竜姫からの招待状

星ふくろう

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第四章 平穏な日常とドラゴンプリンセス

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 ふーん、ふんふんーふーんーーー

 そんな感じにエミュネスタの鼻歌が朝からリビングルームに接した台所から聞こえてくる。
 朝に弱いお姫様なのに彼女は頑張って、新妻を楽しんでいるように見えた。
「ねえ、由樹ーー??」
 旦那様と呼ばないとはまた珍しい。
 どうしたんだろ?
 そんなに喜ばしいことでもあったのかな?
 妙に心にひっかかるものを感じながら僕は返事を返す。
「なんだい、お前?
 どうしてそんな、にー‥‥‥」
 へえ。
 そう思わず声を上げてしまった。
 学校に行く前だからブレザー制服の彼女は、その長い青い群青色の髪をポニーテールのように結い上げて可愛らしい控えめな黒いシュシュで飾った彼女を初めて目にしていた。
「いいね‥‥‥。
 うん、とても綺麗だよ、エミュネスタ」
 竜族独特の角の羽、尾を隠した彼女はどうやら最近、ヘアスタイルに凝っているらしい。
 あの高木呉服店と一緒にその長く豊かな髪をいろいろと編み上げたりしているのを多々、教室で見かけていた。
 今朝の彼女が僕を置いて、早起きした理由はこれだったんだね。 
 左側頭部の髪を五本に編み込み、それを後頭部でまとめて高く結い上げる。
 うーん、とてもいい。
 これは陳腐な表現だな。
 春先の闇夜に照らし出された桜の園の中を歩く、一輪の黒と菫色の艶やかな美女。
 そう形容したほうがいいかもしれない。
 しかしーー 
 僕のほめ言葉が足らなかったらしい、今朝の目玉焼きはいつもは二個なのが一つだった‥‥‥
 
 あれ、褒め言葉が足りないとそう来るのか。
 ふうん、まあそれなら自分でするからいいんだけどね?
 そう思い席を立とうとすると、にっこりと視線でそれが制止される。
 
 何か足りません?
 旦那様?

 エミュネスタのお皿には目玉焼きは三つ。
 彼女も二つは食べるから、これは足らないことばを言えば差し上げますよ?
 そいういう意思表示らしい。
 怖いなあ、我が妻は。
 僕はすこしばかり冷や汗をかく。
 その挑戦的な瞳の裏には、あなたに喜んでもらうためにここまで早起きしたんですよ?
 普段は朝寝坊までするこのエミュネスタが。
 そんなことを暗に示しているようでー‥‥‥これは非常にまずいねえ。
 さて、どう言葉を選べばいいんだろ?
 目玉焼きはどうでもいいんだ。
 問題なのかエミュネスタがなにを欲しているか。
 綺麗だよ、その言葉じゃないな。愛してるよ、それは毎朝言ってる。
 君は世界一綺麗だよ?
 そんなセリフはどうも寿命を縮めそうだ。
 もっと簡素で努力を誉める言葉がいいな。
 何だろう?

 エミュネスタは竜族だ。
 年齢も僕と近いし、すでに夫婦でもある。
 でもそこには文化と人種の壁がある。
 彼女がどれほど綺麗で、その姿しか目に入らない。
 そう力説しても、これはあまり意味を持たない気がした。
「うん、そうだね、エミュネスタ。
 今日の君は、僕の知る同世代のどの女性より。
 そう、一番輝いていて美しい。
 僕のためにその髪を編んでくれたことに感謝しようかな?」
 僕だけのドラゴンプリンセス?
 そう言い、そばに近づいてキスをする。
 ま、これが一番、無難だよね。
 おーい、舌を絡めてくるのは反則だよ、エミュネスタ。
 僕はいつでも君を求めたいんだから‥‥‥
「はい、終わり」
 そう言い、さっと彼女のお皿と僕のお皿を交換する。
 見つからないように。
「えー‥‥‥そんなあ、ずるいです、旦那様。
 エミュネスタはこんなにも頑張ってしましたのに。
 キスだけなんてーー」
「ねえ、そう求めてくるのは良いんだけどね?
 最近、軽く化粧とかにも凝ってるみたいだけど。
 その時間あるの?」
 と、そう意地悪に僕は言うと壁にかけた掛け時計を指差す。
「あーーーー!!!」
 まあ、そう叫んで大急ぎで食事をしてて気づかないとこもまた間が抜けているというか。
 パンも目玉焼きも同時に口にくわえて準備に自室に入るお姫様ってのもどうなんだろうなあ?
 僕はそう思いながら、最後の目玉焼きを美味しく頂くことにする。
 うん、これはたまにはいいだろう?
 そう思った時だ。
「それ、エミュネスタの!!
 だめですよ、由樹ーー」
 どこから見てるのかなあ??
 君の部屋とこのリビングルームの間には少なくとも二枚は薄い壁があるはずなんだけど。
「あーはいはい‥‥‥」
 これは持ってきてください。
 そういう合図だ。
 僕はやれやれ、結局いつも通りなんだよねえ? 
 そう思いながら妻の自室に入ると、少しだけ唖然とした。
「なにをしているのかな‥‥‥???」
 さっきまで着込んでいた制服はどこにいった?
 なぜ下着姿なんだ、君は?
「昨日、下着姿のままで寝たんです。
 新しいのに着替えないとーー」
 昨日って‥‥‥夜遅くまで自室でゴソゴソやってたあれか。
 なにをしているのか気になったけど、寝室に来ないからそのまま自室のベッドで寝たのは知っていた。
「で、それは古い方なのかな?
 それとも?」
「いまから着替えるんです」
 そんなストレートに言われて裸を目のまえにした男子高校生が。
 しかも同級生の、まあ、妻だけど。
 そこいらの芸能人真っ青の美少女の裸‥‥‥もうダメだ。
「ここに置いておく。
 先に行くよ」
 我慢できるか、こんなシチュエーション。
 役得にも程があるよ。
「そんな、旦那様!?」
 悲鳴にもにた待ってくださいコールを無視して僕はマンションを出る。
 するといるんだよねえ、マスコミ関係者さんたち。
 どこから集まってくるんだろ?

「新竹さん、そろそろご結婚されて半年ですよね?
 竜族の姫君との新婚生活はいかがですか!?」
「新竹さん、由樹さんですよね?
 もう子供のご予定は?
 海外では、妊娠された女性竜族がいらっしゃるとかーー」

 あー‥‥‥もう。
 なんというかね、マスコミさんはいろいろはき違えてる。
 真実を報道する権利なんかないよ。
 事実を的確に、情報操作することなく伝える義務と、それに付随する取材する権利があるだけ。
 僕はその場にいたマスコミ関係者に、しばらく使わなかった言葉を放った。
「竜族との公約により、人間族との配偶者秘匿特権があります。
 それを探る人間、もしくは社会的は誰かに対しては特別な量刑が科されます。
 いまこの場にいる方々、全員を僕は告発します」
 ってね。
 そして返ってくる、嫌味の応酬。
「それはまるで我々を生贄にするような物ではないですか!!」
「そうですよ、警告や事前通告があってしかるべきでしょ?
 あなた、高校生だからって社会を馬鹿にしていませんか?」
 あー呆れるよ。
 これがいい大人の台詞?
 情けない。
「じゃあ、いまのを警告にしましょう。
 あなたたちの未来の為に、投資しますよ。
 もっとまともなマスコミ関係者に育ってくれることを僕は祈ります」
 あまりにもめんどくさいから、僕は常に二十四時間態勢で待機してくれている彼ら。
 外務省の警備官を片手を上げて呼んだ。
 その黒い車は僕を後部座席に収容すると軽やかに走り出す。
 運転手さんが、独り言のように言ってくれた。
「特権階級も‥‥‥楽じゃないみたいです、ね?」
「多分。
 でも、僕はそのうちそれから外れますけどね?」
 僕の困った顔に、彼と助手席の二人は怪訝な顔をする。
「えー‥‥‥それはどういう?」
 聞いてもいいのか?
 さあ、どうだろうなあ?
 二人は視線でそんな会話をしていた。
「大学を出るまではー‥‥‥そうです、ね。
 日本政府に資金を援助して頂きますけど。
 その後にはすべてを返済する気でいます。
 まあ、生命保険もかければ、足りるでしょ?
 生涯をかけて返せば」
「いや、それはーまるで‥‥‥」
 僕はそれには明言しないまま、笑顔で二人に答えた。
 そして高校に着いた時。
 車から降りた僕を待っていたのはもちろん、我が妻、エミュネスタ。
「もう、ひどいです、由樹は!!
 エミュネスタを置いていくなんて!!」
 この仲睦まじい姿を見て、あの車内の二人はどう思うだろう?
 特権階級なんて、一時の夢。
 それにすがる人間は、いずれーー
 そう、いずれ始まる人間による人間狩りに会う。
 それまでが、僕らの幸せのタイムリミット。
 いまは、それでいい。
 僕はさんざんぼやくエミュネスタを抱きしめて高校の中へと入って行く。
 この幸せは、永遠ではないことを心に刻みながら。
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