王太子殿下はモブさえいればいい

星ふくろう

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第一部 冴えない婚約

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「あの二大国が力をかさなければ、いくら賢者の塔と魔法学会が頑張ったって、二世紀前まで海底に埋まっていたこのハグーン島を天空に浮かべるなんてできないよね。お陰様で誰も攻められないし、逃げ出せない。ここは各国の王侯貴族の子弟子女にとって、天空の牢獄だよ」

 卒業するまで約十年の牢獄だねーあはは、とアルバートは笑っていた。
 同時に、エバンスに向かい無言の警告を発していた。自分たち双子がいない間に、もし母親であるアルセーニ男爵夫人を殺せば‥‥‥内乱どころではすまさないよ、と。

「しかし、殿下。第二王子のアシュリー様は足も目も不自由な御方。どう守られるおつもりですか?」
「うーん、そうだねえ‥‥‥メアリージュンはいまでこそ、聖女になりたいからと。アシュリーをかいがいしく介護したりもするよ?」
「メアリージュン様が介護を? それは良いことなのでは?」
「その目の奥底には、侮蔑の念を称えてだけどね?」
「侮蔑‥‥‥ああ、そういうことですか。青龍王神教は五体満足な存在以外は、どこか呪われている憐れな子。そんな教えですからな」
「まあ、そんなところだよ。ありがたいことにルシアードはアシュリーと仲がいいから、僕は助かっているよ。僕とルシアードは正義の理念がちがうから少しだけ仲がわるいけど」
「それはつまりどのような‥‥‥?」
「長女のイニス、二女のロシナンテ。あの二人はメアリージュンにべったりだから困る。ほら、イニス姉様はもう学院出る年齢だからね。王宮に戻ればそのまま、どこかの王族を婿にして王妃になる可能性もある。そうなると、一年後に戻ったアシュリーは帰る居場所すらないだろうね。ねえ、エバンス‥‥‥お願いがあるんだ」

 お願い?
 このシェス王国四大公家の一角であり、王家に次ぐ権力を持つ自分に、後ろ盾になれ。
 そんな話だろうか? エバンスは興味が沸いた。

「殿下の望みでしたら――叶えられる範囲はありますが」

 ごめんね、とそうアルバート王太子は寂しそうに言う。
 エバンスはその意図が理解できなかった。

「エバンスはまだ若いから、父上に側室を下賜して欲しいと願い出るのもできるでしょ? 母上を、側室に望んでくれないかな? アシュリーには王位争奪戦の参加資格すら与えられてないから、そのままかくまってほしい。それと‥‥‥」

 こんな願いをされるとは。
 では、あなたの王太子としての立場はどうするのですか?
 そうエバンス卿は叫びたかった。

「それと、ルシアードの後見人になって欲しい。メアリージュンは僕を望まなくても、意中の人がいるからね」
「その御方は‥‥‥?」
「竜公国第一公子のイゼア様。同じ竜王の聖女なら、竜公国は問題なく受け入れるだろうから。まあ、そうなるとシェスは大変かな。アルバートはいまこの学院内で揺るぎない派閥を作ろうとしている。この大陸を揺るがす、イゼア様とメアリージュンの婚儀が成立するようにね」

 成立させる? 
 しかし、それをすればシェスは更に立場が悪くなるようになるのではないのですか、とエバンスは頭を傾げていた。

「殿下、なぜ、阻止ではないのですか???」

 これだよ、そう言い、アルバートはある紋章を見せる。

「それは第一位継承権を証明する紋章ですが??」

 うん、そうだよと言い、彼はそれをエバンスに渡した。

「ルシアードは四大公の一角。レナード大公家の血筋でもある。二大公家が推せばルシアードは間違いなく王になれる」
「殿下、お待ちを。なぜ、竜公国との婚儀を。メアリージュン王女と成立させようと企まれているのですか!?」
「知りたい? でもそれを知ると、君は僕を軽蔑どころか必ず、殺そうとするよ?」

 そうアルバートはエバンスに告げた。ぞっとするような冷たい、冷酷な闇色に染まった緑の瞳。そこに冗談が入る余地は一切なかった。

「殿下。なにをお考えですか??」
「だから、知らない方がいいよ。君はまだ、長生きしたいでしょ?」
「いえ殿下。その程度のことで死ぬようであれば、このエバンスすでに死しております・王国の闇をつかさどるわたくしを舐めないでいただきたい」

 ああ、そうだったねと、アルバートは軽く笑い流してしまう。
 彼はいま、大きな任務を国王陛下から託されているのだから。

「この婚儀を断るようならば、その場で処分してこい。その懐の魔導具は父上からの贈り物でしょう、エバンス?」

 エバンスは動けなくなった。
 どこまで見ているのだ、この王太子は?
 つくべきは第四王子ではなく、この御方なのではないかと、そう思い始めていた。
 単なる、愚鈍な第一王子はどこにいったのか、と。

 アルバートは窓を開け、雲間が時折過ぎてゆくその風を室内に入れた。
「ねえ、エバンスはどう思う? 竜公国は、いや、竜族が青龍王様以上にだいじにするものって。なんだと思う?」

 神の教え以上に尊ぶもの?
 あの、人型から本来のドラゴンへと戻った時は、神にも近い能力をもつ竜族がもっとも大事にするもの。
 そんなものがあるのだろうか? 
 エバンスにはなんとなく予想が出来たたが、ここはアルバートの返事を待つことにした。

「いえ、殿下。青龍王様の教え以外には、わかりません」
「そうだよね。僕もそう思うよ。だって、竜公国との大使としか接点がないから、多くの人間はそれを知らない」
「殿下、それは一体何なのですか?」
「それはね、エバンス‥‥‥竜公国は、かなり昔、人に使役されていた。あのルケードの魔導のさらに前にあった魔法大国によってね。知らないでしょ?」

 だから彼らは運河を越え、はるか遠方の大陸に理想の国を作り上げた。そして、虐げられた亜人たちとともに、魔法大国を滅ぼしたのだ。

「そのための、青龍王教、ですか。人間国家を思想統治するための‥‥‥どこでそれをお知りに?」

 うん? さあ、どこだろうね? 秘密だよ、とアルバートは楽しそうな顔をする。

「それよりも面白い話があるんだ、エバンス。竜族はとても慈悲深いし、苛烈だしそれに‥‥‥発情期もなかなかに激しくてね? 竜公女エリス様は、今回で四回目の発情期でオスの選定にも余念がない。ただ、誰にも知られたくないらしい」

 誰にも知られたくない? そんな秘密をなぜあなたは知っているのですか?
 エバンスは大きすぎる難問ばかりを振られて困っていた。

「殿下―そろそろ、このエバンスを困らせるのはおやめください」
「その懐に秘めた魔道具に対する嫌がらせだよ。相手は誰だと思う? エリス竜公女様が愛しているのは、アシュリーだけだそうだよ」

 それはつまり、とエバンスはごくりと唾を飲み込んだ。
 もし、第二王子のアシュリーや、その母親を失えば‥‥‥

「竜公国との戦争、ですか。王太子殿下」
「うん。だから、第二、第三王子を手にしておくとエバンス、君が王の後ろで面白くできるかもしれないね?それに、竜公国と魔導大国ルケードは仲が悪いのは外見だけ。ルケードは亜人国家。竜族もある意味、亜人。虐げられた民同士。もっとも嫌うのはわかるよね?」
「亜人である、エイシャ様をメアリージュン様がいじめ、虐げることということですな? しかし、その事実はあるのでしょうか?」
「うん、さすがだね、エバンス。もちろん、あるから提案しているのだよ。あのいけ好かないメアリージュンが弟のアシュリーをかいがいしく介護しながら、その裏でエイシャ様を苛めているのは有名な噂だね」
「しかし、なぜメアリージュン様がエイシャ様を‥‥‥?」
「うん? それは簡単。ルシアードがエイシャと恋仲だからだよ。いずれ、僕の妻になった時に、誰が上で誰が下かをいまのうちからはっきりとさせたいのだろうね。女性は怖いものだよ、本当に」

 十六歳の少年は嬉しそうにエバンスに言う。
 それを聞かされた宰相は、心労で倒れそうだった。
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