【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

四十三話 「それじゃ帰ろうか」

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 異形の怪物が消え去り。
 降り立ったのは、犬飼真美その人だった。
 マスミたちが実際に姿を見るのは初めてだったが。
 まるで天使のような女性――そんな比喩も大げさではないように思えた。

「……マミさん」

 ハルナが名を呼ぶと、マミはゆっくりとまぶたを開ける。
 霊体ゆえに、ふわふわと漂ったまま……彼女は、一同に目を向けた。

『……私は……』

 長い眠り。
 そして暴走。
 記憶が混濁していてもおかしくはなかったが、マミは瞬時に全てを理解したようだった。

『……ありがとう、皆さん。私たちを救おうと、こんなにも頑張ってくれて』
「……どういたしまして」

 メンバーを代表して、まずはマスミが答える。
 もう暴走の影響もなく、彼の言葉はちゃんとマミへ届いたようだ。
 マミは、儚げな笑みを浮かべる。

「そりゃあ、救ってやらなくちゃ殺されちまうところだったからな」
「ちょっと、ミツヤくんっ」

 ミツヤは平常運転で、皮肉めいた言葉を掛ける。
 そこはハルナが厳しいツッコミを入れ、笑いに変えた。
 勿論、そこまでがミツヤの計算だ。

『そうですね。本当に……彼は、私のことだけを考えていたから……』
「それだけの思いを、抱いていたってことなんだよね」

 ミオはドールの思いに理解を示す。
 そう。彼は理解したからこそ、止めなければという決意を固くしたのだから。

「僕も、それにミツヤさんやハルナちゃんも。トオルの計画に乗せられた形ではあったけれど、降霊術に思いを託し。そして悲劇を生んだからこそ、分かるよ。トオルの思い……」
『……あの子は、あまりにも非道なことをし過ぎたと思うわ』

 マミはほう、と息を吐き、そしてマスミたちに向かって、深々と頭を下げた。

『本当にごめんなさい、皆さん。私たちのせいで、運命を狂わされて……奪われて。それでもここまで来てくれたこと、本当に……感謝します……』

 許されるものではない。
 そう諦めた上での、謝罪だっただろう。
 けれど、ここまで辿り着いた彼らは。
 マミの思う以上に、強い子どもたちだった。

「ええ、本当に狂わされたわ。……だからこそ、止めたくなったんでしょうけど」
「これだけ滅茶苦茶にしておいて……最後も悲劇で終わるだなんて、許されないよね?」
「……だね。誰も幸せになれないなんて、駄目だよ。絶対。そんな最後のために、死んじゃうわけにはいかないよ」

 ヨウノたち、光井家の三姉妹がそう言って笑う。
 悲劇を乗り越えてきた者たちの、それは信念だった。

『……そう……ですね』

 生者も、死者も。
 悲劇を乗り越え辿り着いた彼らの、信念が込められた瞳に。
 マミは温かなものを感じて、呟く。

『……言い方は良くないかもしれないけれど。降霊術に関わってくれたのがあなたたちで……本当に、良かった。この恐ろしい計画を、こうして終わらせてくれて……本当に、良かった』

 彼らだからこそ、止められたのだろうと。
 マミは、心からそう思う。

「私たちも、ほっとしてます。危うく、死ぬところでしたし。……もうこれ以上の悲劇は、ごめんです」
「そうそう。大体最後は、ちょっとくらいの救いがあって終わらなきゃ、許されないよな」

 ミイナが冗談めかして言うのに、ミツヤも便乗した。そして、

「だから、ほら。……行ってやりなよ。あいつのところに」
『……はい』

 優しく背中を押されるような、ミツヤの言葉に。
 そっと涙を流しながら、マミは頷く。

『もう一度だけ、言わせてください。皆さん……ありがとうございました。ずっと、忘れません。また……お会いしましょうね』
「……はい、必ず」

 それじゃあ、と身を翻し、マミは歩き出す。

『また会う日まで』

 そこに、世界を隔てる光が生じ。
 その光の向こうへと、彼女はゆっくり消えていくのだった。

 ――さようなら。愛に溢れた、素敵な方たち――

 最後の言葉が反響し。
 そして、光は鎖された。
 後には、マスミたちだけが残る。
 長い戦いを終わらせた、少年少女たちが。

「……行っちゃった、ね」
「はい。……嬉しそうな顔で、良かったです」

 まぶたの裏にその顔を浮かべるように、ミイナが言う。

「果たせたってことでいいのかね……約束」
「うん。きっと、皆で感謝してくれてるわよ、私たちに」

 ミツヤは照れ隠しのように素っ気なく言うが、ハルナは満足げに微笑んでいた。

「そうね。してくれなきゃ、怒るわ。あっちに行ったら、文句言ってやるんだから」
「ふふ、そのときは付き合うよ。お姉ちゃん」
「あ。二人だけ、ずるいなあ……」

 死者である二人は、マミたちのその後を知ることが出来るだろう。
 姉たちの言葉に、少しだけジェラシーを感じたアキノだが、

「何言ってるのよ、マスミくんを独り占めにしてるでしょ」

 ヨウノにそう言われると、途端に頬を真っ赤にして黙り込んでしまった。

「ヨ、ヨウノちゃん……」

 とばっちりを受けたマスミは、苦笑いを浮かべるしかない。

「私も、チャンスはあるかな……」

 仲良し三姉妹のやりとりを見つめ、そう呟いたのはミイナだ。
 誰にも聞こえないよう呟いた筈だったが、一番聞かれたくない人物の耳に届く。

「うん?」
「な、何でもないです、ミオさん!」
「そ、そう」

 急に怒られて戸惑うミオだったが、その掛け合いをツキノは見逃さなかった。

「仕方ない、なあ……もう」

 そちらの呟きは、誰にも聞かれなかったが。
 そんなこんなで、しばらくの間喜びを噛みしめ合っていた彼らに、マスミが締め括りの一言を告げる。

「……よし、それじゃ帰ろうか」

 因縁の地を後にして。
 日常へと戻っていくために。

「これで本当に、長い冒険も終わったわけだしね――」

 
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