この約束を捧げるのはあなただけ。

星ふくろう

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悲酒の朝

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 昨夜はどちらかといえば、さんざんな夜だったといえるでしょう。
 ええ、侍女たちはリドルお姉様にきちんとあの件を伝えていましたし、お父様に至っては勝手に諸事について動いたことをお怒りの様子。
 自分の狭量が起こした結果とはいえ、まったくもって不本意な夜でした。

「それだけ飲んで、朝早くから愚痴を言えるならまだましですね」
「‥‥‥それを言わないで頂戴」
「旦那様たちには黙っておきますけど、お嬢様。
 夕刻まで寝ておられるべきですね。
 臭いが凄いったらありゃしない‥‥‥」
「そんなにひどいかしら?」
「ええ、そりゃもう。
 室内に酒瓶‥‥‥四本も。
 どこから持ち込まれたのですか?」

 あきはてたものですねえ、そう、付き合いが長い侍女のレネが床に転がったワインの空瓶をつま先でつついていました。
 そちらのほうがはしたないと思うのですが――

「これ、栓はどこにある――?
 ありました‥‥‥まったく、何を考えたらこうも飲めるのですか?
 この酒量を頂いて、平然とした顔をしているなんて信じられない」
「お酒だけ飲むから二日酔いになるのよ。
 ‥‥‥倍の水を飲めばそうでもないわ」
「お嬢様、おいくつでしたでしょうか?」
「あなたと三歳も変わらなかった気がするわ、レネ?
 成人の年齢はとっくに過ぎているわよ」
「それはまだ結婚できない私やリドル様への盛大な嫌味に感じますね‥‥‥」

 飄々とした顔でそう言うと、やれやれと腰をかがめて空き瓶に栓をすると、見えないよう場所がないですねえ、まったくなんて言いながらベッドの下に転がしている始末。
 どちらが不良なのでしょうか?

「きちんと仕事しなさいよ、あなた」
「こんな酒瓶、深夜ならともかく。
 すでに屋敷内の人間はみな、目覚めて働いているのですよ、お嬢様。
 いいえ、アミュエラ。
 カールが戦死したと知った夜に手向けの盃を贈ることは否定しないけど。
 もう少し賢くやって欲しいもんだわ」
「だって仕方ないじゃない。
 お父様とお姉様には叱られるし、しばらく外出禁止だと言われる始末よ?」
「それもこれも、御自分で動かれるからです」

 動かなければいろいろと判明しなかったとも思うのですが。
 それすらも家人をやって調べればもっと良い結果になったのだと、お父様に言われてしまえば返す言葉もありません。
 婚約者を戦死で失った娘が一時的に先走り不安を解消しようとした。
 そう結論づけたお父様が命じたのが、自宅での謹慎。
 とはいえ――

「貴族の令嬢なんて、何かの用がなければ勝手に外に出ることなんて許されない。
 そう思わない、レネ?」
「それが世の習いですから。
 私はこの通り、平民ですから好き勝手にいろいろと楽しみますが。
 お嬢様は聖人のように世俗からかけ離れた生活をなさっているべきかと旦那様はお考えだと思いますよ?」
「古いわね‥‥‥。
 考えが古すぎるわよ。
 もう中世のような、騎士が王に忠誠を誓うあんな叙事詩で描かれるような時代ではないのよ?
 新聞だって、市民の間に毎朝届けられる時代なのに」
「ええ、確かに百年で大きく便利になったとはよく言われますけど、お嬢様。
 旦那様のお考えはそのまま、この国の貴族が持つべき意識だと思われたほうが宜しいですよ。
 お一人で供もつけずに勝手に出歩かれては‥‥‥侍従長が可哀想ではないですか」
「ルッカオはあの程度、こなれているわよ。
 私の悪戯でさんざん、お父様と二人で頭を痛めているはずだから」

 懲りないわね、あなた。
 レネは再び大きなため息をつくと、これはもう二度と外出できないかもしれません。
 そう言って脅すのだからまったく、酷いものです。
 今回の一番の悲しみを背負ったのは‥‥‥この私だというのに。

「誰もお嬢様の悲しみをおもんばかってないとは言っていませんよ?」
「えっ!?
 心を読むような真似はやめなさい」
「読んでおりません。
 そんな魔法のようなこと、おとぎ話の中だけの話にして下さい。
 人を魔女のように言うなんて」
「魔女は‥‥‥斬首刑だったかしら?
 非人道的行為よね」
「もう、そんな宗教裁判はここ二世紀ほど行われておりません、お嬢様。
 でもそう称されるのは誰でも不快だとは思いますよ。
 ほら、早く湯浴みをしてきて下さい、ほらほら」
「はいはい‥‥‥」

 魔女裁判がない?
 それはそれで嬉しい現実ですね。
 もし、本当ならば。
 
「世間には知らされずに行われる粛清も‥‥‥教会はしているのだけど。
 まあ、いいわ。
 それよりもステイシアをどうするおつもりかしら、お父様と伯爵様は」

 カールを奪われたくないと思うことはもう無理でしょう。
 彼はステイシアという妻を得たうえで死を迎えたのですからある意味、私に残されたのはどう立ち回っても――復讐の道しか残されていないわけです。
 
「復讐なんてもうつまらないものね‥‥‥」

 カールの意思を大事にするにせよ、ステイシアに領地を与えるかそれとも、退籍させてどう扱うにせよここから先は当主同士の意思によるのですから私には何もできないことになります。
 ただ気になるのは、昨夜のお父様の一言。
 
「しかし、決定権を持たないカールがどうしてこれを決めれたのか。
 伯爵様と話し合う必要があるな――」

 この一言が私には不思議でした。
 カールは伯爵家の第三子。
 男爵位には及ばずとも、騎士の爵位には届いていたはずです。
 その地位にある者の決定権が及ばないのはどこなのか、少々、気になってしまうのでした。
 しかし、ワイン四本程度でそう、酔うようなものなのでしょうか?
 不思議ですね‥‥‥
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