金貨一枚の聖女

星ふくろう

文字の大きさ
9 / 9

聖女、皇帝陛下と対決する 5

しおりを挟む
 手に手に武器を手にした一部の市民たちが皇族の残る塔へと向かうさまを見て、他の市民もまたそれに続いた。
 この帝都での不遇、圧政、人類の盟主と謳いながらその内実は、国は傾き始めていた。
 その一端が、レオン皇太子のあの暴言と行動にもでていたのかもしれない。
 皇族は‥‥‥あまりにも、民をないがしろにし過ぎていた。
 その怒りが、津波の恐怖に呼び覚まされ、伝播していく。
 不安は人から人へと伝わるのだ。
 その波は津波のように大きなうねりとなり、最後に残っていた数名の忠義心の厚い衛士たちを殴り殺すことになる。
 彼らは皇帝夫妻を取り囲み、応援しようとしたレオン皇太子はさんざんに殴られて‥‥‥
 虫の息だった。
 それは皇帝夫妻も変わらない。
 多くの民衆の怒りを呼び覚ましたのがあの津波だったとはいえ――
 これが現実だった。

「陛下、聖女様を売ったのはその殿下だ。
 もう最高神様の怒りは収まらないですよー‥‥‥」

 誰もが地に飢えた顔をしていた。
 彼らが犠牲になれば、それであの津波が消滅する?
 そんな考えはなかった。

「みんな、死ぬんです。
 陛下、わしらと神の怒りを受けましょうや?
 だが――」

 暴動を主導した男が生きているかどうかわからない皇太子を連れだした。

「この息子の始末は陛下。
 それに皇妃様。
 三人の命で償っていただきてえ。
 その後、みんなであの津波に呑まれて死にましょう?」

 さあ、潔く御自害を。
 そう彼は皇帝夫妻に剣を渡す。
 皇帝はもうなにも言うことはなかった。
 レオン皇太子が、アリスを奴隷商人に売り飛ばしたあの時から‥‥‥
 この皇帝はいずれはこの国は破綻すると、そんな気がしていたからだ。

「それもさもありなん‥‥‥」

 妻を見、息子を見、そして、彼は剣を鞘から引き抜く。
 民衆の前で自害する皇帝、か。
 それもまた、新たな人類の変化を起こすよい起爆剤になるよもしれん。
 彼が覚悟を決めた時だ。

「さて、それは困るな。
 誰も、そのような命。
 欲してはおらんのでな」

 そんな声がその空間に響き渡った。 
 誰だ!?
 そんな声が上がる中で津波はやすやすと帝都をのみこんでいく。
 しかし、不思議なことにそれは海水ではなく。
 幻影のような水の精霊の集まりだった。

「誰かと問われてもな。
 さあ、おいき。 
 アリス」

 その声と共に、あの時。
 奴隷商人に売られたはずの聖女候補がその場に舞い降りた。
 そして、人の目に明るすぎるほどの眩しい存在が彼女の側に寄り添っている。

「まさか‥‥‥エリアル様――!!??」

 正体を察した皇帝の一言が、民衆のざわめきを大きくした。
 ふふん、とその光の主は笑いそして、皇帝に歩み寄る。

「このような無粋なもので死なれても困るのだ。
 その皇太子もな。
 まあ、癒しなどする気はないが。
 皇帝よ、人類は強大になり過ぎた。
 最高神の聖女を道具として扱われるのいささか他種族が不利益を被るのでな。
 守護をやめるぞ、よいな。
 これからは、人類は人類のみで生きるがいい。
 神の恩寵よりも、知恵とその見識を生かしなさい。
 ああ、アリス。
 言いたいことがあったのだな。
 奴隷制度だ。
 廃止してもらおう。それだけだ」

 あとは自らで決めるがいい。
 それだけを言い、エリアルは去っていった。
 後に残されたアリスとレオン、そして、皇帝夫妻。
 その価値が必要でなくなったことを知った民衆の怒りは‥‥‥四人へと向かった。
 歴史に記されているのはここまでである。

しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

mie
2021.03.16 mie

序盤からぐいぐいと引き込まれて、一気に読み終わりました。
楽しい時間をありがとうございました。

2021.03.16 星ふくろう

ありがとうございます。嬉しいです。

解除
雀宮涙 🐝⋆︎*゚∗

これってどこに恋愛要素があるんでしょうか?

2020.06.14 星ふくろう

雀宮涙様。
ありがとうございます。
そう言われてしまうと、慈愛的要素になってしまうかもしれません。

解除

あなたにおすすめの小説

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

過去の青き聖女、未来の白き令嬢

手嶋ゆき
恋愛
私は聖女で、その結婚相手は王子様だと前から決まっていた。聖女を国につなぎ止めるだけの結婚。そして、聖女の力はいずれ王国にとって不要になる。 一方、外見も内面も私が勝てないような公爵家の「白き令嬢」が王子に近づいていた。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

ベッドの上で婚約破棄されました

フーツラ
恋愛
 伯令嬢ニーナはベッドの上で婚約破棄を宣告された。相手は侯爵家嫡男、ハロルド。しかし、彼の瞳には涙が溜まっている。何か事情がありそうだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。