ギルド嬢のひとりごと

星ふくろう

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第二章 難航するギルド開設と黒い翼の姫君

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「アイニ、話してくれるか?」

 無理強いはしない、だが、ここで見過ごして後から嫌な思いをする気にもなれない。
 そんなアッシュに、アイニはおずおずと口を開こうとする。
 彼女の第一声が発せられる前に、うつむきがちになりながら竜の侍女はアッシュの上着の裾を引いていた。

「クロエ、どうした?」

「旦那様‥‥‥ここでは少し。
 どうか、御屋敷か、地下の飲食街で‥‥‥」

 お願いします。
 そう、消え入るような声で彼女は嘆願していた。他人に聞こえれば、実家に迷惑がかかります、と願うクロエを見てこの場でそれ以上の詰問をするほど、アッシュも愚かではなかった。

「ん‥‥‥なら、その豚肉とやらを先に買いこんでからにするか? 
 な、クロエにアイニ。
 少しばかり早い昼食もいい。
 昔のように、甘いものを気楽に食べ歩くつもりで行こうか、な?」

「でも、旦那様‥‥‥いけません、そのような」

 クロエの尾が力なく揺れているのを見てアッシュはその先に吊れ下がっていたバスケットを手ずから持ちあげた。
 実家から借り受けたのは正解だったかもしれんなと考えていた。
 こんな不安そうな二人を見るのは初めてだったからだ。
 まるで昨日今日、見習いで入ってきたような不安な顔をしている侍女たちを見て、もう十年来の付き合いになる彼は、元雇い主として申し訳なさを感じていた。

「気にするな。
 一人だけ、幸せを見ようとした罰だ。
 ついておいで」

「ですが‥‥‥」

 戸惑う二人に負担をかけさせまいと、アッシュは市場が用意している人員にそれを持たせた。
 まだ年若い黒髪の下男を見て、ふと茜を思い出す辺りいまは違うだろうと自分に言い聞かせて二人に声をかける。

「まだ、旦那様と呼んでくれるのだろう?
 俺が好きでやっていることだ。
 気にするな」

 すまんが、この紙片のものを揃えてすぐにこの場へと運んでほしい。
 そう下男の一人に申し伝えて、心ばかりの金子を渡してやる。
 
「代金は本家につけておくとしよう。
 さて、いくぞ。
 アイニ、クロエ」

「は、はい、旦那様」

 声は晴れやかではなく、表情は不安の色を隠し切れないでいる侍女たちを連れてアッシュは地下へと向かって歩き出すのだった。

 

 同時刻――

 別邸に取り残され、もとい、地下室を占拠した女性二人は―‥‥‥。

「遅いっ!!
 遅いわねー旦那様。
 もう一時間は経過してるじゃない。
 ねえ、その総合市場ってそんなに遠いの、アイニス?」

 さあ、そうでもないわよ、と精霊女王は指差しているのは見えない地上の方角。
 その先は、市街地の中で2ブロックも歩けばあるのだという。茜はさっさとこれを仕舞いしたいのにと目をやる先にはシェイディアがいた。

「さすがにマールが貴族街を歩いているのを見つかれば死罪だろうし、アッシュがいなきゃこの家からも出れないし‥‥‥あなたは、そんなに誰にも見られずに長く生きて来て寂しくないの?」

 誰とも会話が出来ない時だってあるだろうと茜が思っていた。
 自分の孤独の夜、この世界で過ごした数か月は何とも言えないほどに物悲しく、身体を売る度にどこかが壊れていくのを感じていたから。
 それでもやってこれたのは、いざとなればと秘めてある魔法の存在も大きかったし何より、異世界から来た仲間を集めるギルドの存在も大きかった。
 あんな夜さえなければ、ここに来ていなかったかもしれない。
 茜はそっとスカートの裾を撫でていた。
 この傷があったからこそ、ここにいるのだとすれば運命はなんて痛いんだろう、そう思いながら。
 光の精霊女王は何かを考え、うーん、と悩むふりをしているのかしばらく沈黙していた。

「あ、ダメ……。
 それ、止めないでー茜――」

 あまい声でシェイディアのお願いが下から上がってくると、茜はああ、忘れていたわ。
 そう言い、再度、彼女の羽の根元を優しくさすってやっていた。

「あんたもそんな格好にされてまで、まだその甘い声でさえずるんだから‥‥‥。
 もし、本当に調理されるかもしれないとか疑わないの?」

 呆れ顏でシェイディアを見下ろす二人に、黒曜族の少女は不満に聞こえない声で不満をぼやいていた。
 全身に巻かれた縄に上手く折り畳まれた羽先。
 四肢と丸くなるように縛られて、全裸にされたシェイディアの瞳には涙が浮かび、彼女の感じている不安を物語っていた。

「酷いのは、あーそこそこ‥‥‥茜でしょ!!
 痛くしない、恐くない、大丈夫。
 そんなこと言いながら、これじゃまるで燻製肉の仕込みみたいなー‥‥‥ああ、だめそこはー」

「そんだけ文句言えてりゃ十分でしょ?
 大体、あんたが勝手に自滅して気を失ったんだから。
 誰が逃亡未遂のあんたを助けてやって欲しいと旦那様に頼み込んだと思ってるの?」

「うっー‥‥‥それは――茜‥‥‥さんです」

「そうよね?
 それで死なないようにするし、羽も切らないから少し食材になりなさい。
 そうお願いしたら、わかりましたって言ったの誰だっけ?」

「それはーだって!!
 ああ、だめそこわああ――。
 そうよ、こうやって変な快感与えながら言うんだもん!!
 だから判断が、あっ‥‥‥んん」

 あーあ、茜わるい女ね?
 アイニスがシェイディアの快楽に陶酔している表情をどこか羨まし気に見ながら、そう茜に言ってくる。
 判断を鈍らせておいてその隙に言質を取るなんて。
 まるで悪質な金貸しみたい。
 そうクロウのような‥‥‥と、そこまで言ってからアイニスがしまったと口を閉じるのを茜は見過ごさなかった。

「クロウ様?
 あの御方はこの王国の剣術指南役の御家柄じゃなかったかしら?
 まあ、あの左頬の刀傷といい、遊び慣れた風情といい‥‥‥。
 旦那様の従兄弟にしてはあまりにも、下町になじんでいるような気はしてたけど???」

 もう聞かないで頂戴とアイニスは困った顔で茜に言い、茜は戸惑ってしまった。
 どうも、あのクロウという御人は秘密が多いらしい。 
 まあ、そこまで詮索する義理も無いしアイニスがそう言うなら、と茜が承諾している中‥‥‥不意に生きたボンレスハムこと、シェイディアの質問が被さってきた。

「ねえ、茜。
 誰と話しているの?
 あなた、変な病気‥‥‥ひいっ!?」

 羽ではなく、同じ女性として羨ましいわね、この胸はとぼやきながらそれを掴まれて、初めてシェイディアの顔が悲痛なものになる。
 あれ、なんでそんなに恐怖するんだろ?
 茜は不思議に思うが、

「まあ、いいわ。
 あんた、これからあの中で茹でらえるわけだし‥‥‥ね?
 美味しいダシガラになって貰わないと」

「えっ!?
 そんなの聞いてない!!
 お風呂に浸かるだけだってー‥‥‥この縛ったのもしかして――!!????」

「え?
 そうよ、当たり前じゃない。
 あんたーあ、いえ。
 あなたが逃げないようにするためよ、シェイディアの羽を縛り上げたのは羽毛が飛ばないようにするため。
 それに、ほら」

 茜は縛り上げられるまえに逃亡しようとして失敗した、この黒曜族の肉? を吊り下げるために用意したフックとその下にある彼女が頭から突っ込み失神していたあの‥‥‥大鍋を指差してやる。
 途端、シェイディアの顔から血の気が引いて行くのが見て取れた。

「死ぬ‥‥‥あんなの、死んじゃう‥‥‥」

「まあ、大丈夫だから。
 数時間、あの煮えたぎる湯舟で浸かってもらうだけよ。
 この布袋に入ってね???」

 ブルブルブルっと勢いよく首を振ると、芋虫のように丸くなりながら逃げようとするシェイディアの顔から布袋をかぶせて茜はほら、もっと前まで行く!!
 なんて彼女のお尻にムチ代わりの平手打ちをくれてやるのだから‥‥‥アイニスがそれを見ていられない。
 そう目を背けるのも、仕方なかった。

「はい、そうそう。
 これで、頭から足先まですっぽりね。
 で、足元の穴を――」

 上手に縫い込まれた紐の先を引くと、その穴は閉じてしまう。

「ひどい!!??」

 シェイディアの顔から上も‥‥‥同様にしてしまい、彼女は自ら地獄への片道を歩んでしまったことに気づいて愕然としていた。

「うーん、良い子ね、シェイディア?
 この中に入れるのどうしようかって悩んでたの。
 わたしが変な病気?
 良い子ね、シェイディア?
 羽でないほうの感じるとこを少しだけ弄って遊んであげようか?
 その方が、もしかしたら‥‥‥目覚めるかもしれないし?」

 どうしようかっ?
 そんな軽いノリでシェイディアの足元の紐を緩める茜の笑顔はまさしく、悪魔そのもので‥‥‥
 止めなさいよ、悪ふざけが過ぎるわ。
 もし、その趣味があるなら後からにしなさい。
 そう、アイニスに止められるまでシェイディアの太ももに指先を這わせては、シェイディアの悲鳴を楽しむ茜がいた。

「えー‥‥‥だって夜まで生きてるか分からないよ、この子?」

「だからあ、誰と話してるの!?
 夜まで生きてないってどういうこと、ねえ!!!」
 
 とうるさいシェイディアの口に例の布を放り込んだ時。
 裏の戸口にから階段を降りたところにある、地下室の入り口がノックされた。
 その余りにも遠慮がちなノックに、茜とアイニスは顔を見合わせて不思議そうにするとどうしようか、開けようか? 
 そう、相談を始めていた。

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