ギルド嬢のひとりごと

星ふくろう

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第三章 一夜の契り

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「エーゲルト」

 実弟はまるで人が変わったかのように伏せこんでいた。
 誰にも会いたくない、誰も近づけるな。
 しかし、あの方々が来られたなら行かなければならない。
 俺はどうすればいいんだ!?
 そう悩み、苦しみ抜いてもがいている様を、アッシュは新しく実弟が雇い入れた本家の家臣たちが止める中、無理矢理に押し入って見てしまった。
 やはり、こうなったか。
 そんな予感は最初からしていた。
 そう、この遊びが過ぎた弟が亡くなった父親の跡を継げる器ではないことをアッシュ知っていた。
 
「兄上、兄上‥‥‥」

 ベッドから勢いよく自分の足元に走り出し、しがみついて泣いている弟を見てアッシュは虚しくなった。
 なぜ、これに家督を譲ったのだろう。
 これがしっかりと我がスナルフェーゼン高家を継いでくれれば。
 いや、ただの形だけでもいい。
 ただあと半年だけ体裁を整えてくれていれば、それで良かったのだ。
 そんなこともできず、たった数か月で目論見があっさりと崩れるとは‥‥‥

「俺の見る目が無かったようだな、エーゲルト。
 このスナルフェーゼン候爵家の現当主としてその様はなんだ!?」

 抱きしめて大丈夫か?
 そう声をかけてやるべきなのかもしれない。
 だがそんな甘さを与えたところで‥‥‥こいつは変わるまい。
 妻をめとり、望んでいた爵位と名誉まで与えてやったのに、その心持ちは変わらない。
 
「なんと情けない‥‥‥」
「兄上、そんな!?
 あのようなものがあることを、何故!?
 何故、先に教えて――」
「何故?
 それを先に教えていれば、お前はどうせ‥‥‥逃げたはずだ。
 今よりももっと見苦しく、そして愚かにな。
 どこかの王都の外にある我が家の荘園の中にでも逃げ込み、そのまま病気を装う程度の知恵しかない。
 それが‥‥‥お前だ、エーゲルト」 
 
 それと受けたエーゲルトの顔が怒りで険しいものに変わった。
 まるで、自分の不幸はすべてがアッシュのせいだと言わんばかりに、吐き出した言葉は憎しみを含んでいた。

「兄上、御自身が先王のお気に入りであり、現僧門王と意見が合わないからと自由な身分を好んだのは兄上ではありませんか!?
 その裏には‥‥‥あのようなおぞましいものが潜んでいることも黙り俺を騙したんだ!!
 この家の代々の当主についているべき精霊は一向に姿を現さず、俺の警護にすら顕現しなかった。
 まるでー‥‥‥お前はこのスナルフェーゼン家に相応しくないと言われたような気分だった!!
 あなたが全てを仕組まれたのだ‥‥‥あなたが!」
「‥‥‥」
「どうしたのですか!?
 何故、何も言われない!
 本当に‥‥‥騙す気だったのか、あんたは!!」

 アッシュよりは少し背丈が低い実弟は、部屋着かと思えば公式の場で着るための正装に身をつつんでいた。
 上着だけは手近なテーブルの上に放り上げられていたが、それでもこいつは来客を迎える気だったらしい。
 クロエの尾を切り落としたとはいえ、長く勤めあげてくれた家臣たちを暇をやりこの家から出したのは、いつか来る今夜を予期していたからだろう。
 新しく雇い入れた家人たちはアッシュを案内すると早々に、

「本日は御来客の予定があるのですが、身分の高い方の為にお忍びでいらすのだとか。
 我らは、早々に屋敷から出るようにと言われております」

 そう言って、さっさとこの屋敷から出て行った。
 そこに少しでも残って主の世話をしようという感じはなかったし、この家はどうにも不気味だなんて噂が流れてくるんですともアッシュの耳に入れて帰る始末だ。
 奉公しようという考えはなく、ただの雇われ、それだけのものでしかなかった。

「お前が、な。
 エーゲルト。
 そう恨み事を言いながら、この夜に何かを決めていたのかは俺には良く分かっている」
「兄上‥‥‥」

 実弟の上着の側には、彼がまともに握ったこともない剣が数振りあった。
 やってきた誰かを、いや、彼等と斬り結んで死ぬ気だったのだろう。
 それだけは、いや。
 ここまでは誉めてやるべきなのかもしれない。
 
「義妹はどうした、エーゲルト?」
「妻?
 妻ならば‥‥‥一昨日。
 二の国、クルアの知人に託しました。
 あれは魔王の系譜。
 例え僧門王といえども‥‥‥手出しはできぬはず。
 あれの両親には申しわけありませんが、共に滅んでいただく。
 これで、高家十六氏族は三氏まで数を減らすのです、今夜‥‥‥」
「クルア、か。
 ま、お前にしては上出来。
 だが、足りんな。
 後、半年は時間が必要だった。
 そうすれば、お前もこのような真似をせずに済んだものを」
「半年などー‥‥‥」

 エーゲルトは恥ずかしそうに目を伏せて首を振った。
 自分にそんな器があるはずがないでしょう、と。

「兄上ですら、司法の最高位から退くほどの狂ったあの政治を俺のような小心者が‥‥‥」
「ああ、お前は小心者だ。
 お陰で、いらん連中まで呼び込んでしまった」
「いらん連中?」
「そうだ、エーゲルト。
 お前はそのまま、愚物を演じて、いや愚物でいれば良かったのだ。
 やつらが裏でそのまま過ごしているように、僧門王の機嫌を取りながらこの家を守ることに粉骨砕身していれば良かった。
 どうせ、誘われたのだろう?
 より、高位に興味はないか、とな?」

 その問いかけが真実であるかのようにエーゲルトは瞳に悔しそうな色を浮かべる。
 ま、そんなところだろうな。
 お前は野心だけは人一倍大きかった。
 それがこんな身の丈に合わない爵位など手に入れたばかりにー‥‥‥利用され、いま始末されようとしている。
 なんとも皮肉なものだ。
 アッシュは自らをあざけるように、寂しく笑っていた。
 
「頼りにした実弟は、思ったよりも間抜けで欲に負けたただの負け犬だったとはな。
 そして、最後のあがきに相手を道連れにしようなどと剣の腕すらないくせに、やることだけは立派だな。
 中身がないのは、いつものことだがな‥‥‥」
「お好きに言われるがいい。
 何をしてもあれは動かず、見た者は俺と同じく祖先の罪の重さ、業の深さに狂気するでしょうよ‥‥‥。
 兄上はあれをいつ、お知りになられたのですか!?」

 そう負け犬のように叫ぶな、エーゲルト。
 お前を信じて全てを託した俺が悪いのだ。
 アッシュは、心の中で彼に謝罪していた。
 器以上の役どころを任せて悪かった、と。

「俺が父上の代を継いで、シワク家がこの地を去ってからだ。
 それまでは、ほんの一部。
 それも、高家のほとんどは知らなかっただろう。
 公家の連中、光臨教の四大司祭の家系でもあるあれらならば知っていたかもしれんがな」
「また、マキナですか!?
 シワク家がこの王国に何をもたらしたというのだ、兄上!
 彼等は、ただ病魔に侵されたこの王国に‥‥‥中途半端な施しをして逃げただけだ!」
「ああ、そうだな。
 それは正しいかもしれん。
 あの時、マキナに付き添って世界を回った俺たちの祖先はな。
 高家十六氏族全てを巻き込んでこの国を変えようとしたんだ。
 結果、高家は四氏族に減ってしまった。
 それもこれも、あの国粋主義者、民族至上主義の連中の横槍があったからだ。 
 結果、マキナはこの地を追われたがな‥‥‥」
「あんな詩だけを残して‥‥‥いい気なものだ」

 あんな詩。
 この国に訪れた異邦の賢者を称える詩がこのハイフには伝わっている。
 アッシュの脳裏にはその詩が流れていた。


 
 見識のすべは其の国から始まり
 荒くれた氷と岩の大地は豊穣の芽生えを迎えた
 大河の氾濫を幾十の時を以って制し
 魔獣の影の王との盟約を以ってハイフに光の神の新たなる御業をもたらした
 その名はマキナ
 偉大なりし賢識の覇者

 賢識の覇者は時を翔ける者
 御業を智王へと授け、また星霜へといずこに去らん
 残されしシワクの民 祖たるマキナの御業を守らん
 マキナは行く 再び自由へと思いを称えて



「兄上‥‥‥俺は確かに愚鈍な愚物だ。
 だが、高家の誇りはあるぞ。
 この王都が常春の理由。
 それは、初代の僧門王がこのハイフの妖精王とその一門を地下に封じ込め、彼等の生命を代価にして得たものだ。
 あのような人がしてはならない行為を見過ごしてきた我が祖先たちも同罪。
 なら、まずは――」
「ああ、そうだな。
 エーゲルト。
 この国を裏で支配してきたあの黒い闇。
 ダル・エールとその傀儡たる現僧門王を討つべきは‥‥‥お前の言う通り。
 高家の役目だ‥‥‥」

 アッシュがそう呟いた時。
 闇の刺客はスナルフェーゼン侯爵家の本家を静かに囲んでいたのだった。

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