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第四章 平穏な日常とドラゴンプリンセス
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「あ、あれ…‥」
僕はすこしばかり困ってしまった。
なんでこうなってしまったのだろう。
目のまえにいる我が妻はその両手にたくさんのーー
「エミュネスタさーん‥‥‥。
なにかな、その両手一杯に持ってる、たくさんのーー」
夏祭りの屋台で売っている、いろいろなお菓子やフランクフルトや、たこ焼きなど。
「だんな様、これ、とても美味しいですね!!!」
と浴衣姿の彼女は嬉しそうに言いながら、食べ終えたフランクフルトの串をその辺にあったゴミ箱に捨てる。
「いや、うん。
美味しいのはいいことなんだけどね。
どこでそんなに買い込んできたのさ、お前」
ああ、それなら、とエミュネスタは後ろの山の方をかえりみる。
あ、そうか。
今日は、秋祭り。
近所にある、大きな神社で神輿や獅子舞いが披露され、屋台が封鎖された公道と神社の入り口から本殿まで続く道
の両端を埋め尽くしている、はず。
「大柳神社の秋祭りだったのか、今日。
でも、その浴衣はどうしたの?
少し季節外れではあるけど。
でも、綺麗だよ」
その言葉に嬉しそうなエミュネスタ。
まあ、問題はその両頬を彩る、ソースとかケチャップの跡なんだけどね。
「ちょっと動いたらだめだよ」
僕はそう言って、持っていたティッシュペーパーで妻の頬を拭いていやる。
「こんなにたくさん買い込んでこなくても、良かったんだよ?」
妻はたぶん、三人分だろうなあ。
多くの袋を腕に吊り下げている。
手だけでは事足らず、そういつもは隠している尻尾まで。
その色は嬉しさに赤くなっていた。
「あー、僕が持つよ。
お尻の裾が、持ちあがってるし‥‥‥」
と、尾の先にあるたぶん、焼きそばかな?
それの入った箱を入れたビニール袋を、取ろうとすると、それはスルっと。
拒絶された。
「え? え?」
何度か試すが、全部まるで後ろに目がついているようにするすると逃げられてしまう。
「お、お前。
なんで??」
「だめです」
と問うと、エミュネスタは知りません、と言うような顔をして言った。
「なんでだめなんだい?」
理由はなんとなく分かるけど。
「だって、だんな様。
またエミュネスタの弱い部分を弄ぶおつもりなんでしょう?」
いや、そんな人聞きの悪い言い方はやめてくれ。
「もう、しないから。
約束するからさーー」
浴衣の裾から、チラチラと下着が見えてるんだよ。
まあ、着物の下に下着をつけないのは常識だけど。
今日に限っては常識を知らないでくれていて良かったと思うよ、エミュネスタ。
「本当に意地悪しませんか?」
最近、とみに疑り深くなった気がする我が妻。
一緒の高校に通うようになり、同じクラスで過ごようになった。
人間の女子生徒とも親しくなり、どうやらいろいろな知識を仕入れているらしく。
あらぬ疑いをかけられることもしばしばある。
僕はそんなに性欲に飢えた人間ではないんだよ、と否定したこともあるのだけど。
「はいはい。
本当に意地悪しないから。
下着が少し見え隠れしてるんだよ。
恥ずかしいから、貸しなさい」
そう言うと、ようやくそれを渡してくれた。
「え、そんなに見てたんですか、だんな様??!」
「見てないよ。見え隠れしてたの」
「でも、見てたんですよね?」
「見えたから、受け取ったんだよ、エミュネスタ」
ふーん、とエミュネスタはこっちを怪しげに見る。
本当に人間臭くなってきたなあ、このドラゴンプリンセス。
このまま人間社会に順応してくれれば、嬉しいのは間違いないのだけど。
その前に、僕がいろいろと牽制されそうで怖い。
と思っていたら、今度はりんご飴を舐めながらエミュネスタが言う。
「だんな様、そんなに見たいですか?」
そんなにあっさりと言われたら、逆に、はいとは言えないよね。
「はあー‥‥‥。
今夜はいつもにも増して、僕をいじめるんだね、お前は」
そう言うと、妻は意地悪そうな顔をして笑った。
ああ、もうわかったよ。
僕の負けでいいよ。
「見たいよ?
でも、いつも見てるけどね。
毎朝、毎晩、ね?」
ちぇっ、と今度は人間臭く。
妻はつまらなさそうにする。
「どこで覚えたんだい、そんな仕草。
まあ、可愛くていいけどね」
そう一言付け加えてやると、エミュネスタは必ず嬉しそうにする。
うん、その浴衣も似合っていて可愛いよ、僕の竜姫様。
そういえば、と僕は思いだす。
「お前、今夜は友達と一緒じゃなかったの?
高木さんとか、今井さんとか」
その二人と遊んできます、と普段着で出かけて行ったから、この浴衣姿に最初僕は驚いたのだけど。
「ああ、そのお二人ならーー」
と、神社の方を指差す。
「まだ、夜店を楽しみたいと言われていましたので。
エミュネスタは先に、帰らせて頂きました」
頂きましたって、その浴衣はどこで用意した?
「で、その浴衣は?」
「はい、この和服でしたら高木様のご実家が、ごふうてん? ですか?」
ああ、そういうことか。
「呉服店、だね。
貸し衣装を着付けしてくれたのかな?
クリーニングしてお返ししないといけないね」
僕は勘違いしたのだけれどそれは大きな勘違いだった。
「いえ、だんな様。
これは購入致しました」
「あれ、そうなんだ?
いくらくらいしたの?」
そうですねえ、とエミュネスタは思い出すようにして、
「確か、6万円前後だったとーー」
見事に餌になったな、このドラゴン。
うん? でも待てよ、と思い尋ねてみる。
「それって、その一着だけかい?」
ーーと。
案の定、エミュネスタはいいえ、と返事をかえしてくる。
「他にも、色・柄違いのものがありまして。
わたしがだんな様にお会いした時のような物が多くありましたので。
好きなものを選んで参りました」
この時、僕をとても嫌な予感が襲っていた。
もしかして、6万円前後というのは今着ている浴衣と帯や履き物の一式だけの値段なのではないか、と。
そして、そのお気に入りで買った数着というのは。
まさか、本格的な着物ではないのか、という不安が頭を過ぎる。
「な、なあ、お前?」
エミュネスタはりんご飴を完食して、イカ焼きに移ろうとしていた。
「はい?
あ、だめですよ、これ1本しかありませんから。
由樹には、あげませんからね」
獲物を奪われまいとするエミュネスタ。
「いや、そうじゃなくって‥‥‥ね。
まさか、その選んだ物って。
帯だったり、その浴衣よりも生地が厚かったりしなかったかい?」
値札は確認したのかな?
とは、あまりにも怖くて言えなかった。
「え?
はい、いろいろと勧めて頂きましたよ。
えーと、ちりめんとかはばたえとか‥‥‥???」
縮緬に羽二重!!???
僕は頭が痛くなりそうだった。
百万単位の出費だね、これは。
「そっ、そうか。
まあ、好きなら、それで。
いいよ、うん」
仕方ない。
前にルシアン義兄さんが結婚した時に贈った祝儀のお返しで、うちにはまだ金塊がある。
それに、現金も毎月、振り込まれているし‥‥‥
日本政府から、種族交流支援金という名目であまり言えない金額が支給されているから。
まあ。
いいよ、うん。
僕もそんな思い切った買い物をしてみたい。
その度胸がない自分をすこしばかり恨めしく思ったりもしたのだけど。
「はい、ありがとうございます、由樹」
その天使のような笑顔で言われたら、なんでも許してしまいそうになる。
さて、その金額の領収書を見るのがいつになることやら。
「はあ……」
「どうしました、だんな様?
重いため息をつかれたりして」
「ううん、なんでもないよ。
ああ、高木さんの家でなにか貰わなかった?
これくらいの大きさの書類とか、レシートとか」
一応確認してみる。
「あ、これですか?
なぜか、数字が大きかったですけど」
大きかった!?
見るのが怖いなあ。
そう思ってエミュネスタが手提げ袋というか、巾着袋から取り出した一枚の領収書。
そこには、0がまあ‥‥‥
もう見たくないな、この領収書。
とりあえずそれを財布の中に封じ込めることにした。
「しかし、よく食べるね、お前。
もう両手にあったものが無くなってるーー」
「はい、とても美味しかったので。
あ、そうだ」
突然、エミュネスタが何かを思いついたように言う。
「これを家に置いたら、二人で行きませんか、由樹?
まだ20時前ですし。
夜店は22時過ぎまでやっていると言っていましたから」
とまあ、そんなお誘いを頂いたから。
僕は、まだ今年は浴衣を着てなかったと思い出して、帰宅すると隣の部屋の母さんを訪ねた。
「あれ、どしたの由樹。
あたしに夜の夫婦生活を邪魔されたくなくて、追い出した親不孝息子が訪ねてくるなんてーー」
母さんはあからさまな嫌味を言い、僕をにらみつけてくる。
「母さん、僕の浴衣、なかったかな?
今日、高柳神社の祭りらしいんだ。
エミュネスタが浴衣を買ってきたから、合わせたくてさ」
そう母さんに、お願いしてみた。
残念ながら、着付けまで僕はわからなかったから。
「ふーん。
まあ、いっか。
入りなさいよ、こっちにあるから」
母さんを追い出した? あの日から入った事の無かった母のマンションの部屋に上がる。
「母さんーー
なんだよ、このお揃いすぎる部屋は‥‥‥」
なによ、別にいいじゃない。
そう言いながら、母さんはタンスから僕の浴衣を出して着付けをしてくれた。
「恋人の人。
いい人なの?」
新しく義父になるかもしれないまだ会った事のない年上の男性。
僕は少し気になって聞いてみた。
「んー?
うーんー‥‥‥うん。いい人だよ。
一緒にいて、さ。
父さんのことは忘れられないけど。でも、気持ちが楽になるんだ。
ごめんね、由樹」
母さんはすまなさそうにそう言った。
「別にいいよ、恋人作る宣言して、ルシアン義兄さんに僕を売ったことは忘れてないけど」
僕はさらりと嫌味を言って、母さんの部屋を後にした。
「お母様、楽しそうでしたね、だんな様」
僕たちの部屋で待っていてくれたエミュネスタがそう言ってくれた。
「聞こえてた?
うん、僕も母さんには今のままで幸せになって欲しい。
さ、行こうか」
「はい、だんな様」
竜族の妻は人の数百倍は感覚が優れている。
今回は、まあ、それがいいことに役立ってくれた。
「なかなか大きな神社だね、ここ」
「そうなんですか?
わたしはあまりこういった場所には疎くて」
「うん、まあ、そうだよね。
こういった場所は好きかい?」
興味があるなら一緒に休みの日に周ってもいいなと思い、僕は妻に聞いてみる。
「はい、日本の古い建築物は趣き、というのですか?
とても静けさの中に芯の強い力強さがあって、エミュネスタは好きです」
「趣き、なんて古い言葉を使うなんて意外だけど。
なら、これからは休みの時はいろいろと尋ねてみようか?」
「いいのですか?」
だって、と僕は言う。
「家の中にいても、暇なだけだろ?
二人で過ごす時間は、いろんな場所で経験したいじゃないか」
その言葉にエミュネスタはとても嬉しそうで。
僕は妻が祭りに誘ってくれたことに感謝した。
僕はすこしばかり困ってしまった。
なんでこうなってしまったのだろう。
目のまえにいる我が妻はその両手にたくさんのーー
「エミュネスタさーん‥‥‥。
なにかな、その両手一杯に持ってる、たくさんのーー」
夏祭りの屋台で売っている、いろいろなお菓子やフランクフルトや、たこ焼きなど。
「だんな様、これ、とても美味しいですね!!!」
と浴衣姿の彼女は嬉しそうに言いながら、食べ終えたフランクフルトの串をその辺にあったゴミ箱に捨てる。
「いや、うん。
美味しいのはいいことなんだけどね。
どこでそんなに買い込んできたのさ、お前」
ああ、それなら、とエミュネスタは後ろの山の方をかえりみる。
あ、そうか。
今日は、秋祭り。
近所にある、大きな神社で神輿や獅子舞いが披露され、屋台が封鎖された公道と神社の入り口から本殿まで続く道
の両端を埋め尽くしている、はず。
「大柳神社の秋祭りだったのか、今日。
でも、その浴衣はどうしたの?
少し季節外れではあるけど。
でも、綺麗だよ」
その言葉に嬉しそうなエミュネスタ。
まあ、問題はその両頬を彩る、ソースとかケチャップの跡なんだけどね。
「ちょっと動いたらだめだよ」
僕はそう言って、持っていたティッシュペーパーで妻の頬を拭いていやる。
「こんなにたくさん買い込んでこなくても、良かったんだよ?」
妻はたぶん、三人分だろうなあ。
多くの袋を腕に吊り下げている。
手だけでは事足らず、そういつもは隠している尻尾まで。
その色は嬉しさに赤くなっていた。
「あー、僕が持つよ。
お尻の裾が、持ちあがってるし‥‥‥」
と、尾の先にあるたぶん、焼きそばかな?
それの入った箱を入れたビニール袋を、取ろうとすると、それはスルっと。
拒絶された。
「え? え?」
何度か試すが、全部まるで後ろに目がついているようにするすると逃げられてしまう。
「お、お前。
なんで??」
「だめです」
と問うと、エミュネスタは知りません、と言うような顔をして言った。
「なんでだめなんだい?」
理由はなんとなく分かるけど。
「だって、だんな様。
またエミュネスタの弱い部分を弄ぶおつもりなんでしょう?」
いや、そんな人聞きの悪い言い方はやめてくれ。
「もう、しないから。
約束するからさーー」
浴衣の裾から、チラチラと下着が見えてるんだよ。
まあ、着物の下に下着をつけないのは常識だけど。
今日に限っては常識を知らないでくれていて良かったと思うよ、エミュネスタ。
「本当に意地悪しませんか?」
最近、とみに疑り深くなった気がする我が妻。
一緒の高校に通うようになり、同じクラスで過ごようになった。
人間の女子生徒とも親しくなり、どうやらいろいろな知識を仕入れているらしく。
あらぬ疑いをかけられることもしばしばある。
僕はそんなに性欲に飢えた人間ではないんだよ、と否定したこともあるのだけど。
「はいはい。
本当に意地悪しないから。
下着が少し見え隠れしてるんだよ。
恥ずかしいから、貸しなさい」
そう言うと、ようやくそれを渡してくれた。
「え、そんなに見てたんですか、だんな様??!」
「見てないよ。見え隠れしてたの」
「でも、見てたんですよね?」
「見えたから、受け取ったんだよ、エミュネスタ」
ふーん、とエミュネスタはこっちを怪しげに見る。
本当に人間臭くなってきたなあ、このドラゴンプリンセス。
このまま人間社会に順応してくれれば、嬉しいのは間違いないのだけど。
その前に、僕がいろいろと牽制されそうで怖い。
と思っていたら、今度はりんご飴を舐めながらエミュネスタが言う。
「だんな様、そんなに見たいですか?」
そんなにあっさりと言われたら、逆に、はいとは言えないよね。
「はあー‥‥‥。
今夜はいつもにも増して、僕をいじめるんだね、お前は」
そう言うと、妻は意地悪そうな顔をして笑った。
ああ、もうわかったよ。
僕の負けでいいよ。
「見たいよ?
でも、いつも見てるけどね。
毎朝、毎晩、ね?」
ちぇっ、と今度は人間臭く。
妻はつまらなさそうにする。
「どこで覚えたんだい、そんな仕草。
まあ、可愛くていいけどね」
そう一言付け加えてやると、エミュネスタは必ず嬉しそうにする。
うん、その浴衣も似合っていて可愛いよ、僕の竜姫様。
そういえば、と僕は思いだす。
「お前、今夜は友達と一緒じゃなかったの?
高木さんとか、今井さんとか」
その二人と遊んできます、と普段着で出かけて行ったから、この浴衣姿に最初僕は驚いたのだけど。
「ああ、そのお二人ならーー」
と、神社の方を指差す。
「まだ、夜店を楽しみたいと言われていましたので。
エミュネスタは先に、帰らせて頂きました」
頂きましたって、その浴衣はどこで用意した?
「で、その浴衣は?」
「はい、この和服でしたら高木様のご実家が、ごふうてん? ですか?」
ああ、そういうことか。
「呉服店、だね。
貸し衣装を着付けしてくれたのかな?
クリーニングしてお返ししないといけないね」
僕は勘違いしたのだけれどそれは大きな勘違いだった。
「いえ、だんな様。
これは購入致しました」
「あれ、そうなんだ?
いくらくらいしたの?」
そうですねえ、とエミュネスタは思い出すようにして、
「確か、6万円前後だったとーー」
見事に餌になったな、このドラゴン。
うん? でも待てよ、と思い尋ねてみる。
「それって、その一着だけかい?」
ーーと。
案の定、エミュネスタはいいえ、と返事をかえしてくる。
「他にも、色・柄違いのものがありまして。
わたしがだんな様にお会いした時のような物が多くありましたので。
好きなものを選んで参りました」
この時、僕をとても嫌な予感が襲っていた。
もしかして、6万円前後というのは今着ている浴衣と帯や履き物の一式だけの値段なのではないか、と。
そして、そのお気に入りで買った数着というのは。
まさか、本格的な着物ではないのか、という不安が頭を過ぎる。
「な、なあ、お前?」
エミュネスタはりんご飴を完食して、イカ焼きに移ろうとしていた。
「はい?
あ、だめですよ、これ1本しかありませんから。
由樹には、あげませんからね」
獲物を奪われまいとするエミュネスタ。
「いや、そうじゃなくって‥‥‥ね。
まさか、その選んだ物って。
帯だったり、その浴衣よりも生地が厚かったりしなかったかい?」
値札は確認したのかな?
とは、あまりにも怖くて言えなかった。
「え?
はい、いろいろと勧めて頂きましたよ。
えーと、ちりめんとかはばたえとか‥‥‥???」
縮緬に羽二重!!???
僕は頭が痛くなりそうだった。
百万単位の出費だね、これは。
「そっ、そうか。
まあ、好きなら、それで。
いいよ、うん」
仕方ない。
前にルシアン義兄さんが結婚した時に贈った祝儀のお返しで、うちにはまだ金塊がある。
それに、現金も毎月、振り込まれているし‥‥‥
日本政府から、種族交流支援金という名目であまり言えない金額が支給されているから。
まあ。
いいよ、うん。
僕もそんな思い切った買い物をしてみたい。
その度胸がない自分をすこしばかり恨めしく思ったりもしたのだけど。
「はい、ありがとうございます、由樹」
その天使のような笑顔で言われたら、なんでも許してしまいそうになる。
さて、その金額の領収書を見るのがいつになることやら。
「はあ……」
「どうしました、だんな様?
重いため息をつかれたりして」
「ううん、なんでもないよ。
ああ、高木さんの家でなにか貰わなかった?
これくらいの大きさの書類とか、レシートとか」
一応確認してみる。
「あ、これですか?
なぜか、数字が大きかったですけど」
大きかった!?
見るのが怖いなあ。
そう思ってエミュネスタが手提げ袋というか、巾着袋から取り出した一枚の領収書。
そこには、0がまあ‥‥‥
もう見たくないな、この領収書。
とりあえずそれを財布の中に封じ込めることにした。
「しかし、よく食べるね、お前。
もう両手にあったものが無くなってるーー」
「はい、とても美味しかったので。
あ、そうだ」
突然、エミュネスタが何かを思いついたように言う。
「これを家に置いたら、二人で行きませんか、由樹?
まだ20時前ですし。
夜店は22時過ぎまでやっていると言っていましたから」
とまあ、そんなお誘いを頂いたから。
僕は、まだ今年は浴衣を着てなかったと思い出して、帰宅すると隣の部屋の母さんを訪ねた。
「あれ、どしたの由樹。
あたしに夜の夫婦生活を邪魔されたくなくて、追い出した親不孝息子が訪ねてくるなんてーー」
母さんはあからさまな嫌味を言い、僕をにらみつけてくる。
「母さん、僕の浴衣、なかったかな?
今日、高柳神社の祭りらしいんだ。
エミュネスタが浴衣を買ってきたから、合わせたくてさ」
そう母さんに、お願いしてみた。
残念ながら、着付けまで僕はわからなかったから。
「ふーん。
まあ、いっか。
入りなさいよ、こっちにあるから」
母さんを追い出した? あの日から入った事の無かった母のマンションの部屋に上がる。
「母さんーー
なんだよ、このお揃いすぎる部屋は‥‥‥」
なによ、別にいいじゃない。
そう言いながら、母さんはタンスから僕の浴衣を出して着付けをしてくれた。
「恋人の人。
いい人なの?」
新しく義父になるかもしれないまだ会った事のない年上の男性。
僕は少し気になって聞いてみた。
「んー?
うーんー‥‥‥うん。いい人だよ。
一緒にいて、さ。
父さんのことは忘れられないけど。でも、気持ちが楽になるんだ。
ごめんね、由樹」
母さんはすまなさそうにそう言った。
「別にいいよ、恋人作る宣言して、ルシアン義兄さんに僕を売ったことは忘れてないけど」
僕はさらりと嫌味を言って、母さんの部屋を後にした。
「お母様、楽しそうでしたね、だんな様」
僕たちの部屋で待っていてくれたエミュネスタがそう言ってくれた。
「聞こえてた?
うん、僕も母さんには今のままで幸せになって欲しい。
さ、行こうか」
「はい、だんな様」
竜族の妻は人の数百倍は感覚が優れている。
今回は、まあ、それがいいことに役立ってくれた。
「なかなか大きな神社だね、ここ」
「そうなんですか?
わたしはあまりこういった場所には疎くて」
「うん、まあ、そうだよね。
こういった場所は好きかい?」
興味があるなら一緒に休みの日に周ってもいいなと思い、僕は妻に聞いてみる。
「はい、日本の古い建築物は趣き、というのですか?
とても静けさの中に芯の強い力強さがあって、エミュネスタは好きです」
「趣き、なんて古い言葉を使うなんて意外だけど。
なら、これからは休みの時はいろいろと尋ねてみようか?」
「いいのですか?」
だって、と僕は言う。
「家の中にいても、暇なだけだろ?
二人で過ごす時間は、いろんな場所で経験したいじゃないか」
その言葉にエミュネスタはとても嬉しそうで。
僕は妻が祭りに誘ってくれたことに感謝した。
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