王太子殿下はモブさえいればいい

星ふくろう

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第二章 ルケードの狼姫

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 夕刻。
 アルバートの視界に入ってきたのはそんな斜陽を思わせるような赤。
 なんだ‥‥‥?
 まだ血のあとが残っているのか?
 そんなに時間は経ってないということかな?
 いくつかの思いが脳裏に浮かんでは消えて行く。
 あの程度の怪我なら、学院の医療を担当する医師や魔導士、神官なら時間をかけずに完治させれるはずだ。
 僕はどうなった?
 赤いなあ、朱色?
 なんで動いているんだ‥‥‥ああ、誰かいるのか。
 ならーーここはどこだろうな?
 見覚えがない天井だ。
 死んだかな?
 一瞬、そんなことを考えてしまう。
 それならこの親兄弟を巻き込んだ醜い争いからも解放されるのにな。
 思わず、自虐的に笑ってしまう。
 その漏らした声に、動いていた赤いものの本体がアルバートの視界に入ってきた。
「君は‥‥‥」
 彼女を見た時、アルバートは珍しく純粋に微笑んでいた。
 あれだけ何重にも蓋をしたはずの心の枷が自然に外れていることを彼は感じていた。
 参ったな。こんなに嬉しいなんて。
 彼女は、ただそこにいるだけなのに。
 この感覚は今だけだな‥‥‥もう、二度と許されない感覚だ。
 いまだけは神に感謝しよう。
「気づかれました?」
 その少女はエイシャに似た容姿をしていた。
 ただ銀髪に青い瞳。
 そして、赤い尾がとても特徴的な存在だったが。
「準男爵第二令嬢アリスティア様‥‥‥」
 様?
 少女は不思議な顔をする。
 一国の王太子が他国のしかも下級貴族の令嬢の自分に様をつけるなんて。
「変な御方ですね、アルバート様は?」
 様?
 それはこちらのセリフですよ、アリスティア様。 
 この学院で誰よりも古い血筋なのに。 
 そうか、彼女たちは知らないかもしれない。
 アルバートはその可能性に思い当たった。
 父祖たる存在が誰かを知らないことはよくあるこどだ。
「ああそうですね、アリスティア嬢」
 なぜここにいるのかな?
「気づかれたのなら、お呼びしてまいります。
 お待ちを‥‥‥」
 呼んで来る?
 まあ、誰かはわかっているが。
 少女との話の間にアルバートは身体の各部を確かめていた。
 下手くそな治癒術師め。
 腰の神経が痛んだままだ‥‥‥
 室内には誰もいない? 
 いやまさか。
 いるはずだ、あいつが。
 天眼は便利だ。
 見た目に見えるようにしなくても、体内に向けて開くこともできる。
 神の贈り物。
 誰にも気づかれずに治癒ができる。
 それを作用させたことすら、竜族ですらも気づかないだろう。
 この喉元にある呪いのような宝珠にも気づかれずにだ。
 ただし、ろくでもない爆弾つきだが。
「いるんだろ、ルシアード。
 それに‥‥‥エイシャ様も?」
 なんだよ、そんな声が部屋の奥でした。
「気づいていたのか兄上。
 どこが平凡な王子だ?」
 まだ痛むふりをしてアルバートは上半身を起こした。
「平凡どころか間抜けな王子さ。お前よりはまだましだがな?」
 あまり兄をばかにするなよ、第三王子?
 アルバートは威嚇のように言葉のジャブを放った。
「お前のやり方はまるで場末の殺し屋の様だ。
 なあ、ルシアード。
 それは・・・・・・僕かアシュリーがするべきことだ。
 理解しろ?」
 お前は大公家の人間。僕らは平民の出身。
 上に立ちたいなら、行動をわきまえろ。
 アルバートはそう言っていた。
「それはどうも、兄上。
 エンバスが後ろにでもついてくれれば、王位にも早いのですがね?」
 本当にお前は僕の弟か、ルシアード?
 学院内の権力を掌握する方法を、魔眼に頼り過ぎたなこいつは‥‥‥
 アルバートはルシアードが知らないと思っている、弟の魔眼の正体を知っている。
 その二つ目の魔眼のこともだ。
 エンバスに誰が手配をしたと思っている?
 この場にいながらも、何も汚い手を使わなくても各国の情報は入るというのに。
 だめだ、譲るにはこいつはーー王位には相応しくない。
 アルバートがそう嘆息した時だ。
 ルシアードが面白そうにエイシャの肩口に手をやった。
「兄上、元気そうでよかったよ。
 いま死なれてはこまるんでね」
 ルシアードが押し出すようにエイシャをアルバートの上に突き倒した時、
「ちょっとー!?」
 エイシャがその行為に怒りを含んだ叫びを上げた。
「ルシアード!?
 どういうつもりだ‥‥‥」
 アルバートのその問いにルシアードは皮肉を込めて首元を抑え、挨拶を返した。
「快復祝いさ。
 受けたんだろ?
 俺の犬をやるよ。
 狼から犬になった女をな、兄上?」
 アルバートの抱き上げた少女の首には大きな枷が締まっていた。
 革製の‥‥‥
「可愛がって貰えよ、エイシャ。
 もう、用済みだ。
 兄上、これであんたも俺のものだな?」
 最大の皮肉を込めてルシアードはそう言い、部屋を出て行こうとする。
「用済み‥‥‥?」
 エイシャはそれを言われ見つめるアルバートから恥ずかしそうに顔をそらした‥‥‥
「戻るなよ、犬には用は無い。
 元々、王族以外用は無いんだ。
 悪いな、エイシャ?
 道具は道具らしく、従え。
 それが最後の命令だ。いいな?」
 最後の命令、ね‥‥‥?
 そう。
 エイシャは力を失ったように崩れ落ちる。
「ルシアード-‥‥‥」
「兄上。
 捧げものはしたぞ?
 邪魔をするなよ?」
「おい‥‥‥!?」
 アルバートの叫びを無視してルシアードは部屋を後にした。
 捧げもの?
 まったく‥‥‥なんたる愚弟だ。
 最大の贈り物を失うとはな。
 アルバートは涙する狼姫を抱きしめながら、心の中で叫んでいた。
 これで遠慮なく華を枯らせる、ありがとう弟よ、と。
 そしてもう一つ。
 その魔眼を使う度に、お前の愚行は学院側には伝わっているんだぞ、と。

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