3 / 85
第一部 冴えない婚約
3
しおりを挟む「あの二大国が力をかさなければ、いくら賢者の塔と魔法学会が頑張ったって、二世紀前まで海底に埋まっていたこのハグーン島を天空に浮かべるなんてできないよね。お陰様で誰も攻められないし、逃げ出せない。ここは各国の王侯貴族の子弟子女にとって、天空の牢獄だよ」
卒業するまで約十年の牢獄だねーあはは、とアルバートは笑っていた。
同時に、エバンスに向かい無言の警告を発していた。自分たち双子がいない間に、もし母親であるアルセーニ男爵夫人を殺せば‥‥‥内乱どころではすまさないよ、と。
「しかし、殿下。第二王子のアシュリー様は足も目も不自由な御方。どう守られるおつもりですか?」
「うーん、そうだねえ‥‥‥メアリージュンはいまでこそ、聖女になりたいからと。アシュリーをかいがいしく介護したりもするよ?」
「メアリージュン様が介護を? それは良いことなのでは?」
「その目の奥底には、侮蔑の念を称えてだけどね?」
「侮蔑‥‥‥ああ、そういうことですか。青龍王神教は五体満足な存在以外は、どこか呪われている憐れな子。そんな教えですからな」
「まあ、そんなところだよ。ありがたいことにルシアードはアシュリーと仲がいいから、僕は助かっているよ。僕とルシアードは正義の理念がちがうから少しだけ仲がわるいけど」
「それはつまりどのような‥‥‥?」
「長女のイニス、二女のロシナンテ。あの二人はメアリージュンにべったりだから困る。ほら、イニス姉様はもう学院出る年齢だからね。王宮に戻ればそのまま、どこかの王族を婿にして王妃になる可能性もある。そうなると、一年後に戻ったアシュリーは帰る居場所すらないだろうね。ねえ、エバンス‥‥‥お願いがあるんだ」
お願い?
このシェス王国四大公家の一角であり、王家に次ぐ権力を持つ自分に、後ろ盾になれ。
そんな話だろうか? エバンスは興味が沸いた。
「殿下の望みでしたら――叶えられる範囲はありますが」
ごめんね、とそうアルバート王太子は寂しそうに言う。
エバンスはその意図が理解できなかった。
「エバンスはまだ若いから、父上に側室を下賜して欲しいと願い出るのもできるでしょ? 母上を、側室に望んでくれないかな? アシュリーには王位争奪戦の参加資格すら与えられてないから、そのままかくまってほしい。それと‥‥‥」
こんな願いをされるとは。
では、あなたの王太子としての立場はどうするのですか?
そうエバンス卿は叫びたかった。
「それと、ルシアードの後見人になって欲しい。メアリージュンは僕を望まなくても、意中の人がいるからね」
「その御方は‥‥‥?」
「竜公国第一公子のイゼア様。同じ竜王の聖女なら、竜公国は問題なく受け入れるだろうから。まあ、そうなるとシェスは大変かな。アルバートはいまこの学院内で揺るぎない派閥を作ろうとしている。この大陸を揺るがす、イゼア様とメアリージュンの婚儀が成立するようにね」
成立させる?
しかし、それをすればシェスは更に立場が悪くなるようになるのではないのですか、とエバンスは頭を傾げていた。
「殿下、なぜ、阻止ではないのですか???」
これだよ、そう言い、アルバートはある紋章を見せる。
「それは第一位継承権を証明する紋章ですが??」
うん、そうだよと言い、彼はそれをエバンスに渡した。
「ルシアードは四大公の一角。レナード大公家の血筋でもある。二大公家が推せばルシアードは間違いなく王になれる」
「殿下、お待ちを。なぜ、竜公国との婚儀を。メアリージュン王女と成立させようと企まれているのですか!?」
「知りたい? でもそれを知ると、君は僕を軽蔑どころか必ず、殺そうとするよ?」
そうアルバートはエバンスに告げた。ぞっとするような冷たい、冷酷な闇色に染まった緑の瞳。そこに冗談が入る余地は一切なかった。
「殿下。なにをお考えですか??」
「だから、知らない方がいいよ。君はまだ、長生きしたいでしょ?」
「いえ殿下。その程度のことで死ぬようであれば、このエバンスすでに死しております・王国の闇をつかさどるわたくしを舐めないでいただきたい」
ああ、そうだったねと、アルバートは軽く笑い流してしまう。
彼はいま、大きな任務を国王陛下から託されているのだから。
「この婚儀を断るようならば、その場で処分してこい。その懐の魔導具は父上からの贈り物でしょう、エバンス?」
エバンスは動けなくなった。
どこまで見ているのだ、この王太子は?
つくべきは第四王子ではなく、この御方なのではないかと、そう思い始めていた。
単なる、愚鈍な第一王子はどこにいったのか、と。
アルバートは窓を開け、雲間が時折過ぎてゆくその風を室内に入れた。
「ねえ、エバンスはどう思う? 竜公国は、いや、竜族が青龍王様以上にだいじにするものって。なんだと思う?」
神の教え以上に尊ぶもの?
あの、人型から本来のドラゴンへと戻った時は、神にも近い能力をもつ竜族がもっとも大事にするもの。
そんなものがあるのだろうか?
エバンスにはなんとなく予想が出来たたが、ここはアルバートの返事を待つことにした。
「いえ、殿下。青龍王様の教え以外には、わかりません」
「そうだよね。僕もそう思うよ。だって、竜公国との大使としか接点がないから、多くの人間はそれを知らない」
「殿下、それは一体何なのですか?」
「それはね、エバンス‥‥‥竜公国は、かなり昔、人に使役されていた。あのルケードの魔導のさらに前にあった魔法大国によってね。知らないでしょ?」
だから彼らは運河を越え、はるか遠方の大陸に理想の国を作り上げた。そして、虐げられた亜人たちとともに、魔法大国を滅ぼしたのだ。
「そのための、青龍王教、ですか。人間国家を思想統治するための‥‥‥どこでそれをお知りに?」
うん? さあ、どこだろうね? 秘密だよ、とアルバートは楽しそうな顔をする。
「それよりも面白い話があるんだ、エバンス。竜族はとても慈悲深いし、苛烈だしそれに‥‥‥発情期もなかなかに激しくてね? 竜公女エリス様は、今回で四回目の発情期でオスの選定にも余念がない。ただ、誰にも知られたくないらしい」
誰にも知られたくない? そんな秘密をなぜあなたは知っているのですか?
エバンスは大きすぎる難問ばかりを振られて困っていた。
「殿下―そろそろ、このエバンスを困らせるのはおやめください」
「その懐に秘めた魔道具に対する嫌がらせだよ。相手は誰だと思う? エリス竜公女様が愛しているのは、アシュリーだけだそうだよ」
それはつまり、とエバンスはごくりと唾を飲み込んだ。
もし、第二王子のアシュリーや、その母親を失えば‥‥‥
「竜公国との戦争、ですか。王太子殿下」
「うん。だから、第二、第三王子を手にしておくとエバンス、君が王の後ろで面白くできるかもしれないね?それに、竜公国と魔導大国ルケードは仲が悪いのは外見だけ。ルケードは亜人国家。竜族もある意味、亜人。虐げられた民同士。もっとも嫌うのはわかるよね?」
「亜人である、エイシャ様をメアリージュン様がいじめ、虐げることということですな? しかし、その事実はあるのでしょうか?」
「うん、さすがだね、エバンス。もちろん、あるから提案しているのだよ。あのいけ好かないメアリージュンが弟のアシュリーをかいがいしく介護しながら、その裏でエイシャ様を苛めているのは有名な噂だね」
「しかし、なぜメアリージュン様がエイシャ様を‥‥‥?」
「うん? それは簡単。ルシアードがエイシャと恋仲だからだよ。いずれ、僕の妻になった時に、誰が上で誰が下かをいまのうちからはっきりとさせたいのだろうね。女性は怖いものだよ、本当に」
十六歳の少年は嬉しそうにエバンスに言う。
それを聞かされた宰相は、心労で倒れそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
【完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる