





「そう……あともう少し」

 磔台に捧げられた人形を見つめながら、私は呟く。
 六月九日は、もうすぐそこに迫っていた。
 あの日と同じ、この場所で。
 私は十分過ぎるほどの準備を重ねて、その時を迎えようとしている。
 この姿となってから、本当に長い時間をかけてきた。
 この伍横町で、君を取り戻すためだけに、私は実験を繰り返してきた。
 それも、もうすぐ終わる。
 必ず君と、永遠に幸せになってみせる。

「さあ、始めよう」

 奇しくも私は、あの時のマモルと同じ台詞を口にする。
 だが、奴のような失敗は、絶対に繰り返したりはしない。

「これが……最後の儀式だ」

 私は最上の愛を以て、永遠の幸せを手に入れる。
 待っていてくれ――マミ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖
ライト文芸
【美しき兄妹、実は食人鬼】 西伊豆の心中屋敷に踏み込んだ者たちは、二度と帰ってこない。 そこにいたのは、か弱い兄妹ではなく、獲物を待つ「捕食者」だった。 精神病棟から帰還した妹・世璃(より)は、死んだ姉の皮を被った「人食いの怪物」。 足の不自由な兄・静(しずか)は、妹に「肉」を与える冷徹な支配者。 遺産目当ての叔父、善意を押し付ける教師、興味本位の配信者、そして因習に縛られた自警団……。 「弱者」を狩りに来たつもりの愚か者から順番に、今日の献立が決まっていく。 それは食事であり、共犯の儀式であり、二人だけの愛の証明。 西伊豆の廃屋から、東京のタワーマンションへ。 最上階を新たな「城」にした二人の、残酷で美しい捕食記録が幕を開ける。 「お兄様、今日のごはんはなあに?」 「――ああ、今日はとても元気のいい『獲物』が届いたよ」

処理中です...