コスモスファーリング -銀河を揺るがしたとある罹患病の顛末記ー

星ふくろう

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プロローグ

過去への失念

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 美亜が疑問を口にした時、ふと何かが動いた。
 ドームの入り口であってそうでないそれは、何かと何かがくっついたような。
 そんな感触。密やかにドームの中に振動が走ったが、外でバーベキューの準備をしている他の人々には伝わらないものだった。
「来たか」
「え? え?」
 おいで、美亜。
 と陽一が手を差し伸べる。
 何もかもが理解できない中で美亜はその手を取り引かれるままにドーム内の高台を降りた。
「いいか、見ても怖がるんじゃないぞ?
 見たままが真実だ」
 祖父は何を言っているのだろう。
 本能のようなものが警鐘を鳴らしていた。
 ダメダメ、ここから先はー。
 そう脳裏で誰かの声がするがどうしようもない。
 入り口を祖父が開けると、そこには見たことのない空間が広がっていた。



 市内に出た買い出し組はOBの谷塚の運転する車で帰路を急いでいた。
 思ったより肉が売り切れていて、数か所のスーパーをはしごしなくては食材が足らなかった。
「これ間に合いますかね?
 観測始めるのあと一時間あとくらいでしょ?」
 天文部副部長の中道が助手席で運転席でハンドルを握る谷塚に言う。
 彼の愛車のワンボックスには男女合わせて六人が乗り合わせていて、そのカラーリングもなかなかに華やかなものだった
 谷塚自身は普通の日本人だったが、その他五名はみんな、美亜が言うところの遺形の子供たちだった。
「まあ、あと十五分だしなんとかなるんじゃないかなあ。
 まさか山頂目指して混んでるってこともないし」
 初日の出はもう少し東側にある山の山頂展望台から見るのが地元民の慣例となっている。
「あ、やばいなあ。
 なんで靄がこんな時間から出てくるんだ?」
 道路にうっすらと白いものが漂い始めてきて、谷塚はライトをハイビームに消えり変えた。
 対向車など皆無の山中には人家がないからだ。
「この時間の靄だと、観測始める頃には辺り一面真っ白ですねー。
 バーベキューの準備して食べてから深夜回ってからかなあ」

 二年の八房通が銀髪を車の窓を開けてたなびかせながら言った。
「あれ、なんだあれ」
「え? なになに?」
 八房が指差す方向には天文台のある屋上があり、その付近で何かが光ったような気がした。
「あ、ほんとだ。なんだろあの光」
 二年の近藤れいなが身を運転席側に乗り出して外をよく覗き込もうとする。
「光ー?
 なんにも見えないぞ?」
 谷塚がそこに視線をやってもうっすらと人工的な灯りが灯っているだけだ。
「バーベキューの準備で炊いた炎の灯りじゃないのか?」
「違いますよ、そういう赤いのじゃなくて、なんていうか」
 中道が表現に困ったような顔をする。
「黒いっていうか、青いようなーえーと、そう、シリウスみたいな」
「シリウスなら青ってより銀色だろ?」
「もー違いますよ、副部長!」
 れいなが間に割って入る。
「あれは青とかじゃなくて、光を吸い込んだ黒みたいな色じゃないですか」
「あー、それそれ。そんな感じ」
 八房が同意する。
「なんだそりゃ?
 ブラックホールか何かが現れたってか?」
 谷塚にはまったくもって理解できないが、この子たちの瞳は人間が捉えることのできない可視領域にある光が見えている可能性は否定できなかった。
「あ、でも消えたなあ……」
 中道が残念そうに言う。
「なんだったんだ?」
「さあ?」
 その場にいた全員が不思議そうな顔になった。
 一人、谷塚だけがあえてそういう顔を作っていた。
(来るにはまだ早いでしょ。
 何やってんすか、先輩)
 心中で陽一に問いかけながら谷塚は車の速度を少しだけ上げた。
 まだ、迎えに来るには早い。
 予定が変わったのか、それとも。
 彼の心の中に焦りが生まれ始めていた。


 屋上の簡易的に設営されている仮設テントの下でバーベキューの準備は着々と整いつつあった。
 買い出し組と陽一と美亜を除いた教諭一人と二、三年の女子三人は予め準備しておいた野菜や肉を買い出し組の帰還が遅いからとの理由で、試食という名目の元に早い晩餐を始めていた。
「でもいいんですか、大森先生」
 と美亜の友人の高橋ハルカが方頬に焼いた肉を詰め込みながら聞いた。
「ん?何がだ、高橋」
 大森はというと、五十代前半の少し薄くなった頭部を気にしていると言いながらコレステロールの多い缶ビールを開けようとしていた。
「あー、先生、それヤバイっしょ」
「なにがだよー、課外授業なんてこの二十年近くなんの問題も起きてないんだからいいんだよー」
 国産の少しばかり安物の発泡酒の蓋を開けて、彼は教師にあるまじく一気にそれを喉に流し込む。
「あーあー……」
 二年の大西結花のため息を筆頭に、生徒三人はまた始まったよこの先生……。
 という顔をした。毎月の課外授業で大森はこうなると酔っ払いになるまで二時間とかからないのだ。
「やっちゃった。まあ、いつものことだけど」
 結花が呆れを通り越した声で言う。
「だって、いつもお前らがちゃんとやってくれるからさ。
 俺もこうして呑めるわけで」
 早くも350ml缶を空にして二本目に行こうとするその手を、ハルカがはたきおとす。
「まだ、だめです。
 いつもは観測終わりころでしょ?
 いままだ二十一時なんですから!」
「えー……いいじゃん、ハルカ」
「恋人みたいに呼ばないでください、この酔っ払い教師」
「いや、それは俺も困るんだけど」

 流石に十代前半の女子との淫行などとなったら人生そのものが終わってしまう。
 まあ、彼女たち(うち一人は違うが)遺形の子を前にしたらその透き通るような不思議な魅力に捕らえられそうになりそうになる時がある。
 過去にはそうした性的犯罪もあった。
 そう、美亜の祖母の亜紀のようにー。
「うん、そうだな。
 今夜はこれでやめとこう」
「え?
 要らないんですか、これ」
 ハルカは意外そうな声を出す。
「先輩、もう世話女房ですよね。
 そのまま大森先生と十六歳なったら結婚したらいいじゃないですかー」
 結花が無責任な囃し方をしてくる。
「あんた、うるさい」
 すいません、と首をすくめる後輩をにらみつけてハルカは何かあったのかというように大森を見つめた。
「先生、本当に大丈夫?」
「んー……。うん、大丈夫」
 空返事に近い返事だけが返ってくる。
「全然大丈夫そうに見えないですね、先輩」
「うん、とうとう痴呆が始まったかなあ?
 頭も薄くなりかけてるし。あたし、そこまで面倒見切れないんだけど」
「え? 先輩?」
 結花のまさか? という視線をないない、と手を振って払拭するハルカ。
 それでも、彼女の視線は何か考え事を始めた大森から離れることは無かった。
「先生?」
 目の前まで行って手で視線を遮ってみる。
「ああ、わかってる。
 大丈夫だよ。ありがとう」
 ちょっと過去を思い出したんだよ、そう口には出さずに胸中で大森は呟いた。

 美亜の母、金森亜紀は彼が教師になって初めて赴任してきたこの中学校で、最初に副担任として勤務した一年のあるクラスにいた。
 美亜に似た容姿で彼女は病弱なくせに、冬場でも活発に遊びまわり、倒れそうになって周囲に心配をかける問題児だった。
 あの頃はこの歩山城中学校にも千人近い生徒がいて市内にも数校の公私立高校があったから亜紀はそのまま進学していった。

「先生、私ね、あの景色が大好きなんですよ。
 満月が峠から上がってくるときだけ普段の倍以上、大きく見えるんです。
 本当に綺麗なんですから」
 病弱な体質という点を除けば彼女は容姿も悪くなく、成績も優秀な生徒だった。 
 進学した高校も県下では有数の進学校だったし、数学の才能が飛びぬけていた。
 ただ、あの容姿だけが彼女を周囲から遠ざけ、そして孤独の何かへと追い込んでいった。
 高校一年の夏休みに行方不明となり、それから数年して故郷へ戻ってきたときには一人の幼児を連れていた。容姿は遺形ではない普通の幼児を。
 そして、当時、中学二年生だった陽一は幼馴染の彼女と付き合うようになり高校進学したのちに結婚した。相当苦労して大学を出たと大森は聞いている。

 あの日。
 彼女が消えたあの前日にも、こうして課外授業を行っていた。
 そして彼女はあそこ。
 そう、いま美亜と陽一がいるはずの天文台から忽然と姿を消したのだ。
 OBとしてたまたま姿を現し、いつの間にか帰ったものだと当時は百人近い部員の監督をしていた大森は思っていた。
 あの時。
 俺も一緒に天文台の中にいた。
 大森は過去の記憶を探る。
 たまたまではない、命じられて外に出たのだ。
 そして今夜も彼らはやってくる。
 それは、まだ早いが、着々と近付いていたはずだった。
 大森はこの時、天文台の中から陽一と美亜が消えていることに気づいていなかった。
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