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第四章 カヌークの番人

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「ねえ、竜王様?」
 ナターシャを連れて二階へと竜王と共に上がる時、アルフレッドは質問の声を上げた。
「なんだ、アルフレッド?」
「この剣を見て、お怒りになられたじゃないですか?
 俺にはナターシャは盗んだっていうけど、それって例えば、どこかに安置されてたとか。
 神殿とかにあったとか。 
 お墓にあったとかなら、盗んだ、って言うと思うんですよ?」
「ふむ‥‥‥。
 それは確かにそうだな。
 もし、その剣が死骸の山だのどこぞに放り出されていたのだとしたらーー
 罪にはなるまい。
 借りた、とも言えないことも無い」
「でしょ?
 まずはそこを聞くべきだと思うんですよ。
 あと、この剣って何なんですか?
 そんなに大事な思い入れがある剣なんです?」
 思い入れ、か。
 竜王は思案する。
 あれはいつの時代だっただろうか、と。
 長らく眺めていない下界の様子を知るために彼は王国から毎年のようにやってきては、正式な使節でもないのに寂しがり屋の竜王はそれを喜んで受け入れた。
 この御方は、神にしてはそうとう寂しがりらしい。
 そう悟った彼は、ある時から月に数度来ては様々な話を聞かせてくれた。
 あの頃はまだ、アギスやアルフレッドが従事しているカヌークなどはなく、枢軸側からも訪れる人はまばらだっただ。
 ある時期までは、この湖畔は街道の重要な拠点として常に兵士が立ち、王国と枢軸の両側から人が往来し賑わっていた。
 竜王はそれを滝つぼの奥にある城から眺めるのが好きで、彼だけは使節と枢軸・王国の最初に土地を借りたいと訪れた人間以外では、初めて一週間以上も城に逗留したことがある。
 そんな騎士だった。
 王国の繁栄と栄華を願いながらも、新しく国教となった教会の教えが竜王の存在になにか迷惑をかけないだろうかと心配もしてくれた。 
 そんな存在だったのだ。
「そうだな。
 あれは古王国からつまり、建国から二世紀ほどした頃だ。  
 アーベイル神をグラン王国は国教とした頃だった。
 教会は宗教裁判をよく起こしていてな。
 それが心配だと。
 彼はそういったことを教えによくここを訪れて、城内で宿泊しては思い出話を聞かせてくれた。
 その身が、そう。
 わたしのこの場に来ることがいつかは、教会に目を付けられて彼が裁かれるのではないかと。
 わたしは不安になったのだ。
 戻らずに、このままここで共に暮らさないか?
 そう、伝えたが‥‥‥」
 竜王は寂しそうに首を振った。
 ああ、そうか。
 それから二度と、会えなかったんだ。
 アルフレッドにもそれくらいの想像はできた。
「つまり、友達だったんだね、竜王様にとって城に住んでもいいと。
 そう言えるほど、大事な友人だったんだ、その人」
「友人、か。
 そうだな友であり、信頼できる存在であり、できれば不死の神になり共にいて欲しい。
 そう思えるほどの存在だった。
 彼が最後に去る時に、もし危険が迫ればこの剣が教えるだろう。
 そう言って、わたしのうろこでしつらえた鞘に入れてその剣を渡したのだ。
 だが、それも無駄だったらしい‥‥‥」
 悲し気に竜王は言う。
 アルフレッドはかける言葉がなかった。
 ナターシャはずっと黙ったままだし、竜王は思い出に浸り出していたからだ。
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