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第三章 竜の系譜
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しおりを挟むさてと、僕は思考をめぐらせる。
母さんと、いや小姑と愛妻エミュネスタ。
僕から見れば、二人の関係性はそれなりに良好に見えていた。
表面上は。
しかし、内面的にはどうかといえば、お互いに薄い、そうとても薄い凍のような壁を張り巡らしているようにも見える。と、いうよりはそう思えてならない。
種族の文化の差。
これはとても大きくて、深い溝だと良くわかる例が幾つかある。
歴史的な話で言えば、第16代アメリカ合衆国大統領になったエイブラハム・リンカーン。
彼は奴隷解放宣言で有名な世界的偉人だろう。
しかし、その裏側でインディアンに対しては容赦ない弾圧を加え、軍による虐殺を命じた歴史的事実がある。
同じ人間のはずなのに、なぜ、それは行われたのか。
答えは簡単。
彼の名演説の「人民の人民による人民のための政治」。
この人民の中に、インディアンは含まれていなかったからだ。
つまり、人民でないから、虐殺しても罪ではない。
まあ、人間の歴史だけでも、大きなものでこれ以外にもいくつもあるけど。
それはより力の強い竜族にも当てはまると考えるのは、おかしくないと僕は思うんだ。
では……我が家のドラゴンプリンセスとゴッドマザー。
この一匹? 対一人の関係性はどうなのか。
その熾烈な政権闘争は、まず、「味」、から始まっていた。
僕は基本的に薄味が好みです。
特に辛い料理は食べないし、うちの母さんはあまり味付けを濃くしない。
それに対して、竜族独特なのか、人間レベルに希釈した結果なのか。
エミスティアの料理は、極端に、辛い。
醤油や塩の辛い、ではなく……。
ペッパーやタバスコ・唐辛子系の、辛い。
どちらかと言えば、ベトナムや中国の奥地のような、暖かい土地に伝わる辛さ。
それも民族料理の味付けなんだろうけど、ね。
「なっ、なあ、エミュネスタ」
僕の問いかけに彼女は、とても良い笑顔で返事をする。
「はい、なんでしょう? だんな様」
「実はね。
僕は……」
と、そこで母さんが口を挟む。
「エミュネスタちゃん。
由樹は辛い料理が苦手なんだけど?
ずっと、薄味で育ててきたから、ね?」
ほら、うちの小姑が口を挟む。
ここで始まるのが、まあ、どう説明したらいいかな。
うちは(新しく購入したマンションには)、とりあえず、4人掛けのテーブルセットを用意した。
ここに引っ越しした時に、家具一式はエミュネスタの好みに合わせて統一したんだよね。
まず、これが母さんの勘に触った。
竜族は赤や朱、紅色を基調にするのが好きらしい。
それ以外には、漆黒や極端な青。
要は、目に明るい。
とても明るい壁紙に家具・調度品。
食器一式に家電製品もそう。
寝室のベッドなんかもそうであって……。
母さんは、和風が好みなんだよね。
朱色は日本人の感覚に合った色のはずなんだけど、配色の感覚がまずかったかなあ?
和室の襖が碧よりは蒼に近い青がまずかったのか。
(母さんは、和室が好きなので)
本来、元ヤンキーだったら、目にも鮮やかな趣味の悪い配色が好きなはずなんだけど。
「エミュネスタちゃん、襖はね。
白が基本でしょ?」
「あ、はい……。
申し訳ございません、お義母様」
と、ここで第一次竜嫁VS人小姑戦の幕が切っておとされた。
その後も、食器はこうだよね、寝室の壁紙はこうだよね。
天井の配色が黒と青の入り乱れた模様なんてありえないとか、箸の持ち方が違う。
食事作法が違うなどなど細かいところまで。
そして、その怒りの終着点は毎度のごとく僕に降りかかってくる。
「由樹、これもあんたの教育が悪いんだよ」
と、これで一時的な閉幕になるのだ。
僕はこう言うけどね。
「うん、僕たちの問題だからね、ここ僕の名義の家だし。
嫌なら、実家に帰ればいいんじゃない?
ね、母さん」
ってね。
もちろん、前に住んでいたアパートなんて処分して押しかけ小姑してきた母さんだから。
そう来られると後に残るのは母親の威厳しかないわけだけど。
ここで面倒くさいのが、竜族の慣習だ。
家の主は夫であり、妻である自分は、『新竹家』の財産だという考え方。
この延長線上にあるのは、主君である夫の、血縁関係。
男尊女卑の習慣のように思えて、その実、夫の母親の立場は、妻より上。
竜族には婿入り、嫁入り、婿取り、嫁取り。
このうち、優先順位は女性の嫁入りではなく、婿取りなのが更に問題だ。
日本だと、結納金の風習は各地で差異はあるけど、基本的には入る方が贈るものだ。
僕がもし、エミュネスタのロボス家に婿入りすれば、結納金は僕がだすのが常識だけど。
竜族の場合は、女性が持参金を用意して、嫁入りすることはまず、ないらしい。
男性側が、持参金を用意して嫁取り。つまり、婿入りをするのが当たり前なんだとか。
実は、竜族の家系は男性ではなく、女流家系!
男性が優位なようであって、女性が優位な社会なのだ。
前回、僕が王宮に招かれた時に、エミュネスタの持参金を戻したいと言い出した理由は、実はここにある。
本来なら、エミュネスタを嫁に貰う際には、僕が支払いをしないといけないからだ。
まあ持参金問題は、エミュネスタが持ってきた金塊の大半。
あれを義兄ルシアンの贈り物にしたことが結果的には功を奏したのだけど。
そこで、問題は母さんが、僕の名義のマンションにいること。
エミュネスタからしたら、すでに独立した夫が義母を引き取った形になるわけだから……
つまり、うるさい小姑は黙って下さい。
その代わり、だんな様より少し下の立場で、丁寧に待遇致しますよ、お義母さま。
と、心の中では思っているらしい。
それに対して母さんは日本人だから、輿入れしてきた嫁は義母に従って当然。
と、お互いの文化というか習慣というか。
その辺りが、とてもとても薄い凍りの壁でどうにか守られている現在。
僕に実家に帰れ、と言われてもそれがない母さんは言葉に詰まるで。
それは日本人からしたら、誉められない行為なわけだ。
しかし、エミュネスタからすれば自分を大事にしてくれていると感じる訳であり。
ある程度の満足感を得たエミュネスタは、今度は、女系社会である竜族の思考パターンを持ちだす。
つまり……
「あら、だんな様。
そのような物言いは、お義母さまに対して不敬です」
と、こう来る。
「なら、お前。
少しは母さんに見習って、薄味を覚えたらどうだい?」
と僕は冷たく言い放つ。
何故なら、これが日本人の主観だからだ。
揉めている要因が二人の文化の相違点にあるなら、お互いで努力しなさい。
そう家長として諫めるのだけれど。
母さんはこれが気に入らない。
「由樹さー。
そんな命令口調で言わなくてもいいでしょ。
エミュネスタちゃんだって、人間社会に慣れようとしてるんだから」
なぜ、そこで庇うんだい、母さん???
と僕は思うんだけど。
母さんは、男尊女卑否定&だけど、日本人の戦後のマナーが入り混じった世代だから。
男が女に威丈高に物言いをするのが、気に入らない。
ところが、これがまたエミュネスタが気に入らない。
「あら、お義母さま。
だんな様はちゃんとお優しい扱いをしてくださいます」
と、こう来る。
ここで、薄い凍りの壁が破壊されようとなるところを……。
僕が補修に回らないといけないんだ。
なぜなら、そうしないと次に来るセリフは。
「へえ、由樹にそんな甲斐性があるなら、こんな状況にしないと思うけど!?」
だから。
甲斐性の問題じゃないんだよね。
僕は単純に、母と嫁。
どちらを取りますかと言われれば、嫁です。
と答えます。
だって、母さんはどこまで行っても母親だからね。
僕の恋人は、一人だけ。
エミュネスタだけなんだから。
まあ、この辺りになると泥沼になると、女性二人、もとい一人と一匹も悟ってきたらしくて。
最近は冷たい視線の火花を散らしながら、僕を間において、冷戦を時には優位に時には劣性に。
お互いで綱引きしながら、僕の周りに青い火花と凍りの薄い壁を張り巡らせている。
とりあえず、母さんには隣にもう一部屋。
政府の融通で借りて貰って引っ越ししてもらうことにしたいんだけど。
さあ、これをどう切り出したものか。
昼間、母さんが会社に出勤した時に、僕はエミュネスタと話してみることにした。
「なあ、お前。
母さんとの同居生活をどう思ってる?」
僕は高校がまだ夏休み期間だから、時間は充分にある。
今日は一日、エミュネスタとの時間を楽しみつもりだった。
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