奴隷姫の奏でるbig willie blues

星ふくろう

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奴隷姫の奏でるbig willie blues 2

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  4 霧笛の夜


 その夜はロンドンを出てから数週間後の一夜。
 ロンドン市内を覆うスモッグのように深くて濃い霧が海面を覆っていた。
 3隻の帆走していた軍船はその影も見えず、時折、その船内から漏れる灯りが視界をチラついては消えていた。
 テダーたちの乗る商船は航路を変えることなくアメリカ大陸を目指していた。
 この海域を行き来する船乗りの間で最近聞いた噂を頭の片隅に描きながらテダーは甲板でくつろいでいた。
 船内は、まあ、居心地が悪かった。
 商船とはいえ商会の運用する船だ。
 テダーやバルダック以外の二十名程度の傭兵以外に商品となる奴隷を始め、他の商いを行う商人たちも多く乗り込んでいた。
 夜は商人たちとその夫人や愛人、愛妾や体を売る売春婦。
 身の程をわきまえているテダーたち傭兵の一部は甲板や与えられた船倉のハンモックで過ごすか。
 もしくは女たちと一夜の愛を語るか。
 そのどちらかを選ぶ日々を過ごしていた。
 昼間は体力を持て余し、夜は酒と女に身を費やしこれで目的地まで着いて無事にロンドンまで戻れば多額の報酬がでる。
「美味しい話には裏があるってか・・・」
 考えたところで戻ろうにも周りは海で、戻れば戻ったで無事に済む保証のない旅路。
「ある意味、俺等が奴隷だよ」
 一人笑いながらポーターではない、安物のテキーラのボトルを呷りながらたまにチラつく人工の灯りにその横顔を晒していた。
 バルダックはバルタックでこの旅路の終わりの後に何か商売を始めるとかで、仲良くなった商人たち数人とその夜はテーブルを囲んで飲んでいた。
 まあ、時間の潰し方、過ごし方は人それぞれだ。
 テダーは闇夜に近い霧の中でそういえば、、、と思いだしたことがあった。
 幽霊。
 クラーケン。
 海面に姿を浮かべる美女。
 歌うたいの船を海底へといざなう怪しげな怪談の数々。
 この海域に霧がかかると必ず船が難破したりすることがある。
 そんな噂をポーター仲間から、船乗りがよく噂していたと聞いていたのだ。
「確か、、、」
 まず、濃霧が出る。
 次に、水面に人工のものではない、ホタルイカなどの海中生物が発光する光が一定の幅をもって流れて行き、船の後方から前方へと移動していく。
 その光の列は1本ではなく7-8本。
 そこから今回の伝説のクラーケンなどの与太話が産まれたわけだが。。。
 船の前方に移動した物体は数度、船の周りを旋回し、回遊して周り、やがてその姿を海上に現す。
 その時、必ず美女と耳慣れぬ歌の様な音とともにそれは船を足か何か。
 触手のようなもので取り巻き、海中へといざなう。
 そして乗組員は二度と戻らない。
「二度と戻らないのに、どうしてそこまで鮮明なほどに状況を言えるんだよ、、、」
 バルダックや他のポーター仲間と笑いあったものだ。
 だって、海面は深い霧に覆われていてほかの船からは見えない筈なのだから。
「まあ、そうは言っても」
 その意見に疑問をもつところもあるのだ。
 まず、必ず、と定義してるところ。
 まあ、生きて帰ることのない状況を伝えるのだからそれはそれでいいのだが。
 数度、船体の周りを回遊するだの、触手で引きずり込むだの。
 なにより、美女。
 そして唄。
 そんなオカルト話にはつきものの設定が、いざこうしてその場になってみると、あり得ないことは無い、と思わせるほどに不気味で、信憑性を帯びてくるような。
 妙な寒気を感じてテダー一瞬、身震いをした。
 馬鹿な話を真に受けても仕方ないではないか。
 テキーラを呷りながら、こわごわと海面をのぞき込んでみる。
 恐怖心より、興味のほうが心を誘惑する。
 何より、それほど噂になるような美女なら、一度でも拝んでみたいではないか。
 そんな好奇心から海面へと視線をやった。
 黒々と動く水面と波が船体を打つ音以外、特に目に入るもの、耳に聞こえるものはない。
 美女も数本の光の列も、何より甲板にはテダー以外にも酒をあおる者、女性と二人で会話する者たちと人影は少なくない。
「現れるとしても、そんな簡単には出てきてくれちゃしないか……」
 何かよくわからない、不安と期待を裏切られたような。
 そんな悩みにもにた感情を胸に船倉への階段を降りようとしたその時だ。
 ふっと闇夜に風が吹いた気がした。
 胸の奥底にあるなにかをざわつかせるような黒い風。
「なんだ!?」
 恐怖よりも好奇心が勝った。
 階段を背に甲板へ飛び出す。
 甲板では先ほどまで愛の言葉を交わしていた数組がしゃがみ込み、まるでこの世のものではないものを見ているような顔つきをしていた。
 しかも昼間ではなく、その顔がガス灯に煽られて映るのだから不気味をより増していた。
「おい、どうした。
 なにがあった?」
 一番近場の男女に声をかける。
 初老の商人風の男は指先を頭上に挙げて声にならない声を出した。
「あ、あれ……」
「あれ?」
 振り返ると、クラーケンどころの騒ぎではない。
 タコにも似た黒光る数本の脚を器用に屹立させ、本来ならばタコの頭部があるそこには人間の女の上半身は生えているではないか。
 しかも、その大きさも数倍ときている。
 まさしく、モンスターの登場だった。
「おい、あれは何ていうんだ?」
 自分でも間抜けな質問だと思う。
 老紳士はそんなこと知るか、とでもいうように連れていた女がしがみつくのを振り切り、怪物とは反対方向に這いながら進んでいく。
 おそらくは腰でも抜けたのだろうが、逃げれるだけまだましというものだ。
 女クラーケン?
 半人半獣ともいえないそれは、スコットランドの民間伝承に出てくる半身半獣の水の妖精ケルピーか、それとも人魚とでも言えば聞こえはいいが数倍の背丈差から巨大な黒い長髪と深紅に炎が灯ったようなそれでいて無機質な瞳に見下ろされて生きた心地はしない。
 こいつはウェルズも真っ青の現実じゃねえかよ。
 テダーは昨今、異星人だの海底2万海里だのを書いて人気を博している創作作家を思い出してみたが、これほど異様な怪物は描けまい。
 さて、こいつは口で獲物を捕らえて食べるのか、それとも二本の腕か、それともその数本ある足か。。。
 これを見極めないことには下手に動けないぞ。
 そう思いながら歩幅を少しでも離れようとすると動けない。
 下を覗き込むと先ほどの老紳士に捨てられた娼婦とおぼしき女が必死の形相でテダーの足にしがみついていた。
「ああーもう、めんどくせー!」
 女を肩に抱え上げると、老紳士とは反対方向の甲板へと走り出す。
 獲物を狙うとしたら身動きが鈍い方にいくだろう。
 お前は護衛じゃないのか?
 そんな声がどこかでしたような気もするが、俺が雇われているのはマクスウェル商会であって老紳士ではない。
 それにこの娼婦もどうせ、商会の商品なのだろうから、こちらを優先した方が文句はでまい。
 そんな独善的な理由でとりあえず甲板を走る。
 だが、船が左右に揺らぎ船乗りでもない甲板の男女はいいように転がされるだけだ。
 唯一、雇われた男たちのうち、イエニーの数人とバルダック、テダーが器用に逃げ道を求めて甲板の左側に集まった。
「おい、姉さん」
 担いでいた女の頬を打って正気を取り戻さす。
「なんなんだ、あれは。
 これまでも何回もあったのか?」
 女は一瞬頬を打たれて呆けた顔をしたものの、顔を左右に振る。
「し、知らないわよあんな、悪魔みたいのもの!
 出るなんて知ってたら乗るわけないでしょ!」
 あー、そりゃそうだ。
 テダーは間抜けな質問をしたと思った。
「まあ、いいや。ほれ、そこの階段から下に逃げときな」
 女の数歩先にある入り口を指差してやると、彼女はどこにそんな力があったのかと言いたくなるくらい脱兎のごとく駆け出し姿を消した。
「あーあ。
 礼の一つもなしとはなあ……」
 バルダックがいつの間か傍に来て呆れた様に言う。
「まあ、いいけどな。
 そっちはどうだった?」
 そっちとはテダーがいた船の後部ではなく、前部のことだ。
 バルダックがここにいるということは、異常を見て駆けつけてきたかそれともー……。
「残念だがな、テダーよ。
 あっちも似たもんだ。あれと似たのが二匹。
 髪の色が違ったような気がするが、こう暗くちゃな」
 そうだった。
 いまは霧に包まれているのになんで女怪物の顔が見えたのか。
 なんで全容が見えたんだ?
 テダーが思案するより早く、その理由はわかった。
 彼らを囲むように二体。
 先ほど後部からきたのと、新たに左舷から船体を伝ってきたのだろう。
 確かに髪色が黒と金髪に近い。
 彼女たちは足の吸盤部分が微妙な青白い光を発光しており、その肌からも鈍いが灯りのようなものがにじみ出していた。
「ははは……。
 せめて満月の夜にしてくれよな。
 こっちは見えないのもおなじだぜ」
「まったくだ」
 テダーの悪態にバルダックが同意する。
 武器となるものは出航時に例の税理士風の男が渡してくれた、6連式のリボルバーが腰のホルスターに入ってはいるが、人間の大人の数倍ある相手には大して効果があるようには思えない。
「おい、あんたら。
 あれに効く武器とか無いか?」
 イエニーの一人がテダーに聞いたが、そんなものはないと返したらそれもそうかという顔をした。
 今のところ、甲板の人間を包囲はするが手出しはしてない、そんな感じに取れたがその考えは甘かった。
「うわっ、だれ、だれか、たす!」
 言葉もまともに言い終えないうちから先ほどの老紳士が触手に捕まっていた。
 そのまま上でなく胴体の下部へと触手は老紳士を運んでいく。
「おいおい、まさか」
 イギリスでは悪魔の魚と呼ばれて食べられないタコやイカの口は胴体の中にある。
「------!」
 まさしく悲鳴よりも金切り声、奇声に近い声を上げて老紳士はその口内。
 いや、女怪物の胴体に消えた。
 したたりおちる血の海が異様になまめかしく事態の急展開を告げていた。
 甲板上は先ほどよりさらにパニックになり、右舷にいた連中はロカの一団も含め銃で応戦を始めた。
 イエニーたちは勇敢すぎるだろうと思われる速度で近づいてくる触手に駆け寄り、腰の短刀といつの間にかもう一つ捧げていたサーベルより長く幅の太い片刃の剣で触手を切り落としにかかる。
 しかし、触手そのものが硬いのかその剣がなまくらなのかはわからないが、あっさりと弾かれて間合いと取り始めた。
 近寄る触手を剣で牽制し、逃がせる者は船内へと誘導というより蹴り墜とす形に近かったがそれでも10人以上が船内に姿を隠せた。
 生きてりゃいいけどな……。
 そんな他人の心配より、自分の命だ。
 足がだめなら、胴体はどうだ?
 リボルバーを引き抜き、撃鉄を引き起こす。 
 すると剣には無反応だった女怪物の反応が一瞬だが変化した。
 胴体じゃない?
 顔か!
 顔といっても、大人一人分くらいの面積はあるデカさだ。
 少々、下手でも手元さえきちんとしてれば当たらない距離じゃない。
 乾いた音が数発分の弾丸と共に周囲に響く。
「おい、顔面だ。顔を狙え」
 しかし、イエニーたちは銃に不慣れなのかなかなかそれに手をかけようとしない。
「おい、撃てって!」
 バルダックが金色の女怪物の顔面に6発全弾打ち込み、数発は口内を貫通して脳辺りまでいったらしい。
 それが倒れると、イエニーたちの数人がとどめを刺そうと近寄るが、黒髪の女怪物がそれを阻む。
 イエニーのうち二人が触手の餌食となり、胴体ではなく放り出された。
「おい、これを!」 
 弾を打ち尽くしたバルダックとテダーにイエニーの数人が自身の銃を渡してきた。
「我らはそれの使い方に明るくない。
 足を防ぐからなんとかしてくれ」
 リーダーらしき男がそう言い、勇敢にも一人で黒髪の胴体の下部へと滑り込み反対側で呻いていた金髪の前に躍り出る。
 躊躇なく首元に凄まじい気合いの入った怒声とともに一刀を振り下ろし首をほぼ両断した。
「おいおい、なんて強さだよ」
 バルダックが呆れて言う。
 その合間にテダーとバルダックが持ち寄られた四丁の銃で、弾を無駄にしまいと黒髪の顔面に斉射する。
「おい、後ろだ!」
 黒髪ではない金髪の首を両断したイエニーの男が剣を鞘にしまおうと背を向けた瞬間、金髪の触手が彼を胴体に取り込もうと足元から這い寄っていたのをテダーは見逃さなかった。
 男はというと気配でなのかまるで知っていた、というかのように鞘から剣を見えぬ速度で引き抜き、今度は触手を両断していた。
 まるで英雄譚に出てくる騎士のような活躍だった。
 そして、その場にいた全員が異様な光景を目にしていた。
「なんだそれは」
 触手の両断面にあったのは生物のそれではなく、電灯や電話線などに(当時はガス灯が主流だったが電気はすでに使われていた)使われるケーブルのようなものと、太いパイプ、幾つもによじれた線の塊。
 そこから緑色の体液の様なものがあふれ出していた。
 続いての驚きは、首から上を無くしたも限らずに動く触手と胴体だった。
 しかしその動きは鈍く、到底さきほどまでの脅威となる威敵の姿ではなかった。
 イエニーのリーダーが部下であろう男たち残った数名に、異国の言葉で指示を飛ばす。
 黒髪が顔面へのバルダックの射撃を防ごうと両手で顔を覆った瞬間、そのうち2名が触手を避けつつ胴体下へと入り込み、長剣をその口内へと突き立てる。
 凄まじい悲鳴を上げて倒れゆく黒髪の首を体を駆け上がったイエニーのリーダーが今度は手慣れたものと両断し、そのまま胴体まで剣先を叩きこんだ。
 断末魔に近い悲鳴を残し果てた怪物はこれで2体。
「あんたら凄いな。どこであんな剣技を身に着けたんだ?」
 バルダックが敬意のまなざしで見ると、リーダー格は満足そうに微笑む。
 さて左舷はどうにかなったものの、右舷はと視線をやると、
「おいおい、これは無理だろ」
 全員がそう思うような光景に覆われていた。
 先ほど倒した怪物が2体程度かと思えば、右舷から更に数匹、艦橋を伝って上がってくる。
「だめだ、一度引こう。
 こんなんじゃ無駄死にだ」
 テダーの言葉にイエニーも含む六人の男は頷いた。
 甲板から船内に通じる階段に入ろうとした時、テダーはこの数週間見ていなかったものを目にすることになる。
 


 この航海を始めてから数週間ぶりにテダーはあの女を目にした。
 あの時はわからなかったがその肌はいっそうの深みを増して白く、病的と表現してもいいほどだった。
 銀色に染めたかのような、それでいて白く凍えるような髪を長く背中に伸ばし、今日は素顔を隠していなかった。
 夜のガス灯とガラス越しに見たその瞳は青黒くはなく、陽光の下でみると深い漆黒の色をしていた。
 美しいよりも、怪しいほどに見たものを惹きつける何かがその女にはあった。
「おい、ルガー」
 同じく甲板にいた相方が肘で合図をしてくる。
「あ……、ああ」
 参ったね。
 数週間前の夜にでた台詞が今度は胸中に響く。
「驚いたな。
 奴隷どころの話じゃないぞあれ」
「ああ、こんな間近で見たら一層、いい女だな」
「しかし、この数週間見ないから別の船だと思ってたが……」
 いや、そんなことを言っている事態ではなかった。
「おいあんた!
 そこに行っちゃだめだ」
 テダーが甲板に戻ろうとするとある声が彼を止めた。
「心配はいらんよ、諸君」
 誰だ、そう思い振り返るとそこにはあの男。
 悪名高い自分たちの雇い主。
 マクスウェル商会の主がいるではないか。
「あんた何ってんだよ。
 あの化け物見ただろ?
 喰われちまうぞ!?」
 最初に餌食になった老紳士の肉塊になった姿を思い出す。
 思わず気分が悪くなりそうだった。
「いいんですよ、あの者に任せておけば。
 甲板で逃げ延びた者たちは仕方ない。
 貴重な犠牲者ということです」
 言いながら、税理士風の男がマクスウェルの後ろから姿を現す。
 その言い方に無性に苛立ちを覚えたバルダックが掴みかかろうとするが、それをテダーがとめた。
「ルガー!」
「バル、一応雇い主の部下だ。
 我慢しろ」
 待ってる女がいるだろ?
 そういう視線を投げかける。
 バルダックは手を引いたがそれよりも、彼女だった。
「マクスウェルさん、あの娘に任せておけばいいって。
 あんたこの海域でこうなることを知ってたような口ぶりじゃないか」
 最初から知っていたのか?
 そう詰め寄りたいのはテダーも同じだった。
「いえいえ、そんな事。
 ただ、この程度の危険ならあの娘一人でいい、そういう意味ですよ」
 皮肉気に笑いながら口のはしを歪めてわらう。
 まるで、豚が人間の皮を被ったような下卑た笑い声だった(豚に失礼だが)
「なら」
 イエニーのリーダーが声を上げた。
「マクスウェル殿。
 ならば、なぜもっと早くあの女性を出さなかったのですか。
 少なくとも、甲板にいた20数名はかの化け物の餌食になりもうしたぞ」
 いかにもという感じで怒りを押し殺しながら彼は言う。
 返答次第では斬りかかりそうな威圧感がそこにはあった。
「我々にも準備というものがあるのですよ、ミスターセオ」
 セオ、そう呼ばれた剣客は面白くなさそうな顔だけを残して場を去ろうとする。
「彼女で済むことならば、我らは休ませてもらおう」
「どうぞどうぞ」
 この先に起きる活劇を観て行かないのですか?
 そんな印象を含ませたマクスウェルの返事が実に気味が悪かった。
 あの娘一人でなにができるんだ?
 テダーは船内でのちょっとした言い合いにさっさと見切りをつけ、バルダックともども恐る恐る甲板に顔を出して見る。
 武器らしいものを何一つ持たない彼女は、右舷に集まってきた怪物たちを誘導するかのように船首近くまで緩やかに歩いて距離を縮めていく。
 怪物たちは何か苦手なのか、恐れを感じるのか。
 微妙な牽制をしながら彼女を取り巻き始めていた。
「やっぱり一人じゃ無理だろ」
 考えるより行動。
 テダーの悪い癖が出た。
 といっても彼らの出入り口より後ろには怪物どもはもうおらず、船首部分に集まっているからその後ろから近づくことになる。ざっと数えて八頭。
 これをどう料理しようというのか。
 テダーが怪物に気取られないように距離を詰めれないでいると、マクスウェルがいつの間にか横に来ていた。
「なにをしている、ルシール。
 さっさと終わらせなさい。お前には高い金をかけたのだ。
 時間をかけて私を待たすのではないよ」
 なんだその言い方は。
 人間を道具としか見ていない者の吐ける言葉だった。
 この豚人間を殴り倒したいと思ったバルダックを止めるのではなかったと後悔しながら、テダーは彼女、ルシールの反応を見ていた。
「申し訳ございません、旦那様。
 疾く、終わらせます」
 この闇夜によく響く綺麗な声だった。
 言い終えると、彼女はテダーが予測もしなかった行動にでた。
 船首の甲板の端へと軽く飛び上がると、そのまま海面に身を投じたのだ。
「おいおい、そりゃ……なんなんだよ一体!」 
 この怪物どもを道連れに身投げか?
 終わらせるの意味がそれじゃ、本当に終わっちまうだろう!
「おいルガー、待てっ」
 バルダックが制止の声を掛けた時はもはや遅かった。
 船首に向けて駆け出したテダーを止める者は誰もいない。
 怪物の一体がテダーに気づいて向かってきたが、それより手前でショートカットしてテダーもまた海面に飛び込んだ。
「あの馬鹿野郎!」
 バルダックが助けに行こうとするが、それをマクスウェルが制止する。
「まあまあ、見ていたまえ。
 分け前が減る分には私は一考に構わんがね?」
 バルダックはそれを言われては動くわけにはいかない。
「ルガー……」
 光を跳ね返すような暗黒面を見せる海面を見下ろしながら、祈るしか彼にはできなかった。





 
 
 
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