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第二章 ルケードの狼姫

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 --竜族にあれほどの情欲があるように。
   我等、ルケード大公国の人間にもあるのですよ?
   ‥‥‥アルバート様?

 ルシアードは愛していると公言しているエイシャを利用した。
 イゼア竜公子にでも使うならば‥‥‥まだ政治的な駆け引きにもなるだろう。
 なぜ、僕に言わせた、ルシアード?
 あのエイシャ様が?
 あそこまで孤高でいようと虚勢まではるあの狼姫が?
 恋人の兄に、愛をほのめかすか?
 ありえない。
 ありえるとすれば、二人は対等ではない。
 ルシアードがうまく、エイシャを操る。もしくは、何かで優位を保っている。
 アルバートの心は怒りではちきれそうだった。
 この恥知らずが。
 そう、目の前にいればルシアードを殴り飛ばしていただろう。
 王位など関係ない。
 問題なのは、二人が対等ではない。
 そこだ。
 
 ルシアードの魔眼は二つ。
 宵闇の魔眼。
 その効力は前述したとおりだ。
 そしてもう一つ。
 雷芯の魔眼。
 これは一定範囲内に近づいた標的の全神経に流れる神経を数秒、止めてしまう。
 もう少し正確に言えば、脳からの電気信号を止めるのだ。
 それを受けた相手は行動不能に陥る。
 まさに暗殺者に必須のアイテム。
 最高の殺し屋になれる。
 そんな組み合わせの魔眼だ。
「神はよからぬことを望まれているようだ。
 あれの悪の華は浅い。
 エンバスの百分の一にも満たないだろう‥‥‥摘み取るなら、早くしないといけない」
 このまま未来にあれが。
 ルシアードが王になれば。
 待っているのは暴虐の限りを尽くす、暗黒政治の始まりだ。 
 こんなことならば、エンバスにルシアードの後見人を頼むのではなかった。
 エンバス卿が、メアリージュン王女との婚約を成功させる報告を持ってくるまでに。
 あの弟の心を手折る必要がある。
 いまのルシアードは場末の殺し屋よりもタチが悪い。
 悪の華には、不殺というルールか。
 もしくはかなわない大義を成す。
 そんな不可能を可能にするための、素地が必要なのだ。
 それがあるからこそ、華は偉大に咲き誇り、忠節を尽くして手を汚す家臣が出てくれる。
「家族は集まらなくなった。
 大広間は誰も来ない‥‥‥か」
 王や王妃が大広間を捨てて自室で食事を楽しみようになり、秘密主義が横行した。
 民衆は王の心が離れたことを悲しみ、その国は滅んだ。
 そんな、過去の詩の一説が第一王子の脳裏に浮かんで来る。
「さて、いつ華を手折るか。
 それをすれば‥‥‥もう、僕は婚約をーー」
 そう呟いていた時だ。
 大広間に辿り着き、アルバートはふと奇妙な錯覚を覚えた。
 アシュリーがいて、エリス公女がいる。
 イゼア公子は相変わらず大勢の貴族子弟子女に囲まれ、談議に花を咲かせている。
 聖女は?
 いや、聖女になりたがっているあの女はどこにいった?
 イゼアかアシュリーか。
 それとも取り巻き連中とそのカウンターに座り悠然と構えている。
 あのいけ好かない女はどこに消えた?
 その問いかけの返事は、大広間に通じる上階からの王女メアリージュンの登場で解決する。
 そして、彼の心は叫んだ。
 してやられた、と。
 あろうことか、彼女の隣にはーー
 彼の祖国シェス王家の仇敵、ブランシェ辺境国の第一王子ギルバートと共にもう一人。
 アルバートの姉である、第一王女イニスが誇らしげに立っていた。


 
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