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第一章 悲しみの聖女と精霊王

逃がしませんよ、愛しい旦那様!!? 3

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 しかし、我が夫、風の精霊王エバース様は‥‥‥本当に――頑固、だった。

「ダメだ」

「でも、旦那様?」

「ダメだ!」

「ですが、旦那様!?」

「ダメだと言ったらダメだ!!!」

 こんなやりとりが十数回。
 折れないわたしと、折れたくない旦那様。
 二人の、いえ、アズオル様とニーエさんは最初は驚き、なかば呆れ果て、最後の方はいつものことだ。
 そんな顔でこのやりとりを見ていた。

「そうですか。
 いつもそうなんですね?
 アズオル様に先程、いつもそうやって大事なものを、なんて言われていましたけど!?
 アリアはよくわかりました!」

 最初はダメですか?
 そうしおらしげに。
 次はお願いです。
 少し悲し気に。
 そっと見上げるようにして懇願をして。
 それでもダメと言い張るから、どうか信じてと嘆願して。
 そこまで言ってもダメの一点張り。

「なにがよくわかりました、だ!?
 言ってみて貰おうか、愛しい‥‥‥アリア」

「そんなところで余計な気遣いをなさるから、数千年も恋愛が成就しなかったのではないですか!?」

 あ、傷ついた顔をした。
 ずばりと本音を言いすぎてしまったかもしれない。
 心の声は先程から、駄々洩れに聞こえるようにわたしはしていた。
 旦那様の心の声の風は、人間のわたしには聞こえない。
 なら、心の願いと思いと、言葉で伝えるしかない。

「旦那様、お忘れですか?」

「なにをだ‥‥‥聖女を二年も務めてくれた事は――感謝している。
 その責務を負わせたのもわたしにも、責任が‥‥‥」

 はあ‥‥‥
 わたしは大きくため息をついてしまったの。
 責任とかどうでもいいのです、旦那様。
 そう思いながら。

「旦那様。
 信頼は未来に、信用は過去に。
 アリアは二年間、すっと心の中で旦那様とつながっていたと信じています。
 そんな責任なんて今更、取って下さい。
 言うような女かどうかー‥‥‥。
 丁寧な言葉がもう、しんどいです!
 エバース様、そろそろ子供みたいなわがままやめてください!」

「わたしが子供だと!?」

「ええ、大きな子供の様です。
 本当に、どうしてわからないんですか。
 いまの旦那様はもう夫なんですよ。
 妻のわたしが信じられないの!?」

 何となくあの頬を叩かれたことも少しだけいらっとなり、怒りが心に蒸し返してきていた。
 まあ、あれはわたしが暴走したからいけないのだけど‥‥‥
 そして、エバース様は更にダメだを繰り返す。
 でも、どこか理性は取り戻されたみたい。
 怒っていたけど、口調は普段の優しさを取り戻していた。

「アリア、夫だからダメだ、そう言っている。
 妻だから従えなど、そんなことではないよ。
 ‥‥‥わたしはまた、待たなければならないのか?」

「ですからー‥‥‥。
 わたしは水の精霊王候補で、まだ継承したわけではありません。
 それに、あの王国は旦那様あっての繁栄を築いてきたの‥‥‥エバース様。
 そこに水の精霊王の名前なんて出したら、今度は神様が御三方も国の加護をして下さる。
 国民も王家も、そう誤解をしてしまいます」

「それは分かっている。
 だから、神託を二人の神から預かったからこうしろ、と。
 それをあの場に伝えに行くだけでいいではないのか、アリア?」

 わたしは黙って首を振った。
 それだけでは足りませんよ、旦那様、と。
 その意味を込めて。

「人間はそれだけでは、動きません。
 動いたとしても、あのバカ元婚約者と。
 はあ‥‥‥思い出すだけで腹が立つものですね、寝取られるというものは!!!」

 突然のわたしの怒りはそのまま、旦那様やニーエさん、アズオル様を直撃したらしい。
 旦那様は顔をしかめてしまい、他の二人は‥‥‥

「これは‥‥‥今後が恐くなりそうだな。
 エバースも自由にはできなくなるぞ?」

「左様でございますね、まあ気楽に数千年生きて来られたのですから。
 これも、また良いことかと」

 そんな、ひそひそ話が聞こえてきてしまった。
 わたし、怒りっぽくないんですけど。
 ただ、女としては普通ですよ。
 そして、この勢いを利用しない手はない。
 そう思いました。

「エバース」

 思い切って、夫の名を初めて。
 そう、初めて敬称なしで呼んでみた。
 
「なに‥‥‥?」

 旦那様は普段とは違う顔をされている。
 虚を突かれた、そんな顔だった。

「ねえ、エバース。
 見届けることも、この提案を出したわたしの務めなんです。
 誰かが、どこかで‥‥‥自分たちの受けている苦しみの一端でも引き受けている。
 そういう、形が無いと人間は納得しません。
 納得できない不満が、純粋な信仰になんてなりません。
 民を侮るとかそういう話でも、甘やかす。
 そんな意味でもないの。
 ショーンが聖女を追い出し、国は加護を失った。 
 国王は首とその主犯の片腕で始末をつけようとしてるんですよ?
 民にはなんの罪もないのに。
 国に、滅べと。
 そんな、命令を下す国王に誰が信頼を置きますか?」

 納得のいかない顔をして思い悩む旦那様は――こちらも王として思案されていた。
 王妃をその為に送り込むことが正しいことなのか。
 そう考えている様子。
 そして、横から手助けの一声がかかった。

「一つ、良いかな?
 エバース。
 結婚したことを、わざわざ言う必要はないのと俺は思うがな?
 あと、数年。
 お前も待つだけだ。 
 嘘も方便。
 いや、必要なことだけを伝えればいい。
 違うか?」

 そのアズオル様の一言に、旦那様は渋々とうなづいてくれた。

「アリア‥‥‥帰って来るか?」

「旦那様‥‥‥来ないなら、結婚なんてしていません。
 アリアは知っていますよ?」

 あの日。
 初めてこの王城を訪れたあの日から。
 エバース。
 あなたがわたしのことだけを見ていてくれたことを。
 そう、エバースにわたしはそっとささやいた。
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