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星ふくろう

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奴隷姫たちのオークション

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 エレベーターは地下に向かって降りていく。
 この階に来た時にみたパネルではなく、地下20階までのボタンがあった。
 白石はその一番下を押してゆきを案内する。
 扉が開き降り立った先は、四方を白い壁で囲まれ方向感を無くすような広い通路だった。
 10以上の鉄製の扉が左側にあり、そこには格子付きの小窓と、食事トレイを出し入れできる小窓がついていた。
「これってーー刑務所。
 もしくは重症の」
 ゆいは白石を見た。
 重度の精神疾患を患った患者がいるのかと思ったのだ。
「先生、その中を見るのは後だ。
 先にこっちを見てくれ」
 長い廊下には数人の背広姿の警備員とおぼしき男たちがいて、その先にもまたエレベーターがあった。
「また降りるの?」
「そうさ。ここは深い。階段もあるが、この方が楽だろ?」
 表向きは高級層の利用する施設の地下にこんなものがあるなんて。。。
 正直、ゆきの脳裏には戸惑いしかなかった。
 自衛隊の特殊施設か。でもそれなら警備員はあんな格好はしていないはず。
 表に出せない事情のある誰かの収容施設?
 ゆきの頭の中では後悔とこの白石という男に対する疑念と。
 自分の運の悪さ、いや、考えの足りない行動の結果に怒りがわいていた。
「さ、どうぞ」
 次に開いた扉の先にあったのは、元のホテルに戻ったかのような豪華な作りの廊下だった。
 かすかに多くの人々が出す賑わう声と、威勢のいい楽曲が聞こえてくる。
「なんなの、ここ?
 白石さん、まさか‥‥‥」
 いよいよ身の危険を感じてゆきは構える。
 白石は首を横に振った。
「先生、先生の身の安全は保障するよ。信じてくれ」
 言いながらまたその廊下にいる警備員(とおぼしき男たち)に手で合図をする。
 そのうちの一人が動いて幾つかある扉の一つを開いた。
 なるほど。
 白石の言うビジネスとは、とりあえずこの男たちをまとめる役ではあるらしい。
「ここなら外からは見えない。
 先生、俺のビジネスはここの警備と商品の護衛だ」
 そこは、壁全面がガラス張りになっていた。
 向こう側には体育館ほどの広さのホールがあり、真ん中に舞台がしつらえられていた。
 多くの観客たちは顔に目が隠れる範囲の仮面をつけ、その大半は男性のようだったがちらほら女性も見てとれた。
 様々な年齢層の観客がいたが、そのどれもが上等な服装に身を包んでいた。
 ゆきのいる場所は観客席にせり出した作りになっていて、特等席のように周囲から覗けない構造になっているようだった。舞台の左側には壇上があり、そこには背広姿の男性がこれもまた仮面をつけて立っている。
 舞台の右上には大きなモニターが幾つか設置され、そこには数字が並んでは消えを繰り返していた。
 その光景は、そう。
 なにかの本で読んだ、オークション会場のそれだった。
「ここって‥‥‥何かのオークション会場?
 わたしに必要な依頼って???」
 ゆきの酔いが多少回った頭の中でふと答えが閃いた。
 最初に渡った廊下の鉄製の扉、鉄格子。
 そしてこの会場と身分を隠そうとする観客席の観客たち。
 そう、そこはまさしく人身売買のオークション会場だった。
「わたし、帰りますっ」
 ゆきは慌てて席を立とうとするが、白石がそれを許さないように肩を叩く。
「先生、大丈夫だ。
 ここは合法なんだよ。ある意味な」
「合法?
 だって、人を」
 そっから先は言うな。白石はそんな仕草をした。
「いいか先生。
 いまから始まることをよく見てたらわかるよ。
 値段をつけるのは俺たちじゃない。
 彼女たちなんだ」
「彼女たち?
 どういうこと?」
「見てたらわかるよ。
 おい、なにかお持ちしろ」
 部下に命じて飲み物を持ってこさせると、白石はそれをゆきに渡し言った。
「先生、これは真面目なっのもおかしな話だが。
 ここで売買されるのは特殊な、SMって世界があるだろ?
 あれのM女がいるじゃないか?
 彼女たちの中で優れた美貌がある高級M女は自分で自分に値段をつけて、ここで競り落としてもらうんだよ」
 SM!?
 そんなの、変態雑誌に載ってるだけの世界だと思ってた。
 そんな世界に関わりを持ちたくないが、確かに。
 ゆきたち、心療医療をする施設にその趣味を持つ女性たちがたまに訪れるのも事実だった。
「ほらはじまったぞ」
 見ると会場全体の照明が落とされ、薄暗い中、舞台の底から女性が現れた。
 全裸に近い恰好で自身をアピールするように様々な箇所を見せ、そして彼女が合図するとモニター画面の幾つかに、年齢、名前、身長やこれまでどんな主人に飼われていたか。そんな内容の経歴とともに数字が現れた。
「え? うそ!!!」
 モニターに映し出された彼女は、S男性が好みそうな衣装(裸に近い)だったが、その美貌は1流モデルと言ってもおかしくない程に美しかった。そして価格は、、、
「3000万円!?」
「な、驚いただろ?」
 白石は面白そうに、待ってましたとばかりの笑みを浮かべる。
 瞬間、ゆきはイラっとした。
「あのね、白石さん!
 わたしはこんなセクハラ受けるためにここに来たわけじゃないのよ!
 馬鹿にしすぎでしょ!!!」
 ゆきは言葉だけで終わらない。
 前の亭主ともよくこれで揉めた。
 怒りとともにその右手が白石の腹に飛んでいた。
「おいおい」
 平手打ちがくる程度だと思ってたのだろう。
 見事な正拳突きが繰り出されていた、のだが。
 さすが、元軍人(それにちかいもの)というだけはある。
 あっさりと流されてしまった。
「あっ!?」
 格闘家だった前夫でもそうは流せなかった拳を、いとも簡単に捌かれてゆきは唖然とした。
「先生、俺はからかっちゃいない。
 だが、これは俺から先生への借りってことにしとくよ。
 請けても請けなくても、口外さえしないでくれたら先生に危害はない。
 約束する」
 だから座ってくれ。
 そう促されて椅子に再度腰掛けた。
 ヒールのつま先で白石の脛を蹴り上げながら。
「くぁっ!??」
 さすがの白石もこれには意表を突かれたようでまともに顔をしかめた。
「貸しは二つよ。
 最初から無事に帰すって約束だったでしょ。
 一つはこれでチャラにしてあげるわ」
 部下がゆきに駆け寄ろうとするのを白石は制した。
「いい。
 なんだ、空手か、先生?」
 脛を蹴られてもしかめる程度に、逆にゆきが不安になる。
「昔のーー別れた夫に習ったのよ」
「離婚、か‥‥‥」
 脛をさすりながら白石はゆきの隣に座り直した。
「じゃあ、先生。
 これでこのビジネスの形はわかったろ?
 先生の仕事は」
「彼女たちの、心のケア、ね」
「そういうことだ。
 あのな、先生。俺があなたを選んだのは冗談とかじゃないんだ。
 あなたなら、彼女たちの俺たちには開かない心の一部分を知ることができると思ったからだよ。
 あなたは他の医者とは違う。
 さっきはからかってすまなかった」
 白石がうなずいた時、先ほどのM女とは別の女性が舞台に立った。
 ゆきが壁を見ると、先ほどのM女は2800万で落札されたとモニターには書かれていた。
 この状況を見て仕事を受ける気になれるとは正直言えなかった。
 多分、まともな人間がここに訪れてこの光景を目にしたら、首を縦に振る者などいないだろう。
 大半は憤慨して帰るか、その秘密の重さに黙り込むはずだ。
 そんな意味では、ゆきはやはり、白石の言う別のなにかをもっているのかもしれなかった。
 患者がいるから引き受けたい?
 そんな安易な感情で行動したらますます後悔しそうだ。
 何より理解できなかった。
 自分自身値段を自分で決めて売り、買われていく彼女たちの心がわからなかった。
「返事はすぐにはできない」
「いいよ。
 いつでもいい。ここは二か月に1回の割合で市が開かれる。
 次は8月だ。それまでに返事をくれたらいい」
 白石はもう、ゆきの患者の彼ではなかった。
 弁護士をしながら裏で人身売買のビジネスを展開する。
 それはもう、一般社会に生きる人間の理解を越えた存在だった。



「先生、どうする?
 帰るなら案内させるが」
 あれから3人のM女が買われて行った。
 自らの意思で。
 自分でそれを望んで。
 そこがどうしても理解できなかった。
「あの、彼女たち‥‥‥」
「奴隷だ」
「奴隷?」
 はるか100年以上まえに消滅した前世紀の遺物だ。
 世界中ではまだその扱いを受ける人や、それが終わらない地域がある。
 でも、ここは日本だ。
「そんな気軽にーー口にしていい言葉じゃないわ。
 同じ人間よ」
「ああ、そうだよ。
 ここでの呼び名は、奴隷、だ。
 俺がそう呼んでるわけじゃない。
 ここで自分を売ってるのは彼女たち自信で、さらってきたわけでもない。
 まあ、中には飼っていた主人に飽きられて、売られてきた子もいるけどな。
 俺はそんな子は売らない。買い取りはするがなるべく自由を与えて暮らさせる。
 ただ、地上へは出れないだけだ」
 ああ、そうか。
 ゆきの中で合点がいった。
 あの白い廊下の鉄の扉。
 あれはいまこの会場で売り出している女性たちではなく、白石が買い取った奴隷たちなのだ。。。
「なにそれ、、、」
 ゆきは自虐的に笑った。
「なによそれ、、、。白石さん、まるで善行を施してるような言いようじゃない。
 買って売らなくても、買われてきた子たちに意思はいらないみたいな発言じゃない。
 それって、自由とは言わないわ」
 この偽善者。
 そう、ゆきは言いそうになった。
「臓器を」
 え?
 とゆきはその単語に気を引かれた。
「内臓を取られてゴミ袋に詰められ、道端のゴミ箱に捨てられて回収されて死んでいく」
 どういうこと‥‥‥?
「俺はそんな子供、何百と見てきた。貧しい地域、貧しい国。
 その日の食費のために人を殺す、そんな国だってある。あの子たちはそうならないだけましなんだ!」
 白石が初めて感情をあらわにした。
 彼が患者としてゆきの診療所を訪れて以来、数か月の間で初めてのことだった。
「先生、俺は決していい人間じゃない。
 こんな商売もやる。だがそれでも命を救う方法だってあるんだ」
 手にしていたグラスをおいて白石は舞台に目をやる。
「正しい方法だなんて思っちゃいない。
 だが、あんたの批判は貰っとくよ。
 今夜は呼びつけといてすまないが、帰ってくれ」
 言い返す言葉はたくさんあった。
 だが、いまはこの狂った世界からさっさと立ち去りたかった。
 平穏な日々の戻りたかった。
 

 白石の部下の一人が彼女の椅子をひき、立つ補助をしてくれた。
 促されるままに部屋を出ようとしたその時、ガラス窓の向こうで一際明るい照明が光った。
 観客の手拍子がなった。それはこれまでの、白石のいうとことろの、奴隷たちを迎える合図となっていたが、今度は熱度が違った。
 なにこれ、、、。
 ゆきは自分でも思わない行動をした。
 何かに引きつけられた。
 そんな気がしたのだ。
 今夜は何もかもがおかしい、わたしまで狂ったみたいだ。
 窓の外を肩越しに振り返って、ゆきはそう思った。
「あの子ーー」
「まだいたのか?」
 白石がめんどくさそうにゆきを見た。
「ルシールだ。若いだろ?」
「日本人じゃないのね?」
「ああ、売られてきたんだ。中東からな」
「売られてきたのに、なんでここに出てるの?
 売らないんでしょ?」
 ああ、それはだな。
 舞台にいるのは成人したかどうか怪しいくらいの美少女だった。
 褐色の肌、亜麻色に近い長い栗毛と黒より藍色に近い瞳が一際、目立っていた。
 長身の肉体を持ち、テレビに出れば誰もが美しいと思う。
 そんな奴隷だった。
「ルシールは短期債券なんだよ」
「なにそれ」
「短い期間だけ貸し出す。
 その代わり、客には最高のサービスを提供する。
 彼女は特別なんだ」
 確かに。
 ルシールと呼ばれた彼女は、それまでの奴隷たちと違った。
 まず、衣装だ。
 高級ブランドの一点物のようなドレスを身にまとい、それは奴隷ではなく貴族の様だった。
「奴隷姫です」
「どれいひめ?
 奴隷のお姫様?」
 安直なネーミングにゆきは苦笑した。
 安物の小説じゃあるまいし。
 そんな呼び名を喜んで受け取る方も受け取る方だ。
「あの子、まだ若いでしょ。
 成人してない子を売るの?
 それがあなたの言う、人助けなの?」
 白石に対して心底軽蔑しきった気分だった。 
 何か自分のなかで最低な男だと確信できた気がした途端に、晴れたものもあった。
 だが、この場に長居する気にはやはりなれなかった。
「あんたに任せたいのは、あの子のケアだ。
 メインはな。
 もう帰っていいぞ。また返事してくれ」
 今更相手する気にもならんと、白石は背中越しに手を振って見せた。
 帰るわよ。
 ゆきは踵をかえしてその場を後にした。
 
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