婚約破棄~二度目の人生を手にした侯爵令嬢は自由に生きることにしました!!

星ふくろう

文字の大きさ
27 / 90
第三章 スレイプニール峡谷

2

しおりを挟む
 あのサーシャが天空の旅人になった夜からさかのぼること数日。
 例のオルバイル山の山中で、不可思議な濃霧に出会い、約束をしたナターシャは岩に座り込んで朝を待っていた。
 一度だけ、カンテラで照らし出して確認したあの濃霧の下にあった、闇色の何もない空間。
 そこに行かなくてよかったと安堵すると途端に眠気が襲ってくる。
 ここで寝ても問題はない?
 あの濃霧との約束が、逆に彼女に安全をもたらせたような気にもさせる出来事だった。
 あの時、その刀身に竜の彫刻のようなものを浮かび上がらせていたあの太刀からは、いまは何も見えなくなり単なる剣の刃先しか見えない。
「不思議なものね‥‥‥まるで、危険を知らせるようにも思える」
 もしそうなら、いまは寝て良いのだろう。
 何かあれば‥‥‥もう、死を決意した身だ。
 太刀を背負いなおし、腰から細剣を抜いて脇に置くとナターシャは背後に高くそびえる山肌に背をもたらせた。
「いつか。
 この国に戻り、彼に背負わせるわ。
 でもその前に、新しい土地で生きることを学ばなきゃ、ね。
 でも、あの衣装。
 とても装飾もそうだし、紋様の刺繍も素晴らしかった。
 王妃よりも王役の衣装が豪華なのは当たり前だけど。
 いつかはあんな刺繍などを捧げれる男性に会えれば、ね」
 あいにくと、あの学院内でエルウィンに双肩するような才能と立場の人間はーー
「帝国の皇太子、枢軸の枢機卿の公子、あとは彼‥‥‥ルダイナル連邦国の彼くらいね。
 連邦は貴族制がないから単なる家名だけだったけど。
 現、元老院議会の議長の息子、くらいかな?
 復讐するにしてもあの方々はダメね‥‥‥
 エルウィンが国王経由で婚約を表明した途端、彼らは潮が引いていくかのようにその思いを伝えるのをやめてしまった。
「エメラルド姫なんて呼ばれていたけど、この髪を嫌う人間も多かったからでしょうね。
 この歳までまともな求愛が来なかったのも」
 貴族令嬢の婚約適齢期は十二歳。
 そういう意味では、あのサーシャも行き遅れの筆頭に挙げられる。
「ふふ、そう思えるなら少しは気が晴れるわ」
 寝よう‥‥‥朝日が昇るまで。
 空腹と疲労が眠気に拍車をかける。
 ナターシャが眠りに落ちた後。
 まるで契約をしたかのように、あの濃い濃霧が彼女の周囲だけを周りから遮るようにしてその場に漂い、彼女が目覚めるまでそれは続いていたことを、彼女は知らなかった。

 朝靄は陽光によって拡散されていく。
 そんな中、あの濃霧はわざと光を集め暖かさを彼女に与えるようにしてその身体を目覚めへと誘う。
 髪が乾き、冷え切っていた肌にぬくもりが戻り、土気色をしていた唇がようやく赤みを取り戻した頃。
 濃霧は消え去り、ナターシャは帽子の隙間から差し込んでくる陽光に目覚めを教えられた。
「‥‥‥??
 ああ、そうーーね‥‥‥寝れてたんだ」
 さっきまで起きていたかのようにぐっすりと寝込んでいたらしい。
 不思議なこともあるもので、冷え込んでいたはずの身体が暖かい。
 冬場は太陽が上がる前が一番、冷気が増すというのに。
 歩けるかな?
 疲労と空腹で気づく余裕がなかったせいかもしれない。
 よくよく見れば、手足にもズボンの裾を持ちあげればそこにも。
 腹部や二の腕、首筋に至るまで細やかな擦り傷がそこかしこにある。
 あの塔から戻る時につけた軽傷が大半だろう。
 特に血がでているわけではなし、跡が残ったところで嫁入りにいく相手がいるわけでもない。
 立ち上がり、昨夜の濃霧の位置をそっと気を付けて覗き込むと、
「ひぇ‥‥‥なんて深いーー」
 山道の曲がり角。
 その先は、はるか数十エダはありそうなあの塔の数倍の高さの崖になっていた。
 上から見える渓谷は曲がり角を更に登りいくと、深く、水量も増していくように感じる。
「だから渓谷ではなく、峡谷、なのね」
 建国王が出会ったという、竜の滝壺がどこかにあるとは伝説に聞いてはいたが。
 その場所は定かではない。
 地図を広げ、だいたい自分がいそうな位置に検討をつける。
 稜線が広がる先にあるのは、古い時代の検問などをしていた国境線の監視所が描かれている。
 いまは廃墟か、よくて雨風をしのげる程度のものだろう。
 誰か守るものがいれば、あの偽造した証明書が役に立つことになる。
 その位置までは夕方にはたどりつけそうだった。
「誰もいなければそこでまた野宿、かな。
 まあ、仕方ない」
 水筒に入れてふやかした干し肉を噛み切りながら歩く元侯爵令嬢なんて、知り合いが見たら腰を抜かすだろう。
 そう思うと滑稽でしかない。
「自由っていいわ。
 行こう」
 問題の場所の手前では必ず確認を怠らないこと。
 誰かいるかもしれないから。
 それだけを頭に言い聞かせて、ナターシャは歩き出した。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

今度は、私の番です。

宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』 結婚、出産、子育て―― 家族のために我慢し続けた40年の人生は、 ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。 だけど、そのとき心に残っていたのは、 「自分だけの自由な時間」 たったそれだけの、小さな夢だった 目を覚ましたら、私は異世界―― 伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。 「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」 自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。 そう決めた私は、 だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。 これは、恋も自由も諦めなかった ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」 王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。 感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、 彼女はただ――王宮を去った。 しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。 外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、 かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。 一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。 帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、 彼女は再び“判断する側”として歩み始める。 やがて明らかになるのは、 王国が失ったのは「婚約者」ではなく、 判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。 謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。 それでも―― 選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。 これは、 捨てられた令嬢が声を荒げることなく、 世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。

処理中です...