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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
三十六話 「深層意識……みたいな」
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宇宙のような黒い空間を抜け、ヨウノとツキノはドールの記憶世界へと辿り着いた。
現実よりもやや色褪せた世界。そこには在りし日の伍横町が完全に構築されていた。
今から二十年以上前の伍横町。二人の体は磁力に引っ張られるように、流刻園の中へ移動していく。
セピア色の教室は生徒たちの声が飛び交う、賑やかな場だった。
ここはちょうど、休み時間の光景のようだ。
「……ここが、ドールの記憶世界ね」
「見た感じは欠落していなさそうだけど」
かつてツキノが体験した記憶世界は、明らかに現実と思えないような混沌とした空間だった。
意識を失った妹の心象世界だったので、比較しても仕方がないかもしれないが、それでもドールが記憶を失っているのなら何かしらおかしい部分があるのではないかと、姉妹は考えていた。
「深層意識……みたいなところなのかも」
「ああ……お姉ちゃんの言う通りかもだね」
たとえドール自身が覚えていなくとも。魂の奥底に眠り続けている記憶。
自分たちはそんな深い部分に侵入できたのではないかと、ヨウノたちは考えた。
「……うん。誰にも認識はされてないね」
「ここからどうなるかしら? 時間は進んでいるようだけど――」
ヨウノがいいかけたところで、教室の扉が開いた。誰かが入ってきたのだ。
開かれた扉の向こうに立っていたのは、爽やかな顔立ちの少年。
彼はゆっくりとヨウノたちの方へ近づいてくると……目の前の席で立ち止まり、そこに座る少女に声を掛けた。
「君が、犬飼真美さんだよね?」
「……はい、そうですけど」
「俺は、マモル。波出守っていうんだ」
自らの名を名乗る少年を、少女――犬飼真美はどこかぼんやりとした表情で、見つめている。
「犬飼真美さんと波出守さん、か……」
これが、二人の出会いの光景らしい。
もっと劇的な出会いをしているのかと思えば、学校の休憩時間に声を掛けたのが始まりとは。
若干拍子抜けな感はあったが、それでもここから二人の仲は接近していく筈だ。
記憶の一切を見逃さないようにと、ヨウノたちは二人の特徴をしっかり覚えておく。
……すぐに場面は展開した。
まるで世界全てが高速で過ぎ去っていくかのように、スライドしながらぼやけていく。
その現象が治まったときには、もう二人は別の場所に立っていた。
「……ここは」
偶然にもそこは、姉妹が通っていた大学のキャンパスだった。
懐かしさすら感じる中庭。そこでマミは人目を気にしながら、壁に背をもたれさせている。
時折校舎の壁についている時計を見ているので、待ち合わせをしているような様子だ。
ヨウノたちは物陰に隠れ、マミを見張ることにした。
自分たちはこの世界と干渉していないことを分かってはいるが、何となく気にしてしまうのだ。
やがて、マミの元へ向かってくる男が現れた。
幾らか身長が高くなっているが、間違いなく彼は波出守だった。
流石は製薬会社の跡取り息子と言うだけあってか、大学内でも彼の身なりは高貴さを感じさせる。
周りにいた生徒たちも、颯爽と歩く彼の姿に一度は視線を奪われていた。
「こんにちは、マミちゃん。今日も一人?」
「……はい、そうですけど」
流刻園での出会いより数年。
彼らの表情は、目に見えて変わっていた。
特にマミは、あのぼんやりとした表情を笑顔に変えて。
歩いてくるマモルを出迎えていた。
「マミさんは確か、父親に暴力を振るわれたせいで心に傷を負っていたのよね」
「うん。それで人付き合いが極端に苦手だったマミさんだけど、マモルさんが積極的に関わってくるのに、いつのまにか惹かれていったって感じなのかな」
マモルは見るからに自信家だ。人によっては嫌悪感を抱くこともありそうだが、対人恐怖症のマミにとっては、憧れる存在だったのかもしれない。
少なくとも出会いから数年で、二人はここまでの関係になっていた。
仲良く歩く二人の背中。
それはカップルと言われても全くおかしくないものだった。
現実よりもやや色褪せた世界。そこには在りし日の伍横町が完全に構築されていた。
今から二十年以上前の伍横町。二人の体は磁力に引っ張られるように、流刻園の中へ移動していく。
セピア色の教室は生徒たちの声が飛び交う、賑やかな場だった。
ここはちょうど、休み時間の光景のようだ。
「……ここが、ドールの記憶世界ね」
「見た感じは欠落していなさそうだけど」
かつてツキノが体験した記憶世界は、明らかに現実と思えないような混沌とした空間だった。
意識を失った妹の心象世界だったので、比較しても仕方がないかもしれないが、それでもドールが記憶を失っているのなら何かしらおかしい部分があるのではないかと、姉妹は考えていた。
「深層意識……みたいなところなのかも」
「ああ……お姉ちゃんの言う通りかもだね」
たとえドール自身が覚えていなくとも。魂の奥底に眠り続けている記憶。
自分たちはそんな深い部分に侵入できたのではないかと、ヨウノたちは考えた。
「……うん。誰にも認識はされてないね」
「ここからどうなるかしら? 時間は進んでいるようだけど――」
ヨウノがいいかけたところで、教室の扉が開いた。誰かが入ってきたのだ。
開かれた扉の向こうに立っていたのは、爽やかな顔立ちの少年。
彼はゆっくりとヨウノたちの方へ近づいてくると……目の前の席で立ち止まり、そこに座る少女に声を掛けた。
「君が、犬飼真美さんだよね?」
「……はい、そうですけど」
「俺は、マモル。波出守っていうんだ」
自らの名を名乗る少年を、少女――犬飼真美はどこかぼんやりとした表情で、見つめている。
「犬飼真美さんと波出守さん、か……」
これが、二人の出会いの光景らしい。
もっと劇的な出会いをしているのかと思えば、学校の休憩時間に声を掛けたのが始まりとは。
若干拍子抜けな感はあったが、それでもここから二人の仲は接近していく筈だ。
記憶の一切を見逃さないようにと、ヨウノたちは二人の特徴をしっかり覚えておく。
……すぐに場面は展開した。
まるで世界全てが高速で過ぎ去っていくかのように、スライドしながらぼやけていく。
その現象が治まったときには、もう二人は別の場所に立っていた。
「……ここは」
偶然にもそこは、姉妹が通っていた大学のキャンパスだった。
懐かしさすら感じる中庭。そこでマミは人目を気にしながら、壁に背をもたれさせている。
時折校舎の壁についている時計を見ているので、待ち合わせをしているような様子だ。
ヨウノたちは物陰に隠れ、マミを見張ることにした。
自分たちはこの世界と干渉していないことを分かってはいるが、何となく気にしてしまうのだ。
やがて、マミの元へ向かってくる男が現れた。
幾らか身長が高くなっているが、間違いなく彼は波出守だった。
流石は製薬会社の跡取り息子と言うだけあってか、大学内でも彼の身なりは高貴さを感じさせる。
周りにいた生徒たちも、颯爽と歩く彼の姿に一度は視線を奪われていた。
「こんにちは、マミちゃん。今日も一人?」
「……はい、そうですけど」
流刻園での出会いより数年。
彼らの表情は、目に見えて変わっていた。
特にマミは、あのぼんやりとした表情を笑顔に変えて。
歩いてくるマモルを出迎えていた。
「マミさんは確か、父親に暴力を振るわれたせいで心に傷を負っていたのよね」
「うん。それで人付き合いが極端に苦手だったマミさんだけど、マモルさんが積極的に関わってくるのに、いつのまにか惹かれていったって感じなのかな」
マモルは見るからに自信家だ。人によっては嫌悪感を抱くこともありそうだが、対人恐怖症のマミにとっては、憧れる存在だったのかもしれない。
少なくとも出会いから数年で、二人はここまでの関係になっていた。
仲良く歩く二人の背中。
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