王太子殿下はモブさえいればいい

星ふくろう

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第二章 ルケードの狼姫

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 彼女が戦闘態勢を整えた時だ。
 パキンッ。
 そう軽い音がした。
 そして、コツン、と数本。
 床にそれが転がる様が目に入る。
「嘘よ‥‥‥!?」
 その足元にあったのは鉄すら切裂くはずの伸ばした爪の先だ。
 すべて綺麗に、切り取られていた‥‥‥
 そう、彼女には見えないなにかによって。
「言ったはずですよ?
 もうお二人は、僕の飼い犬、だと。
 従わなければ、殺す。
 お前の一族の末路を考えて行動しろ。
 もう一度言うぞ?
 エイシャは元男爵令嬢、だ。
 あなたはまだ、順男爵の家系にいるのではないのですか、アリスティア様?
 エイシャはもう、貴族を捨てたのですよ?
 少なくとも、僕の前では‥‥‥ね?
 いま下れば、どちらが上かな?」
 アリスティアの顔に暗い笑みが浮かぶ。 
 まさか、こんな提案をされるなんて‥‥‥
「その場合‥‥‥」
「その場合?」
「もし、あなた様の飼い犬でも奴隷でもなんでもいいわ。
 そうなった場合。
 祖国の母と姉妹。たった四人の灰狼族ですが。
 シェスにいますぐにでも受け入れて頂けるのならば‥‥‥」
 いい提案だ。
 アルバートはそれを快諾する。
「しかし、お父上は?」
 エイシャが見せたような憎しみでは済まない。
 それ以上の怨嗟を込めた怒りをアリスティアは浮かべた。
 まるで親の仇でも見るような顔をアルバートに剥き出しにして彼女は叫んだ。
「あのような男など、父ではない!!」
 と。
 なるほど。
 どうも僕たちは仲間らしい。
 アルバートはそんな微妙な香り、それを感じていた。
「僕とアシュリーも似た者ですよ。
 この学院に入るまで、常に死にさらされ続けてきた。
 似た者同士かもしれませんね?
 アリスティア様?」
 その言葉がどこまで真実か知る術がない今は、ただ従うしかない。
 そうですね、そんな返事すらアリスティアは返せないでいた。
「では、あなた様の臣下に‥‥‥いえ、もうなんでもいいですわ。
 物であってもーー」
 半ばあきらめたように少女は赤い尾を下げてそう床に伏せて言う。
 困ったな。
 アルバートは心の中で嘆息していた。
 本当は、あなたに膝をつき、求愛したいのはーー僕なのに、と。
 その一言は言えないまま、僕は全部を終わらさなけれないけないのか。
 つくづく、第一王子であり、王位継承権を持つ者は不便だ。
 アルバートは悲しげなため息交じりの息を吐いた。
「まあ、その提案を受け入れましょう、アリスティア」
 アルバートはエイシャの首から手を離すとアリスティアにその身を委ねた。
 そして、アリスティアがアルバートからーー
 もう逃れられないある一言を付け加えて部屋を後にする。
「もっと早くに入ってくるべきでしたね?
 ルシアードがまだいるかもしれない、そんな不安感に負けたのがあなたの落ち度ですよ。
 その命を狙いたいのにあと一歩で勇気がでないから、後手に回った。
 ルケード大公国は、エイシャ様が余程、お嫌いらしい。
 死んでなくて、残念でしたね。
 祖国から送り込まれた暗殺者アリスティア様?」
 いまはまだ、それを殺すなよと。
 そう言葉を付けくわえてアルバートは医務室を後にした。

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