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第一章 母親の愛情
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しおりを挟むまず見えたのは天井がないほどに感じるほどの広さと、左右、奥行きともにそう、ありふれた言い方をするなら東京ドームよりは広い、広大な室内。
だけど、そこには階段やファンタジーでよくあるような高い位置から見下ろすような王様なんているわけもなく、ただ、人間サイズに設えられた長いテーブルと、椅子が数脚。
それもかなり豪勢なものだったけど。
さも、僕たちのために合わせましたよ、といわんばかりのものだった。
そして、数名の『人類に合わせた』服装の竜族の男女が数名。
だけど、彼らの誰もが、エミスティアよりは豪華な恰好はしていない。
こちらへどうぞ、と案内されて僕たちはその片側。
入り口からすると右手側。
つまり、客席に案内された形になる。
どうやら、客としての扱いはされてるみたいだ。
「エミュネスタ、あの人たちは?」
隣に座る彼女にそっと耳打ちをする。
「ああ、我が家に仕えるものたちですわ、だんな様。
できましたら、ここではお前、と呼ばれた方が宜しいかと……」
「え?」
「ですから、お前、と。
竜族の中では妻は夫と家の所有物ですから……」
あー……。
江戸時代そのままだよね、その辺り。
いや、13-15世紀の中世ヨーロッパも同じか。
「でもお前、それなら気軽に出歩いたりできないんじゃないのか?」
と、僕はなんとなく思い出して聞いてみた。
エミュネスタはきょとん、として首を傾げる。
「なぜ、ご存知なのですか?」
「うん、まあ。
日本も昔はそうだったからさ。
でも、いまは違うけどね。
お前は好きなように出歩いていいんだけどー」
「当たり前だろ、由樹」
「は、はいっ」
と、そこに機嫌が悪そうな母さんの横槍が入る。
彼女は、そういった古い慣習が大嫌いだったから。
「あんた、まさかここでも、お前なんて亭主ぶる気じゃないよね?」
「あ、だから、母さん……。
ここは竜族の、さー」
あーだめだな、僕は。
なんでこんな場面になると弱くなるんだろ。
アメリカ人とかなら、もう少し図太くいれるんだろうか?
僕が憧れた、あのスターたちのように。
「で?」
そう。
どっちが正しいかって?
知らないよ、そんなの。
もう、ここは僕の独壇場じゃなくなったんだから。
「あ、あの……おかあ、様……?」
エミュネスタが僕らの間に挟まれて、困った顔をしている。
いや、少しばかり青ざめていると言うべきか。
まさかここで親子喧嘩に巻き込まれるなんて思わなかったらしい。
いや、僕も思ってみなかったんだけどね、エミスティア。
「ねー由樹。
あんたももう二日、早く会わせるべきだったわねー?」
母さん?
今更、何言ってるの?
まさか、ここで険悪な、嫁いびりでも始めるつもりか?!
「母さん、頼むから止めてくれよ。
エミュネスタが困ってるだろ???」
「何言ってんのよあんた。
もううちの嫁、なんだから。
うちの作法に従ってもらうに決まってるじゃない、ねー?
エミュネスタさん?」
にっこりと。
それはもうこれほどまでにないくらいに。
素晴らしい笑顔を母さんはエミュネスタに向けた。
「だ、だんな、様……」
助けて下さいと、ドラゴンプリンセスがまるでさらに強大なドラゴンにでも睨まれたかのように青ざめている。
「席、変わる。
お前、こっちおいで」
と、僕が立とうとすると、母さんがこれもまた見事なタイミングでエミュネスタを抱きしめた。
「あんた、ここまできて、あたしが手放すと思ってんの?」
「母さん、なに言ってんのさ……」
「何って、こんなかわいい娘、あたしが手放すとでも?
ねー、エミュネスタちゃん?」
ああ、そうだよ。
これはまるで、ネズミを手に入れた虎かライオンだ。
僕が勝てる相手じゃない……。
「はっ、はい……。
お義母様……」
ごめんよ、エミュネスタ。
僕はこうなった母さんには、勝てない。
早くきてください、僕の義両親!!!
そう願った時だ。
辺りに不思議な光が流れ始めた。
そう、光の粒子が僕たちのテーブルの前に集まりー。
そして、三つの人影が、現れた。
人間で言うと、四十代ほどの大柄な男性。
豊かな髭をたくわえて、エミュネスタに似た青く豊かな髪を撫でつけた男性。
多分、この人が王様だ。
そして、金髪の、母さんよりは若そうな、でも冷たい青い目をした女性。
まあ、この人がエミュネスタの母親だろう。
そうなると、残る一人はー。
日本に同じく婿入りしたエミュネスタのお兄さん。
の可能性が高いと僕は思った。
「ようこそ、我が家へ。
新竹家のみなさん」
大柄の男性が労いの言葉をかけてくる。
「わたしが、エミュネスタの父親です。
これが我妻、そして、エミュネスタの兄にあたるー」
「ルシアンです、よろしく」
と彼はにこやかに微笑んで母さんを見た。
ふーん、と母さんはそれを受け流して、
「お招きいただきまして。
新竹由樹の母親、麻友です。
エミュネスタさんの、お父さんとお母さん。
今日はよろしくお願いします」
あれ?
まさかの、きちんとした挨拶、でもないけど。
まあ、普通の挨拶はしてくれた。
常識だけは守るってことなのかな?
母さんって、上辺だけでもそんな付き合いできるんだったっけ……?
人をなんだと思ってんのよ?
とでもいうようににらまれて、慌てて僕は顔を逸らした。
これは帰ったら説教じゃ済まないパターンだよな。
はあ……。
「それでー」
あれ、母さん?
まさかのこっちから切り出すの!?
「うちにいらした娘さんの件ですが」
「はい?」
と、想定していなかったのだろう。
エミュネスタの母親が、聞き返す。
「この縁談、どういう理由でうちの息子を選んだのか。
そこのとこ、説明して貰えます?」
「いえ、どうと言われましてもその理由はお伝えしているはずですがー」
と、兄のルシアンさんが口を挟む。
「あたしはあんたに聞いてない!」
多分。
世界広しと言えど。
いや、たとえアメリカ大統領でも。
こんな発言ができる人間はうちの母親くらいだろう。
よくも悪くも、人類最強の母親かもしれない。
「名前も名乗らない、妻と息子に話をさせる。
あんたはいったい何のお飾りだ、え、竜の王様さ?」
「ぶ、無礼な!?」
「お母様!!!」
怒りに任せて席を立とうとする母親を止めたのは、意外にもエミュネスタだった。
「エミュネスタ……お前」
「お座りください、お母様。
だんな様のお義母様。
麻友様はなにも間違っていらっしゃいません。
お招きしたのは我らが氏族。
非礼があるのはこちらです」
「ほう……」
と、エミュネスタの父親が面白そうに言う。
「確かに、これは失礼をした。
エミュネスタの父、竜族が五大氏族の一つ、ホルブの長であるリグリアです。
「妻のシルエドです……」
幾分、怒りを押し殺した感もあるが、あちらからの自己紹介が終わる。
「で、ほら、あんたが挨拶する!」
ゲシッ。
と、松葉杖の先で僕の頭を小突く母さん。
「ちょっ、母さん!」
「お義母様!?」
エミュネスタが慌てて僕を守ろうとする。
チッ、と母が舌打ちして松葉杖を下げた。
「あ、あの……」
唖然として、声をかけてくるシルエドさん。
いや、シルエドお義母さんというべきか……。
「これがうちの流儀でしてね。
日本国、平民の新竹家の、やり方なんですよ。
わたしたち、仲良くできそうですね、シルエドさん?」
これまで見たことのない他所行きの笑顔を見せる母さん。
その奥にはまさしく……虎が潜んでいた。
それも特大サイズの……
「ああ、御心配なく。
お預かりした他所様のお嬢さんにこんな真似はしませんから。
あくまで、他所様の場合ですけど」
あ、そうか。
破談に持ち込もうって肚だな、母さん。
相手から断らす気なんだ。
それはさせないからね。
僕はエミュネスタを抱き寄せると、
「初めまして、エミュネスタを頂きました、新竹由樹です。
お義父さん、お義母さん、そして、お義兄さん。
よろしくお願いします」
すかさず、挨拶を放り込んだ。
ここまで来て勝手に破談にされてたまるか。
あ、この野郎!?
なんて母さんは僕に凄まじい怒りを向けるがそんなこと知った事か。
「頂いた、は失礼でしょ、由樹?」
と牽制を入れてくる。
「エミュネスタさんは、ものじゃないんだからね?」
「いえ、お義母様」
お、いいぞ、エミュネスタ。
「わたしが、だんな様に貰って頂きました。
間違いありません」
よし、そうだ!
良く言ったと僕は彼女を抱き寄せた手に力を込めー、
「ああ、そう。
うちの由樹なんかのとこに来て頂けるなんて、お母さん嬉しいわー」
と、言いながら母のその手は、僕のエミュネスタの腰に回した腕を精一杯つねっている。
あー、もう仕方ないよね。
我慢だ。
新竹家劇場をここで披露するのはそろそろ、お終いにしよう。
「エミュネスタ、お父さんにはなんて尊称をつけたらいいんだ?」
僕はひそひそと妻に耳打ちする。
「ホルブ王で大丈夫ですわ、だんな様」
左目で、母の手につねられて青くなりかけてる僕の腕を見ながら、彼女は教えてくれた。
「これ……」
「ああ、いつものことだからー」
いいんだよ、そう僕は心配する妻にそう言うしか無かった。
「ホルブ王、本日はお招きありがとうございます。
両家の挨拶、ということですが僕はまだ、お返しできるのものも持っていません。
あの黄金はお返ししたいと、そう思います」
「ほう、返される、と?
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同じ竜族以外には。
「そうですね。
それはすいませんが、僕が働いて返金させて頂ければ思います。
竜族からの支援は、お受けできません」
ドンッ。
と、ホルブ王が机を拳で叩いた。
まあ、そうなるだろうね。
普通は。
王族がわざわざ、平民のそれも下級の種族の元へ、貰って下さいとまで言って差し出したものを突き返されたのだから。
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