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執事の思惑
しおりを挟むそれはそれとして、私はルッカオという名前のこの長年つきしたがってくれた執事長を、どこか胡散臭く感じずにはいられませんでした。
あの普段から礼儀作法だの言葉遣いだの、と小うるさくまるで田舎におられるおじい様のような老伯ぶりを披露する彼は‥‥‥正直、疎ましいとまではいかなくともあまり好きではない。
そんな存在だったのですから。
もちろん、十数年の仲で信用や信頼をしていないわけではありません。
ただ、彼の中にはやはり、男爵家に異邦の血、それも奴隷の血が混じるなどあってはならない。
そのためにはどのような手段でも弄するべきだ、と叫んでしまいそうな選民思想が見て取れたからです。
まあ‥‥‥その意味では私もそういった差別意識は根底に刷り込まれているのでしょうけれど、それを表だって発言しないのが美徳というもの。
「ルッカオ?
あなた、とてもえげつない顔をしているわよ?」
「えげつない?
それはまた奇妙な表現ですな?
お嬢様を利用してこの男爵家を裏から操ろうとでもいう、そんな悪意の輩に見えますかな?」
「そんな悪意までとはいかなくても、余計な血を入れたくないって顔はしている気がするけど?
まさか、この屋敷にも牢屋などあるなんて言い出さないでね?」
「お嬢様‥‥‥私がそこまでこのお世話になっている主家を思うのでしたら、お嬢様のみならずリドル様にももっと過酷な鞭を加えても宜しいのですが?」
あら、これはしくじった気がします。
ルッカオは執事のくせに、意外に笑顔で人に鞭くれることができる人間ですから。
その笑顔の裏になにがあるかを知るのは、少しばかり怖いと思うことも大事なのかもしれません。
「あら?
子供の時と違って、もう大人なのよ?
受けた傷だって癒えるのは時間がかかります。
いつかできる旦那様にこれはどうしたのだ、ときかれて恥ずかしくてこたえれないような傷を負わせるつもり?」
「いえ、そこまでするとは誰も‥‥‥大きな誤解があるようでございますな?」
「打たれ方によっては大きな傷になるかもしれないわね?
昔のように怯えている小動物ではないのよ、ルッカオ?
顔で受けて片目を失ったらどうなるかしら?」
「アミュエラ様。
それは冗談として一笑に伏せませんので。
良いのですよ、これから訪れるエバンス様とのことを帰宅までに忘れてしまっても?」
「この不良執事‥‥‥」
「何か申されましたかな?
最近、歳をとりましてとみに耳が悪くなったかもしれませんな」
「何も申しておりません。
とんだ不良執事ですわねー、いえ、老齢執事といいますか」
とまあこんな取り止めのない会話に多少の毒舌を挟みながらも、この不良執事はお父様とエバンス様の会話の内容を伝えてくれる気はあるようです。
彼はこう見えても優秀ではあるので期待せずに待つことが最善手ではありますが‥‥‥
「ところで彼女にその権利を与えないようにする、そういった考えは両家にはないのですか?
お父様といい、伯爵様といい。
南方の奴隷階級が我が家や相手の家に入る事を良しとはしないと思うのだけど」
「ふむ。
そうですな、例えばですがアミュエラ様」
「?
何かしら?」
「カール様のご存命の線が消えてしまった。
そう思われてはいませんか?」
「だって、彼は‥‥‥焼死した可能性がある、と」
「可能性、だけで物事を決めるのはいささか、早計だとは考えはしませんか?
もちろん、お嬢様が可能性を諦めいられるのであれば、このルッカオ。
これ以上に申し上げることはありません」
つまり、カールがまだ生きていて彼につながる線として‥‥‥ステイシアの存在が必要。
そういうことのようです。
しかし、私は彼の安否よりも――こうさまざまな問題が立て続けに起きてしまい、その挙げ句にこの身には自由などないと思い知らされた昨今。
「ねえ‥‥‥ルッカオ?」
「なんでございましょう。
そろそろ行かねばなりませんが?」
「そう。
私、彼の生存が気にならないといえば嘘になるわ。
まだ夫婦でもなく、愛すらも語り合っていないのに。
子供だっていないのよ?
もし彼が生きて帰って来ても、生涯に渡って不幸があれば誰が支えるというの?」
「お嬢様‥‥‥その悲しみは分からないこともありませんが。
その為の奴隷ではないのですか?」
「え‥‥‥?」
「第二夫人、譲渡契約書。
そのどれととってもお嬢様が不幸になるような現実にはつながらないのでは?」
ルッカオ?
それはある、大事な未来の可能性が抜けているわ‥‥‥
つい、あの夢を思い出しながら私はぽつり、と呟いていました。
「でも‥‥‥彼がその第二夫人を望んで‥‥‥子供が先に産まれたら?
私は無用の女になるとは思わない?」
「お嬢様‥‥‥??」
奴隷に手を出すなどあり得ない、とルッカオは慰めの言葉をかけてくれますが――その時の私には届かない虚しいものでした。
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