【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

二十五話 「無茶しやがって」

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「ふう。再会を喜びたいところだけど……大変なことになってるのよね」
「うん。……ヨウノお姉ちゃん、マスミさんと同じようなこと言うね」
「ええ、勿論。私とマスミさんは似てるんだからね」
「あ、ちょっと嫉妬」
「こらこら、嫉妬しない。私の方がしちゃうわよ……じゃなくて。私たちに頼みたいことがあるんじゃないのかしら?」

 姉とのやりとりを楽しみつつも、どうやらヨウノたちはある程度の事情を知っているようで、自分たちが呼ばれた理由を早速訊ねてくる。
 そのことに頼もしさと寂しさを感じつつ、アキノは頷いた。

「……実はお姉ちゃんたちに、大事な役目をお願いしたいの」
「……うん」
「二人が一番、適役だって。まあ、私がそうさせちゃったっていうのがあるんだけど」

 三神院事件で、アキノは眠り姫だった自身が魂の力を取り戻すため、死亡したばかりのツキノを自らの心象世界へ取り込んだ。
 そこでツキノのエネルギーを吸収し、覚醒を目論んだのだ。
 記憶世界。便宜上そう呼ぶことにしたあの世界が、今回の作戦において非常に重要なファクタとなる。
 マスミを始め、全員がその意見で一致していた。

「……お姉ちゃんたちにはね。ドールの記憶世界に入って、その記憶を呼び戻してほしいの」
「ドールの……記憶世界」

 二人の姉は、そう来たかとばかりに口元に手を当てて唸る。

「……呼び戻すってことは、つまり」
「うん。ドールは記憶を中途半端に失っているみたい。その記憶を呼び戻して、過去に何があったのか知ることができれば、私たちにとって有利になるようなことがあるんじゃないかって。ドールが記憶を完全に取り戻したら少しでも考えが変わるようなことも、あるかもしれないし……」
「……なるほどね」

 流刻園の事件に遭遇したミオが、校内にいた霊からドールについての情報を聞きかじっていた。
 それによればドールは記憶が欠落しているらしく、自身が蘇らせようとしている犬飼真美や、それに付随した幾らかの記憶しか保持していないという。

「例えば、ドールが自分に都合のいいことしか思い出していないとかなら、記憶を全部思い出させることで、隙を作るようなこともできるかもしれないね」

 記憶世界を経験しているツキノが、そんな可能性を示唆する。彼女自身もまた、アキノの記憶世界の中で、欠落した真実の記憶を取り戻し、深い絶望を味わっていた。説得力のある発言だ。

「……うん、やってみるよ、アキノ。現実世界でのことは、アキノたちに任せるけどね」
「ええ、ちゃんとみんなを守りなさいよ」
「……ありがとう、お姉ちゃん」

 危険な場所へ向かってくれる二人のため、自分も頑張らなくちゃいけない。
 アキノは改めて、決意を胸に抱く。

「多分、ドールは波出って人の家にいると思う。何とか、ドールの記憶世界に入り込んでほしいの」
「何とかしてみせるわ。期待しておいて」

 頼れる長女として、ヨウノがとびっきりの笑顔で請け合ってくれる。
 それを見れば、アキノはすぐに安心することが出来た。

「じゃあ、さっそく行ってこようか」
「……お願いね、お姉ちゃん!」
「お互い、頑張りましょう?」
「うん、頑張ろうね、アキノ」
「うんっ!」

 交わした言葉はまだまだ少なかったけれど。
 勇気は十分に貰えたと、アキノは思う。
 二人の姉は、ドールの記憶世界へ侵入するため、移動していく。
 その姿を闇の中へと溶け込ませて、アキノの元から去っていく。
 後にはまた、一人きりの静寂が残ったが、もう寂しくはなかった。

「……私、頑張るよ。お姉ちゃん……」

 ぎゅっと握り締めた手を胸に当て。
 アキノは呟く。

 ――

「――え?」

 悍ましい、金属質な声がした。
 背筋が震えあがりそうなその声は、アキノのすぐ耳元で聞こえたかのようだった。
 咄嗟に振り返った瞬間、そこには。
 赤黒い脚を無数に持つ、蜘蛛のような怪物の姿があった。

「く……黒、木……」

 ――黒木圭。
 光井家の三姉妹を崩壊へと追いやった張本人。
 アキノを突き落とし、ヨウノとツキノを殺害し。
 そして自ら怪物と化して、彼女らの霊魂までも滅ぼそうとした、極悪人。
 そう。町を霊空間に鎖すということは。
 悪霊だけでなく、黒木のような怪物をも自由に跋扈させることに繋がってしまっていたのだ。
 ゆえに、黒木の身勝手な復讐は再燃し。
 唯一の生き残りであるアキノを殺そうと、ここまでやって来たのだ――。

「……こ……こないで……」

 ――ああ、情けない。

 アキノは心の中で自分を叱るが、体はどうしても動かない。
 すぐ目の前にある死の恐怖。いや、死すら生温い、消滅の恐怖。
 黒木は逃さないだろう。一度噛み付けば、全てを喰らい尽くすまで止まらない。
 捕まったら、最後だ。

「……嫌……」

 強く、目を閉じる。
 姉たちの姿がまぶたの裏に蘇る。

 ――頑張るって言ったばかりなのに。

 絶望は、容赦なくアキノを呑み込もうと口を開いた。

「嫌あああああッ!!」
「うおおおおおッ!!」

 掛け声とともに、鈍い音が轟いた。
 同時に、強く手を引っ張られる感覚。
 アキノは震える足を何とか動かして、引っ張られるままに付いて行く。
 そして数軒先の家の裏に辿り着くと……ようやくその手は離された。

「え……っと」

 助けられたのだ、ということに少し遅れてアキノは気付いた。
 誰かが自分の手を引き、怪物から逃がしてくれたのだ。
 それが誰なのか確認しようとして、手の先を見つめる。
 するとそこには……彼女の知らない男の姿があった。

「あ、あなたは……?」

 男――童顔だが、自分よりは年上らしいその男は、息を切らして座り込んでいる。
 よくよく見れば、彼の膝には擦り傷のようなものがあった。
 ズボンの布が千切れ、傷口が露出している。
 どうやらただ転んで負った傷ではなく……黒木の脚によってつけられた傷のようだった。

「だ、大丈夫、ですか……!」
「それはこっちの台詞だよ。はは……」

 ゼエゼエと息をしながら、青年は笑う。
 彼の声も手も、僅かに震えていた。

「おい、マヤーッ!」

 離れたところから、また別の声がした。
 呼ばれているのはこの青年らしい。
 しばらくして、もう一人男がやって来た。
 半透明の姿をした男――こちらは、霊のようだった。

「バッカ、お前急にこんな無茶しやがって。怪我してんじゃねえか……!」

 急な展開についていけないアキノをよそに、マヤと呼ばれた青年と、その知人らしい霊の二人は話を続ける。

「死にたくは、ないんだけどね。ちょっと、アイツを知って……してみたくなったんだよ。あのときのハルナちゃんと、同じことをさ……」

 ハルナという名前で、アキノは何となく彼らと自分との繋がりを認識するのだった。
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