ギルド嬢のひとりごと

星ふくろう

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第二章 難航するギルド開設と黒い翼の姫君

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「あー疲れた疲れた‥‥‥」

 茜が気だるそうにそれでいて、どこか作業を終えた満足さを表情に表して一階へと地下から上がってきたのはアッシュを追い出してから数時間後のこと。
 その前に、

「ねえ!!
 旦那様?
 悪いんですけど、食材買いこんで来てくださいません!?」

 そう呼びつけられたのはあれから、そうシェイディアの最後の悲鳴が聞こえてから少ししてのことだった。

「食材!!??
 何を‥‥‥やるつもりなんだ、なあアイニス??」

 光の精霊女王は、さあ?
 面白そうになにかやっているわよ?
 そう疑問符を付けた返事を返してくる。
 あなたも最初は解体だの、食材にするだのとあの黒曜族の少女をさんざん恐怖で煽って楽しんだのだから。
 ここは憎まれ役になりなさいよ。
 そうすれば、みんな同罪だわ。
 アイニスはさっさと行け、玄関を指差してある一枚紙片を彼に渡した。

「なんだこれは‥‥‥?
 人参、玉ねぎ、長ネギ、しょうが?????」

 どこの国の食材だ!?
 その名前に驚くが、横にこのハイフでの名称も書かれているのでまあまあわかるだろう、と当たりをつけてやって来た、いや来さされた貴族街専門の総合商会が運営する三回建ての合同販売市場。
 現代版の、デパートのようなものである。
 アッシュの祖先が残し彼が受け継いだあの別邸にもあった冷蔵設備をより簡素化し、多くの食材を腐らせる時間を伸ばしたこの市場の食材売り場では、まあまあ手に入る物が多い。
 さすがに希少すぎる食材はあまり見かけないが、飛空艇による運搬網が完備されつつあるハイフでは他国よりも豊かなものを手に入れることが出来るようになっていた。

「肉に、なんだこれは。
 麺?
 まためんどくさいものを‥‥‥」

 両手に抱えるのは貴族の恥ということで、本家から二人ほど総合市場に行きがけに借りての買い物だったが。
 さすがに、この階にアッシュのような上級貴族が訪れることは珍しいらしく‥‥‥彼はそれなりに目立っていた。

「あの、アッシュ様。 
 見られていますがー‥‥‥」

 周囲の好奇の視線を浴びながらまだ若い侍女の一人、アイネが困惑した顔で頭二つは高いアッシュを見あげていた。
 土民と呼ばれる現在の王国以前の支配者だったグレイエルフの民の彼女は、綺麗な水髪の間から覗かせる緑の瞳でアッシュに訴えてかけていた。
 なんですか、この買い物は? と。

「あーまあ、気にするな。
 アイネがなにか悪いわけではないしな。
 クロエ、そうだ、あと何が足りない?」

 五の国ハーマイオの竜族がこの国に移住してきて交易商人として本国の後ろ盾を持ち、ハイフでもそれなりに裕福な家庭出身のクロエは、長い竜の尾を手の代わりにして重たい食材のカゴを持つ係だ。
 その尾と頭の角さえなければ金髪碧眼美少女の彼女もまた、目立つ一要因になっていた。

「そうですねえ、旦那‥‥‥いえ、アッシュ様。
 あとは、この麺類?
 とやらが揃えば良いではないかと。
 ああ、豚肉がいるのですね‥‥‥」

 茜の手書きのメモを手にしながら豚肉?
 そう、竜の侍女は首を傾げていた。

「アッシュ様?
 何を作られるんですか‥‥‥???」

「そうです、それはアイネも気になっておりました。 
 それに、旦那様、あ‥‥‥いいえ、アッシュ様がまさかの料理などと――」

 かつての当主は代を弟夫婦に譲り、本家を出てしまった。
 侯爵位を捨てて、子爵位になり‥‥‥

「嘆かわしい」

 ぽつりとアイネはそう呟いてしまう。
 あんな弟夫婦にこれからも使われるのだと思うと‥‥‥ため息がでるばかりだった。

「アイネ。
 アッシュ様はもう本家を出られ身。
 余計なご心配を伝えるのはよしなさい」

「はい、クロエ様‥‥‥」

 アイネはクロエにたしなめられて下を俯く。
 アイネは土民。
 マールより二階層だけ上の住人。
 クロエは海外からの移住民ではあるが、平民。
 その差はどこにいても変わりはしない。

「お前たちには、心配をかけているようだな?
 エーゲルトの采配はそれほどに悪いのか?
 まだ俺が本家を出てから二か月も経過していないだろう?」

「いえ、申し訳ございません。
 アッシュ様にはお心を砕かれることなど何もー‥‥‥」

「でも、クロエ―」

 黙って! 
 そうにらみつけられてしまい、アイネはただえさえ低い身長を更に低くしてしまう。
 あの愚弟夫婦がまた何かをやらかしたのか?
 アッシュの心は茜よりも本家に向き始めていた。
 いつも背にいてくれるアイニスは、あいにくとこの場にはいない。

「おいてくるのではなかったかもな‥‥‥」

 人には視れない物を視れる、光の精霊女王は――今頃、嬉々として茜と女性同士の談議に華を咲かせているだろう。
 なにせ、従兄弟二人の契約している他の精霊女王二人にしか、彼女と意思疎通ができる存在はー‥‥‥。

「シワク家の当主殿くらいだったな。
 クロエ、いい。
 申せ。
 何があった?」

 主の次に偉い人間からの命令には逆らえない。
 ごめん、クロエ!
 そう目で謝る親友に閉口しながら、クロエは自分で自分の汚点になることを語る事になってしまい悲しそうな目をしていた。

「アッシュ様。
 語りたくない事でも、語らせたいですか?」

 いまの主ならこう言えば返ってくるのは、ムチの一撃だろう。
 自分たちが奉公に上がった時の元主人はそんな酷い扱いをしない御人だ。
 そう理解しているから言える、クロエの懇願だった。
 いつもなら強気で竜族としての気高いがどうのこうのと気位の高い侍女がこうも落ち込んでいるとは。
 ふと、アッシュの目がクロエの尾に行く。

「お前、脱皮の時期は冬ではなかったのか?」
 
「未だー‥‥‥このハイフは暖かいですが、王都の外はまだ冬ですから。
 遅くなる時期も――ありますよ、アッシュ様」

「そうか」

 これは隠しているなどといえたものではない。
 彼女の尾は年に一度、脱皮をする。
 その度に尾は魔力を持ち、太くなることを希望すればより太さを増す。
 色艶がウロコに出て輝きをまし、それが年輪となって威厳を持つ。
 竜族の誇りでもあるその彼女の尾はー‥‥‥まるで、そこから先だけが新しく生え変わったようにウロコが生々しさを見せていた。
 赤いその尾が、その部分だけを朱色に見える様はクロエにしてみれば己の尊厳の象徴である尾もまともに守れない。
 そんなそしりや嘲笑を周囲から受けてもおかしくない。
 尾を大事にする者は出がけには専用の布をかけるし、何よりー‥‥‥

「お前たち、いつからそんなに肌をだすようになった?
 侍女の制服は俺がまともなものを‥‥‥」

 ああ、そうか。
 これがあのバカな愚弟の行ったことか。
 あれはまともな世間を知らない。
 王宮に上がったことも無く、ただ高家という身分と家柄だけで己を着飾るようなそんな人間だ。
 いや、高家の大半はそんな古い格式にだけこだわり己を磨かない。 
 そんな人間ばかりで構成されているからそこはどうにも言えないがかつての家臣が好き勝手にされている様にアッシュは不快感を覚えていた。

「これは、その。 
 出入りの商人が変わりまして‥‥‥旦那様に多くのものを見せた結果の――」

 アイニが重苦しく、そう報告する。
 土民の多くはエルフの三種族の一つ、グレイエルフだが彼等は肌を出す文化ではなかった。
 アイニが気恥ずかしそうにしていたのはそのせいか。
 アッシュは頭を抱えた。
 ここまで権力を手にした人間は‥‥‥恥知らずになり得るのか、と。

「クロエ、その尾の傷はあれか?
 お前の生家を出入りの御用を与えていたのに、いきなり資格をはく奪されたことへの協同組合の罰か?」

「いえ、その‥‥‥確かに組合からしてみればわたしの失態に見えるかもしれません。
 ですが、竜族はここまでのことは、致しません」

「ならー御父上か?」

 クロエは静かに首を振る。
 むしろ、アッシュ様の代まで御贔屓にして頂いて感謝しています、と。
 そう返事が返ってきた。

「竜のお前に傷を負わせることのできる存在に、権力となると数は限られてくるがな?
 あいつか?」

 あいつとは愚弟のことである。
 何かあれば剣を抜いて振るいたそうにしていた、どこか狂った気質の実弟。
 見る時があればその度に諫めてはきたものの、それがとうとう、どこかで噴出したのかもしれないとアッシュは考え始めていた。
 しかし、なぜこんな折檻を与えるような真似を?
 あれはいかに世間知らずとはいえ、妻を迎えた身。その嫁は同じ侯爵家だから夫の振る舞いが悪く聞こえてくればあちらの生家から横槍が必ず入るはず。
 実家の商人を打ち切られたからといってこの竜の侍女がそれほどまでに文句を言いそうにも見えない。
 何があったのか。
 アッシュの視線は自然と、もう一人の侍女であるアイニに向いていた。

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