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第三章 竜の系譜
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夏休みもほぼ、終わりに近付いたある夜。
珍しく、母さんが泥酔して帰宅した。
職場の友人たちと、夏場によく開かれるビアガーデンに行って来たらしい。
問題はーー、二人で、帰宅したことだった。
「え……っ?」
「お義兄様!?」
僕とエミュネスタの声はほぼ、同時だった。
まさかの、義兄ルシアンと、母さんの同時帰宅。
あまりにも、予想外な展開だった。
「なんだ、何を見ている?
そこで」
と、ルシアンはマンション階下の道路を指差す。
「拾ったと言うのが正しい日本語か?
よくわからんが。
壁に座り込んでいたぞ。酔いすぎだな……」
「あ、すいません。
お義兄さん」
「いいんだ、ほら」
と、酔いつぶれてしまった、それ、を僕は受け取る。
「母さん、しっかりして……」
うーんっと、意識があるようでない母さんはまるで動かない。
「だんな様、わたしが」
エミュネスタが僕よりは軽いだろうけど。
成人女性を軽々と持ちあげて、客間へと敷いた布団に運んでくれた。
「やはり、別居をお願いしたのがいけなかったのでしょうか」
と、細く漏らした呟きを妻は漏らす。
僕はと言うと、角や羽、尾のすべてを隠し、スーツを着こなした義兄をリビングのソファへと案内する。
「義兄さん、お茶でいいです、か……?」
耳の良い義兄は、妹の吐露を聞き逃さなかったようだ。
「コーヒーがいいな。
甘いやつだ。
……多いのか?」
と、客間から出てきたエミュネスタを見て問いかけてくる。
つまり、母さんの酔い癖はどうなのか、ということだろう。
「いえ、あんなことは滅多にない、ことなんですけどね」
「ふん。
義母殿の事をどうこういう気はないが」
角砂糖を1つ、2つ、3つ……。
竜族は甘党なのだろうか。
そういえば、最初にエミュネスタと会った際に彼女が選んだのも微糖だった。
これは、微、というレベルではない気もしたけど。
10個に近い角砂糖を黒い海に沈めた義兄は、それをスプーンでゆっくりとかき混ぜる。
「すいません、助けて頂きまして……」
実の親の醜態は、なかなかに恥ずかしいものがある。
「いい。
それより、すまなかったな。
事前に連絡をしておくべきだったが」
事前?
ああ、今夜来たことか。
僕はそう察した。
「あ、いえ。
気にしないでください。
あ、ありがとう、お前」
お前。
妹へのその呼び方に、やはり、義兄は反応する。
この義兄は、変わらず、人間を親族と認める気はないようだ。
「どうだった、母さんは?」
「とても、話せる状態ではないですね。
珍しい」
とは言っても、酔った人間の介抱なんてしたことがないから、分からないよね?
「あー……。
そうだね、ちょっと義兄さんのお相手をね?
様子を見てくるから」
「あ、はい……」
少しだけ二人を一緒するには不安があったけど、まあ致し方ない。
僕はいつものように、母さんが酔いつぶれた時の用意をして客間へと行く。
「あーあ。
なんでこんなになるまで飲んだのさ、母さん……」
年に数度、こうなる時はあったけど最近は少なかったのに。
「やっぱり、新しい恋人でも作るべきだよ、母さん。
もう僕らは大丈夫なんだから」
大丈夫?
エミュネスタと出会って、まだ一月も時間が経ってないのにね。
そんな軽口を叩けるほどに、僕は余裕に構えていていいのかな?
自分の母親に、こんなに心配をかけてまで。
この生活を続けていけるのだろうか?
ここで16歳だから仕方ない、なんて逃げを打てるほど、世間は甘くないんだよなほんとうに。
もうすでにこのマンションだけでなく、学友やその他遠い世界の果て。
世界中から、僕たち二十数組は注目されている。
いまさら離婚しました、なんてニュースが流れただけで、僕たち親子は日本にいられなくなるだろう。
「母さんの恋愛にも、影響があったってことかな」
水を飲ませて、着ていた服はエミュネスタが着替えさせてくれたらしい。
引っ越しを提案したからこうなったのかな?
それとも、息子が有名人になったから恋人から別れを告げられた?
まだ、彼氏さんには会ったことはないけど。
僕の下した決断は、小さくない波紋を母の人生にも投げかけたようだった。
「だんな様。
どうでした?」
ルシアンとなにかを話していたエミュネスタが、僕が客間から出てリビングに顔を出すと口を開いた。
僕は困った顔をする。
この距離どころか、人間の数倍か、それ以上の能力を持っている君にはもうわかっているだろ?
そんな、問いかけの顔だ。
「うん、まあ。
いつものことだから。
朝になれば、普通に起きてくるだろ」
毎度のことだ。
大体、酔うのは年末年始、お盆、父さんの命日?
ああ、そうか。
いまは、お盆の季節だ。
酔いつぶれて寝てしまうほどに、盃を一緒にした相手は。
母の記憶の中に眠る、父との思い出かもしれない。
「年に何度かしか、無いのか?
人間はどうなのだ?
酒をどう操る?」
そう義兄は言う。
ーー操る。
その表現は、竜族ならではの発想だった。
「操れないんですよ、体内では。
だから、飲む時に、自分で決めるしかないですね……」
ああ、そうか。
とルシアンは言う。
竜族は体内でどうにでも調整が効くのだろう、たぶん。
「人間は産まれた時から、飲める量が遺伝的に決まっていますから。
不便ですよね、義兄さんたちからすれば」
と、申し訳なさげに言ってみる。
「いや、そうでもないぞ」
「え?
と、いうと???」
「決まっているからこそ、その中で嗜むことも、楽しむことも。
己の限界に挑戦……まあ、あちらは少し今夜は、行き過ぎたようだが」
ま、気にするな。
そう義理の兄は言う。
こんな話し方をする人だったっけ?
僕はエミュネスタを見る。
妻もどうにも不思議そうな顔をしていた。
「それで、今夜はどうしてうちに?」
母さんを見つけたのはたまたまだったようだが、来訪の知らせは聞いていなかった。
「ああ、それだ。
由樹、そう呼んでいいかな?」
義兄は彼らしくない、言い方をする。
「あ、はい。
それは、気にしないでください義兄さん」
エミュネスタが不安そうな顔をしている。
また、氏族内の問題とか、そんな話だろうか?
「すまないが、泊めてもらえないか?」
「……はっ???」
僕ら夫婦の声は、見事に重なった。
「少し、妻と話したいのですが……」
客間には母さんが寝ている。
このマンションは3LDKだ。
僕とエミュネスタの部屋兼寝室と母さんの部屋。そして、客間。
母さんを動かすか、いま義兄が座っているソファーで寝てもらうか……。
それをするなら、僕らの寝室を彼に貸した方がいい。
でも、見られたくないものもあるしなあ。
そう、思いエミュネスタを見る。
「結界を張ってもいいぞ。
俺に聞かれたくない、夫婦の話もあるだろうし、な」
見抜かれていた。
「エミュネスタ、ちょっとー!」
と、二人の部屋に移動した。
「どうせ、結界なんて張っても、無意味だよね?」
そう聞く僕に妻は情けなさそうに頷いた。
「兄が聞こうと思えば、どんな技法も意味を成しませんわ、だんな様」
そりゃ、そうだよね。
竜族きっての猛者とも言われる相手に、通用する能力があるとも思えない。
「どうしたもんかなー。
母さんが起きればいいんだけど。
まだ、あれじゃ起きないだろうしな」
「兄をあのままソファーでは……」
「確かに、あの長いタイプは背もたれを倒せば、ベッドにはなるけど。
でも、いきなり来るなんて何があったんだろう?」
「すいません……」
と、彼女があまりにも申し訳なさそうにするもんだから。
僕には叱ることも出来ない。
まあ、そんな筋合いでもないしね。
母さんを連れ帰って貰った恩もある。
でも。
「なにか理由を聞いたの?」
はい、とエミュネスタ。
あれ、それは意外だった。
あのプライドの高い義兄が、理由を漏らすなんて。
「で、なんだって?」
「それが、ですねー」
うん?
なんでそう言い辛そうな顔をするんだろう?
「あ、そうだ」
と、僕はスマホを取り出して文章を打つ。
聞こえてても、これならわからないだろう。
以下がその会話だ。
妻もスマホを取り出して、通信アプリで返事を寄越してくる。
僕:なにがあったの???
妻:お義姉さまと喧嘩をしたと
僕:は?
妻:すいません……
(ここで特大の猫が泣いている、すいません、スタンプが登場する。)
僕:喧嘩したって
それでうちに来たの?
まあ、いいけど
妻:ホテルではダメかと言ったんですけど
僕:嫌そうな顔をされたんだろ?
まあ、わかるよ
妻:追い出しましょう!!!!
(いやいや、そこで背景に炎を背負った怒れるドラゴンスタンプが来るのは予想外だった。)
僕:お前ね……
それやったら、やり返されるの僕だって理解してる?
妻:だって、兄が恐いんですか?
由樹は?!
(ここで、不審がる女天使の?マークつきのスタンプが登場する。
性格変わる人っているよね、文章の会話だと。
我が妻よ、竜族にもいるとは、ね。)
僕:そんなことは言ってないだろ?
追い出すってさ
もう、家にいれた時点で僕らの負けだよ今回は
母さんのこともあるしさ
妻:! ! !
(怒りのドラゴンスタンプ、三連撃。
どうして欲しいんだよ、まったく……)
僕:駄目だったら、だめ。
妻:なら、わたしが出ていきます
(なんでこんな会話になるかなあ……)
僕:じゃあ、一緒に二人でホテルにでも行こうか。
あ、母さんもつけてさ。
その間に、僕たちの部屋とかを見られてもいいなら
妻:!
(怒りのドラゴンスタンプ。
何を怒っているんだ???)
妻:兄はそんなひとではありません!!!
(今度は女天使で大嫌い、と書かれたものを背負ったスタンプが登場する。
もう、ややこしい性格だな、このドラゴンプリンセスは!)
僕:ならなにか解決策を考えなさい
妻:だから、由樹は迷惑だから帰れ、と。そう、兄に言えばいいではないですか!?
当主として!
(うん、そこで当主を持ちだすのは卑怯だよ、我が妻よ。)
僕:だめ。
母さんを連れてきてくれたから。それはいえない
妻:涙
(あ、この可愛い猫の泣くスタンプは初めて見たな。)
と、ここまで数分やりとりをしながら、エミュネスタの顔つきはすこぶる不機嫌だ。
うーん、普段もこれくらい感情をだしてくれたらもっと分かりやすいんだけど。
まあ、いいか。
「よし、母さんを自分の部屋に連れて行って。
で、義兄さんには、悪いけど。
あの布団で寝て貰おう?」
これなら、いいだろ?
まだ不満そうな我が妻。
その顔も可愛いんだけど。
渋々うなづいたその時だ。
「あんたたち、なにをヒソヒソやってんの?」
と、半分ほど開いていた扉から声がしたのは。
「お義母さま??!」
え?
母さん?
もう回復したの?
後ろで立っていたのは、我が不肖の母。
新竹麻友だった。
「あー……。
もう大丈夫なの? 母さん?」
僕は振り返り母をそっと部屋から追い出す、もとい連れ出す。
エミュネスタが嫌うからだ。
僕たちの部屋に母が入るのは、嫌らしい。
「まだ頭は痛いけど。
ってかあたし、なんでここにいるの???」
それはね、母さん。
と、話そうとした時だ。
「もう、お加減は良いのかな、義母どの」
とルシアンが廊下に顔を出したのは。
「え?
なんで、あんたうちにいるの???」
「か、母さん。
酔いつぶれてそこの角で寝てたのを、運んでくれたんだよ!」
僕は慌てて説明する。
「へ……???」
「だから、運んでくれたの、義兄さんが!!」
あー……。
と、母さんは考えこみ、
「ごめんなさい」
と言ってまた、倒れこんだ……
珍しく、母さんが泥酔して帰宅した。
職場の友人たちと、夏場によく開かれるビアガーデンに行って来たらしい。
問題はーー、二人で、帰宅したことだった。
「え……っ?」
「お義兄様!?」
僕とエミュネスタの声はほぼ、同時だった。
まさかの、義兄ルシアンと、母さんの同時帰宅。
あまりにも、予想外な展開だった。
「なんだ、何を見ている?
そこで」
と、ルシアンはマンション階下の道路を指差す。
「拾ったと言うのが正しい日本語か?
よくわからんが。
壁に座り込んでいたぞ。酔いすぎだな……」
「あ、すいません。
お義兄さん」
「いいんだ、ほら」
と、酔いつぶれてしまった、それ、を僕は受け取る。
「母さん、しっかりして……」
うーんっと、意識があるようでない母さんはまるで動かない。
「だんな様、わたしが」
エミュネスタが僕よりは軽いだろうけど。
成人女性を軽々と持ちあげて、客間へと敷いた布団に運んでくれた。
「やはり、別居をお願いしたのがいけなかったのでしょうか」
と、細く漏らした呟きを妻は漏らす。
僕はと言うと、角や羽、尾のすべてを隠し、スーツを着こなした義兄をリビングのソファへと案内する。
「義兄さん、お茶でいいです、か……?」
耳の良い義兄は、妹の吐露を聞き逃さなかったようだ。
「コーヒーがいいな。
甘いやつだ。
……多いのか?」
と、客間から出てきたエミュネスタを見て問いかけてくる。
つまり、母さんの酔い癖はどうなのか、ということだろう。
「いえ、あんなことは滅多にない、ことなんですけどね」
「ふん。
義母殿の事をどうこういう気はないが」
角砂糖を1つ、2つ、3つ……。
竜族は甘党なのだろうか。
そういえば、最初にエミュネスタと会った際に彼女が選んだのも微糖だった。
これは、微、というレベルではない気もしたけど。
10個に近い角砂糖を黒い海に沈めた義兄は、それをスプーンでゆっくりとかき混ぜる。
「すいません、助けて頂きまして……」
実の親の醜態は、なかなかに恥ずかしいものがある。
「いい。
それより、すまなかったな。
事前に連絡をしておくべきだったが」
事前?
ああ、今夜来たことか。
僕はそう察した。
「あ、いえ。
気にしないでください。
あ、ありがとう、お前」
お前。
妹へのその呼び方に、やはり、義兄は反応する。
この義兄は、変わらず、人間を親族と認める気はないようだ。
「どうだった、母さんは?」
「とても、話せる状態ではないですね。
珍しい」
とは言っても、酔った人間の介抱なんてしたことがないから、分からないよね?
「あー……。
そうだね、ちょっと義兄さんのお相手をね?
様子を見てくるから」
「あ、はい……」
少しだけ二人を一緒するには不安があったけど、まあ致し方ない。
僕はいつものように、母さんが酔いつぶれた時の用意をして客間へと行く。
「あーあ。
なんでこんなになるまで飲んだのさ、母さん……」
年に数度、こうなる時はあったけど最近は少なかったのに。
「やっぱり、新しい恋人でも作るべきだよ、母さん。
もう僕らは大丈夫なんだから」
大丈夫?
エミュネスタと出会って、まだ一月も時間が経ってないのにね。
そんな軽口を叩けるほどに、僕は余裕に構えていていいのかな?
自分の母親に、こんなに心配をかけてまで。
この生活を続けていけるのだろうか?
ここで16歳だから仕方ない、なんて逃げを打てるほど、世間は甘くないんだよなほんとうに。
もうすでにこのマンションだけでなく、学友やその他遠い世界の果て。
世界中から、僕たち二十数組は注目されている。
いまさら離婚しました、なんてニュースが流れただけで、僕たち親子は日本にいられなくなるだろう。
「母さんの恋愛にも、影響があったってことかな」
水を飲ませて、着ていた服はエミュネスタが着替えさせてくれたらしい。
引っ越しを提案したからこうなったのかな?
それとも、息子が有名人になったから恋人から別れを告げられた?
まだ、彼氏さんには会ったことはないけど。
僕の下した決断は、小さくない波紋を母の人生にも投げかけたようだった。
「だんな様。
どうでした?」
ルシアンとなにかを話していたエミュネスタが、僕が客間から出てリビングに顔を出すと口を開いた。
僕は困った顔をする。
この距離どころか、人間の数倍か、それ以上の能力を持っている君にはもうわかっているだろ?
そんな、問いかけの顔だ。
「うん、まあ。
いつものことだから。
朝になれば、普通に起きてくるだろ」
毎度のことだ。
大体、酔うのは年末年始、お盆、父さんの命日?
ああ、そうか。
いまは、お盆の季節だ。
酔いつぶれて寝てしまうほどに、盃を一緒にした相手は。
母の記憶の中に眠る、父との思い出かもしれない。
「年に何度かしか、無いのか?
人間はどうなのだ?
酒をどう操る?」
そう義兄は言う。
ーー操る。
その表現は、竜族ならではの発想だった。
「操れないんですよ、体内では。
だから、飲む時に、自分で決めるしかないですね……」
ああ、そうか。
とルシアンは言う。
竜族は体内でどうにでも調整が効くのだろう、たぶん。
「人間は産まれた時から、飲める量が遺伝的に決まっていますから。
不便ですよね、義兄さんたちからすれば」
と、申し訳なさげに言ってみる。
「いや、そうでもないぞ」
「え?
と、いうと???」
「決まっているからこそ、その中で嗜むことも、楽しむことも。
己の限界に挑戦……まあ、あちらは少し今夜は、行き過ぎたようだが」
ま、気にするな。
そう義理の兄は言う。
こんな話し方をする人だったっけ?
僕はエミュネスタを見る。
妻もどうにも不思議そうな顔をしていた。
「それで、今夜はどうしてうちに?」
母さんを見つけたのはたまたまだったようだが、来訪の知らせは聞いていなかった。
「ああ、それだ。
由樹、そう呼んでいいかな?」
義兄は彼らしくない、言い方をする。
「あ、はい。
それは、気にしないでください義兄さん」
エミュネスタが不安そうな顔をしている。
また、氏族内の問題とか、そんな話だろうか?
「すまないが、泊めてもらえないか?」
「……はっ???」
僕ら夫婦の声は、見事に重なった。
「少し、妻と話したいのですが……」
客間には母さんが寝ている。
このマンションは3LDKだ。
僕とエミュネスタの部屋兼寝室と母さんの部屋。そして、客間。
母さんを動かすか、いま義兄が座っているソファーで寝てもらうか……。
それをするなら、僕らの寝室を彼に貸した方がいい。
でも、見られたくないものもあるしなあ。
そう、思いエミュネスタを見る。
「結界を張ってもいいぞ。
俺に聞かれたくない、夫婦の話もあるだろうし、な」
見抜かれていた。
「エミュネスタ、ちょっとー!」
と、二人の部屋に移動した。
「どうせ、結界なんて張っても、無意味だよね?」
そう聞く僕に妻は情けなさそうに頷いた。
「兄が聞こうと思えば、どんな技法も意味を成しませんわ、だんな様」
そりゃ、そうだよね。
竜族きっての猛者とも言われる相手に、通用する能力があるとも思えない。
「どうしたもんかなー。
母さんが起きればいいんだけど。
まだ、あれじゃ起きないだろうしな」
「兄をあのままソファーでは……」
「確かに、あの長いタイプは背もたれを倒せば、ベッドにはなるけど。
でも、いきなり来るなんて何があったんだろう?」
「すいません……」
と、彼女があまりにも申し訳なさそうにするもんだから。
僕には叱ることも出来ない。
まあ、そんな筋合いでもないしね。
母さんを連れ帰って貰った恩もある。
でも。
「なにか理由を聞いたの?」
はい、とエミュネスタ。
あれ、それは意外だった。
あのプライドの高い義兄が、理由を漏らすなんて。
「で、なんだって?」
「それが、ですねー」
うん?
なんでそう言い辛そうな顔をするんだろう?
「あ、そうだ」
と、僕はスマホを取り出して文章を打つ。
聞こえてても、これならわからないだろう。
以下がその会話だ。
妻もスマホを取り出して、通信アプリで返事を寄越してくる。
僕:なにがあったの???
妻:お義姉さまと喧嘩をしたと
僕:は?
妻:すいません……
(ここで特大の猫が泣いている、すいません、スタンプが登場する。)
僕:喧嘩したって
それでうちに来たの?
まあ、いいけど
妻:ホテルではダメかと言ったんですけど
僕:嫌そうな顔をされたんだろ?
まあ、わかるよ
妻:追い出しましょう!!!!
(いやいや、そこで背景に炎を背負った怒れるドラゴンスタンプが来るのは予想外だった。)
僕:お前ね……
それやったら、やり返されるの僕だって理解してる?
妻:だって、兄が恐いんですか?
由樹は?!
(ここで、不審がる女天使の?マークつきのスタンプが登場する。
性格変わる人っているよね、文章の会話だと。
我が妻よ、竜族にもいるとは、ね。)
僕:そんなことは言ってないだろ?
追い出すってさ
もう、家にいれた時点で僕らの負けだよ今回は
母さんのこともあるしさ
妻:! ! !
(怒りのドラゴンスタンプ、三連撃。
どうして欲しいんだよ、まったく……)
僕:駄目だったら、だめ。
妻:なら、わたしが出ていきます
(なんでこんな会話になるかなあ……)
僕:じゃあ、一緒に二人でホテルにでも行こうか。
あ、母さんもつけてさ。
その間に、僕たちの部屋とかを見られてもいいなら
妻:!
(怒りのドラゴンスタンプ。
何を怒っているんだ???)
妻:兄はそんなひとではありません!!!
(今度は女天使で大嫌い、と書かれたものを背負ったスタンプが登場する。
もう、ややこしい性格だな、このドラゴンプリンセスは!)
僕:ならなにか解決策を考えなさい
妻:だから、由樹は迷惑だから帰れ、と。そう、兄に言えばいいではないですか!?
当主として!
(うん、そこで当主を持ちだすのは卑怯だよ、我が妻よ。)
僕:だめ。
母さんを連れてきてくれたから。それはいえない
妻:涙
(あ、この可愛い猫の泣くスタンプは初めて見たな。)
と、ここまで数分やりとりをしながら、エミュネスタの顔つきはすこぶる不機嫌だ。
うーん、普段もこれくらい感情をだしてくれたらもっと分かりやすいんだけど。
まあ、いいか。
「よし、母さんを自分の部屋に連れて行って。
で、義兄さんには、悪いけど。
あの布団で寝て貰おう?」
これなら、いいだろ?
まだ不満そうな我が妻。
その顔も可愛いんだけど。
渋々うなづいたその時だ。
「あんたたち、なにをヒソヒソやってんの?」
と、半分ほど開いていた扉から声がしたのは。
「お義母さま??!」
え?
母さん?
もう回復したの?
後ろで立っていたのは、我が不肖の母。
新竹麻友だった。
「あー……。
もう大丈夫なの? 母さん?」
僕は振り返り母をそっと部屋から追い出す、もとい連れ出す。
エミュネスタが嫌うからだ。
僕たちの部屋に母が入るのは、嫌らしい。
「まだ頭は痛いけど。
ってかあたし、なんでここにいるの???」
それはね、母さん。
と、話そうとした時だ。
「もう、お加減は良いのかな、義母どの」
とルシアンが廊下に顔を出したのは。
「え?
なんで、あんたうちにいるの???」
「か、母さん。
酔いつぶれてそこの角で寝てたのを、運んでくれたんだよ!」
僕は慌てて説明する。
「へ……???」
「だから、運んでくれたの、義兄さんが!!」
あー……。
と、母さんは考えこみ、
「ごめんなさい」
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となります。
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