金貨一枚の聖女

星ふくろう

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聖女、皇帝陛下と対決する 4

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 最初にその異変に気付いたのは船乗りたちだった。
 沖合に出していた船の上から見えるのは巨大な波の壁。
 帝都アフルァリアの最も高い建物である、帝城すら覆いつくすほどの巨大な津波だった。

「おい‥‥‥もう助からねえぞ‥‥‥」

 そう、津波は足が早い。
 見えたところで今更、船を港に回頭させたところで無駄なあがきだった。

「神様はお怒りなんだ‥‥‥。
 聖女様が選ばれなかったからー‥‥‥」

 船乗りたちがそう言い、どうか無事にこの波を船が乗り越えれますように。
 そう最高神エリアルに祈りを捧げていた頃――
 帝都アフルァリアでもまた、その津波が目撃されていた。
 今更、高台に走ったところで助かるかどうかはわからない。
 しかし、人々は仕事を放りだし、家の貴重品などそっちのけで帝城のある高台を目指していた。
 集まった人々は口々にどうかお慈悲を、エリアル様。
 そう祈り始めていた。
 帝都の住人が集まり、城の門前で固まり始めた頃――

「ええい、なにをしているか!!??
 あのような下賤な者どもなどこの城内にいれることは許さん!!!」

 そう叫んでいたのは、あのアリスを金貨一枚で奴隷商人に売り飛ばしたレオン皇太子だった。

「即座に、門を閉じろ!!
 この城の最上階ならば、我々、皇族だけは助かる!!」

 皇族だけ。
 息子のこの物言いに、家臣たちは一様に不快感を示していた。
 次期皇帝としてするべきは、まず帝都の臣下を助けることではないのか?
 そして、皇帝自身は口をつぐんでいた。
 皇妃もまた、何も言わず、息子の言うがままにさせている姿を見て、ある侍女がそっと皇妃に耳打ちする。

「ここではなく、西の裏門から‥‥‥背後にある山脈に逃れるべきです。
 臣民は陛下や皇妃様に続くでしょう」

 と。
 皇妃はさみしげに首を振った。
 
「いいえ、いいのよ。
 わたしたちが受けなければならない罰なのだから」

 そう言うと、皇帝と共に顔を見合わせた。
 皇帝は皇太子を押し退け、そして塔の上から近衛兵士に大きく命じる。

「山脈へと城内を通過させよ!!
 臣民を一人たりとて見殺しにしてはならん!!
 開門!!!!」

「ちっ!?
 父上‥‥‥家宝などを奪う賊徒になりますぞ!?
 あのような者たちなど!!!」

 皇帝は衛士に目配せをすると、皇太子を捕縛させた。
 なんという愚かな事を、レオンはそう喚くが皇帝は巌としてその態度を変えなかった。

「レオンよ、臣民あってこその帝国。
 皇帝など、誰がなってもよい。
 遠方には時期帝位の候補者もおる。
 我らは‥‥‥エリアル様の聖女を売り飛ばしたのだ。
 あの津波はそのお怒りに違いない。
 共に罰を受けようぞ。
 我ら、三人でな‥‥‥」

 皇妃を側に抱き、皇帝は衛士たちにすら、さあ逃げなさい。
 そう命じた。
 信じられないー‥‥‥選ばれたはずの特権階級の自分が――
 レオンの心は荒波の中でもがき苦しむようにざわついていた。
 一方、城内を通過する臣民たちの誰かが叫んでいた。
 
「そうだ、聖女様さえいらして下されば、こんなことには――!!!」

「誰が聖女様になるはずだったんだ!?
 あの四人の誰かではなかったのか!?」

「四人‥‥‥一人は殿下が売り飛ばしたというお話だ」

 この問題の根源は‥‥‥皇太子殿下か。
 一部の臣民は手に手に、武器の代わりになる物をもち、皇族のいる塔へと向かい歩き出した。
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